死の凍土を行け!
死神くんは、生物じゃありません。動く白骨死体が黒いマント着てるだけです。
死の凍土。それは、生物が一匹残らず淘汰される場所。魔物が生息しておらず、特にこれといった素材もないので冒険者も寄り付かない。もちろん一般市民も。
そんなところに、冒険者である二人はきていた。避けて進もうと思えば海路をとって迂回していけば良いのだが、少年はそれに反対した。なぜかというと、少年の数少ない親友と呼べる者がいるからだ。
出会ったのはほんの5日前だが。
「うう……寒いぃ」
「まったくね。ここと砂漠だけは狂ってると思うわ……」
二人は身を縮こまらせながら、凍土を歩いていた。霞み山を越えた二人が次に進むのは凍土だ。それも、超極寒の。
二人ともロングコートを着込んで防寒具もつけているが、それでは足りないようだ。少女は苦悶の表情で済んでいるが、少年はがちがちの歯を鳴らしながらうつろな目を虚空に向け危うい足取りで歩いている。
ざく、ざく。
やがて氷の大地を踏みしめる音だけが響く。
ざく、ざく。
その音は、第三者をいたたまれなくするかのようだ。
「……」
遠く、というほどでもない距離に黒い物体。少年はそれをうつろな目で凝視する。
「おい、あれ魔物か……?」
少女はその言葉を聞いて少しばかり呆れた表情をする。
「死の凍土に魔物なんているわけないじゃない……大丈夫?」
哀れむような少女の声音に少しむっときたのか、少年は生気をちょっと取り戻す。
「じゃあ、あの黒いのなんだよ」
「……死神?」少女は呟いた。
少年は今度こそ生気を取り戻し、そして――走り出した。黒い物体もとい死神へと向かって。
「おおーい! 元気かー!?」
少年は大声を張り上げる。さっきまでのテンションはどこにいった、と思う少女であった。
真っ黒なぼろぼろのマントをまとう死神は、その骨ばった、というか骨そのものの顔を少しびくっとさせた。
「うぇ……? あれ? パイセンじゃねっすか!? チーッス!!」
「おう! チーッス!」
二人してハイテンションの挨拶を繰り広げ始める。少女はついてこれていない。
そんな少女を気にかけもせず少年は話始める。
「黄金バナナとってきたぞ! 食うか!?」と言いながらすばやく黄金バナナを1本取り出す。
「パネェ! マジちょー輝いてますって! まぶッ!」
死神はニヤニヤしながら叫ぶようにしゃべる。こちらもハイだ。それにしてもこの死神、ノリノリである。だが、彼は元からこんな死神柄ではなかった。
臆病で引っ込み思案シャイボーイだったのだ。彼は悩んでいた。どうすれば自分を変えられるのか、と。
そこに現われたのが少年。少年はこう言った。
『恥って感情があるのは人間だけだぞ』
当初このセリフを言われた死神は憤り、武器である大鎌を振るった。が、それは一発もあたらず、逆にコテンパンにされたのだった。それからなんやかんやあって意気投合した二人は、三日三晩語りつくしたのであった。
後には親友という関係が残ったという。
「ちょっと、黄金バナナあげるのはいいけど死神くん、ここ寒いから部屋行きたい」
少女は少々苛立った視線を死神に向ける。それを受けて死神は完全に萎縮する。
「はぃ……す、すみません。どどうぞこちらへ……」
「相変わらず声小さいわね」
少女の追い討ちに、死神は瀕死の状態である。人も死神も簡単には変われないのだ。
死神の部屋。そこは亜空間であり死神だけが干渉できる場所である。
「相変わらず小綺麗な部屋だな。女子か!」
「なわけねっすよ! いまどきの男子ならマジ当然ですって!」
「でも悪趣味な色合いね」
「は……はい……すみません……僕真っ黒です……」
部屋は真っ黒漆塗り。光源のランプには赤黒い塗料が塗られている。
「そのテンションつかれねーか?」
「だいじょぶっす! オレ死神なんで!」
謎理論を展開する死神に一言入れようとする少女だったが、言えばまた死神がテンションを上げ下げするのでやめておいた。
「それで、この黄金バナナ、さっそくいただいちゃう系で……!?」
「おう。食え」
少年の了承を聞くと、死神は一つ深呼吸をしてバナナの皮をむく。
「うおぉ……伝説がオレの手に……!」
喜びを隠さない彼のスタイルは、見ていて悪い気分にはならない。少女も少年もほほえましく見守っている。そして、いっただっきまーすという声と共に。
「もぐもぐ……んんー! すげえ! 甘! でもそれでいてしつこくなく、さわやか……。飲み込んだ後も香りが鼻に残り、次の一口がほしくなる! あむっ! うま! 」
詳細な説明を聞いて少年はじゅるりとよだれを垂らす。少女も中々食欲を刺激されたようだ。
すぐさまバナナは消え、死神は満足のいった顔で呟く。
「ああー……もう1本……もらえないっすかね……」
調子に乗った発言だが、黄金バナナが美味すぎたのだ。
だが少女は容赦というものを知らない。
「調子乗らないで」
「すすすみませんん……」
それからも3人は暖かい部屋の中で談笑を続けた。
数時間後。
「じゃあ、また会いましょうね! さようならっすー!」
「おう、またなー」
「バイバイ」
二人は死神の部屋を後にした。そして、絶望。
「今から歩かなきゃならんのか……」
「ずっとあの部屋にいたかったわ……」
二人して震えながらとぼとぼと歩くのであった。
凍土と川がなんで隣接するんだってツッコミは無しで。