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王を討て!

「生体確認。適合率問題ありません。宜しいでしょうか」

「始めたまえ」


 王の声に、その場にいる全員が慌ただしく手を動かし始める。豪華絢爛な王城の普段の風景からは予想もできない、殺風景な白い部屋。モザイク調のタイルの至るところに、物々しい機械類が置いてある。魔術で動くそれらに、茶色の制服の研究者たちが赤い石を入れていく。不安な気持ちを駆り立てる低い唸り声がそこら中で鳴っている。


「愉しみだ……ああ」


 王は上半身をさらけ出し、中央の台に寝そべっていた。大理石の寝台には術式が刻み込まれている。


「はやく一つになろう……」


 王は顔を傾け、隣に置いてあるそれを見る。少女の持っていた二丁拳銃。まるで最愛の妾でも見つめるかのように。


 * * *


 元気くんにあの場を任せた少年は無事城を脱出し、街へ繰り出した。日はとっくに沈み、街は寝静まっている。はずなのに。

 街を闊歩する兵士兵士兵士。城の三倍の密度はあろうかという数だ。よく観察すると、城と街の間に固めている。どうやっても少年を逃がしてはくれないらしい。


「なんでだよ……」


 城内で隠れられそうな場所を探すかとも思った瞬間、待ってましたと言わんばかりに指輪が輝く。


「俺様が力を貸してやるよ」


 不遜な声が響き、閃光。轟音。破砕音。とてつもなく大きく長い影。


「おま……」


 少年の声を遮り、豪快に瓦礫が崩れる音。あちらこちらから兵士の声が飛び交う。


「よお。久しぶりだな、クソガキ」


 民家の二階まで届きそうなほど大きく、月光にてらてらと輝く蒼い鱗に覆われたその体は蛇のように長い。動かないはずの、いつぞやの竜がそこに居た。


「やっぱいいな……久しぶりの外界はァ!!!」


 竜が大きく首をもたげ、集まってきた兵士へ向かって叩きつける。地は砕け、兵士たちが衝撃に吹っ飛ばされ宙を舞う。かと思えば遠くから放たれた幾千もの矢に向かって火を吐き、そのすべてを灰に還すだけでなくそのまま遠くの民家までも火は届いた。


「おい! 殺すのはだめだろ!」

「あ? 逃げてんのが見えねーのか」


 少年は動揺しつつ見ると、潰された兵士や焼ける人々はいない。民家の人々は眠っているのではなく、例外なく避難していたのだ。


「つうか、感謝しろよ。崇めろよ。信仰対象ですけど?」

「いや、それはほんとにありがとう……!」

「まあ、いい。それより、こんだけニンゲンども大がかりに動かすっつうことはよ。お前ら捕まえようとしてるだけじゃねえってことだ」


 竜はそう言い、ついでに長い尾で突進してくる兵士たちを薙ぎながら、城の方を見た。少年もつられて城を見る。


 城のバルコニー。遠いが、少年がなんとか見える距離。並ぶ人々の影に、一つだけ二回りほど大きい影。


「巨人……?」

「いや……。純正のニンゲンの匂いだ」


 竜は城めがけてぐるりと半円を描くかのように火を吐いた。城とこちら側の街とを繋ぐ橋が一瞬にして焼け落ちていく。バルコニーの影も動揺しているようだが。あの大きな影が一歩前に進んでいた。

 その時、少年は閃光を見た。一瞬の閃光。

 次の瞬間、ごおっと目の前を大きな風が吹いて、とてつもない爆発音。思わず耳をふさいでいた。

 目を開けると、そこには自分を囲むかのような竜の姿。


「クソ……魔導か……」


 竜はその身を横たえた。見れば、体の一部の鱗が円形に剥がれ落ち、肉が大きくえぐれている。


「おい!? 大丈夫か!」


 声をかけるが、竜は敵意むき出しの瞳を城へ向けていた。

 びきびきびき。初めて、石畳が粉砕される音を聞いた。砂煙の中から自分の倍はありそうな大男がぬっと出てくる。その脚は衝撃に耐えかねたのか、至るところから血が吹き出している。


「ふ、ッフんフ、ふふフフふっふフふ」


 奇妙な笑い声をあげるそれは、光のない目でこちらをじっと見ていて、背筋にぞわりと悪寒が走る。上半身は何も着ずに首飾りだけ。そして両手の先は見覚えのある二丁拳銃。ただ違っているのは、それが両手の肉に埋まっていて、ところどころ指が埋まっている点だ。


「私は神である……。お前たち罪人に罰を下すのだ」


 その姿は忌々しい王の顔をしていたが、あまりにも体格が違う。


「王……なのか……?」


 少年はその存在が王本人なのかわからない。すると、竜の巨体が動く。


「やべえ奴だ。逃げろ」


 重たく首を動かしながら竜が火を吹き、周囲の兵士を牽制する。

 だが異形と化した王は石畳の上で消えない炎を物ともせず、悠々と歩きながら、こちらに銃口を向ける。


「こっちよ!」


 王の後方から声がする。書き慣れた少女の声が。そして閃光と共に王が爆発する。


「ヌっ……!」


 王はよろめき、膝をつく。少女は鎖閂式小銃を構えていた。


「あんたが作った魔銃の失敗作を利用させてもらったわ」


 遊底を引き、再装填。間髪入れず2発目を撃ち込む。王が竜の背中に起こした爆発とは違う、小規模な爆発。だが、王の生身の体を止めるには十分だった。


「あら、こんな所まで健康的ね」

「てめえもっと早く来やがれ…」


 竜が悪態をつくと、少女はもう1発撃ち込んだ。そして少年に駆け寄る。


「大丈夫!?」

「あ、ああ……」


 少年の歯切れの悪い返事。


「何よ」

「いや……もういいのか?」

「うん。何もせず死ぬのが一番ダメだから」


 すでに少女に迷いはない。新たな魔銃を携え、王に向き直る。


「いろいろ聞きたいことはあるだろうけど、今はあいつよ」

「来るぞ」


 竜が吠える。王が炎の中を歩み出てくる。


「ライラ……らいら……許さん」


 少女がぶっ放す。王の顔面が裂け弾ける。何度も。少女は一度も外さず王を撃ち続ける。だが、王はそのたびに何度も立ち上がり、呪詛めいた言葉をこぼしながら歩み寄ってくる。


「なんで……」


 ここにきて少女は狼狽える。失敗作を自分の微弱な魔力で動かしているとはいえ、これは魔銃だ。ダメージが蓄積されないわけがない。


「すまねえ。時間だ……」


 そう言って竜の体が消え始める。


「ああ。ありがとな。でもやばいな……」


 少年は戦力の低下を考えた。賢狼が何をしてるのか分からないが、二人で王と兵士達を相手取るのは難しい。


「いや、そうでもねえ」

「え?」


 竜に促され見る。周囲の兵士たちにざわめきが広がっていた。


「あれは王なのか……?」

「魔銃の爆発だ……生身で耐えられるわけが」


 どうやら兵士たちもこの異様な光景に戸惑っているようだ。


「もう撃つなよ」


 そう言って竜は消えた。どういうことだろうと少年は少女に目をやった。

 少女は膝をついて、真っ青な顔をしながら荒く呼吸をしている。


「だ、大丈夫か!?」

「っ……! ただの、魔力切れよ……」


 魔力切れが具体的にどう影響するのかは分からないし、そもそも聞いたこともない。ただ少年は、これ以上少女が魔銃を使うことはできないと判断した。

 ここからどうするか。王はこちらに近づいてきている。王一人から逃げる方法。それは————。


「ちょっとでも走れるか!?」

「うん……」


 少女は力ない返事だったが、ぐっと立ち上がる。少年はその手を引き、後方へ全力疾走。二人は自分たちを囲む兵士達に紛れ込んだ。


「うおっ……」


 すぐさま退こうとする兵士達の隙間を次から次へと動き回り、常に王かあ見えない状況を作る。

 このまま一度退く。という想定はあっけなく打ち砕かれた。


「愚か者がァ!!!!」


 王の放った魔弾が兵士達を打ち砕いた。人体に対する威力はすさまじく、直線上の6人ほどの上半身がはじけ飛び、爆風で周囲の兵士は吹き飛ぶ。

 二発、三発と打ち込まれ二人と王の間は完全に空いた。


「そのまま走れ!」


 鋭い声に背中を押される。二人は走り出した。賢狼の声だ。ここにきて賢狼が助けに来てくれたのか。考える暇もなく、ただ死なないために走った。周囲を紫がかった霧が包み込む。


「賢狼の術よ……」


 少女が息も絶え絶えに説明する。後方から爆発音。王の悲鳴のような叫び。だが賢狼が圧倒しているわけではなさそうだ。


「こっちだ」


 なんとも不思議なことに、後ろにいるはずの賢狼が角から出てきた。賢狼に続き、道の向こうの家に二人は転がり込む。


「分身とはいえ彼奴の魔弾は防げなかった。防御は不可能と見ていいだろう」


 言いながら賢狼が少女に手を出すよう促し、お手をするかのように前足を乗せた。すると、少女の顔に生気が戻っていく。


「ありがとう……」


 魔力供給の類だろうか。魔力を持たない少年には分からない。


「……なんか俺、なんもできねえな」


 少年がぽつりとこぼし、重い空気が流れる。


「ごめん」

「今は感傷に浸っている場合ではない。あの王をどうするか」

「ああ……」


 少年はどこか上の空のような気のない返事だ。


「我は逃げるべきだと思うが」

「倒しましょう」


 少女は食い気味だ。すごいな、としか少年は思えなかった。


「奴をほっとけば王国がどうなるか分からないし、中央大陸の脅威よ」

「でもどうすんだよあんなの……」

「その魔銃もどきでやるのか?」

「いえ」


 少女は少年の手を取った。


「……なんだよ」

「あなたよ」


 握った手のひらから熱が伝わる。異物が体へ入り込んでくる感覚。


「酷な話をすることを事前に謝っておくわ。あなたは、魔銃と同じような魔導兵器として開発されたの」

「っ!!」


 少年が苦い顔をする。だが少女は続ける。


「魔銃の運用がすぐ成功したから完成はしなかったけれど……あなたには魔力を扱う耐性があるわ」

「俺に……?」

「成程。造りはあの魔銃と同じ。ならば相殺することも可能、か?」

「ええ……」


 けれど、と少女は俯きがちになる。


「耐性があるだけで、今すぐ扱えるわけじゃない。魔力量の差もあるし、致命傷になるか分からない」

「魔力を扱う現象は、同じく魔力を使うことである程度相殺できるのだ」


 少年を見かねて賢狼が補足する。


「これは賭けよ」

「だが他に案もないだろう」


 そこで少女は少年に向き直る。 


「だから、あなた次第なの。身勝手なことを言ってるのは分かってる。力を貸してほしい」

「俺は……」


 少年はこれ以上考えたくなかった。王国に到着して、王にバナナを献上して、二人の旅はこれからも続いて。そんなことばかり頭に浮かんでいた。わずかに開いた口から掠れた声が漏れる。


「駄目なんだよ……やっぱ。嫌だ。俺が、俺じゃなかったっていうことが」

「……」


 少女は何も言えなかった。言う資格が無かった。


「俺が魔力でどうこうするなんて出来る気しねえし……」

「どちらにせよ、そんな迷いばかりの頭では倒せんだろうな」


 冷たい物言いで賢狼は吐き捨てた。少女の魔銃を目で指して言う。


「やはりそれを使うしかあるまい。もう僅かだが我の魔力を渡そう」

「見つけた」


 最悪の声が二人の間に伝わる。窓ガラスの割れる音。ぬっと突き出してきた腕の魔銃は少女のほうを向いている。反射的に少年の手がその腕にしがみ付く。間髪入れずに耳をつんざく轟音。支柱を貫通し着弾したそれは一面の壁を吹き飛ばし、向こうの家をも食らっていった。家が崩れ始める。


「走って!」

「おう……!」


 二人は開きっぱなしのドア目掛けて懸命に走った。しかし、少女が肩から壁にぶつかり、膝をつく。


「掠った……」


 少女の右わき腹部分が僅かに抉れ、赤黒いものが見えている。少女は傷口を抑えている。


「行って!」


 少年は手を伸ばすが、隣に飛び込んできた賢狼に引っ張られて扉の外へ。少年のいたところを屋根が潰したのは同時だった。木材の破砕音とともに土煙が舞う。だがあの魔銃の発砲音が鳴ったのも同時だった。


「次は外さん……」


 倒壊した家の中から、二つの影。二人は銃口を上に向けていた。


「……あなたの弱点は分かってるわ」

「ほう」


 王が興味深そうに眼を開く。少女は照準を王に定めた。


「魔力を持たない人間が魔銃を扱うには、魔石の装備が必要……その首飾りがあなたの魔力源でしょう。今度は一体、誰の命を使ったのよ!」

「悲しいことを言うな……この技術もお前と共に創ったというのに」


 少女は何も言わず王を睨み続ける。


「ん」


 王がにまにまと首飾りを指で遊ぶ。いくつもの赤く透き通った宝石が揺れている。


「ライラ……彼女らはここで、私のために献身的に働いてくれているよ」


 王の口が酷く歪む。笑いを抑えきれず、汚い音を漏らしだしている。宝石は何も言わず王の首にぶら下がっている。


「お前の部下は何人だったかな? 沢山いたからなぁ……何発でもいけそうだ……」


 少女は、自らの血が沸くような感覚を覚えた。目の前の邪悪の全存在をこの世から抹消せねばならない。自分の命を懸けて。絶対に許してはいけない。


「お前が……お前がああああ!!」


 激情を放つかのように引き金を引いた。着弾。雷をいくつも圧縮したかのような轟音、衝撃波。王の顔面が弾け、血と肉があたりに飛び散る。

 少女は魔銃が軋むほどの力で再装填。怒りを叩きつけるがごとく、魔弾のすべてを王に。

 音と衝撃であたりはわけのわからない具合になっていた。少年は耳鳴りが止まないし、先ほどの家の面影はすでにない。


「殺す……!」


 言葉とは裏腹に、少女の手は止まってしまった。だらりと両腕の力が抜け、魔銃が鈍い音とともに地に転がる。


「あ……?」


 少女は膝をつく。それが魔力切れと気づいた時には、王が目の前に立っていた。


「殺ス……ぞ……」


 それは腕と足は有していたが、もはや人間でなかった。少女が打ち砕いた首からうえには腐敗した黒い肉を何重にも巻き付けたようなものに、先端にこれまた黒々とした銃口のような穴が、それも大きな穴が

あった。体は赤黒く変色し、極太の淡い深紅に脈打つ血管が表面にびっしりと浮き出てきている。口はどこか分からないが、言葉のようなものは発している。


「消ス……」


 その銃口が少女を覗きこむ。が、数秒間固まって、今度は少年のほうを向いた。

 少女はその場に倒れこむ。意識が遠のく。魔力を有する者にとって魔力切れは死を意味する。

 少年は剣を手から滑らせた。汗が止まらず、目の前のことがなんだかぼんやりと見える。ただ自分が目の前の存在に殺されることだけが頭を巡っている。


「小僧!」


 賢狼が吠える。王の体が不自然にぐらつき、重く片膝をついた。賢狼は少女に駆け寄り魔力を渡しているようだ。


「長く持たん! 逃げるぞ!」

「逃ガサン!」


 王の頭の魔銃による強烈な一撃。びりびりと雷撃のようなものが走りながら、大地が裂けていく。

 少女の体は宙を吹っ飛び、賢狼は余波による大火傷を負っていた。


「おい!」


 少年は少女に駆け寄り、その身を起させる。強く腕を掴まれた。


「もうこれしかないわ」


 そう言って少女は少年に魔力を流し始めた。残り僅かなはずなのに、大きい。少年には魔力のことに知識がないながらも、それが正規の魔力量でないことが分かった。


「おい、なにやってんだ……そんなに……」

「あなたが……倒すのよ」

「ライラ!」


 少年は名前を叫んだ。少女——ライラが目を見開いた。


「愚か者共ガァッッ!!」


 王の喚き散らすような怒鳴り声と共に、王の体を伝わり、魔銃に禍々しい黒の光が集まっていく。


「消す……殺ス……!」


 閃光。すべてをかき消す光の衝撃波が一帯を吹き飛ばす。少年の視界は一瞬で真っ赤に染まり、前後左右が分からなくなるくらいの音が通り過ぎていく。

 だが少年の体は無傷であった。

 少年の腕の中でライラが左手を真っすぐに王に向けていた。


「やっと……名、前」


 だらり、と糸が切れたように腕を下す。急速に息が上がっていく。涙がつっと一筋流れる。


「だめだ……いくな……。ライラ!」

「……きみの……な、まえ……」


 ライラの掻き消えそうな声が、眼前に聞こえる大きな足音にかきけされそうで、わずらわしい。顔を近づける。長いまつ毛が炎に照らされきらきらと輝いている。


「サン……て…………いうの」


 そう言うライラはとても、とても幸せそうに。手を胸元に置いた。

 ――サン、だいすき。

 やがてライラは口を閉じ、眠った。穏やかな表情で眠りについた。

 しばらくその顔を眺めた。怒った時でも可愛らしい瞳、笑った時のしあわせ、哀しい時の眉、すねた時の目の開き具合、照れたときの口元、濡れた髪をかき上げた時の横顔、真剣な時の眼差し、冒険の日々の君の顔を次々と思い出す。


「邪魔がァ!! 次は殺ス!!! 殺スぞ小僧!!」


 王が喚き散らしながらどすどすと歩いてくる。

 ライラの体にこれ以上傷がつかぬようそっと、その身を横たわらせる。


「……小僧じゃない。俺の名はサン」


 少年――太陽(サン)は立ち上がり、王に向き、剣を取る。


「お前を倒すサンだ」

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