門番の目をかいくぐれ!
「仙人さま!?」
「いかにも。二人のピンチに駆け付けたんだよすごくない?」
「いやすごいっていうか、どうやって……」
二人は仙人の姿に驚きを隠せず、頭がおかしくなっているのではないか、とまで思考を巡らせる。
「ふむ」
仙人は少年の指輪をじっと観察し、険しい顔をしている。
「どうやら、その指輪、召喚魔法が付与されているようだね。ここまで高度なものは賢者くんか」
「まじか……すげえ」
賢者はこの状況まで読んでいたのだろうか。なんたる心強さか。
「二人とも感心してる場合なの? 出るよ」
仙人は言い終えぬうちに鉄格子に手をかざし、ぐにゃりと曲げ、いや大いに歪め、それぞれ人が通れるサイズの隙間を造った。
「あ、ありがと」
「んふ」
「おい。俺のちっさくね?」
少年が体をねじ込み脱出すると、仙人は指さす。
「出口はあっちだねえ。看守はみんな眠らせておいたから、安心して行けるよ」
「すげえな……」
「黄金バナナのおかげだよ。あれを食べてからすこぶる調子がいい」
少年が仙人に追随して歩こうとすると、少女が立ち止まっていることに気づく。
「どした?」
「私は……ここに残る」
確固たる宣言だった。
「何言ってんだ」
「君に許されたとしても、私が殺した人たちは許してくれない」
「殺したって……間接的にだろ!? 大元は王様じゃねえか!」
少女は青ざめ、走り出した。仙人が示したのとは逆の方向だ。
「ごめん!」
少女はかなり大きな声で言い放ち去ってしまう。
「ちょ!」
少年が追いかけようとするが、ぐいっと仙人に引き戻された。
「まずいねえ。彼女の声で看守が起きてしまった。追いかけたら君も捕まるよ」
「俺じゃなくてあいつを止めろよ。あんたもあいつに死んでほしくないだろ?」
「んー。確かに彼女のことは好きだが……彼女の意志を否定するほど盲目的な好きではないよ。君みたいに」
「は!?」
「まあまあ、一回冷静になりなよ。看守に見つかっちゃう」
仙人に諭されて、少年は胸倉を掴みながらも深呼吸をした。そして、考える。
「……あいつの処刑は明日の正午。体裁を気にするあの王様なら早めたりしないはず」
「うん。今は君が脱出することを考えよう」
仙人はにっこりと微笑みながら、すーっと消えていく。
「えっ」
「そろそろ召喚が切れるみたいだね。健闘を祈るよ」
「うそでしょ」
無慈悲にも仙人は消えてしまった。一人で脱出しなければ。できるのだろうか。いややるしかない。
とりあえず少年は息を殺して周囲の音に耳を立て、看守の足音のしないほうへと進んでいく。仙人に示された方向を信じながら。
すると意外にも外へ通じる階段まですんなりとたどり着くことができた。問題は門番のように鎮座する二人の大男なのだが。
「まだ捕まらんのか」
「知るか」
「もしここまで逃がしたら兵士共は殺してやる」
「あぁ……いいなあそれは」
二人は傷だらけでよくわからないことになっている顔で笑った。片方の男は頬まで裂けた口が笑いにくそうだ。
騒ぎが煩わしいのか、ずっとしかめっ面で腕を組んでいる。無事に通してはくれないだろう。
どうするか。少年がそう思ったとき指輪が白く瞬き輝く。
「ちょ」
「何だ!」
大男が光に反応して立ち上がった。勘弁してくれよ。
光は広がり。大男の元に大きな影が現れた。
「……」
「何……ぬわっ」
黒いぼろぼろの大きな布が、不自然なまでに垂れ下がったままの姿。フードと手元からのぞくそれは人のものではないであろうサイズの骨。光のない窪んだ眼が、どこを向いているか分からない。手には大振りの禍々しい鎌を持ち、その姿はまるで——。
「死神」
少年がぽつりとつぶやくや否や、大男は豹変する。
「ひょ」
足腰を震わせ顔は青ざめ手には力が入らないのかしきりに開いたり握ろうとしたりしている。
「汝……」
「はいッ!!」
上ずった声で男たちが返事をした。もはや先ほどまでの殺気はなく、死神の前で正座までしてる始末だ。そうはならんだろ。
死の凍土の死神。今度は彼が召喚されたのだ。何はともあれ、今のうちに少年は出口へ。
呪怨めいた言葉を発し続ける死神と一瞬目が合う。
俺マジナイスじゃないすか? そう言っている気がした。
* * *
地下牢で兵士たちが慌ただしく駆け回る一方、城中は静かに、狂気を孕んだ空気を醸していた。
「逃げたのは構わん。で、魔銃の具合は?」
王は傍らに白衣の男を連れつつ、城の廊下を歩いている。
「ほぼ完全再現できています。適合も可能かと」
「よろしい……」
足取りは徐々に速く、それを待ちきれないかのよう。
「しかしよろしいのですか……? このままあの娘を逃がせば明日の処刑が」
「黙れ」
間髪入れず王は白衣の男の頬目掛けて拳を振るう。ごりゅ、と鈍い音と共に男の頭は壁に叩きつけられた。
「どうでもいいのだよ……処刑も、あの小娘も」




