地下牢を脱出せよ!
これ終わらせたらひと夏の田舎ラブコメ書くんだ・・・。
大陸戦争。中央大陸悠久の歴史の中で最大かつ最長の戦争だったそれは中央王国によって終わりを迎える。中央王国で開発された、魔銃と呼ばれる魔力を弾丸にして放つ兵器が各国を蹂躙したのだ。魔銃は他の兵器を砕き、城壁を砕き、人間を砕いていった。戦後、そうした結果を鑑みて、大陸条約によって魔銃は全て廃棄することとなったのだが。
「中央王国は魔銃を持たないことで、他国への融和措置をとったのよ」
少女は吐き捨てるように言った。中央王国のいきさつについて、果てしない嫌悪を見せる。
「でもそんなこと急に言われてもって感じでしょ? 魔銃使って戦争して、終わったら捨てたから許してね、なんて通るわけない。そこに他国はおろか王国民も疑念を持ってる。そこでまず、魔銃を作った責任者を処刑して、民の心をまとめようとしてるの」
少年はここまで話をじっと、口をはさむことなく、少女の言葉にひたすら耳を傾けていた。
「それとお前になんの関係があんだよ」
「えっとね……」
少女の顔がこわばる。服の袖をぎゅっと握る。
「責任者は、私だったのよ」
沈黙。お互いに声を発せないでいた。少年は呆然と、俯く少女を見ている。
沈黙を破ったのは少女だった。
「だから私は、明日、処刑される」
「……そんな」
少年は信じられないといった面持ちだった。
「お前が、魔銃開発? いやいやいや。そんな大層なことすんの?」
「したのよ。兵器開発部は莫大な予算と大勢の魔力を持つ人間をつぎこんで、大層極まりないプロジェクトだったわ」
「……ごめん」
少女はしょげた顔から一変少年を睨んだ。少年は一瞬臆したが。
「無理やり働かされたのか?」
「……まあね。魔力持ちなんてそんな扱い」
この世界で人間の男が魔力を持つ者は久遠の草原の賢者以外存在しない。魔力持ち、つまり魔女だ。少女は微量ながら魔力を有していたのだ。
「歯向かった子は皆殺された。……私は他国民の命より自分の命がかわいかったのよ」
「……しゃあねえよ。そんな状況」
少女はぎゅっと自分の腕を握ったまま俯いてしまう。少年は何か言葉を探すが。
「なんで……俺の村に来た時、そのまま逃げなかったんだ?」
「……」
少女は答えず、少し困ったような目で少年を見た。何か逃げられない理由があったのか。
「そこからは私が話そうか?」
悪寒がした。かつん、という足音さえも下卑ている気がした。
無数の宝石をこれでもかと身につけて、贅沢に蓄えた髭が似合っておらず不格好だ。
「ご機嫌いかがかな、ライラ」
ねとりと空気にまとわりつくような喋り方が不快を催す邪悪。この国の王たる男はあまりにも悪であった。
「てめえが……!」
「おっと、威勢がいいな」
少年は王に噛みつくかのように格子に掴みかかった。
「哀れな実験作よ」
「何の用? 処刑は明日のはずだけど」
少女が遮るかのようにまくしたてた。王は不敵に笑う。
「何、上手くやっているのかをな」
「は……?」
ぐるり、と王は少年を見た。
「……この小娘が、なぜ逃げなかったのか、だったな」
「やめて……」
少女が焦りを見せ、王はニタニタ楽しげだ。
「お前の村を訪れ、旅に誘った……そんな事実はない」
「……何言ってんだ、お前」
「なぜならお前たちは……最初から一緒だったのだから」
「やめて!」
「黙れ。自分の犯した罪を隠してどうなる? 後ろめたいからお前は死にに来たんだろう」
王の言葉に少女は生気をなくし、口を閉ざした。
「なんだよそれ……」
「時に少年、お前の名は何という?」
王は見え透いた邪悪で柔和な笑みを浮かべている。
「……な、……?」
「例えばこの子はライラ……。ではお前の名前は何かと……聞いている」
「らいら……なまえ……。……なまえって何だなまえってなんだ?」
少年は呆然と頭の中で繰り返した。なまえ。
「……そうだろう、そうだろう。名前なんて分からないよなあ」
王の舌がまわる。
「なぜ。お前が自分の名前はおろか、名という概念すら分からないか! なぜ! この小娘が逃げず、あまつさえお前の村を訪れたという記憶があるのか! なぜ! お前が旅に誘われたのか……教えてやろうではないか」
王の目が、口が、狂気に歪む。
「お前が……この小娘に魔導で造られた不完全存在だからだよ」
造られた不完全存在。何が。俺が?
「冗談きつい……って……」
少年は少女を視界の端に捉えた。無言。それは非情な肯定を意味する。
「いやいや……そんなわけねえ……俺は、俺だ! 血の繋がった父ちゃんと母ちゃんがいるし、村で俺は育った!」
「……その後は?」
「その後は、村から出たいって思った時にこいつがやってきて、俺を冒険に連れ出してくれた!」
「どうしてわざわざお前の村なんぞに立ち寄ったのだろうな?」
「……それは、たまたまで……」
「ふむ。王国から指名手配されている人間が、わざわざ王国領の村に立ち寄るだろうか? 一心不乱に国外へ、それこそ追っ手など簡単にまける久遠の草原に行きはしないだろうか? なぜ嘘をついてまでお前を連れていく理由があったのだろうか?」
「……!」
「小娘はお前を連れて王国を出たのだ。お前に偽の記憶を植え付け、自分が処刑された後は無事に村で過ごせるようにな」
「やめろおおおおおおっっ!!!」
慟哭。少年は息を荒げ、石の床に拳を何度も叩きつける。
「黙れ……黙れよ!」
「……まあ、私が見逃すはずもないのだがな」
王はため息交じりにちらりと少女を見る。
「お前もこのガキも明日処刑だ」
「なっ……!」
「もっと賢く動くべきだったな、ライラ。お前の詰めの甘さと諦念がこいつを殺すのだ」
王は愉快そうに高笑いすると、鼻歌まじりに牢を後にした。残された二人に、先刻の気力はない。
「……ごめんなさい」
「……本当かよ」
「……ええ」
少年は静かに混乱していた。村で過ごした記憶はあり、そこに生きていた証拠が頭の中にあるのだから。
「……俺だけ村に行かせて、どうするつもりだったんだ? 親もいないのに……」
「……私の部下に、いろいろ頼んでたの」
「……なまえ、って結局何だよ」
「……。この世界ではね。生き物皆……それぞれ特別な呼び方があるの。世界で唯一無二であることを示すために……。私の名前はライラ。ライラ・アルコバレノ」
「……ふーん……わかんねえな」
「ごめんね。私の不手際で」
「なあ……、なんで……」
少年は言いかけて、やめた。
「いや、やっぱいいわ。あー、なんか……弱いな、俺」
「?」
「よし!」
少年は勢いよく立ち上がる。その瞳には光が宿っている。
「結局! 悪いのは王様で、俺たちは被害者! だな!?」
「え、私は自業自得なところが」
「うるせえ。俺はお前が悪いとは全然思わねえ!」
その言葉を聞いた時、少女の目から一筋涙がこぼれた。
「えっ!?」
「……なんでもないから」
「ごめん」
「それは絶対違うから!」
少女の声も、さきほどとは打って変わって快活である。
その時、少年の指輪が輝いた。
「な」
光に包まれ、それは一つの影を残す。
「ほほ……敬って。仙人様だよ!」
そこには、優雅に寝転ぶ霞み山の仙人がいた。