中央王国で祝え……?
真っ暗闇の中にひとり。どれだけ不安だろう。私もそうだった。同情せずにはいられない。未来なんてないのに、無理やり連れだして。
私は、罪人だ。
「この娘は、罪人である」
くらくらする。殴られた後頭部か、上っ面の極みのようなぴかぴかの床と壁のせいか。無力で矮小で強き者につくしか能のない血筋だけの貴族たちのせいか。
「大陸戦争において己の欲望のため殺戮の限りを尽くしたこと、残虐極まりない」
それともこの下劣でおぞましく地球上で最低最悪の存在のせいか。
「失った命は戻らぬ! しかし、この娘の処刑をもって、二度とあのような惨劇を引き起こさないべく今一度心に刻もうと思う!!」
王の高らかな宣言に、貴族は頷き、民衆は応え、王国は一丸となる。
「処刑は明日正午より執り行う。新たなる歴史の一日に備えよ!」
王が去っていく。私は歩かされる。
ああ、ごめんなさい。神様、あの子をどうか……。
* * *
――約二時間前
「あれ城壁か!?」
「そうだな。大陸最強の城壁だ」
すっげー、と目を輝かせながら少年は早歩く。少女は力なく歩いていた。
「おーい、早く来いよー」
「ごめんごめん」
少女は力なく笑って、急いで少年に追いつく。
「うわ、なんだあの人だかり」
「検問。ここずっと厳しいの」
見れば、城門らしき場所で色々のいでたちの人間や馬車や荷車やらが列を成している。
「間違いなく我が問題だろうな」
「よし。ふつうの犬のふりだ。はい」
「くうん」
少女は緊張した面持ちで衛兵を見つめていた。
一行も列に並び、順番を待つ。
「まずは王様のところに行くからね」
「えー! そんなもん明日でもいいじゃんなんも困らんでしょぉ」
「だめなものはだめ」
少女があまりにも怖い顔をするので、少年は黙ってしまう。
「……街歩きたい……」
「なんて?」
「ってコイツが」
「貴さ……わんわん!」
「……まあいいわ」
そうこうしていると番が回ってくる。衛兵は少女の顔を一瞥するなり。
「お前……ライラ・アルコバレノか?」
「ッ……!」
「顔をよく見せろ」
衛兵はそう言って少女の髪を掴み顔を近づける。周囲がにわかにざわめきだす。
「やめろ! 何してんだ!」
「となるとお前が例の」
掴みかかろうとする少年だったが、すぐさま駆けつけてきた他の衛兵たちに羽交い絞めにされる。
「よし、女は連れていく。ソイツらは地下牢だ」
「ま、待って! 言われてない? 謁見が終わってから私を引き取るようにって。それとその子は何も危険じゃないわ」
「黙れ。見つけ次第捕縛せよとの命令だ」
「な……話が違う!」
少女はもがこうとしたが、後頭部に重い衝撃、意識を手放してしまった。
「てめえ!」
「手前ェもだよ……っと」
同じく少年も殴られ、気絶してしまった。
「あーご心配なく皆様。この者たちは罪人ですのでー」
衛兵たちに連れていかれる二人。
「こいつどうします?」
「くうん」
「……まあ、害はないだろう。俺が預かる」
* * *
雫の落ちる音で目が覚める。嫌に薄暗い視界に、ちらちらと燃えるかがり火。感じる手の違和感。少年の両手は枷でつながれていた。
今だ残る後頭部の痛みに少しずつ慣れるとともに思い出す。連れていかれた少女。衛兵が言っていた言葉。
「誰か……」
狭い石の小部屋。自分以外誰もいない。ぴちょん、と雫の音が一定間隔でする以外、音もない。
ここはどこだ? なぜここに入れられた? 少女と賢狼は? 衛兵の言葉は? 尽きない疑問に答えが出るはずもなく、考えれば頭の痛みがぶり返すようだった。
「ちくしょう……」
少年は立ち上がり、鉄格子越しに外を見た。向かい合わせでいくつか牢が並んでいる以外、目新しいものはない。
少女の安否が不安だ。ずっと一緒に旅をしてきた。底なし谷以来の孤独が少年を包む。
その時、足音が聞えた。複数人と思われるそれは、こちらに近づいてくる。
「……さっきぶり」
「……!」
痛ましいほどに虚ろな表情の少女が、兵士たちに連れられてやってきた。その両手はやはり後ろで枷がはめられている。
少年の牢の前で彼らは立ち止まり、向かいの牢を開けた。少年は何も言えなかった。
「王の御意向だよ。せいぜい最後の夜を楽しみな」
乱雑に少女を投げ入れると、兵士たちは心底憎たらしい笑みで牢を去った。
「ごめんね。巻き込んで」
顔をあげた少女と目が合う。
いまだかつて、こんな諦念の滲む少女の表情を少年は見たことがない。いつも快活で、思慮深く、自分を引っ張ってくれて、笑う顔は可憐で。
「……巻き込んで、って。なんだよ……」
もはや直視に堪えない。少年の声はかすれる。
「本当は黄金バナナを献上したら君はすぐ解放される手筈だったんだけど」
淡々と少女は言う。その目は明後日の方向を向いている。
「ざけんな!」
「……なにが」
少年は声を荒げた。
「説明しろよ! なんでそんなに終わるみたいな顔してんだよ……! 何があんだよ!」
「……」
がしかし、少女に心が届くことは無い。
「説明してくれよ……」
「もう。だめなの……全部。終わってるの」
「…………そうかよ」
ゆらり、と少年は立ち上がる。
ぐっと腰を落としたかと思うと鉄格子に向かって肩から体当たり。何度も。鈍い音が少年の体から何度もする。鉄格子はまったくゆがみもしない。
「やめて」
「やめねえよ! こんな所早く出るぞ!」
ただひたすら少年が自分の体を傷つけるだけの行為。だが少年はやめない。ただ少女を助けるため。
「わかったから! ……もうやめて」
「……」
少年は動きを止め、倒れこむ。息も絶え絶えに、その目はまっすぐ少女を見つめている。
「じゃあ、話せ」
「……うん」
少女は困り果てながらも、どこか、安心したような、光を見るような、そんな顔を見せた。
「一つ約束して。私がこれから話すことを聞いても、さっきみたいな馬鹿なことしたり、大声出さないで。あと」
「二つじゃねえか」
「うるさい。あと……これは全部決まってることだから、どうこう指図しないで」
ともすればとげとげしくもある少女の言葉。そこには確かな意志が垣間見えた。
少年は無言で首肯すると、少女はゆっくりと話し始める。
ぱやー。