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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女と慌ただしい最初の日
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閑話休題 ~命の天秤~

 時間は少しだけ(さかのぼ)って、ここはタタカナルの中心部から少しだけ奥に入った所にある酒場「北の山の果実園亭」。

 ここは酒場であり、この町の自警団の詰所でもある。

 自警団とはこの時代、どこの村や街にもある施設で、その名の通り街や村の武力的な自治をしている。

 王都から直接正規兵や騎士団が派遣される、特別な街以外にはどこにでもあるものだ。

 志願した若者や、家系的に代々自警団をしている者もいれば、流れ者の傭兵もいる。

 そんな者たちの仕事は主に、見回りから犯罪の取り締まり、場合によっては野生動物の駆除も行う。


 そして仕事の後に特別報酬が出る仕事として、街を襲う盗賊集団との戦いや、極稀(ごくまれ)に現れる「魔獣」の撃退がある。

 魔獣とはこの世界、アルビに古来から野生で生息している獣で、動物の延長みたいなものだが、一般的に魔力を持つ獣を指す。

 一般人が戦うのは困難で、戦闘訓練を受けた者が数人がかりで倒すのが普通だ。

 また希少ではあるが、人間に近いの知能を持つ魔獣もいる。

 これらの仕事は負傷者や死者を出す事もあり、撃退のあかつきには(おさ)などから特別報酬が支給され、被害者や遺族には手厚い保護が与えられる。


 さて、この建物の中には二十名ほどの男たちが、昼間から酒を片手に下らない話をしていた。

 そんな時、にわかに店の外が騒がしくなり、団員が窓の外を見た。

 それにつられて他の男が外を見ると、何人かの村人が叫び声を上げながら、ものすごい勢いで走り抜けていった。

 とっさに事件の匂いを感じた自警団たちは、先ほどまでの酒の酔いはどこへやら、鋭い目に変わって一斉に立ち上がった。

 それと同時に、窓の外にたくさんの人たちが、ものすごい形相で酒場の前を逃げていった。

 その様子を見れば、それが喧嘩だとか盗みだとか、そんな生易しい事件でない事が一瞬にして分かり、全員の背筋に冷たいものが走った。

 全員が手元の武器を手に取った瞬間、酒場の扉が壊れんばかりに轟音を立てて開かれて、一人の中年の団員が今にも倒れそうな姿勢で叫んだ。


 「ま…魔獣だっ!!!」


 その声と同時に、男たちは弾かれたように動き出す。

 通常の事件であれば、剣と盾だけで対処可能な場合がほとんどだ。

 しかし魔獣となれば話は別だ。しっかりとした武装をして対処しなければ被害者が多数出てもおかしくはない。

 団長と思わしき男が、矢継ぎ早に指示を飛ばす。


 この男の名は「ホートライド・ガル」と言う。

 短く切りそろえた清潔感のある金髪と、優しそうではあるが少し気の弱そうな印象の面立ちである。

 しかし残念ながら彼は団長ではない。

 だが二十三歳という若さで、副団長の補佐的な立場に抜擢された剣士であり、真面目な性格で団員全体からの信頼も厚い。

 そして今、運悪く団長たちがいないために、一時的に指揮を執る事となった。


 「軽装の者は装備を!中装の者は外へ急いでください!」

 団員たちは酒場の二階に置いてある防具を取りに駆け上がり、酒場の中は外の喧騒(けんそう)と変わらぬ鉄火場に早変わりした。

 「警鐘が聞こえなかったけど、どっちの方角からだ?!種族は?!」

 ホートライドが玄関にへたり込んでいる中年の団員に問う。男は息を切らしながら叫ぶ。

 「中央…広場…だ…!」

 「?!」

 準備をしていた男たちの手が一瞬止まり、異様な静寂に支配された。

 突然の魔獣騒ぎで、その場所が中央広場という事実が意味する事は一つ。

 その魔獣は地面から湧いたか、さもなければ…空から舞い降りたかのどちらかだ。

 もし本当にそうであればかなりの難敵としか思えない。

 「種族は何だ?!」

 静寂に包まれた空間で再度、ホートライドは叫ぶ。

 外の喧騒はいよいよ大きくなり、何人もの人が自警団の詰所に転がり込んできた。

 しかし入口にへたり込んだ中年の団員は、即座に返事が出来ない。

 「な…なんだか分からん!見たことものない空を飛ぶヤツだ…!」

 その言葉に酒場の中は、蜂の巣を突いたように騒がしくなる。

 「うるさい!うろたえるな!準備のできた人は俺に続いて!」

 そう叫んでホートライドは入口に走り出した。それに間に合った、何人かの鎧を装備した男たちがそれに続く。

 入口にへたり込んでいた中年団員は、蹴飛ばされないように慌てて扉の隣に転がり込んだ。

 彼は酒場を出ると、狂乱の暴徒にも似た街の人々の逃げるさまを見て一瞬、気が遅れた。

 なぜならその表情はどれも見た事もないような恐怖に歪み、襲来者が尋常ではないことを嫌でも予見させたからだ。

 しかし振り返れば六人ほどの団員がすでに着いて来ていた。

 この場の責任者としての手前もあり、()えそうな気力を奮い立たせて、再度声を上げた。

 「急ぐぞ!!」

 しかしその虚勢に返事をした者はわずかであった。

 こうして走り出した自警団の先遣隊は、数歩歩いて再び足を止めてしまった。

 逃げ去る群衆の、最後の男が悲鳴を上げたからだ。


 「ド…ドラゴンだ!!!」


 団員全員の足が止まった。

 「…え?ドラゴン…?」

 俺の後ろの誰かが乾いた声を絞り出した。いつもだったら声で誰だか簡単に分かるのに、今はそれすら出来やしない。

 聞いた単語を脳内で反芻(はんすう)すればするほど、思考が麻痺と同時にパニックを起こし始める。

 その名は最上位の恐怖の代名詞でもある「ドラゴン」。

 どう考えても田舎の自警団の、俺たちの(かな)う相手じゃない。

 子どもの頃に聞いたことのある龍退治伝説(ドラゴンバスター)は、王都の高名な魔術師(ウィザード)が一週間の戦いの後に封じたとか、聖なる加護を得た勇者が伝説の聖剣で討伐した、とかそういう話ばかりだ。

 これまで色々な魔獣と戦ってきて、だいたいの場合は気合いと根性でなんとかなってきたが…足が動かない。それでも足の震えを抑えている自分を褒めたいくらいだ。


 クソッ…!体が動かない…!情けない…。


 それでも何とか心を落ちつけようと深呼吸する。その深呼吸すら肺が痙攣(けいれん)して上手くできやしない…。

 だが少しなりとも効果はあった。

 どれだけ狼狽(ろうばい)しているのかを自覚するたびに、脳が客観的に自分を見て冷静さを取り戻していくのが分かる。

 「みんな…行くよ…!」

 辛うじて声が裏返らないように絞り出せた。それだけでも自分に自信が湧いてくるのが分かる。


 そうして振り返ると、ついて来ていた六人の団員は全員が青ざめた顔で俺の方を見ていた。

 その気持ちは痛いほどわかる。たった今までの俺だって同じ顔をしていたに違いない。

 だが彼らの顔を見た時にフッと緊張が解けた。こいつらだって俺と同じだ。

 そしてこんな恥ずかしい間抜けな顔を、俺もしていたと思うと少し腹立たしかった。

 その腹立たしさを腹にグッと抑え込んで俺は言葉を続けた。

 「安心しな、俺も死ぬほどビビってる…。」

 そう言いながら団員の顔を一人一人しっかりと見つめる。

 「だが俺たちは誇り高き自警団だろ?…だから行く!」

 自分に言い聞かせるように、すこし強めに言葉を吐き出した。

 「でも…突撃はしない。いったん隠れて偵察しよう。」

 これは妥協案であり、団員の恐怖を軽減するための策でもあった。そして俺自身、ドラゴンにいきなり突撃なんて犬死はしたくない。

 どちらにしろ後続の武装した部隊との合流も待ちたいしな。

 自分がだいぶ冷静に戻ってきているのを感じた。瞬間的に駆け巡った脳内麻薬で、感覚がブッ飛んでいるのかもしれないが、少なくとも体だけは動ける。

 もう一度団員たちに声をかけて、重い足を一歩ずつ踏み出した。


 中央広場に一番近い建物の陰に、ゆっくりと忍びながら到着した。

 町の人たちは全員逃げたのか、広場の方からは声が全く聞こえず、昼間とは思えない静寂が伝わってきた。

 静寂が強すぎて、後ろにいる団員たちの荒い息遣いが、手に取るように聞こえるのが逆に気持ち悪い。

 だが、その後ろの存在感に助けられながら、少しでも落ち着いて色々な予想をめぐらせる。


 この壁の向こうにドラゴンがいるかもしれない…。

 もしかしたら何人かは惨殺されて(むくろ)が転がっているかもしれない。

 考え始めればキリがないが、まずは状況を確認しなければ…。

 それにしても不思議だ。全く物音がしない。ドラゴンが暴れているわけでは無いのか…?

 俺は気配を殺して、人生最大級の集中力をもって慎重に壁から顔を出した。


 「広場にドラゴンは…?!」と探した瞬間、視界に思っていたのと違う魔物がいた。

 俺はてっきり家のような巨大なドラゴンがいるのだと思っていた。

 その予想に反して緑色の魔物は、人間のような形をしている見た事もない種族だった。

 ここから見れば背を向けたような角度のために、正面の姿は分からない。だが言われてみれば、あの鱗に包まれた体と翼はドラゴンっぽくもある。

 そして顔を見ようともう少し顔を出した時に驚く。そのドラゴンの向こうに座っている人影が見えたのだ。

 俺はなぜか慌てて顔を引っ込めた。

 「ホートライドさん…どうっすか?」

 びっくりした顔を引っ込めた俺に団員が声をかけた。

 「…いた…けど、思ってたのと違った。」

 「は?」

 団員たちが間抜けな顔をした。まあそうだろうな、俺も見た時にたぶんそんな顔をしてたと思う。

 「いや、たぶんドラゴンだとは思うけど…見たことも聞いたこともない種族だ。」

 「え?!…ヤバいヤツっすか?!」

 「それも分からん。ただ、この辺の魔獣とは全然違う事は確かだ。」

 沈黙が流れる。どう対処したらよいのか分からないのだ。

 「でも今、暴れているってわけじゃないから、出来る事なら少しは落ち着きたいけど…。」

 とりあえずドラゴンが暴れているわけでは無い、という状況に団員たちは安堵(あんど)のため息をした。

 「問題は…誰か逃げ遅れてる。」

 「えっ?!ヤバいじゃないっすか!!助けないと!」

 突然声を強めた団員達を俺は静かにさせるが、口元が少しニヤけてしまった。

 こいつらもやはり自警団なんだ。

 最初は突然の事にビビッてたけど、やはり誰かを助けなきゃって時には、持ち前の正義感が隠せない。

 その事実に妙に勇気づけられた俺は、再び壁から顔を出した。今度はもう少し大胆に。

 すると、先ほどの人影が立ち上がっている。

 あれは…?!


 俺はもう一度壁から顔を引っ込めて、慎重に報告した。

 「たぶん…アリア…。エアリアーナだ。オレガノさんちの。」

 その時の団員たちの複雑な顔を、俺はたぶん一生忘れないと思う。

 「そっすか…。」

 なぜか少し気の大きくなった団員たちが、次々と壁から顔をのぞかせ始めた。

 「あ、ほんとだエアリアーナちゃんだ。なんかドラゴン?と向き合ってる…。」

 その時、そのドラゴンがちょうど顔を横に向けたのを、俺たちは見てしまった。その瞬間、全員が壁に顔を引っ込めた。

 「…ドラゴン…だな?」

 「うん、なんか体は人間っぽかったけど、あの顔はたぶんドラゴンの顔っす。」

 さっきまで少し元気になった団員たちの顔が再び暗くなる。

 思っていた巨大ドラゴンと違ったというのは、気持ち的にすごく軽くなったのだが、やはりドラゴンはドラゴンなのだ。

 もしあそこに立っているのが本当にドラゴンならば、やはり俺たちが相手にするのは重すぎる。

 重いと言うよりも不可能だろう。

 「ホートライド、どうする?」

 団員から急かされる。

 「…勝てると…思うか?」

 その問いに、団員は答えを(きゅう)している。

 「分からないっす…。」

 他の団員もだいたい同じような答えを考えているのは顔を見れば分かる。そして俺も勝算が全く浮かばない。

 「それに…。」

 先ほどまで暗い顔をしていた団員がポツリと漏らした。

 「エアリアーナちゃんが襲われているわけじゃないっす…。無理して戦わなくても…。」

 この言葉は団員の頭にゆっくりと染み渡って行った。

 かく言う俺も頭の片隅で思っていた。

 こんなに悠長に俺たちが考えていられるのは、村が破壊されている訳でも、目の前の少女が惨殺されているわけでも無いからだ。

 「無理に攻撃して怒らせちゃった方が、ヤバいんじゃないっすかね…。」

 その提案に他の団員も無言でうなずいた。

 それを見て俺も心の重荷を下ろすことが出来た。

 「分かった。このまま監視を続けて、もし攻撃の気配が出たら一気に攻める。いいな?」

 団員たちは少し安心した顔をして頷いた。

 「ま、このまま黙って帰ってくれることを祈るしかないか…。」

 俺は心の底からそう思った。


 そしてその時に心の中で思っていたもう一つの事は、誰の口に出すこともなかった。

 『彼女一人だけが犠牲になるのならば、無理に攻撃命令を出す必要はないんじゃないかと。』

 監視しながら俺はずっと葛藤している。

 村が攻撃されてたくさんの人たちが殺されているなら、自警団全員の命を引き換えにしてでも戦わなければいけない。

 だがもし一人だけを助けるために、ここにいる団員全員の命を、危険に晒さなければならないとしたら、それは果たして『釣り合う』のか。

 ましてそれが『盲目の少女一人』だけのために…。

 だが、その少女は俺の友人でもあった。


 そしてしばらく監視していた俺たちは、予想外の展開に再び混乱する事となった。

 しばらく立って何かを話していたようなエアリアーナが、ドラゴンと一緒に歩き出したからだ。

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