和解への道
「それにしてもキルトランス殿は強いな!」
心の底から愉快そうにジャルバ団長は笑いながらレッタの淹れたお茶を飲み干した。
いつのまにやら「殿」と敬称が付いているが、誰もあえて触れはしなかった。それはこの男が相手を一人前の戦士と認めた事を意味する。
隣でぐったりとしているホートライドが
「団長…ありゃ強いなんてもんじゃないですよ…。」
と愚痴を漏らした。そして首だけキルトランスの方を見て恨めしそうに続ける。
「後半はかなり本気で殺しにかかってましたけど…当たる気すらしませんでした…。」
再び首をがっくりとソファの背もたれに落とす。
それを見ながらキルトランスは思っていた。
魔世界の連中に人間を弱いと蔑む輩も多いが、さもありなんと言った感想だった。
これでは魔力の弱い部族連中だって人間を十分に狩れてしまう。普段虐げられている部族の連中こそが、喜び勇んでアルビに来たがるのも肯ける。
ましてドラゴン族であれば、よっぽどの事がない限りは傷一つ付けられるはずもあるまい。
しかし伝説には、ドラゴン族を討伐した勇者がいるという事だ。
恐らく魔力を籠めた武器を使用したのは間違いないであろうが、その顛末は気になるところであった。
どんな武器であろうが当たらなければ意味は無い。恐らく愚鈍なペンドラゴンやグレータードラゴンの一族であろう。
とは言っても遥か昔の事だ。人間たちがその当時を知る由も無かろう。
だがその人類最強の勇者が、どの程度の動きであったのかは興味がある。とは言っても、ホートライドの二倍の運動能力があったとしても、たいした問題ではなさそうではあるが。
そのうちにドラゴンの楽園に戻った時に、いろいろな種族に聞いて回るのも楽しいかもしれない。もっとも人間に後れを取ったような不名誉を出した一族は、軽々しく口を割るとも思えないが。
「そういえばキルトランス殿は飛行も封印していたな。」
もはや子供の瞳のジャルバ団長は、喜々としてキルトランスに質問攻めをしている。
「まああんな狭い場所で飛んでも、たいして意味は無い…。」
そして彼とホートライドに、ドラゴンニュート族の魔力飛行の説明をした。
「そうか!いやいや、魔術の封印を頼んだが、なんだか申し訳ない事をしちまったな。」
勝手に恐縮するジャルバ団長。
キルトランスはふとホートライドの方を見て「ホートライド。良ければ疲労の治癒をしようか?」と申し出た。
ホートライドの首が驚いて起き上った。
「え、いいんですか?!」
「ああ、もちろんだ。疲れさせてしまったお詫びとして。」
「ぜひお願いしたいです!」
ホートライドが嬉しそうに体を起こす。
「もしかして治癒の魔術も使えるのか?!」
ジャルバ団長も驚いて身を乗り出す。
「ああ。まあ…あまり得意ではないが使える。」
そう言って手をホートライドにかざした。
レッタに施した時を思い出しながら、ゆっくりと慎重に魔力を籠めてゆく。
「あ~俺もやってみてもらいたかったんだ…。」
目を閉じながら、うっとりと魔力が体中に沁み渡っていくのを感じているホートライド。
それを真剣な眼差しで観察するジャルバ団長。
レッタとは体躯も体力も違うホートライドだ。レッタよりは強めに回復させても問題はなかろうと思って魔力を籠めてゆく。
一分ほどして施術は終わった。鼻からため息を一つ吐いて、キルトランスは再びソファに腰を下ろした。
「どうだ?体は楽になったか?」
「…いいえ、そんなには…?」
訝しそうに応えるホートライドに、あからさまに怪訝な顔をするジャルバ団長。
「キルトランス殿、これは…?」
「治癒と言っても回復力を高める魔術だ。いきなり体力全快になるわけではない。」
めんどくさそうに答えるキルトランス。先日のアリアとレッタの件でもそうであったが、魔力を持たぬ者に魔力の説明をするのが、こんなに面倒だとは思わなかったからだ。
そうかと呟きながら、何やら考え込んだように腕を組んだジャルバであったが、ふと思い出したようにホートライドに話を振った。
「そういえばホートライド。先ほど俺『も』と言っていたよな?お前の前に誰が治癒されてたんだ?」
「あ…。」
しまったとばかりに顔が硬直するホートライド。
子供のような瞳で施術を見ているようなジャルバ団長であったが、やはりそういう細かいところを見落とす男ではなかった。
結局ホートライドは昨夜のレッタの一件を、洗いざらい団長に告白する羽目になったのだった。
話が終わってしおらしくしているホートライドと、それを庇おうとするアリアとレッタであったが、ジャルバ団長は何も言わずに考えているようだった。
だがしばしの沈黙の後に、ゆっくりと口を開いた。
「話は分かった。」
「オレの中で昨日からいくつか納得いかなかった事がようやくつながった。」
そういって髭を撫でながら話を続ける団長。
「命令を無視して勝手に行動したのは明らかな団規違反である。これは重罪だ。」
「はい…その通りです。」
レッタが何かを言おうとするが、ジャルバ団長の鋭い眼光に射抜かれて言葉にはならなかった。
「しかし我らが守るべき村人レッタ・コルキアを救助して、適切な治療処置をしたのは立派な自警団活動である。よって相殺とし今回の一件は不問とする。」
そう言ってニヤッと笑ってホートライドの方を見た。
アリアとレッタが安堵と歓喜の声をあげて抱き合った。ホートライドは安堵のあまり再び椅子に倒れ伏した。
キルトランスはそれを聞いてこの男の采配の妙に関心をした。
さすがは自警団をまとめる長だ。規則を厳守するあまりに融通が利かないわけでも無く、かといって場に流され甘さになびくことも無かった。
間違いなくこの男は有能だ。この村にいるに当たって、仲間につけておいて損は無いだろう。
そしてジャルバは思った。
普段から他の団員よりも目をかけていたホートライドだが、その能力の高さはやはり特筆すべきものがある。
特に今朝の一件は団規違反の賜物とは言え、結果的に無用な戦いを回避する事が出来たのだから。若造に茶番を食わされたのは気に食わないが。
しかし、自警団というのはもちろん対外的な防衛が任務ではあるが、村内の暴力的な揉め事に対処するのも仕事である。
なんでもかんでも力で抑えつけようとするのではなく、機転で戦いを回避するのも重要な役目なのだ。
他の中堅団員には悪いが、やはりオレの次の団長はホートライドを推したいものだ。
ひとしきり場も収まったところで、ジャルバ・ミランドール団長は改まってキルトランスの方を向いて居住まいを正した。
その空気を感じて若者たちも神妙な面持ちになる。
「キルトランス殿。」
キルトランスは眼だけをジャルバに向けて、話の続きを促した。
「オレ個人としては、キルトランス殿がこの村にいる事に…反対はしない。」
アリアが喜びの息を漏らすが、慌てて自分で口を塞いだ。
「だが、条件がある。」
一同の視線がジャルバ団長に注がれる。
「自警団の仕事を手伝ってもらえないだろうか?」
「…ほう。」
キルトランスは少しだけ興味を持ったように喉を鳴らす。
「これは交換条件と言ってもいい。」
キルトランスの反応を伺うように言葉を続ける団長。
「オレ個人が良しとしても、オレは村長ではないから勝手に許可を出すわけにはいかない。」
「外出禁止は残り二日ある。その間にオレが…あとホートライドが村人を説得する。」
突然名前を出されたホートライドではあるが、首を縦に振って同意を示す。
「まずは自警団の連中を。次に村長を。その後はどこまでやれるか分からないが、村人みんなを説得して回る。」
「そんな事が可能なのか?」
面白そうに探りを入れるキルトランス。
「それは分からん。やはりなんと言っても、貴殿の正体を知らずに恐れる村人も多いから、簡単に全員が納得するとは思えん。」
「そうだろうな。」
「だから村人たちへの説明として、貴殿の力を村のために役に立てるという交渉材料が欲しいのだ。」
そこまで言って沈黙する団長。アリアは無意識のうちにレッタの手を握っていた。
しばしの静寂の後、キルトランスがゆっくりと口を開いた。
「自警団の仕事の内容は?」
「村を襲う魔獣やモンスターの討伐。」
「ふむ…。それは構わんが…。」
キルトランスは少々考え込みながら言葉とゆっくりと紡ぐ。
「魔世界の住人がもし村を襲った時は、戦うかどうかは私が決めるのが条件だ。」
今度はジャルバ団長が考え込む。
「曲がりなりにも私は魔世界の住人であり、人間のために魔世界と敵対するような事はしたくない。」
「それは…その通りだな。」
苦々しそうに肯くジャルバ団長。相手の言う事は至極もっともなのだ。
「まして、もしドラゴン族が来たとしたら、戦いたくもない。」
「そうか…。」
目を伏せて答える団長。
「なぜならドラゴン同士で戦ったら、こんな村一瞬で無くなってしまうからな。」
そう言ってニヤッと笑うキルトランス。ハッとした表情で顔を上げるジャルバ団長とホートライド。
朝の魔術を思い出したのだ。
あんな強力な魔術を二匹のドラゴンが乱発したら、それこそ彼の言うとおり、こんな小さな村は一瞬にして灰燼に帰すに違いない。
「それでもかまわないなら、私は自警団の手伝いをするくらいなら構わない。」
恐ろしい想像をしていて虚を突かれたジャルバ団長は一瞬返答に詰まったが、表情に笑顔が戻ってきた。
「それはつまり、協力をしてもらえると言う事でいいのか?」
「ああ。条件付きだがな。」
若者たちの顔にも笑顔が戻る。
それと共にアリアの頬を涙が伝う。そして静かに嗚咽を漏らした。
「あ…ごめんなさい…。なんだか…急に安心したら涙が…。」
慌てて涙を拭うアリアの肩を優しく抱きしめるレッタ。その表情は笑顔ではあったが、少々複雑な顔であった。
そんな二人を眺めるキルトランスはゆっくりと話した。
「これはこの村…タタカナルのためではない。初めてアルビを訪れた私を、臆することなく接してくれたエアリアーナへの恩返しのための契約だ。」
「そんな…私こそ…ありがとうございます…。」
止まらない涙を必死に堪えて、笑顔で答えようとするアリアであった。
この日、この時よりジャルバとホートライドは、キルトランス居住の認可を取るために東奔西走する事になる。




