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龍の首輪

 キルトランスが人間界に向かうと決まってからの日々は慌ただしかった。

 と言えれば、語り手としては話を盛り上げやすいのだが、全くそのような事はなかった。

 実際は身支度と言うものがほとんどなかった、としか言いようがない。

 もともと服飾文化がほとんどないドラゴン族であるから、持っていく荷物などは無い。

 日常生活に身辺整理をするほどの道具もなく、住処としている樹の(うろ)はそのまま放置しておけば、ダグラノディスを含む近隣の同族がたまに掃除をしてくれるらしい。

 そのような事情により、キルトランスは一族の重鎮たちと、一部の友人に軽く挨拶だけしてドラゴンの世界を後にした。

 ダグラノディスはさも行くのが当然のように送り出してくれたし、引きとめてくれるような雌もいなかった。

 戦士として戦って初めて一人前、とする風習のあるドラゴン界では、「あのキルトランスがようやく重い腰を上げた」とため息をつく者の方が多かった。

 この任務を終えて帰ってきて、ようやく暖かく迎えてくれる雌の一人や二人は出来るかもしれない。

 とは言っても、偵察任務で戦果が上がるものなのかは、皆も少し疑問に思っていたが。


 彼にはどうしても父、ハシュタナの影がつきまとう。

 一族の歴史の中でも、突出した英雄として名を残している彼と比べられるのを億劫(おっくう)に感じたキルトランスが、より消極的になっていた事は否めない。

 キルトランスにも兄弟姉妹にあたる者はたくさんいるが、基本的にあまり群れる事を好まないドラゴン達は三々五々に散り、思い思いの場所で過ごしていると聞く。

 何人かの兄弟は父親に張り合おうと、功を焦り(いくさ)の露と消えていったものもいた。


 あまり面白い思い出もない森を背に、キルトランスはドラゴン世界の中心にある転送ゲートに飛び立った。




 魔世界「ユーカルコーグ」は次元多層構造世界となっている。

 それぞれの種族ごとに次元の異なる世界があり、それらをゲートで接続して他世界への移動が可能になっている。

 しかし世界同士の交流はあまりない。

 下手に他世界に首をつっこむと、争いの原因にしかならない事をお互いの種族で理解しており、それゆえに一部の種族代表がたまに交流する程度に留めている。

 したがって他種族の様子は、書物や伝聞などによって広まっている部分が多く、その内容は正しい情報から事実誤認も(はなは)だしい風説まで玉石(ぎょくせき)混合であり混沌を極めている。

 多種族が集う場での(いさか)いが絶えないのも、その偏見が理由の一つであろう。


 そんな「場」の一つ、魔世界の王宮の「転送の()」にキルトランスは足を踏み入れた。

 そこは荘厳な石造りの建物だった。

 白い石で組まれたドーム状の高い天井はキルトランスの大樹に匹敵する高さがあり、広さは奥がかすむほどの距離がある。

 これだけの巨大な建造物でありながら柱はほとんどなく、全部で九本の柱で支えられているようだ。それが技術力の高さなのか魔力の強さなのかは分からない。

 なぜこんな巨大な空間なのかと言うと、別に魔世界の王の権威を示す為ではない。

 ここは魔世界に住む全ての種族に対応している空間である。

 先ほど述べたとおりに、魔世界にはさまざまな種族がいる。空を飛ぶことしか出来ない種族や、巨大なドラゴンや身長十メートルを超えるトロールやジャイアント。

 それらすべての種族が集合できる空間を作ろうと思えば、必然的にこのくらいの広い宮殿にしないといけないのだ。

 キルトランスはその目を転送の間の中心に向ける。遠くにはゲートと呼んでいる空間の歪みが見えた。

 飛翔すれば一瞬で行ける距離だが、彼はゆっくりと歩きだした。


 歩きながらさりげなく視線を泳がせれば、他種族の者がまばらに見えた。

 何人か集まって座っている種族もいれば、キルトランスと同じように一人でゲートを目指して歩いている者もいる。

 上を見れば翼を持った鳥の様な者も数人いた。見たことは無いがもしかしたらハルピュイアと呼ばれている種族かもしれない。

 左の奥に見えるのは何だろうか?獣人界の何かの種族なのだろうが、キルトランスの知っている種族ではなさそうだ。

 そんな他種族の者が集う空間で、なぜキルトランスはゆっくりと歩いているのかと言うと、変にやる気と血気が盛んな種族を刺激したくもないし、ドラゴンニュート一族の代表としての体裁もあるからだ。

 そんな虚栄心を持ちつつも、初めて見る者への興味を悟らせないように、チラチラと周りを見ながらキルトランスは歩みを進める。

 そしてようやくゲートの近くまで来た。

 先ほどワーウルフのような風体の二人が歪みの奥へ消えて行った。彼らも人間界に行ったのだろう。

 (向こうで会いたくないな…)と内心ごちながらゲートの近くにいる番人らしき人に顔を向けた。

 外見はローブのフードに隠されて分かりにくいが、恐らく死霊系の種族だろうか。

 書類らしき紙の束と筆を持って色々と書き込んでいるところを見ると、彼(?)が一族の者が言っていた担当官なのだろう。

 彼に向かって歩きだそうとした時に、背中に軽い衝撃と共に小鳥のような声が聞こえて振り返った。


 「痛った~い!」

 足元を見れば、小さな者が頭を抱えてのたうち回っているではないか。

 意識を担当官に取られていたとはいえ、あっさりと背後への突撃を許してしまった事をドラゴンニュート族の恥に見られてはたまらない。

 キルトランスは平静を務めて声をかける。

 「すまない。大丈夫だろうか。」

 そう言って改めてみると、これは見覚えのある種族ではないか。

 「ええと、確か…君はフェアリードラゴンの者か?」

 記憶を探りながら一族の名を出してみる。

 「おおおおお~…痛かったぁ!あはははは、ゴメンゴメン。」

 その小さな者は頭をさすりながらも元気に立ち上がった。


 身長は三十センチメートルほど。立ち上がってもキルトランスの膝にも届かない。

 外見だけで見ればドラゴンと言うよりは、ハルピュイアに近いかもしれない。何も知らない者が見れば勘違いしてもおかしくは無い。

 体の形状は人型だが、腕の(ひじ)より先には鳥のように色彩豊かな羽の生えた翼。だが(ひざ)より下はドラゴンのそれである。

 しかも手足の先には、ドラゴン族の誇りである爪がしっかりと生えており、臀部(でんぶ)からはドラゴンらしい長い尻尾を小気味よく振っている。

 鳥系の者と、このフェアリードラゴンの違いは手の部分にある。

 ハルピュイアの翼の先端に手はないが、この種族には手も爪もある。ここを見落として間違えると、どちらの種族も烈火のごとく怒る、と言うのが通説だ。

 そして頭部には白銀の髪に隠れている小さな角がある。その角の大きさと丸みからして雌のフェアリードラゴンなのだろう。

 外見がさまざまなドラゴン族とは言え、共通点はあり、雄雌の見分けはだいたい角か爪で分かるものである。


 「急いでるのに周りの珍しい種族に気を取られてて前を見てなくてさ!思いっきり突っ込んじゃったよ!」

 屈託なくケラケラと笑う彼女は翼で体をパンパンと()いた。そしてヨッという掛け声とともに宙に飛びあがる。

 「おお?!君はドラゴンニュートさんだね?奇遇だねぇ!」

 そう言って今度は目を丸くして背伸びをして見上げた。

 何が奇遇なのかは分からないが、恐らくたまたまぶつかったのが同じドラゴン族という意味なのだろう。

 そしてキルトランスの問いに反論しないところをみると、どうやらフェアリードラゴン族で間違いはなかったようだ。

 しかしドラゴンは、魔世界の中でも比較的種類の多い種族なので、魔世界全種族を集めて適当に石を投げれば、けっこうな確率で何らかのドラゴン族に当たるくらいの比率になるに違いない。

 それにしてもフェアリードラゴンは他のドラゴン族と比べて、(せわ)しない種族だとは知っていたが、彼女はその中でも特に落ち着きのないタイプに違いない。そう思う事にした。

 実際、キルトランス達が住む森とフェアリードラゴンの生息する森は比較的近い。

 大河を隔てているが、陸の中心に近い方がドラゴンニュートで、海に近い方がフェアリードラゴンである。

 なので時折フェアリードラゴンが飛んでいるのを見た事はある。

 特徴的にはどちらの種族も魔力に依存しているので、多少の親近感はあるのかもしれない。

 ただドラゴン界最強と言われるドラゴンニュート族と、彼らからしたら手品程度の魔力しか持っていないフェアリードラゴンでは雲泥の差があり、ドラゴンニュートの大半はフェアリードラゴンに対して「鳥が飛んでいる」と似たような認識しか持たない。


 「それはそうと君もアッチに行くんだね?オツトメゴクローなのです!」

 妙に(しゃく)に障る眼前の小動物を、くびり殺したくなる衝動を抑えてキルトランスは答える。

 「そちらも偵察任務か。…せいぜい頑張ってくれ。」

 「うんうん。もちろん頑張るよ~一族の代表だからねっ!」

 そう言って満面の笑みで手を振る彼女。

 フェアリードラゴン程度の力では偵察が限界であり、実際の戦争になれば後方支援や小ささを生かした隠密活動くらいしか役には立たないであろう。

 だからこそ斥候(せっこう)であっても一族代表の誇りがあるのだ。

 優秀な一族が故に偵察にコソコソと行くキルトランスと、たかが偵察に一族の威信をかけて向かう彼女。

 この対比が疎ましくも羨ましくも感じるキルトランスであったが、それを表に出すことはなかった。

 「それはそうと、素敵な首輪だね!」

 突然彼女が前かがみにキルトランスの首元を覗き込んだ。

 そこには今回の旅で唯一「身支度」と言えるものが着いていた。

 龍の横顔に不思議な波のようなバックル、それは風をイメージした意匠を施したものでありドラゴンニュートの無骨な体に似つかわしくない繊細な首輪。

 「ほうほう、なるほど…これが噂のニュートのお守りだね?」

 何を納得しているのかは知らないが、彼女はじろじろと無遠慮にキルトランスの首元を覗き込んでいる。

 「これ触っていい?」

 「ダメだ。」

 即答である。

 彼女が気にしていないのか、気づかないだけなのかは分からないが、彼の声には殺気すら含む語気があった。

 「あはははは、そ~だよね。大事なお守りだもんね!ゴメンゴメン。」

 キルトランスは出しかけていた手を素直に引っ込めて謝る彼女を見て、それ以上の追及はしないことにした。


 彼の首に付いている唯一の旅道具。

 それがドラゴンニュート一族に伝わるアミュレットであった。

 伝わると言っても、このアミュレットがそのまま伝わってる訳ではない。

 ドラゴンニュート族は古来から幼少期になると一つの装飾品を作って親から送られる風習がある。そしてこれを受け取ることで、初めて(ひな)から子供になったと認められたという証にもなっていた。

 素材は魔世界でも選りすぐりの魔鉱石が使われ、その形は千差万別であるが、どれも意匠を凝らした逸品である場合が多い。

 キルトランスのように首輪のものもあれば、腕輪や手首に着けるブレスレットのように、身に着ける場所も人によって異なる。

 身に着ける場所は、大抵長老などが決めるようで、なんでも「その子の魔力の流れのもっとも太いところに着けるのが良い」とされているようだが細かい事は不明である。

 そして子どもたちはこのアミュレットに毎日少しずつ自分の魔力を貯めていくのだ。

 魔力の許容量が規格外の魔鉱石ならば、限界に達するのに千年かかるとも言われている。

 キルトランスも例に漏れず、幼少期から少しずつ魔力を貯めてきた。

 かなりサボった日も多かったが、生来抜きん出た魔力の才能を持つ彼がため込んだ魔力量は、実は長老クラスにも匹敵していたが、本人は気が付いてはいない。

 一部の長老は気づいているものもいたが、彼の成長を思って他言している者はいなかった。


 このアミュレットは戦場における予備物資に近く、アミュレット経由で魔術や魔力の行使をすることによって、本人の疲労を避けることが可能である。

 また、ため込んだ魔力を解放することによって、一時的に本人が発動できうる魔力の限界を超えた発現を可能にもしている。

 このアミュレットの存在もまた、彼らドラゴンニュート族がドラゴン界屈指の魔力を持っていると言われる理由だ。

 故にこのアミュレットは命と等価値ともされ、同族の者であっても気軽に触る事はしない。

 それを気軽に触ろうとしたフェアリードラゴンの彼女は、この場で八つ裂きにされても誰も文句は言わなかったであろう。


 「じゃ、ワタシ急いでるから先に行くね!」

 そう言って彼女は名乗りもせずにキルトランスに背を向けると、担当官の前に文字通り飛んでいった。

 そして口早に手続きを済ませると、ゲートに飛び込もうとした時に振り返った。

 「向こうで会っても仲良くしてね~。」と笑顔で手を振ると、次元の歪みに身を投じた。

 彼女の姿が大きく歪むと溶けるように消えた。

 あまりの怒涛(どとう)の展開にあっけにとられているキルトランスに、担当官も一緒に唖然(あぜん)としながら話しかけてきた。

 「え~っと…お疲れさまでした…。」

 「…う、うむ…。」

 「そ、それでは手続きを…」

 そう言いかけた担当官を手で制すと、キルトランスはやれやれと頭を振った。

 振り返ればキルトランスの後ろには何人か他種族が集まって来ていた。

 「…少し後でよいか?」

 「あ、はい…。」

 担当官も察したようにうなずいた。



 キルトランスは人間界に赴いた。

 厄介そうなフェアリードラゴンの雌に出口で鉢合わせをしないよう、数組の他種族の後に。

これで序章が終了しました。

次からは本題の人間世界でのお話になります。

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