ホートライドの奇策
彼の言葉にキルトランスは訝しんだ。
ホートライドは昨日、二度も魔力を使った場面を目の当たりにしているから、私が魔術を使える事に疑念は無いはずだ。
「…うむ。もちろん使える。」
その言葉に、ようやく和み始めた団員たちの間に緊張が走る。団長の顔にも再び険が入った。
せっかくこのままやり過ごせると思っていたのに、何を考えているのだろうか?
だが昨夜の別れ際に「悪いようにはしない」と言い切った彼を、キルトランスは信用する事にした。
全員が抜刀してキルトランスに対峙する。
「使って欲しいのか?」
その少々挑発的な物言いに、団員が色めきだす。
「ホートライド!どういうつもりだ!魔物を挑発して…!」
ジャルバ団長も剣を構えながら彼を糾弾する。
そのただならぬ空気を感じて、アリアが必死に叫ぶ。
「キルトランス様!戦ってはいけません!」
しかし振り返ってキルトランスは柔らかく言う。
「安心しろ。見せるだけだ。攻撃するわけではない。」
そう言った時にキルトランスは、ふとホートライドの狙いに思い当たった。
(なるほどそういう訳か…。)
ニヤリと笑うとキルトランスは大仰に身構えた。
団員たちは恐怖に怯えジリジリと後ろに下がるが、ホートライドとジャルバ団長は踏みとどまった。
「危ないからもっと下がっておいた方がいいぞ。」
不敵に宣言すると、キルトランスの足元から風が吹きあがり、周囲の木々がざわめく。
座っていたアリアを、レッタが抱きしめて耳元で何かを耳打ちした。あと風でスカートが巻き上がらないように押さえた。
ホートライドもニヤリと笑ってキルトランスに視線を合わせた。
どうやら彼の狙いは間違いではないようだ、とキルトランスは確信する。
咆哮一発、キルトランスは翼を広げると両腕を大きく掲げた。
瞬間、彼の頭上に巨大な火の玉が轟音と共に生まれた。
炎は音を立てて渦を巻き、キルトランスの頭上に集まってゆく。
その圧倒的な火力は、距離を取っている自警団たちにも熱が伝わるほどであった。
風はさらに強まり、キルトランスの体が徐々に宙に浮きあがる。
恐怖に慄く自警団は完全に戦意を喪失して、中には逃げ出そうとする者すらいた。
そして再び咆哮と共に、炎が上空に打ち出され、小さくなるほど天高くなった時、轟音を立てて爆発した。
その音は村中に響き、何も知らない村人たちを再び不安に陥れた。
キルトランスはゆっくりと地面に降り立つと翼を畳んだ。
それと共に風が鳴りやんで、元の平和な庭先が戻ってくる。
「とまあ、軽くこんな感じだが、楽しんでもらえたかね?」
ニヤリと笑ってキルトランスはジャルバ団長に語りかけた。
完全に魂消ている団員たちとは違い、団長の誇りがそうさせたのか、彼ははキルトランスを睨んだまま静かに納刀した。
「…これがドラゴンの魔力か…。」
その声は微かに震えていた。
なんの事はない、ホートライドが仕組んだのは茶番劇であった。
そもそもキルトランスが魔術を使うのに姿勢は関係ない。魔力は彼と一体であり、手足を動かすように魔術を使う事が出来るのだから。
しかしその狙いに気づいたキルトランスはご丁寧にも大げさな構えをして、しかも見てくれの良さのために一番苦手な炎の魔術を出来る限り派手に使って、分かりやすく力を誇示した上に、雰囲気を出すために風まで使った。
ただし風を巻き起こしたのにはもう一つ理由があった。風を吹き上げておかないと術を使っているキルトランス自身が熱くてたまらないからだ。
のちに屋敷に戻った後にそれを話したら、二人の少女は涙を出すほど笑い転げた。
だが仕掛け人のホートライド自身も、その予想以上の凄まじさに心の底から恐怖していたというのも、後日分かった話であった。
「安心するが良い。人間を襲うつもりはない。…そちらから襲ってこない限りは…な。」
少々芝居がかった言い方でキルトランスは団長たちに言い放った。その内心は普段やらない小芝居をしている恥ずかしさでいっぱいであった。
「そ、そうか…。分かった…。」
ジャルバ団長は神妙な面持ちでうなずく。
ホートライドもその隣で同じようにうなずくが、その顔には上手く意図を汲み取って演じてくれたキルトランスに対する含み笑いが滲み出ていた。しかしキルトランスにはそこまでの細かい表情は伝わらなかったようだが。
だがここでジャルバ団長が予想外の行動を起こす。
「そちらの戦力は分かった。だがオレはこのタタカナルの安全を預かる自警団団長だ。」
そう言って剣のツバに指を当てて一歩前に出たのだ。キルトランスは何も言わずに見つめ返す。
「お前がいくら強いからと言って、『はいそうですか』とオメオメと引き下がるわけにはいかんのでな…。」
その言い分、誠に然り。
どんな状況であろうが引くわけにはいかない戦いもある。そこは男の誇りであり、大人の仕事である。
「…その胆力。感服する。」
キルトランスは心から感心して言った。
人間が臆病で弱いと言っていた魔世界の連中も、まだまだ人間を知らなかったようだな。こんな強い男もいるではないか。
「では、どうするかね?」
「お前はこの村から出ていく気はないのか?」
「今のところは無い。」
「いつまでレッタとエアリアーナを人質に、オレガノ邸に引き籠るつもりだ?」
「…さあ?飽きるまで、かな。」
その言葉を聞いて団長が口を開きかけた時に、隣のホートライドが口を挟んだ。
「では!一つ約束…いや、契約をしないか?!」
驚いてジャルバ団長が彼を制止しようとする。
「ここにいる間、お前がこの村の住人に絶対に危害を与えないと誓ってくれ。そうしたら、俺たち自警団もお前に危害を与えないと誓おう。」
「ホートライド!何を勝手な…。」
そう言いかけたジャルバ団長だが、ふと考えて「いや、その契約はありかもしれんな。」と漏らした。
「だが魔族相手の契約なんて信用できるものか…。」
その結論は致し方ないものだったのかもしれない。
キルトランスは悩んだ。ホートライドもその言い分の正当性に、反論が思い浮かばず窮した。
「お前…ジョルジュ団長。」
キルトランスがゆっくりと口を開く。
「ジャルバ団長だ。」
どうもキルトランスは人の名前を覚えるのが苦手らしく、訂正を受けた。
「すまない。ジャルバ団長。お前たちは魔世界の住人に襲われたことがあるか?」
「ある。団員に死者も出している。」
鋭い眼光で返答する団長。
「ならば、魔世界の住人ドラゴンである私を警戒するのは当然だ。それを責める気はない。」
「責任を感じているとでも言うのか?」
詰問する団長。その言葉には怒りと嘲りが滲んでいた。
「いいや。全く感じていない。私がやったわけでも、私に関係のあった事でもないからな。」
だがキルトランスはそれを真正面から受け流す。
その無神経な物言いに、団員たちの表情に怒りが挿す。
だがそれを無視して、平然と言葉を続けるキルトランス。
「ではお前たちは、魔世界の住人と契約を交わしたことがあるか?」
団員がざわつく。ジャルバ団長もその意外な言葉に一瞬言葉に詰まった。
「そ、それは無いが…。」
「ならば初の契約になるのだ。少しくらいは信用しようと善処してくれても良いではないのか?」
静かなオレガノ邸の庭にしばしの沈黙が流れる。
穏やかな風が吹いて草木が少しだけざわめいだ。
だが緊迫した庭先の空気を崩壊させる言葉が流れた。




