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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女と慌ただしい最初の日
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走れレッタ その2

 家の庭の草の中に飛び降りたレッタは、一気に大通りに向かって走り出す。

 母親は窓から身を乗り出して叫ぶ。

 「レッタ、待ちなさい!!」

 それは静かな村に響いた。隣のおじさんが何事かと顔を出したが、見えたのはレッタの後姿だけであった。

 父親はいち早く玄関に向かって走り出して道に飛び出す。

 もし父親が一瞬でも窓から顔を出さずに、真っ先に玄関に向かっていれば、あるいはレッタの後姿をとらえられたかもしれない。

 だがレッタが静かに閉めた玄関の扉を開けるのにかかった一瞬の時間のロスで、玄関から顔を出した時にはレッタの姿は暗闇に消えていた。

 レッタは道に出ると、真っ先に隣の家の裏路地に飛び込んだ。そのおかげで背中を見られずに済んだのだ。

 一切の速度を落とさずに裏道に走り出すと、家々の隙間を縫うようにして走る。

 何を言っているのかは分からないが、両親の言葉が響いてくる。

 だがこの叫びが皮肉にもレッタに味方をしたのだ。

 ただでさえ厳戒態勢で緊張していた村人たちの窓から入ってきた叫び声は、村人の恐怖を(あお)るものでしかなく、村人たちは窓から顔を出すどころか、より家の隅に身をひそめる事になったのだ。

 いつもなら窓から漏れる灯りでそこそこ明るかった路地も、微かなランプの明かりが漏れる程度で路面はよく見えない。

 レッタは何度か(つまず)きながらも夜道を走った。

 だが幸い今日は晴れ渡った夜空。二つの月が最低限の明かりをくれる。


 走りながら同時に思考をするレッタ。

 両親には目的地が知られている今、真っ先に二人はアリアの家に向かうだろう。

 もしかしたら一時撤退していた自警団も、合流して家の門を固めるかもしれない。

 こうなったら裏口から入るしかないけど、アリアの家の裏口に行くには少し遠回りとしないといけない。到着に時間がかかれば、当然裏門も警備されてしまうに違いない、と。

 レッタは無邪気で天真爛漫と思いきや、思考速度はかなりのものである。瞬時に思考を終えると、一気に広場を突っ切ってアリアの家の裏側を目指す。

 その時、もう一つの運が彼女を味方した。

 暗がりを疾走する、背中にシーツの袋を抱えたレッタを一瞬見かけた女性が悲鳴を上げたのだ。

 顔が見えず袋が背中にあり、身を低くして失踪する彼女を一瞬見て、人間だと判別するのは難しかっただろう。

 その悲鳴が自警団の一部に伝わり、モンスター、もしくは昼間のドラゴンが村に出てきたと勘違いして、村の広場に数人の自警団が走り出したおかげで、家の入口が固められるのに時間が少しだけ遅れた。

 そしてその遅れが、近所にいた自警団の裏口への到着を少しだけ遅らせたのだ。

 だがその事を知るよしもないレッタは裏路地、家々の隙間を縫って疾走する。

 気が付けば、彼女の履いていたスカートもブラウスも、引っ掻き傷や裂け目だらけになっており、全身土に汚れていた。

 こんな事になるなら家に帰るなんて言わなきゃよかった…。別に服なんか無くたって死にはしないのに…。

 心の片隅で後悔をしたが、とりあえず不安を抱えた両親に、生きていると言う事実を伝えられただけでも良かったと思う事にした。


 徐々に近づくアリアの家。だがレッタの足は悲鳴を上げていた。

 ここに来るまでにも何度も転び、その足はすでに満身創痍(まんしんそうい)

 元々やんちゃな女の子であったレッタは、昔から村の男の子たちと走り回って遊んでいたために、同じ年頃の少女と比べれば遥かに足は速い方であった。

 またアリアの世話をしているうちに、筋力や体力は普通の男子と変わらない程のものになっていた。

 だがそんなレッタの足も、一歩一歩を踏み出すたびに力強さを失っていった。

 彼女は自覚していなかったが、極度の興奮状態にあった脳が、一時的に彼女のリミッタを外していて、常識では考えられない脚力と思考速度を出していたのだ。

 しかし無理をしていた筋肉が限界を迎えるのは自然の摂理。無限に湧き上がる力など存在しないのだ。


 (あ…れ…?アリアの家ってこんなに遠かったっけ?あはは…ちょっと遠回りしすぎたかな…?)


 次の家の裏を抜ければレッタの家の裏木戸だ。

 ここまで誰にも止められなかったのは、運が良かったのかもしれない。

 だが心の安堵とは関係なく疲労困憊(こんぱい)。足は無自覚にガクガクと震えおり、急ぐ気持ちとは裏腹に、その速さは普通の人の歩く速さと変わらないほど落ちていた。


 そして裏木戸が見えた瞬間に、レッタは横から飛び出してきた影にぶつかり倒れた。


 運よく背中に背負っていた袋がクッションとなって痛みは薄かったが、一度倒れたレッタに立ち上がる体力は残っていなかった。


 「レッタ?!大丈夫か?!」


 その影の主はホートライド。若き自警団のポープであり、レッタの幼馴染の男。

 正義感の強いこの男は、力なく倒れた人物が瞬時に自分のよく知る少女、レッタ・コルキアであると気付いたが、その変わり果てた姿に息を飲んだ。

 月明かりに照らされた彼女の姿は、変わり果てたものであった。

 服は破れ肌は露出しているが、その肌は傷だらけであり、避けたスカートからのぞく足には、いくつもの(あざ)がついていた。

 彼女の息は引き付けを起こしたように上がっており、足は痙攣(けいれん)してビクビクと跳ねている。

 自警団の者でさえ戦慄すら覚える、その尋常ならざる姿にホートライドは混乱した。

 レッタに何が起こったのか…。



 そもそも最初にレッタがオレガノ邸から出て話をした相手もホートライドであった。


 時を(さかのぼ)ること数時間前。

 ホートライドたち自警団はドラゴンがアリアを人質に、どこかへ歩いていくを見て尾行を始めていた。

 だがすぐにオレガノ邸に向かっているであろう予想はついた。

 しかし一人と一匹の様子を、物陰から見ていた隊員たちも、ホートライドも疑念を抱いた。

 人質のはずのアリアは、いつものように杖を使ってゆっくりと歩いていく。そしてドラゴンはそのゆっくりとした歩調に合わせて後ろをついていく。襲うわけでもなければ助けるわけでも無い。

 「もしかしてエアリアーナちゃんが連れて行ってるっすかね?」

 団員がボソリと言ったが、連れて行く理由も目的も皆目見当がつかない。

 広場からドラゴンが見えなくなった事で、村人たちが恐る恐る外の様子を(うかが)いはじめ、少しずつ騒がしくなり始めた。

 本来なら、まだ厳戒態勢だと伝えて建物内への避難を呼びかけたいところではあったが、呼びかけの声で刺激する可能性もあったので、とりあえずは無視しておくことにした。

 だが実はこの時、裏でレッタが広場に飛び出し、アリアが向かった先を村人に聞いて、オレガノ邸の裏口に向かって走っていた事は、大きくなり始めた喧騒(けんそう)に埋もれて、自警団の者は誰も気が付かなかったのである。

 アリアが家の門をドラゴンと共にくぐった事を確認すると、団員たちは中の様子を確認すべくいくつかのグループに分かれて周囲の家へ散った。

 そこへ完全武装の後続部隊が到着し、周囲は物々しい雰囲気になった。

 村の住人は遠巻きにオレガノ邸と自警団たちを静かに見守る事しか出来なかった。

 ホートライドは団長に状況を報告すると、打開策を考える話し合いを始めた。

 だが話し合いは意外と難航した。

 まず、見たことのない種族だが、恐らくドラゴンであることは間違いないという事。

 これがすでにかなりの問題で、ドラゴンであればそもそもこの村の自警団レベルでは太刀打ちできない強さであることは明白。

 次に、直接の被害者がまだ出ていない事。

 街に降り立った後も破壊行動を一切行ってはいない。そしてエアリアーナ・オレガノがドラゴンと一緒にいる事は確認されていたが、どうやら襲われてはいないという事。

 敷地内に潜入した者からの報告も、やはり静かでエアリアーナが襲われた、もしくは死亡したような状況が見られない事。

 そうなれば、今のところ自警団を無理に突入させて被害を出す必要もない、という判断が妥当だろうという結果に落ち着いた。

 だが話していくうちに「あのドラゴンは大人しいタイプで討伐は楽なんじゃないか?」や「無理に戦わなくても実は話し合いでなんとかなるのではないか?」などの穏健案が出てきはじめた。

 だが副団長たち強硬派意見も根強くあり、話は平行線になるかと思われたその時、オレガノ邸の玄関の扉が大きな音と共に開け放たれて、団員に緊張が走った。

 自警団たちは話を打ち切って門の方を見た。そして団員たちにどよめきが湧きあがる。


 そこにいたのがレッタ・コルキアだったからだ。

 エアリアーナが人質になっている、という話は近隣の住民から聞いていた。だが彼女の友人であるレッタが一緒にいたという情報はなかった。

 なぜ中からレッタが?!と驚くと同時に、ホートライドは彼女を助けようと門を走り抜けた。

 だがレッタは力強く手を前に出してホートライドを制止した。

 おもわず彼は門と玄関の間ほどで止まった。レッタその顔には強い決意がはっきりと見て取れた。

 幼馴染のホートライドには分かった。レッタがこの表情をした時は、相当の覚悟がある時なのだと。

 「来ないで!ホートライド!」」

 事情は理解できないが、とにかく何らかの緊急事態であろうことは察することができた。

 ホートライドは口を閉じたまま、ゆっくりとレッタに手招きをするが、彼女はそれをゆっくりとしかし大きく首を振って拒否をした。

 「ホートライド、お願い。自警団のみんなを家から離して。」

 先ほどの大きな声とは違い落ち着いてはっきりと、しかしホートライドにギリギリ届く声で彼女は伝えた。

 ドラゴンから何らかの脅迫指示があっての行動に違いない。

 「レッタ。お前だけでもこっちに逃げて来い。」

 ホートライドも同じように応える。

 ドラゴンがどこからか監視をしている可能性がある。何の意味になるのかは分からないが、剣の(つか)に手を添えて周囲を警戒する。

 「安心して。ドラゴンはまだアタシもアリアも傷つけていないわ。」

 それを聞いて少し緊張が解ける。やはり内部の調査は間違っていないようだ。

 「でも本物のドラゴンよ。怒らせれば…この村丸ごと焼き尽くすかもしれない…。」

 その言葉が示す事実に心が重くなる。当初の予測が間違ってなかったからだ。

 つまりもし暴れた場合、自警団の村防衛は絶望的だと言うこと。ただ幸いなことにそのドラゴンは凶暴なタイプではなさそうだ。

 こうなれば防衛の落としどころは「被害を出さずに村から出て行ってもらう」にするしかなさそうだ。


 レッタは切々とホートライドに訴え続けた。

 ドラゴンの危険性はあるが今は大丈夫だという事。そして周辺で監視している自警団に撤退をしろと。

 つまりはこれはモンスターの襲撃事件というよりは、野盗の人質立てこもり事件に近くなっている。

 レッタとアリアは人質になっており、ドラゴンは今のところ二人を殺すつもりはないという事なのだろう。

 「ドラゴンの要求は何なのだ?」

 知性の高いと言われているドラゴンであれば、話し合いでの解決も可能なのかもしれない。ホートライドは人質解放交渉に頭を切り替えた。

 だがレッタにギリギリ聞こえるくらいの大きさで叫ぶホートライドに、レッタは悲しそうに首を振った。

 「それが分からないの…。」


 そこから静かなる交渉は続いたが、ホートライドの説得むなしく

「自警団は周囲から撤退する」

「内部の人質が安全な限り突撃はしない」

「ただしドラゴンに家から出てこないようにレッタがお願いをする」

という内容で落ち着いてしまった。

 つまりはほとんど現状維持でしかなく、問題はほとんど解決していないのだ。


 なおも食い下がるホートライドに背を向けて、レッタは再び玄関の中に消えた。

 心配そうにその背中を見つめるホートライドであったが、玄関の重い扉の音が響くと心を切り替えて彼もまた背中を向けた。


 そして交渉の内容と結果を団長に報告した。ホートライドはてっきり叱責(しっせき)されるものだと思っていたが反応は違った。

 当初は苦々しい顔をしていた団長ではあったが、集まってきた団員の表情を見て何かを決めたようだ。

 団長は矢継ぎ早に団員たちに支持を飛ばす。

 内容はオレガノ邸敷地内からの団員の撤退と、村人たちへの統制指示、王都への救援要請の検討。そして近隣の家に隠れての偵察の継続だった。

 ホートライドがそれは約束と違うのではと言ったが、団長は厳しい顔で「ドラゴンから見つからなきゃいいし…村人の手前、任務を放棄するわけにもいかねえだろ?」と(さと)した。


 ホートライドは腑に落ちない顔をしながらも、団長の指示の元に動き始めたのだった。

 これが数時間前の出来事であった。

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