ドラゴンニュートと魔力
空を滑るキルトランスが目指す先は、長老の住む大樹。
遠くから徐々に近づいてくる「それ」は、人間界であれば「山」と表現されてもおかしくないほどの威容をもつ。
高さはキルトランスの寝ていた樹ほどではないが、太さと枝葉の広がりは優に数倍はあるだろう。
巨大すぎて遠近感すら怪しくなるほどの大樹へ滑ってゆくキルトランスは半分目を閉じている。なんだかんだ言いながらもまだ眠いのだろう。
先ほどから「滑る」という表現を使っているが、ここでこのドラゴンに関して少し語ろう。
このドラゴンの楽園には、たくさんの種族のドラゴンが住んでいる。
まず大枠の呼称についてだが、サーペントやワームなどの蛇に近い容姿を持つドラゴンは「竜」と呼び、ワイバーンやドレイクなどの翼をもつトカゲに近い容姿を持つドラゴンを「龍」と呼ぶ。
キルトランスは龍の種族だ。
そしてキルトランスは一般的に「ドラゴンニュート」と呼ばれる種族に含まれる特徴的な容姿を持つ。
ドラゴンニュートは人間に近い手足の構造を持ち、ほとんどの種族は二足歩行をし手先が器用である。
この場合の「器用さ」とはあくまでもドラゴン界においての器用さであって、ドラゴンの特徴である太くて頑丈な爪はもちろんある。故にもちろん人間基準の器用さは適応できない。
そしてもちろんドラゴンの誇りでもある尻尾もある。長さは反った尻尾の先端が地面に付くくらいが一般的である。
もう一つの特徴が先ほどの「滑る」に関係する翼だ。
ドラゴンニュートの翼はドラゴン界の中でも小さい部類にあたり、背中でたためば両肩の幅の中に納まる程度の大きさ。大きく開いても身長と同じくらいの幅にしかならない。
ドラゴン界では翼も種族の誇りとして重要視される部位である。
空の覇者を自称するワイバーンたちは、身長の五倍近い巨大な翼を誇りにしている。
他種族がそれを侮辱すれば、命を賭けた決闘を申し込むのと同義であるため、滅多な事では翼に関する話題をすることは無い。
小さめの翼にも関わらず、ドラゴンニュート族が他のドラゴンたちにあまり馬鹿にされない理由。
それは魔力だ。
ドラゴンニュートはこの混濁した空を魔力で飛行している。
彼らにとって翼はあくまでも補助的なものであって、極論を言えば翼を畳んでいても飛行が可能である。
他の種族であれば翼が邪魔になって入れない木々の中においても、ドラゴンニュートは委細構わずに自在に飛行する事が可能。それが故に大密林の中で生活が出来るのである。
ただし、中空においての姿勢制御に翼を使えば彼らとしても楽が出来るので、やはり補助的には使用する事が多い。
人間で言えば、一本橋の上を歩く時に手を下にしていても歩けることは歩けるが、両手を広げた方がバランスがとりやすいという理由と同じようなものだと言える。
ドラゴンニュートはドラゴン界においても突出した魔力を持つことで有名であり、それが故に他種族から一目置かれている。
魔力量は魔世界の王には及ばないものの、一族の伝説の中には魔世界の王と対等に戦った英雄が登場するほどだ。
またほとんどのドラゴンニュートは精霊との交流が可能で、特定の魔力に関しては無尽蔵とも言える魔力行使が可能になる。これに関してはまた後で詳しく話をすることもあるだろう。
とにかく、彼らにとっては人間の筋力や視力・体力などの力と同様に「魔力」の行使をすることが出来る。
人間が魔力を使うには、独自の魔法構成・詠唱などのさまざまな増幅行為をしないと、魔術として発現しないが、彼らは我々人間が手足を動かすように魔力を使えるのだ。
それ故に、キルトランスは翼をはばたかせる事なく大空を自在に滑りゆく。
その優雅な飛行する姿こそが一族の誇りでもある。