少女たちの初めての魔術体験【挿絵あり】
「キルトランス様、お待たせいたしました。」
「お、大人しく待ってたみたいだね。」
しばらく一人で客間で今後の事を思案している時に、二人の少女が扉を開けて戻ってきた。
見るとエアリアーナのスカートが、先ほどまで履いていた物とは異なっている…と思う。そんなにしっかりと見ていたわけではないから、どこがどう変わったのかは分からないが。
二人は手を取り合いながら、ソファまで歩いて来てゆっくりと座る。
そして微妙な沈黙が流れた。
「で、どうよ?」
「は?」
「何かアリアに言う事あるんじゃない?」
「…?ああ。そう言えば、カップの事はすまなかった。あんなに簡単に砕けるものだとは思わなくて力の加減が出来なかった。」
先ほど一人で思っていた事を素直にエアリアーナ伝える。が、その瞬間に隣りのレッタが怒髪、天を衝く勢いで立ち上がった。
「違うでしょーーーー!!」
「何がだ?」
予想外の反応に少し怯みそうになったが、冷静を努めて応える。本当にこの女の行動は予想が付かない。
「女の子が服を変えたら、何か一言いうべきじゃないの?!」
「…え?」
「こいつダメだ!」
どうやら何かがダメらしい。レッタは憤然とソファに腰を下ろす。
「かわいいね。とか似合ってるよ。とか何かあるでしょ!!」
しばし思考が停止する。
彼女は何を言っているのだろうか?
私の知らない人間界の常識では、そのような文化があるのだろうか?
それとも定型語句的な不文律があるのだろうか?
どちらにしろ、私の知る常識外の事で責められるのは気分の良いものではない。
「そうなのか。」
ドラゴンの世界でも雌に対してのアプローチの流儀みたいなものはあるが、そもそも服という文化がない種族であるが故に、そこに対しての認識は全くない。
「そうは言われても、そもそも服を着た事がない私が、初めて見る人間の服の良し悪しなど分かるはずがないだろう。」
言い訳ではなく素直な意見だが、それを聞いて二人がしばらく固まる。
そしてレッタは変なものを見る目で体を後ろに逸らした。
エアリアーナは少し顔を赤らめてモジモジと体を揺すった。
「そ、そうなんだ…。言われてみれば、確かにキルトランスは服を着てないわ。」
「そ、そういえばそうでしたね…。」
とりあえずは納得してもらえたようだ。
なるほど異世界との文化の差異は、なかなかの溝になりうる。今後は注意しないといけないだろう。
それにしても当然反論をすると思ったレッタが予想外に大人しくなった。
「アルビには服を着たドラゴンの伝説はあるのか?」
二人してしばしの想起にふけるが、エアリアーナが先に口を開く。
「確かに聞いたことありませんね。」
「てか、魔族の連中で服を着てるって話は、ほとんど聞いたことないな~。」
「そういう訳だ。」
レッタも納得したようだが、ふとこちらの手元を見て口を開く。
「そういえばキルト…あれ?」
不思議そうに壊れたカップを見るレッタ。
「どうしたの?」
「キルトランスの溢したお茶はどうした?」
立ち上がりテーブルの下を見るレッタ。
「消しておいた。」
と事もなげに言ったが二人が同時に「え?」とこちらを向く。
「溢したままでは悪いと思って消しておいた。」
「…消すってどうやって?」
怪訝そうな顔でこちらを見るレッタ。
「お茶を集めて空気に返した。」
二人が同時に首をひねる。
「もしかして…魔術で?」
「ああ、そうだな。魔術というほど高等な事ではないが。」
その言葉を聞くと、二人の顔が急に興味津々といった感じに変わった。
「すごいです!キルトランス様は魔術が使えるのですね!」
「すっげー!アタシ魔術使えるヤツ初めて見た!」
少女たちは突然、興奮したようにはしゃぎだした。その一転ぶりに少々面食らう。
どうやらアルビでは魔力の行使は珍しいのかもしれない。
これは良い機会だと思い、二人にアルビでの魔術・魔力事情を聴き込む事にした。
知っておけば今後、色々な場所に行くときに不測の事態の予防にもなるだろうし、アルビの戦力報告として王宮に提出する事も出来るだろう。
そう思って興奮冷めやらぬ少女二人に質問を、そして彼女たちからの疑問にも答えていくことにした。
それらの会話を簡潔にまとめると以下の通りだった。
まずこの世界では魔術を使える人間は少なく、町や村に一人いるかどうかの貴重な存在であること。そしてこの村には、有力な魔術を使えるマジシャンはいないという事。
これに関しては内心胸を撫で下ろした。
自警団の連中も魔術を使えるものがいないという事は、もし襲われたとしてもいくらでも対処のしようはある。タタカナルという、この村にいる限りは比較的安全に過ごせるであろう。
次に魔術の才能がある者は王都への仕官をする事が多く、軍隊には魔術部隊があるという事。
それを聞いて、この村に来るまでに大きな街に寄ろうとしたら、魔術攻撃を受けた事を思い出した。どうやらあの大きな都市が王都だったのだろう。
それと同時に、もしこの村に有能な魔術師が生まれたとしても、大抵は王都に仕官してしまって村には残らないという理由も分かった。
魔世界でも王都での仕事をしたくて、試験を受けて出ていく者もいるから、その辺は同じような事情なのかもしれない。
そしてこの世界には「マジックポーション」と呼ばれている魔術道具があり、色々な場所で使われているという事。
この首輪もアルビでいうマジックポーションの一種で、膨大な魔力が封じられている事を話した。
「だから気軽に触るな」という釘も射しておいた。主にレッタに向けて。
先ほど二人きりの時にすでにある程度の話しておいたエアリアーナは、なるほどと言った表情でコクコクと肯いていた。
レッタの方も同じように肯いているが…理解していると思いたい。
「ねえねえ!さっきやったみたいに、お茶を持ち上げてみてよ!」
完全に子供の瞳の輝きになっているレッタが、身を乗り出してお願いをしてくる。
「ふむ。いいだろう。」
そう言うと、おもむろにエアリアーナのカップに残ったお茶を宙に浮かせた。
「すごーい!ホントにお茶が空中に浮いてる!!」
興奮状態のレッタ。それに対して戸惑い顔のエアリアーナ。
「ねえ、レッタ。どうなってるの?」
その言葉を聞いた瞬間に、叱られた子供のようにしおれるレッタ。
「ご、ごめんねアリア。そうだよね。私ばっかり楽しんで…アリアには見えないもんね…。」
言われてみればその通りだ。眼が見えない者にとっては何も面白い事はないだろう。
この世の終わりのような表情をして、エアリアーナに寄り添って謝罪するレッタ。
「では触ってみたらどうだ?」
思い付きで言ってみたが、どこまで感じられるかは少々疑問ではある。しかしレッタはそれに追従した。
「そうだよ。アリアも触ってみたら、分かるかもしれないよ。」
そう言ってレッタは指を突きだして、宙に浮いている茶色の液体に指を突っ込む。
「うん、もう熱くない。アリアも触ってみなよ。」
レッタはアリアの手を握って、宙に浮いているお茶へと誘導した。エアリアーナも恐る恐る指を伸ばす。
彼女の細い指がゆっくりとお茶の中へ入っていく。
「わあ…すごい…何もないところにお茶が浮いているんですね…。」
確かめるように、噛みしめるように彼女は手を動かして、その不思議な現象を彼女なりに「観よう」としていた。だがどこまで体感出来ているのか疑問ではある。
ゆっくりとお茶をカップに戻すと少し考えた結果、一つの提案をしてみた。
「これならエアリアーナにも感じやすいのではないか?」
意識をエアリアーナの体に集中してゆっくりと持ち上げた。先ほどのカップを思い出して、細心の注意を払って。
人間の体は間違いなくドラゴンとは比べ物にならないほど脆い。下手に力を入れて怪我などさせたら大変だ。というかレッタが怖い。
「えっ?!…えっっ?!!」
狼狽しつつもエアリアーナの体がゆっくりとソファから浮きあがる。
彼女はその初めての感覚に戸惑いながら、あわててレッタの腕を掴む。
「すごい!アリア!空中に浮いてるよ!」
しっかりと彼女の手を握りしめながら、レッタも興奮に赤面しながらまくし立てる。
だが焦っているエアリアーナに対して「私がしっかりと持ってるから大丈夫だよ」と勇気づけることを忘れない。
少し落ち着いてきたエアリアーナはレッタからゆっくりと片手を放すと、自分の体の周りを触って自分が今、何にも触れていない事を確かめた。
それからようやく浮いている実感をしたのか、表情が明るくなって笑顔が零れた。
その表情を愛おしそうにジッと見つめるレッタの顔もまた幸せそうだった。
しばらく人生初の空中浮遊を体験させた後に、彼女をゆっくりとソファに降ろす。
エアリアーナは興奮冷めやらぬ様子でレッタにその感動を一生懸命伝えていた。それを頷きながら応えるレッタ。その彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「どうだ、エアリアーナ。空中に浮くって感覚が分かったか?」
「はい!凄かったです!キルトランス様ありがとうございます!」
何度もお礼を言いながらも、興奮が収まらないエアリアーナ。
「体は痛くないか?」
一応心配して聞くが、彼女は全然痛くなかったと答えてくれた。どうやら力加減は大丈夫だったようで胸をなでおろす。
その後も魔術の話は続き、色々な話をした。と言うよりはさせられた。
魔術を実際に目の当たりにして、彼女たちに疑問などが湧きあがってきたのだろう。
そんな中、レッタが「ちょっと待って」と言い部屋を出て行って戻ってくると、手に小石ほどの木片を持って戻ってきた。
聞けば、それが先ほど話題に出た魔術道具で「バルチス」と言い、使うと燃え上がり木に火をつける時に使うらしい。
触ってみると確かに微かな魔力を感じた。これを解放すれば少しの火が出て、この木片が燃えるであろう事は理解できた。
「面白い道具を人間は作ったのだな。」
実を言えば魔力を封印した道具は魔世界ではそれほど珍しくもないし、色々な種族で様々な魔力を封じた道具、魔世界で言う「魔具」は使われている。
ただそれを同じようなものを、人間もまた作っているという共通点を見ることが出来た、という収穫が私の気分を少し良くした。
「キルトランス様は火を出すことも出来るのですか?」
エアリアーナが興味深そうに尋ねる。
「もちろんだ。」
大見得を切って肯いたが、実を言うと火を扱うのは少々苦手である。
だが苦手と言っても、ドラゴンニュート族の中で得意な奴と比べて苦手だと言うだけであって、人間の魔術師と比べたら得意な方である…はずだ。
そう言って人差し指を立てて魔力を集めると、小さな音を立てて炎が生まれた。
レッタが驚きの声を上げる。音が聞こえたためエアリアーナも炎が出た事を予想できたのか、同じように驚きの声を上げた。
レッタの方を見ると彼女も同じことを考えていたのか、肯いてエアリアーナの手をそっと握ると炎の近くに手を導いた。
彼女の掌に炎の熱さが伝わると、本当に炎を出したのだとようやく実感したのか、改めて感嘆の吐息がこぼれた。
「よかったね。アリア。」
「ええ、キルトランス様は凄いお方ですね。」
「これでバルチスが節約できるよ。」
「え?」
面食らって思わずかなり素の声が出てしまった。
もちろん、彼女の言おうとしている事はすぐに理解が出来た。
先ほどの話の中でバルチス…マジックポーションは買うものだと言っていた。そして消耗品だという事も。
つまり、今後は火を使いたかったら、私を使うという事なのだ。
しかし理解はできるが納得は出来ない。そしてそれ以上に、レッタの豪胆さにある意味では関心を覚えた。
最初から私に立ち向かおうとした勇気もそうだが、強大な力の差があると理解したうえで、平気で使おうとする神経の図太さ。
非力な少女ではあるが、心根だけで言えば我が部族の勇士に負けない図太さがあるのではないだろうか。
…別に感心する事でもないが。
「もう!レッタったら…キルトランス様はお客様ですよ!」
案の定、エアリアーナがレッタを叱る。「え~だって~」と口を尖らせるレッタ。
だがエアリアーナの言葉が糸口になり、こちらも上手く切り出すきっかけが掴めた。
「いや、こちらもわがままを言って世話になろうという身だ。この程度で良ければ協力はしよう。」
「そんな!お客様にお手を煩わせるなんていけません!」
慌てて辞退しようとするエアリアーナに対して、悪びれもせず「えー、いいじゃん。キルトランスもいいって言ってるよ?」と反論するレッタ。
「でも…」と食い下がるエアリアーナ。
だがこれからの事を考えると、一方的な関係よりも持ちつ持たれつの対等な関係である方が、今後のためかもしれないと思い、私も説得を試みた。
「気にしないでくれエアリアーナ。一宿一飯の恩と言う訳ではないが、お互いに助けられる部分は助け合えば良い。」
「先ほどのカップのお詫びにもなるし、これから私が迷惑をかける事もあるかもしれないだろう。」
「だから、私の魔術が役に立つのなら、エアリアーナを助けるのは吝かではない。」
私とレッタの説得により、恐縮していたエアリアーナも少しは納得したようだ。
だがレッタが「ほら、ね?キルトランスもこう言ってくれてるし。」とちゃっかり便乗してくる。
別にレッタのために言ってるわけではないのだが…。
それでもようやくエアリアーナは納得半分、諦め半分と言った表情になってポツリと話した。
「でも、火の担当は私ではなくレッタですよ?」
言わなきゃよかった。
本当に言わなきゃよかった。




