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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女と慌ただしい最初の日
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小さな椅子

 エアリアーナの好意でこの家に住ませてもらう事が決まってから、具体的な話になろうとした時に、彼女は口を開いた。

 「ひとまずキルトランス様がお客様になったのだから、応接室に行ってお茶でもしませんか?」

 そう言ってレッタの方を見るエアリアーナ。

 私をもてなすことに抵抗感を拭えないレッタだったが、ふと自分の喉が異常に乾いている事に気が付いたらしく「そうね、アタシもお茶飲みたいって思ったし…」と渋々立ち上がった。

 それもそうであろう。

 彼女は魔物に襲われた友人を助け出そうと、なけなしの勇気を振り絞って立ち向かった。

 さらにその後に、屋敷を包囲した自警団に一人で立ち向かい、説得をして引き取ってもらった。

 そして彼女は疲れ果てて戻ってくると、気を失うように眠っていた。

 緊張や疲労で喉が渇いていたとしてもなんら不思議ではないのだ。


 そして私は「お茶」というものに興味があった。

 「飲む」という言葉から水の類だという事は分かるし、「お茶」なるものも聞いた事があるのだ。

 魔世界でも一部の種族では水に何かを混ぜて飲んだり、火で加熱してから飲むという酔狂な事をしている、という話は仲間から聞いた事があった。

 ドラゴン界では川や池の水を飲むのが一般的で、たまに木の実の汁などを飲む事もあった。

 その場合は薬用として飲むことが多く、娯楽としての飲み物はあまり知らない。

 甘い果汁の実が成る樹もそこそこあるのだが、大抵はどこかの種族の縄張りの中で重宝されていて、族長などの権力者が統治している樹だったりするのだ。

 もちろんドラゴンニュート族の縄張りにもそのような樹はあったが、病気の時などくらいしか与えられず、幸い健康な人生を送っていたキルトランスは、人生において未だに二度しか口にする機会はなかった。

 人間の生活を見ることが出来るようになって、いきなり以前から気にはなっていたものを試すことが出来るとは、なかなかの僥倖(ぎょうこう)だ。

 もっともその「お茶」というものが、魔世界のそれと同じ保証はないのだが。


 立ち上がったレッタは、エアリアーナの隣に立って彼女が立ち上がるのを待つ。

 エアリアーナは手探りで椅子の肘掛けに立てかけてあった杖を手にすると、ゆっくりと立ち上がる。

 そしてゆっくりと杖を前に出しながら歩き出して扉の方へ向かう。

 杖が壁に当たると、ゆっくりと扉を探し出し、ノブを掴むとゆっくりと引いてドアを開けた。

 その間もレッタは、エアリアーナに付かず離れずの距離を保って様子を見ている。

 なるほど、レッタは彼女に付きっきりだと思っていたが、一人で出来る事は独力でやれるように補助しているだけなのか。

 最初はどれだけ厄介な人間なんだと辟易(へきえき)していたが、私と言う異分子がいなければ二人はこのように協力しながら暮らしていたのだろう。

 そんな様子を見ながら私も後に続こうとしたその時、レッタが部屋の扉を閉めた。

 閉められた扉を目の前に、思わず変な笑いが出てしまった。

 この少女は分かりやす過ぎて困る。

 暗に「お前は来るな」という意思表示なのだろうが、こんな地味な嫌がらせをしなくてもよいのに。

 私は先ほどのエアリアーナを真似てノブに手をかける。予想通りノブは下に降りて止まった。

 そしてゆっくりと扉を引いたときに廊下に怒声が響いた。

 「レッタ!今、部屋のドア閉めたでしょ!キルトランス様がまだいるのに!」

 この盲目の少女、存外色々なことを把握できるようだ。

 「ち、違うのアリア。これは…こ、これは…。」

 扉をしっかりと引いて自分が通れる隙間を開けたら、頭を低くして翼を畳んで廊下へ出た。

 「…ありがとう、レッタ。私のために、わざわざ扉を開く練習をさせてくれたのだな。」

 多少の皮肉の色も込めて彼女に助け船を出す。

 「そ、そう!これはキルトランスが扉の開閉の練習になると思ってやったの!」

 「…ホントに?」

 (いぶか)しげに問うエアリアーナ。取り繕うレッタ。

 私は部屋の方に振り返って、開けきった扉を閉めた。

 「いや、助かった。扉と言うのは見た事はあったが、あまり慣れてなくてな。さっきエアリアーナがやってるのを覚えて、見よう見まねでやってみた。」

 「そうなんですか。それなら良かったですが…。」

 未だ半信半疑のエアリアーナ。だが私の言ったことは嘘ではない。

 「この扉、私には少々狭くてな。出入りに慣れが必要そうだ。」

 「ああ、キルトランス様の肩幅だと、確かに扉は狭いかもしれません…。すみません。」

 「別に君が謝る事でもあるまい。この扉は人間の大きさに合わせてあるのだから、私が不便なのは仕方がないのだ。」

 こちらが客人である以上、家主の規格に合わせた家に文句を言う義理もなかろう。

 「肩幅は扉ギリギリだからそこまで気にする必要はないが、部屋の上の部分に顔や翼が当たるから、気を付けて屈まないと上手く出られない。」

 そう言って扉をしげしげと見る。廊下の他の扉を見ても、この部屋と同じ大きさの扉であり、恐らくこの大きさが人間界での平均的な大きさと考えて相違はないだろう。

 「上…ですか…。上にぶつかるなんて意識した事もありませんでした。キルトランス様はとても大きいのですから当然かもしれませんが…。」

 そう言って妙に感心したようにつぶやくエアリアーナ。

 「うん、アタシも出てくるのを見て、うわギリギリだなぁ~って思ったし。って言うか、今もキルトランスの頭がけっこう天井に近くてびっくりしてる。」

 先ほどの自分の所業も忘れて同意を見せるレッタ。私の頭の上を見て感心している様子。

 実際に私と天井の距離は十五センチも空いてはいない。爪先で立てばギリギリ角が天井に着くくらいだ。

 「まあ、私の事は気にしないでくれ。どうしても困った事があれば言わせてもらうが、出来る限りのことは自分で考えて対処してみる事にする。」

 そう言ってエアリアーナの方に振り返り、二人を追従する事にした。

 「そ、そうですよね。私みたいにレッタがいないと、何もできないわけじゃないですものね。」

 そう言って笑った彼女にレッタが不思議な表情をしたが、何も口には出さなかった。

 気を取り直した二人はゆっくりと別の部屋に向かって歩き出した。私はそれにゆっくりと付いて行く。


 二人は一つの部屋の前で止まった。ここが応接室なのだろう。

 その部屋の扉は他の部屋と異なり左右に開くものだった。エアリアーナは右の扉を開いて中に入る。

 それに続いたレッタが予想外の行動に出た。左の扉を開いてくれたのだ。

 先ほどの通り私の体の幅では普通の扉ではギリギリだが、二枚分の幅があれば余裕で通ることが出来る。

 しかも応接室は玄関の扉と同じ高さ。つまり天井ギリギリまで開く形式なので、頭を屈めなくても通れるのだ。私にとっては非常に楽になる。

 こちらを半目で見ているレッタだが、先ほどの私の窮屈そうな出入りに同情してくれたのだろうか?と妙な勘繰りをしてしまうが、なにせ相手はレッタである。用心する事に越したことはないだろう。

 「ありがとう。レッタ。」

 それでも礼を言って中に入る。

 「…どういたしまして。」

 そう言って扉を閉めるレッタ。


 中は先ほどのエアリアーナの部屋の二倍以上の広さ、といったところだろうか。

 薄暗い中央には大きな円卓があり、十人分の椅子がある。

 エアリアーナは手探りでゆっくりとそのテーブルの方へ歩いていく。

 先ほどの彼女の部屋の中と比べて動きが鈍いのは、この部屋に来ることが少なく慣れていないからであろうと思った。

 レッタは扉を閉めるとその足で窓際へ歩いていった。そして窓にかかっている布をどかすと、外の(まばゆ)い光が部屋に満ちる。その明るさに思わず目を細める。

 ドラゴン族は元々、薄明るい世界に住んでいるために夜目は効くが、光には弱い。急激な明るさの変化には対応しにくいのだ。

 しかしそんな事はお構いなしに、レッタは布をどかして窓を開けてゆく。

 次々に明るくなっていく部屋と共に、淀んだ空気が動きだし、外の新鮮な空気が部屋に流れ込んでくる。

 「ありがとう。レッタ。」

 そう言いながらアリアは円卓に沿ってゆっくりと歩いていき、一つの椅子のところまで行くと、そこから円卓を離れてさらに部屋の奥へ向いた。

 そちらには円卓とは異なる、低くて広い椅子が向い合せに置いてあり、円卓とは異なる低い四角い机が置いてあった。

 これらが「ソファー」や「テーブル」という言いかたであるのは後日知った。

 そのソファーの手前にエアリアーナは腰を掛け、こちらを向いて微笑む。

 「キルトランス様もこちらへいらして座ってください。」

 私は(うなず)いてそちらに向かった。そして彼女の指さすソファーを見て困った。

 人間用のソファーなので非常に狭い。

 エアリアーナの座り方を見て、同じように腰を掛けようとするが、どう考えても私の尻ギリギリのサイズだ。

 背中の部分は翼をソファーの後ろにすれば問題はないのだろうが、尻尾の部分がどうしようもないのだ。

 「キルトランス様。どうかいたしました?」

 いつまでも座る様子の無い私にエアリアーナが不安そうに尋ねる。

 「いや、な…座ろうとしたのだが、尻尾が邪魔になって座れないのだ。」

 「まあ!すみませんでした!キルトランス様は尻尾があるんですね!気が付きませんでした…。」

 そう言って謝るエアリアーナ。そうは言われても別に彼女が悪い事は何もない。ここはアルビでここは人間の家であり、人間用の道具しかないのは当然の事なのだから。

 それに考えてみればレッタの邪魔が入って、エアリアーナは私の上半身しか知らないのだ。下半身の大きさや尻尾の存在など知る由もない。

 「別にエアリアーナが謝る事ではない。人間用の椅子に私が合わないのは当然だろう。別に私は立ったままでもこのまま座っても構わない。」

 そう言って私はソファーの隣の空いている場所に腰を下ろした。

 そこに窓の布…カーテンを整え終えたレッタがやってきて、私の方をじっと見た。

 しかし何も言わずにエアリアーナの方を向いて「アタシはお茶を用意してくるからその間だけ我慢して待っててね。」と(きびす)を返した。

 そして扉の前に立つと振り返り「アタシのいない間にアリアにヘンな事したら許さないからな!」と言い捨てて出て行った。

 やれやれ…。

 「もうっ!レッタ!」

 エアリアーナが怒って扉の方を向いたが、彼女は既に廊下を全力で走りだしていた。


 「申し訳ございません、キルトランス様。」

 そういって深々と頭を下げる。

 「レッタが失礼な事ばかり言って…。」

 「でもいつもは優しい子なんです!きっと私を守ろうとして頑張ってるんです!ですから…」

 面を上げて必死に彼女の弁解をしようとするエアリアーナ。

 「分かっている。レッタがどんな人間なのかは、会ったばかりの私に分かるはずもないが…。」

 言葉を紡ごうと必死のエアリアーナを制して言葉を続ける。

 「少なくとも、悪意は…ほとんど無いし、彼女の敵意も理解はできる。」

 「そして彼女がエアリアーナを守ろうと必死なのも分かる。だから気にするな。」

 その言葉を聞いてエアリアーナは(うつむ)いた。

 「ありがとう…ございます…。」

 「良い友だな。」

 そう言うと彼女が少しだけ涙ぐむ。

 「はい…本当に…私なんかのために一生懸命支えてくれるレッタは…神様の贈り物の友達です。」

 そう言って目尻に涙を浮かべて彼女は微笑んだ。


 内心、今ここでレッタが帰ってきたら面倒だな、と思いながら言葉を続ける。

 「私は人間界…アルビ、と我が魔世界が、そして天世界の連中がどのように関わってきたかを多少なりとも知っている。」

 「そして人間が他の世界の人を恐れているのも知っていた。」

 「だから、レッタの恐れは当然だと思うからそれを非難する気はない。そう思われる関わり方をしてきた我々、魔世界の住人にも問題はある。」

 エアリアーナは神妙な面持ちで聞いている。

 「だからむしろ私を恐れなかったエアリアーナに感謝をしている。」

 なぜか動揺するエアリアーナ。

 「そ、そんな…こちらこそ…ありがとうございます。」

 なにがありがとうなのかは分からないが、きっと彼女なりに感謝する事があるのだろうと思い、追及はしなかった。

 「なぜエアリアーナは私を恐れ、警戒しなかったのだ?」

 最初からずっと疑問だった事を聞いた。

 エアリアーナは今までの事を思い出すように押し黙って、そして少しずつ語り始めた。


 「キルトランス様…怒らないでくださいね…。」

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