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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第六章】ドラゴンとメイドと魔鉱石
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キルトランスの落ち着かない夜 その3

 先程から眠るに眠れないキルトランス。

 村の外では、恐らく自警団の者が慌ただしく動いている気配がするからだ。

 彼らも静かに行動しているつもりであろうが、敏感なキルトランスにはどうにも気になる。

 もっとも、イルシュが村を出た事が分かった以上、自警団が動くことは分かっていたので、文句をいう訳にもいかない。

 そしてなにより、もし本当に軍が動くのであれば、自分が当事者なのだから呑気に寝ているのも不遜(ふそん)な話だ。


 ふと気がつくと、廊下の外にゆっくりと歩く者の気配がした。

 キルトランスはその気配をよく知っている。

 部屋の扉がゆっくりと開くと、エアリアーナが静かに、しかしいつものように控え目に顔を覗かせた。

 「…キルトランス様、起きていらっしゃいますか?」

 いつもの一言目。いつの間にやら慣れたものだな、とキルトランスは思った。

 「ああ、どうした?」

 いつものように小声で答えるとアリアの顔がほころぶ。目の見えない彼女は、キルトランスの声を聞いて初めて彼の存在を知ることが出来るからだ。

 彼女は少し慣れた足取りで部屋に入ると、いつも通りにベッドの所には来ず、入り口で立ち止まっていた。

 「レッタのいる日は来なかったのではないのか?」

 いつもと違う彼女の様子を察して、少しだけ意地悪く言うが、アリアの顔は真剣であった。

 「その…どうしてもお話がしたくて…。」

 その言葉を聞いてキルトランスは起き上がった。ベッドが派手に(きし)む。恐らくその音は、遠くの部屋にいるレッタとヴィラーチェには聞こえたであろう。もっとも起きていればの話だが。

 「話を聞こう。」

 キルトランスは暗闇の中でアリアの前に立った。地平に近くなった月明かりが窓から部屋の奥まで差し込み、彼女の顔を幻想的に浮かび上がらせる。

 「キルトランス様、村から出ていきませんよね?」

 盲目の彼女の視線がキルトランスを見つめた。

 「…関係の無い余所(よそ)者に出ていけ、と言われても出ていくつもりはない。」

 彼は静かに続けた。

 「どうやら村の者達にも…そして家の主にも居て良いと言われているのでな。」

 そう言って少し喉を鳴らした。

 その言葉を聞いてアリアの表情に安心が射す。だがキルトランスは言葉を続けた。

 「だが、この村に迷惑をかけてまで残るつもりは無い。」

 アリアの表情がにわかに曇る。

 「そんな…。」

 言葉に詰まった彼女の肩に静かに手を置くキルトランス。

 すっかりと体に馴染んだ堅くて大きな手、たまに背中に当たる大きな爪が、彼女の心に勇気を与えてくれる。

 彼女はなけなしの勇気を振り絞って漏らす。


 「どこにも行かないでください。私は…キルトランス様とずっと一緒に…居たいのです。」


 レッタが聞けば卒倒しそうな、求婚とも受け取れる言葉だ。しかしアリアにそんなつもりは微塵(みじん)もなかった。

 彼女は昔から自分は結婚なんか出来ない。誰も私を必要としない、とずっと思ってきた。

 結婚してみたいと言う憧れが無かったと言えば嘘になる。しかし、やはりどこか他人事の様な感覚がある。

 だからこそ、先程の言葉は単なる我儘(わがまま)であった。しかしあまり我儘を言わない彼女だからこそ、先程の言葉に少しの勇気が()ったのだ。


 「…そうだな。私もこの村が存外気に入ったようだ。ここに住めるのならここに居たいものだ。」


 アリアがアリアなら、彼も彼である。

 しかしそもそもドラゴン達にとって、人間世界で言う「結婚」という文化は無く、あるのは子供を作るという行為だけだ。

 そして子供を作ったからと言って雌雄が一緒に住むことは無く、それぞれが自由気ままに過ごすのが彼らの文化だ。

 故に、キルトランスもまたアリアの言葉に求婚の意味合いなど微塵も見出ださず、単なる感情だとしか思わなかった。

 そしてキルトランスはこの時、もう一つの事が少しだけ気になって返答がおざなりになっていたという点は否定できない。


 キルトランスの答えに少しだけ胸がざわついたアリアであったが、その理由を理解することはまだ出来なかっった。

 それは不満であり、嫉妬に近いものであり、自分の願望が正しい形で昇華されなかった(くすぶ)りでもあった。

 彼は村を理由に残ると答えたが、彼女としては自分を理由に残ると言って欲しかったからだ。

 その(かす)かな(いら)つきが、彼女を少しだけ大胆にさせる。

 「もし…もし村から出ていくのでしたら…。私も一緒に連れていってください。」

 彼女はそう言うとキルトランスに倒れ込むようにして抱きついた。さすがの彼も驚いて、咄嗟(とっさ)に彼女の体を抱き止めた。

 抱きつかれた事にはそこまで驚いていない。何度も夜の逢瀬(おうせ)を重ねていくうちに、彼女もキルトランスに触る事に遠慮がなくなり、体を寄せあって寝ることも少なくなかった。

 彼が驚いたのは、彼女が何の躊躇(ちゅうちょ)もなく前に倒れた事だ。

 彼女は常に動くときは手、もしくは杖を動かす。それが彼女の目であるからだ。そんな彼女が前を確認せずに体を投げ出したという事は、自分に支えてもらえるという自信があったからに他ならない。

 そして事実、自分は咄嗟(とっさ)に彼女を抱き止めた。

 (なつかれたものだな…。)

 いじらしくキルトランスの体を抱き締めるアリアの頭を見下ろしながら、キルトランスは小さくため息をついた。

 だが心地良かった。

 自立を当然とするドラゴンニュートにとっては、彼女の気持ちは「依存」であっただろう。

 しかしその依存がなぜか悪くないと思えた。

 (アリアを連れて行く…か。悪くないかもしれないな…。)

 そう思った矢先、一つの予言が頭を(よぎ)って表情が固まる。

 「アリアよ。そんな事になったら、絶対にレッタが着いてくると思うが…。」

 アリアもハッとして顔を上げた。

 「そうですね。ではレッタも一緒に。」

 そう言って少しだけ笑った。

 キルトランスが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 別にレッタの事を嫌っているわけではない。むしろ好ましい人物だとは思っている。

 ただ、少し疲れるだけだ。


 その後二人はそのまま少しだけ話をした。そして出来れば穏便に事が収まってくれる事を願って別れた。


 アリアの出ていった扉を見たまま、キルトランスはしばらく考えていた。

 自分にとって、エアリアーナという人間の少女は何なのかを。

少し短いですが、切りが良いところで。

次話に閑話休題を一つ入れて、夜が明けます。

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