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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第六章】ドラゴンとメイドと魔鉱石
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魔石の布

 あまりの予想外の事に少女三人の目が点になってしばらく固まる。

 「石を…布にする…?」

 「ちょっと何言ってるか分かりませんね…。」

 「おいおい…そんな事できるわけ…。」

 「おお、なるほどです。」


 ヴィラーチェだけは納得していた。

 論より証拠と、キルトランスはアリアから魔石を受け取ると、再び宙に浮かせた。

 「おい、まさか本当にそんな事が出来るのか?!」

 真剣なキルトランスの様子に、レッタが思わず叫ぶ。

 確かに板金技術はあり、紙のように薄い鉄は一般にも出回っている。しかし、布のように薄くて柔らかい金属などというものは、見た事も聞いた事も無かった。

 装飾として魔鉱石が散りばめられた、魔道師のローブと言うのは存在する。しかし布そのものが魔鉱石で作られたローブなんて物が、もし本当に作れるのならば、それは途方もない技術であり、大革命であろう。

 尋ねたい事は山ほどあったが、今は我慢をしてキルトランスの様子を(うかが)う事にした。


 キルトランスは再び魔力を魔石に籠めた。しかし先ほど魔力を籠めた時ほどの力は入れていないようだ。

 ほどなく魔石は再び液体のように波打ち始めた。柔らかくなったのだ。

 そして魔石はゆっくりと潰されるように、平らに引き延ばされてゆく。

 その大きさはどんどんと大きくなり、アリアを丸ごと包めるほどの巨大な布のようになった。

 「ありえねぇ…。こんな事が出来るなんて…。」

 魔術師(ウィザード)の連中がこれを見たら、頭をかきむしって憤死(ふんし)するのではないかと思えるほどの超魔術(オーバーテクノロジー)だ。

 広がりきった魔石はふわりとキルトランスの腕にかかる。

 「これをローブに出来るか?」

 レッタの方を向いて尋ねると、彼女はあまりの光景に呆気にとられてポカンと口を開けていた。

 「え?!あ、ああ。出来ると思うけど。」

 イルシュが歩み寄って、その布を触ろうとするのをヴィラーチェが止めた。

 「待つのです。それはアリア以外が不用意に触ると危ないですよ?」

 「…マジでか?」

 (すん)でのところで手を止めるイルシュ。

 「悪い心で触ると反撃されますよ?」

 首をかしげるヴィラーチェ。

 「おいこら。それはアレか?私が悪だとでも言いたいのか?」

 「いえいえ。メッソーもございません。」

 首を振って笑うヴィラーチェ。

 だがキルトランスは真面目な顔でイルシュに警告した。

 「例えばだ。その魔石の布の強度を調べようとして強く引っ張ろうとしたら、攻撃と判断して何らかの魔術で反撃しようとするかもしれない、という事だ。」

 「マジか…。よかった先に聞いといて。」

 青ざめるイルシュ。ちょうど、本当に布なのかを確かめようとしていたからだ。

 言われなければ間違いなく、引っ張ったり畳んだり色々していただろう。

 「もちろん必ず発動する訳ではない。気持ちの問題だ。」

 「いやいや、そんな不確定なもの信用できるかよ!」

 手を引っ込めて、もはや触る気など微塵も無くなったイルシュ。

 「でも、そんな危ないの、本当にアリアに着せて大丈夫なの?」

 いまいち信用できない、と言った顔でキルトランスを(にら)むレッタ。

 以前の彼であればその顔に苛立ちもしたであろうが、今の彼にとっては何とも思わなくなった。彼女は本気でアリアの事を案じているだけなのだ、と信頼しているからだ。これも彼らの共有した時間がなせるものであろう。

 「ふむ。先ほど彼女の手で契約の儀式をしたであろう。あれによって、魔鉱石にアリアを主人として認めさせた。だからこの魔石がアリアに害を与えることはない。」

 淡々と、しかし真面目に答えるキルトランスに、レッタもため息をついた。

 「あ、そう。ならいいけど。」

 レッタもまたキルトランスに対しての信頼は出来ていた。

 少なくとも彼が悪魔、悪い魔物ではない事は前から分かっていた。そしてアリアを大事にしてくれ始めている事も分かってきた。

 アリアがだんだん彼に心を開いていくことが面白くないだけで、彼自身には特に問題があるわけではないのを、共に過ごす時間で理解はしているのだ。

 だが、どうにも心が付いていけない。いきたくない。

 アタシだけのアリアでいて欲しい。それは嫉妬だ。分かっている。

 そんな複雑な心を抱えたままのレッタだが、それでも日常を普通にふるまう事は出来ていた。

 「でもさ、とりあえず本当に布っぽいのか知りたいから、アリアが羽織ってみてよ。」

 イルシュが性懲りもせずにけしかける。

 しかしレッタもその布の性能を知りたいのか、キルトランスから布を受け取るとアリアの肩にかけるようにして羽織らせた。

 すると魔石から作られた布は、あたかも本物の布のようにしなやかに彼女の肩を包んだ。風を受けて少しひらめく(さま)も完全に布だ。

 「なんだか、こうやってると重さを全然感じませんね。」

 肩掛けの要領で布を前で持っているアリアも、今までに感じた事のない感覚に不思議がる。

 先ほど手の中にあった時はそこそこの重みはあったのに、今こうやって肩にかけると、何も着けていないような軽さなのだ。

 「本当に布みたいになってるのね…。」

 布に軽く触りながらレッタが感心する。

 「キルトランスが本気を出し過ぎたおかげなのですよ。」

 そう言って再びアリアの肩に、魔石布(ませきふ)越しに座ったヴィラーチェが笑う。


 「えい。」


 その時、レッタが拾った小石をアリアに向かって放った。

 大豆ほどの小さな小石は、緩やかな放物線を描いてアリアの腰の辺りに飛んでいくと、当たる直前に止まってポトリと地面に落ちた。


 「アンタ馬鹿なの?」

 「お前は人の話を理解できない馬鹿なのか?」

 「このバカおっぱい!」


 「え?…え?」

 三人が心底呆れた顔で振り向きながらイルシュを罵倒する。事情の分からないアリアはまさか自分が被害者だったとも知らずに困惑する。

 「三人そろってバカ連呼すんな!あとおっぱいって呼ぶな!」

 予想外の当たりの厳しさにへこむイルシュ。だが当然である。

 恐らくちゃんと守られていると予想していたとは言え、盲目の少女に向かって石を投げるなど、愚行以外の何物でもない。

 「い、いや、だって!本当に効果あるか試してみたいじゃん!」

 三人が盛大にため息を付いた。

 「好奇心は猫をも殺す」という言葉もあるが、彼女のこの無謀な好奇心が自身の身を破滅させない事を願うばかりである。

 「ど、どうしたんですか?」

 置いてけぼりのアリアが尋ねると、レッタが吐き捨てるように状況を教えた。

 「今、この眼鏡馬鹿がアリアに向かって石を投げたの。」

 「ええっ?!」

 「ちょ、ちょっとお姉さま!もう少し柔らかい表現でお願いします!」

 慌てて取り繕うイルシュだが、先ほどの投石はさすがに失礼である。

 「で、でもさ!すごいじゃん!ちゃんと効果あったじゃん!」

 自分の罪を帳消しにするつもりなのか、必死で訴えるイルシュ。単にレッタに嫌われたくないという気持ちなのかもしれないが。

 「怪我しなかったから結果良し、ってもんでもないでしょう!」

 さすがにキレ気味のレッタ。だがアリアは少し微笑んで彼女を(いさ)めた。

 「でも本当に守ってくれたのですね。」

 「まあ、ね…。」

 腑に落ちないレッタ。

 「確かに当たる瞬間に止まって、ポトって落ちたのよね。」

 怒りは未だ収まらないが、それでも魔石布がアリアを守ってくれた事に関心はしたレッタである。

 「すごいです!そんな素晴らしいお守りをくれたヴィラーチェとキルトランス様には、なんてお礼を言ったらよいのかしら…。」

 アリアの純真な言葉にさすがのイルシュも良心が痛んだ。

 「家に住ませてくれたお礼です!これなら白黒ねーちゃんが何かあっても大丈夫ですね!」

 ヴィラーチェも無垢な笑顔で答える。

 「まあ、これから先も、こいつのような馬鹿が現れんとも限らないのでな。お前を守る物はあっても良いだろう。」

 キルトランスは皮肉たっぷりに答えた。

 軽く石を投げただけのつもりが、こんなに大事になるとは思っていなかったイルシュはがっくりと肩を落とした。

 「なんだよ~。小石投げただけじゃ…あ、はい。すみません。反省してます。」

 ぼやこうとして、物凄い形相のレッタに睨まれたイルシュは平謝りをした。


 その後は目的は達したと、全員で村へ戻った。

 アリアはその布が気に入ったのか、ずっと羽織ったままであった。

 イルシュは罰としてヴィラーチェにさんざん振り回されて飛ばされていた。

 兎にも角にも、ヴィラーチェの贈り物は大成功だったと言えよう。



 余談だが、一行(いっこう)が家に帰った後に、一つの問題が発覚した。

 強力過ぎる魔石布は、ハサミも針も通さなかった。

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