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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第一章】ドラゴンと少女と慌ただしい最初の日
11/149

少女の指先が躯を這う陽だまり

 「ただいま…。」


 扉から体を滑り込ませるように部屋に入ってきたレッタは、そのまま扉を締めずに崩れ落ちる。

 「レッタ!大丈夫?!」

 椅子から立ち上がりゆっくりと、しかし急いでエアリアーナが走り寄ろうとした。

 慌てて机の脚に左足をぶつけて、前に転びそうになる彼女を、私はとっさに手の甲で支えて助けた。

 「あ、ありがとうございます!」

 エアリアーナがこちらを向いて礼を言う。眼が見えなくても、こちらの方向が瞬時に分かる事に内心感心する。

 「だ、大丈夫だよアリア…。」

 へたりこんだまま慌てて返事をするレッタ。そして私が握っているエアリアーナの腕を見て、力なく笑った。

 「それにしても…。今、ようやくアタシのやったことが、間違ってなかったと思えたわ。」

 「…どういう意味だ?」

 「…なんでもない。」

 こいつは本当に分からない奴だ。私の手を離れたエアリアーナが、ゆっくりとレッタを探し出そうと手を前に出す。

 レッタはその手を柔らかく受け止めて、自分の両頬に導いた。

 「アリア。私は大丈夫だよ。ただちょっと疲れただけ。」

 そう言いながら涙を流すエアリアーナの頭を、愛おしそうに撫でながら(さと)すレッタ。

 「自警団の奴らは分かってくれたよ。帰ってくれた。というかホートライドを脅して追い返した。」

 そう言ってレッタは笑った。

 「そうなのね。ホートライドさんが分かってくれる人で良かったわ。」

 二人はお互いに支え合いながら立ち上がると、レッタは疲れた体に鞭打ってアリアを椅子まで誘導すると、自分はそのまま隣のベッドに仰向けに倒れた。

 そして次の瞬間に眠り始めた。

 「レッタ?…レッタ?」

 突然の沈黙をした友人を心配してアリアが声をかける。

 「…寝ているようだが?」

 「え?」

 驚きと沈黙。だがエアリアーナは理解したように微笑んだ。

 「そうよね。よっぽど疲れたのね…。ありがとうレッタ。」

 その寝入りの速さは、どちらかと言えば失神に近い。

 私にも経験がある。極限まで神経を研ぎ澄ませた後の精神消耗は尋常ではない。

 唐突な眠気に襲われ、半ば失神するように眠る。

 彼女の言の葉での戦いの凄まじさを思い、この眼下の変な女の胆力に敬服する。

 直接戦闘ではないが、女一人で男数十人を相手に退けたのだ。

 この女、ただの変なヤツではない。


 (きびす)を返し窓際に向かいカーテンを開けた。

 確かに先ほどまでいた自警団は姿が見えない。

 しかし、今度はそれに入れ替わって街の人が何人かこちらを見ていた。

 だがその何人かは、私が窓から姿を見せたら走るようにして逃げて行った。

 「確かに外に自警団の姿は見えなくなった。とりあえずの危機は去ったようだ。」

 「ありがとう…。ありがとうねレッタ。」

 エアリアーナはベッドの縁に座って、眠っているレッタの頬を撫でている。

 その二人の関係を暗示するような絵に、絆の強さを感じて微笑ましい気分になった。

 「しかし…その…なんだ…すまなかったな。私のわがままに巻き込む形になってしまって。」

 「そんなことありませんよ。私が決めた事ですからキルトランスさんは関係ありません。」

 そう言いながらもレッタの方を向いている顔は動かさない。

 「これで自警団を敵に回してしまったがいいのか?」

 エアリアーナの手が止まる。

 「やはりそうなのでしょうか…?」

 「恐らくな。と言うよりも、街の人を全て敵に回してしまったのかもしれないぞ。」

 返答はない。見れば手に少し力が入っているのが分かった。

 「…大丈夫です。大して状況が変わったわけではありません。」

 エアリアーナはレッタの体に指を這わせながら、彼女の腕の先を探り当てる。そして力なく広がっている手を握りしめた。

 「どういう事だ?」

 「私はこの町のお荷物です。もともと、みなさんに迷惑をかけてますから…。」

 目が見えない事で、周りに助けてもらっている事に負い目を感じているのか?

 「レッタにも迷惑かけっぱなしです…。」

 「そうか?こいつは好きでやってるように見えるが…。」

 眼下の眠れる少女を見る。先ほどまでの荒ぶる姿が嘘のような穏やかな寝顔。

 「レッタは昔からずっと私を守ってくれてました。そのせいで色々な酷い目にもあっているのに…。」

 エアリアーナの瞳から涙が伝う。

 「好きだから出来るんだろう。」

 「…分かってます。でもそんなレッタに、何のお返しも出来ないのが申し訳なくて…。」

 これ以上は何を言っても無駄だろうと思い押し黙る。

 彼女の人生がどのようなものであったのかも分からない門外漢が、何を思ってもそれが正しいかどうかは分からないのだ。


 しばらくの沈黙が、光の差し込む穏やかな空気が流れる部屋を包んだ。


 エアリアーナはふと顔を上げて涙をぬぐうと、こちらを向いてはにかみながら控えめに尋ねた。

 「キルトランスさん…無礼な事だとは重々承知しておりますが…。」

 手を合わせてモジモジとしている。


 『あなたを見せてもらっていいですか?』


 目の見えない女の「見る」とはなんだろうか?と疑問には思ったが、あえて尋ねる事はしなかった。

 「かまわん。」

 その言葉を聞くと、彼女はゆっくりと立ち上がってこちらへ歩み始めた。

 彼女の向かう先にあった椅子を無言で静かにどかした。

 「あ、ありがとうございます。」

 椅子の立てた微かな音を聴きとって彼女はそう言った。驚くべき聴感覚だ。

 エアリアーナは両手をおずおずと前に差し出した。

 「目が見えないから、手で触ってどんな形をしているのかを想像するしかないんですけど、それが私にとっての『見る』って意味なんです。」

 なるほどと納得する。どんな形かを把握するだけでもかなり意味はあるだろう。

 「キルトランスさんがどんな人なのか知りたくて…。」

 そう言いながらエアリアーナは赤面している。緊張しているのだろうか。

 「わかった。自由に触っていいぞ。」

 そう言いながらもこちらも妙な緊張をしてしまう。

 他人と体が振れる経験はいくらでもあったが、触る行為自体を目的とした接触は初めてだからだ。

 「あ、あの。触って欲しくない場所があったら言ってくださいね…。」

 そう言う彼女の手を掴むと、一瞬彼女の体が強張った。しかし彼女は落ち着いて私の手を両手でゆっくりと撫で始めた。

 「大きな手…すごい…。でも人間と同じ形なんですね。」

 「そうだな。だが爪には気を付けろよ。」

 そう言うと彼女はゆっくりと慎重に指先へと手を移動してゆく。そして指先の爪をゆっくりと触れた。

 「すごい爪です…。強そう…。」

 「ありがとう。」

 思わず返事をしてしまう。

 なんだかんだで爪はドラゴン族の誇りなのだ。そこを褒められて悪い気はしない。

 エアリアーナはその言葉を聞いて微笑んだ。

 「いえいえ、どういたしまして。」

 そして彼女の手は私の腕の方に少しずつ上がってくる。

 「すごい皮膚。硬くてザラザラしてて…まるでトカゲみたい。」

 言われれば確かにリザードマンとドラゴンニュートの皮膚は似ている。

 しかし分かってはいるが、あいつらと似ていると言われると微妙な気持ちになる。

 ドラゴン族の皮膚は二種類あって、皮膚が硬くザラザラとしているタイプと明確な鱗があるタイプだ。

 「それにしてもキルトランスは背が高いですね。」

 上腕に手をやるエアリアーナの腕は、もう彼女の顔よりも上にあげている。

 「そうだな…君の顔が私の腹の辺りだ。」

 「すごい…。私が知ってる一番背の高い人よりもずっと高い…。」

 彼女は驚きながらも手を止めないが、少しずつ爪先立ちになっていくのを見て、私は膝を折って背を下げた。突然動いた私に驚いたエアリアーナだが、慌てて礼を言う。

 言いながらも彼女の両腕は肩へと昇ってきた。

 その指の先には龍の首輪がある。それに少し抵抗感を感じた。

 本来むやみに他人が触っていいものでもないが、この少女はそんな事知るまい。

 あの転送の間で会った小うるさいフェアリードラゴンは、知ったうえで触ろうとしたから許しはしなかったが、この何も知らない少女にそこまで言うのもどうなのだろうと考えているうちに、彼女の手が硬い物に当たって止まった。


 「これは…?」

 「それは…首輪だ。」

 「そうなんですね。えっと…触って大丈夫ですか?」

 エアリアーナは恐る恐る尋ねた。

 だがその態度がキルトランスの気持ちをほぐしたのは間違いないだろう。

 「大丈夫だとは思うが…あまり触らない方がいいな。」

 「そうなんですか…。」

 そう言って彼女は少し残念そうな顔をした。

 「大事なものなのですね。」

 「…ああ、そうだ。」

 間違ってはいない。もっとも、触られた程度で壊れるような代物ではないが。

 ただこの首輪には私の魔力が大量に込められているし、一応の防護障壁の護符でもある。

 彼女に破壊の意志があるとは思えないが、もし何かに反応して魔術が発動して、彼女に攻撃をしないとも限らない。

 この目の前の一生懸命な少女に無為に危害を与えたくない、と思った私の多少の配慮の結果の言葉だ。

 断られたためか、少し気遅れした様子のエアリアーナだったが、気を取り直してゆっくりと両手で顔の位置を探り始めた。

 「失礼します…。」

 こう言われるとなんと返事をしたらいいのか分からないし、こちらも緊張してしまう。

 「う、うむ…。」

 彼女は慎重に私の顔を撫でていく。

 「キルトランスさんは…ドラゴンなんですね。」

 そう当たり前のことを感心しながら言うエアリアーナ。

 なるほど腕から首までの形は人間と大した違いは無い。だが顔の形は人間と全く異なる。

 首から上を触る事を禁じたら、彼女は私を人間と同じようなものだと思ったかもしれない。

 頬から少しずつ口先に手先を滑らすと彼女は微笑んだ。

 「なんか…犬みたいな感じ…。」

 彼女の知っているものに比喩されるのは仕方がない、とは分かっているが複雑な気分である。

 「鼻は触って大丈夫ですか?」

 「…たぶん大丈夫だとは思うが…。」

 なにせ鼻を他人に触られた経験がないので何とも言いにくい。鼻は弱点でもあるから普通は触る事も触らせることもないのだ。

 失礼しますと言って彼女は怖がりながら鼻先に指を当てた。すると彼女の香りが強く感じられた。なるほどこれが人間の香りか…と私も一つ知ることが出来た。

 そして一番体で柔らかい部分であろう鼻先で彼女の手を感じた時に、人間の皮膚の柔らかさを感じる事も出来た。

 驚くほどの柔らかさだ。こんなに柔らかい皮膚など爪で引っかいたら、簡単に裂けてしまうのではないだろうか。

 不意にくしゃみをしてしまった。やはり鼻は弱いな。

 しかしそれにエアリアーナは酷く驚いて狼狽(ろうばい)した。

 「ご、ごめんなさい!変なところ触ってしまいましたか?!」

 慌てて手を引っ込めて謝る彼女。

 「いや、なんか(かゆ)かっただけだ。気にするな。」

 「わ、わかりました。もう鼻はやめますね。」

 私は気にしてもいないが、ひどく委縮(いしゅく)してしまったエアリアーナ。

 そして少しずつ頬から頭の方へ手を動かす。

 「その辺から目だから気を付けてくれ。」

 「はい…。」

 私の目の周りを撫でていた彼女は、細心の注意をしながら手を動かす。私は念のために目を閉じた。

 すると妙な緊張が増加した。視覚を遮断すると妙に触られている感覚が過敏になってしまう。

 そして目を過ぎて頭に手を動かしていく。

 「そこには(つの)があるから気を付けてくれ。」

 彼女は頷くと、私の二本の角をゆっくりと握りながら先端へと滑らしていく。

 「角って初めて触りました…。」

 「…私も触られるのは始めてだ。」

 「そうなんですか?!すみません…。」

 「いや、別に悪い事はないが…。」

 ふとこの様子を、ドラゴン界の連中が見たらどうなるだろうか、などと考えてしまった。

 ドラゴン族の誇りである角を人間に触らせているなんて、と長老連中は怒るだろうか。

 なにせドラゴン同士でも角に触れることはない。(おきて)で決まっているわけでもないが、みんな無意識にそこに触れるのは避けているのだ。

 ダグラノディスあたりに見られたら二百年は話のネタにされそうだ。

 「その辺で頭はやめてくれないか。」

 妙に気恥ずかしくなって、首を振って彼女の手を払いのけてしまった。

 「す、すみません…。」

 「いや、別に悪いと言う事ではないが…。」

 恥ずかしいと言うのも恥ずかしくて言葉を濁してしまった。

 「でもおかげでキルトランス様が、どんな顔をしてるのか想像しやすくなりました。」

 「それは良かった。次は別の場所にしてくれ。」

 恥ずかしさでなんとなく彼女から目をそらしながら言う。

 「あの…体も触って大丈夫ですか?」

 彼女も恥ずかしそうに視線を下げながら指先をモジモジといじっている。

 角をさんざん触っておきながら、今さら体を触るのに恥ずかしがる感覚はよく分からない。

 「もちろんだ。」

 「では…。」

 そう言って彼女は首から下へと手を進めた。

 私の胸の辺りを触りながら彼女は驚く。

 「すごい…樹みたいに太い。」

 確かに彼女の体の幅から考えたら、私の胸幅は倍以上はあるだろう。

 彼女は腕を広げて私の体の幅を確かめている。そうなると自然と彼女の顔は私の胸に近づいてくる。

 「キルトランス様って…いい香りがしますね。」

 彼女の匂いが再び鼻に入ってきた時に、エアリアーナも先ほど私が思った事と同じような事を言った。

 「なんでしょう…草原の風の匂い…かな?」

 「そうか…。」

 そんな(たとえ)をされたことがないので反応に困る。きっと褒められているのだろう。

 エアリアーナは気持ちよさそうな表情で、ゆっくりと私の胸板に頬を付けた。

 「やっぱりキルトランス様は良い人です。魔物とか関係ありません…。」



 「あああああああああああああああああああああああ!!!!」

 突然の絶叫が部屋に響き渡った。

 エアリアーナは雷に打たれたように体から離れた。

 私も驚いて声の主を向いた。

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