再び邪気ある者
「そ、それはそうと。」
わざとらしく咳払いをしたモルティ副団長であったが、その顔は仄かに上気していた。もっとも、それを見られたところで、彼の隣には更に顔の赤いジャルバ団長がいるので誰も気には止めなかったであろう。
「彼女はこれからどうするのですか?」
団長に尋ねると、先程まで話していた事を軽く伝える。それを腕組みしながら聞くモルティ副団長。
「…なるほど…。まあ私個人としても特に拒否する理由はないでしょう。」
それを聞いてヴィラーチェが彼の目の前に飛び降りた。
「おお、君もワタシの味方ですか。」
嬉しそうに首を振りながら微笑む彼女を目の前にして、モルティは少しだけ目のやり場に困っているようであった。
一応、急誂えの服を着ているとは言え、胸は乳房を隠している程度の布地しかなく、肩も腰も丸出しである。
人間であれば下着同然、下手をすれば下着以下の布地しかない状態であり、真夏でも村にこれほどの露出をしている女性は存在しない。
まして脚を見せることを恥ずかしい事だとする文化において、腰布程度のスカートで太ももを露にしているヴィラーチェは、帝都の娼婦でもしないような陰猥な姿なのだ。
もちろん彼女がキルトランスと同じドラゴン族であり、服を持たない種族であることを勘案してなお、度しがたい痴態である。
もっとも、それを禁忌としているのは女たちの自戒であり、男たちからすれば歓迎すべき姿なのかもしれないが。
しかし生真面目を具象化したような男であるモルティにとっては、許容しがたいものであった。
ところが彼は生真面目に生きてきたがゆえに、今までの人生でこのような女性を目の前にしたことがなかった。故に、どう対応してようのかが分からなかった。
「べ、別に味方という訳ではありません。敵対する理由が見つからなかっただけです。」
そう言って目を逸らせた。それが今の彼に出来る最大限であった。
そんな彼にヴィラーチェは顔を覗き込むようにしてケラケラと笑った。
「それだけでも十分なのですよ。ありがとうね。」
モルティは思った。髪を伸ばしていてよかった、と。もし今、耳が見えていたら、真っ赤であることがバレていたであろうからだ。
「で、村長にも言わないとマズいだろう、って話になってな。」
何も気づかないジャルバ団長が話を続ける。
「その村長ってのは偉い人なのかい?」
どうやら自分の命運を握っているかもしれない人物の名前を聞いて気になる様子のヴィラーチェ。尻尾を振りながら尋ねた。
「まあ、偉い人…だな。一応、オレら自警団も村長の下って事になってる。」
そう言いながらジャルバ団長はジョッキを呷る。
「その割には自由に動きすぎですけどね。」
「そもそも、キルトランスさんの時も今回のヴィラーチェさんも、事後報告になってますし。」
モルティ副団長が毒づく。
「こまけぇこた良いじゃねーか。規則、規則とうるさいぜ?」
そう言いながら笑う団長とため息をつく副団長。
「おお?ダメな事しちゃってますか?」
事情がよく分からないヴィラーチェが心配そうな声を出した。尻尾がくるりと内巻になった。
モルティはその姿を正視できずに少しうつむいたまま答えた。
「いえ、ダメという訳では…。あとでしっかりと報告すれば大丈夫だと思いますよ。」
彼のそんな姿を見てホートライドが声なき驚愕を漏らす。なぜなら規則に対して彼の方から折れるなどという事は、今までにおいて一度も無かったからだ。モルティにいったい何が起こったのであろうか。
ともかく、一行は村長に報告に行くことになった。
村通りを歩きながら村長の家に向かう道すがら、ヴィラーチェは念のために再びアリアのエプロンに包まれることとなった。
しかし今回は首から上をエプロンから出して運ばれる姿となり、その状況が妙に面白いのか彼女は妙にはしゃいでいる。
村長の家の前に着くとイルシュが家の門に背もたれて、眼鏡を直しながら気だるそうに言い捨てた。
「私はパス。アイツ苦手。」
身も蓋もない言い様に一同は苦笑する。
「まあ、来たいヤツだけ来ればいいぜ。ヴィラーチェちゃんは来ないとまずいけどな。」
ジャルバ団長は頭をかきながら苦笑いした。
アリアがエプロンを解いてヴィラーチェを解放した。ふわりと浮かび上がるとジャルバ団長のそばに寄り添った。
「私は村長とやらにご挨拶しないとだね。」
「…当然、私も同行します。」
モルティ副団長が彼女の傍に立った。自警団副団長の立場であれば何の違和感もない行動である。
「アリアも行った方がいいわよね。家主なんだし。」
レッタの言葉にアリアも「ええ…」と少し考えたようであったが、肯いてすっと一歩前へ歩みだした。当然レッタもそれに付き添う。
「私は…行く必要はあるまい。」
キルトランスはそのままイルシュの近くに移動した。
彼自身、口には出さなかったがイルシュと同意見であった。村長自身か、家からかは分からないが、どうにも風が澱んだ感じがして苦手な場所だからだ。
「俺もここで待ちます。当事者じゃないですし。」
ホートライドも同じく輪を離れた。
こうしてジャルバ・モルティ・ヴィラーチェ・アリア・レッタの五名は村長の家の玄関を叩いたのだった。
村長の奥さんに連れられて村長の部屋に入ると、彼は二階の窓から家の門の方を眺めていた。
門に居たときには気付かなかったが、どうやらずっと見られていたようだ。
「今日の用件は…そちらの魔物のお嬢さんの件かな?」
そう言いながら村長はゆっくりと振り返った。
ヴィラーチェの事に言及しながらも、彼の眼はアリアの方を見つめている。それが分からぬはずのアリアは、少し身震いをした。胸元を舐められたような嫌悪感が走ったからだ。
(村長さんはそんなに私の事が嫌いなのかしら…。)
少し悲しくなる。
もちろん自分が村にとって歓迎される存在でないことは、幼少の時から薄々感づいていた。
それでもここまで悪しざまな空気を放つ村人はそうそう居ない。その一人が村の代表者であることが悲しかった。
手をつないでいるレッタの手に少しだけ力が込められた。怖じているアリアの気持ちを察したようだ。
「お?…おお…。」
陽気なヴィラーチェが珍しく少し物怖じをした。彼女の耳がピクピクと震え、尻尾の先もパタパタと小刻みに揺れた。
「私はヴィラーチェですよ。ドラゴン界から遊びに来ました。」
それでもはっきりと伝えると、それを受けてジャルバ団長が事の経緯と今後の展望を説明した。
それを無表情で聞く村長。それは何か夜の闇に話しかけているような虚無感に包まれる行為であった。
しかし団長が話し終わると、人が変わったようにニコニコと笑って話し出した。
「そうなんだ。かわいいお客さんが来てくれて歓迎するよ。アリアちゃんの家だったら友達もいるから安心だろうね。」
その言葉にヴィラーチェは少しだけ安堵したが、耳の痙攣は収まらない。
「キルトランスくんだったかな?彼も元気かい?」
不意に話を変えたことに一同戸惑う。
「ああ。自警団の一員としても立派に働いてくれているぜ。」
ジャルバ団長が太鼓判を押す。
「近頃は村の人達とも普通に接していると聞いております。」
モルティ副団長も話を合わせる。
「少なくとも私が見ている限りは、下手な村の男よりはよっぽど紳士だわ。」
珍しくレッタがキルトランスを褒めた。それに少し驚いたアリアであったが、この時とばかりに訴えた。
「私を助けてくれますし、とても優しい方です。」
「そうかい、そうかい。ではヴィラーチェちゃんとやらも、村のみんなと仲良くしてくださいよ。」
アリアの言葉に少しかぶり気味に、村長がいつものふわふわとした物言いで答えた。
「うん。みんな優しいので仲良くするですよ。」
ヴィラーチェが元気に答えた。それで村長との謁見は一見無事に終わったようであった。
一行が部屋を出ると、再び村長は窓の外を振り返り、眼下の家の門のところにいる三人を見つめた。
しばらくすると、家から出て行った五人が視界に入る。
ゆっくりと深いため息をつくと、村長は小さく呟いた。その声は先ほどの声とは思えない無機質で悪意と憎悪に満ちたものであった。
「魔女の娘が魔物を呼び集めているとは…。そろそろ看過するわけにはいかないようだな…。」
祝。第100部分。
10か月でここまで来ました。本当は1年以内に完結させるつもりでしたが、どうやらそれでは終わらなさそうです…。




