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どらごん☆めいど ――ドラゴンとメイドと どらごんめいどへ――  作者: あてな
【第五章】ドラゴンとメイドと またドラゴン
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朴念仁も人のうち

 モルティ副団長がホートライドたち、数人の部下を引き連れて酒場に入ってきた。

 「お?新手ですか?」

 ヴィラーチェがふわふわと浮きながら入り口の方を振り返る。

 モルティ副団長の後ろから続いて入ってきた若手の団員達も、いつもの酒場の光景に混じっている新しい「違和感」に気付いた。

 しかし、団長を含む全員の和やかな空気を感じ取って、その違和感の原因である謎の人物、恐らく魔物が敵ではないということはすぐに理解ができたようだ。

 「ジャルバ団長。そちらの見慣れない方は?」

 ホートライドが少しだけ警戒しながらも店内に入ってくる。その後を他の団員も続く。

 しかしその人物が小さな女の姿をした魔物だと気がつくと、安心したように彼女の近くに寄ってきた。

 「まあ、なんだ。詳しい説明は後でするが、この村の新しい住人になりそうなドラゴンさんだ。」

 「ヴィラーチェですよ。よろしくね。」

 そう言って彼女は笑顔で愛嬌をふりまく。


 他の村であれば、説明不足との(そし)りを免れないであろう適当な説明も、この村の自警団の若者にはすんなり受け入れられた。なぜならキルトランスという好ましい前例がいたからだ。

 ヴィラーチェがタタカナルの村にすんなりと受け入れられた経緯で、最も貢献したのは先駆者であるキルトランスのお陰と言わざるをえない。

 彼がこの村の住人たちと戦うことなく、協力すらして信頼を勝ち得たことで、ヴィラーチェはそこまで警戒されることがなかったのだ。

 とは言え、キルトランスの場合は初めて出会った人間が、エアリアーナだったという奇跡が大きい。

 彼を外見で判断出来なかった彼女だからこそ、彼の人柄が見えたのだから。

 もちろん、キルトランスは魔世界の代表でもなく、一介の尖兵に過ぎない。したがって彼と他の魔世界の住人を同一視することは危険なのだが、それでも無条件で敵とする風潮だけは多少は緩和できた。

 彼女はすでに若者たちに囲まれ、色々な質問攻めにあっている。その中で自慢げに話すヴィラーチェであったが、彼女がそう出来る下地にキルトランスの功績があったことは知る由もない。

 もっとも、彼女が受け入れられた一番の要因は、人間に近い顔と体。そしてかわいさであったのだが。

 そしてキルトランスは彼女の様子を見ながら、やはり納得がいかなかった。容姿が異なるだけで、こうも反応が異なるとは思いもしなかったからだ。

 その時、隣に座っていたアリアがそっとキルトランスの膝に触れた。その顔は少し困ったような表情であったが少しだけ微笑んでいた。

 キルトランスは彼女のその表情を見て、少しだけ安堵する。それの意味するところを彼はまだ理解はしていない。

 (見えぬ者の方が良いこともあるのだな…。)

 彼は少し自嘲(じちょう)気味に笑った。彼の内心を知ってか知らずか、アリアも少しだけ微笑み返した。


 ホートライドがレッタの隣に座り、質問攻めにあっているヴィラーチェを眺めていた時であった。

 彼女の奥、本部の入り口にモルティ副団長が立っていた。

 立っていた事自体は不思議ではない。彼もまたホートライドたちと共に帰還したのだから。問題は、本部に入った時の姿勢のままであったことだ。

 思い返せば本部に戻ってきてから、かれこれもう数分は過ぎている。

 不審に思ったホートライドが声をかける。

 「副団長。なに立ってるんですか?こちらへ来て座ってください。」

 その声に一同の視線が入り口に向けられた。

 モルティは呆けたような表情をしていたが、ふと我に返ると少し恥ずかしそうに赤面しながら慌ててテーブルの奥に歩いてきた。

 「どうしたんですか?」

 心配したホートライドが尋ねるも、いつもの彼らしからぬ様子で返事をした。

 「い、いえ。なんでもないです。見慣れぬ女性がいたので面食らっただけで…。」

 「まあ…驚きますよね。」

 ホートライドは彼の変化に気づかなかったのか、普通に同意をした。

 そこにヴィラーチェが飛んできて、彼のテーブルの前に立った。

 「君は副団長さんですか。偉いんですね。」

 そう言うと翼の手を差し出した。

 フェアリードラゴンにもまたお辞儀と言う習慣は無い。その代わりに挨拶の時に翼を出してその先端を軽く触れさせるという習慣があった。

 それを知らないモルティは面食らいつつも、握手を求められたと思い込んで、彼女の爪の生えたドラゴンの手を優しく握り返した。

 するとヴィラーチェが予想外の反応をした。

 尖った耳をピコピコと動かしながら、少し赤面したのだ。

 「き、君は大胆ですね…。」

 「ええっ?!」

 驚いたモルティが慌てて手を放す。

 「す、すみません。てっきり握手をするものだと思ったもので…。」

 慌てて言い訳をするモルティ。彼女も恥ずかしそうに手を戻しながら尋ねる。

 「あくしゅってなんですか?」

 その問いに一同が驚く。キルトランスを除いて。

 キルトランスもまた握手という人間の習慣を知らず、村に来てから学んだからだ。ただ彼の場合は黙して問わず、相手のやることを無条件で真似するという方法を取ったために、このような事にならなかっただけなのだが。

 「握手とはですね。こうやってお互いに手を出して握る行為で…友好的な挨拶の意味で行われます。」

 慌てて説明しながらホートライドと握手をしてみせた。ホートライドは内心驚いた。なぜなら彼と握手をしたのが初めてだったような気がしたからだ。

 「どうも今のモルティ副団長はおかしい」と、さすがのホートライドもようやく気が付いた。

 モルティ・ダラゴは少々潔癖症の()があり、基本的に団員たちとも肉体的なふれあいは少なく、共有物にもあまり積極的に触れることはしなかったからだ。

 挨拶にしても団員たちと気軽に握手する事はごく(まれ)で、会釈(えしゃく)で済ませる事がほとんどであった。

 そんな彼が、自分からヴィラーチェの手を握りに行くだなんて、どんな風の吹き回しであろうか。

 少女たちであればその「理由」にすぐに思い当ったであろうが、幸か不幸か、彼女たちはモルティの潔癖症の気を知らなかった。

 故にモルティの心境は誰も気づかれずに済んだのであった。


 「そうですか。人間はそんな挨拶をするのですか。」

 ようやく握手と言うものを理解したヴィラーチェは安堵(あんど)したように笑った。

 フェアリードラゴン族の間では、相手の手を握るという行為はかなり親密な異性としかしない行為であり、ある種の求婚に近い行為であった。

 裸を見られてもなんとも思わない彼女が、手を握られて赤面する。これもまた異種族の文化の違いである。

 ちなみにドラゴンニュート族でも握手は文化としては無いが、お互いに手を握るという行為にそこまでの意味はない。

 ヴィラーチェはひらりと飛び上がると、再びみんなと話し出した。


 「…かわいい…」


 そんな彼女の背中を見つめていたモルティの口から、誰にも聞こえぬほどの小さな呟きが漏れた。

 それは酒場の騒ぎに紛れて気づかれることはないと思われたが、近くに座っていたアリアとキルトランスの耳には微かに入っていた。

 (まあ…モルティさんがそんな事を言うなんて…意外ですね…。)

 アリアもまた、その言葉に少し驚いたが、それは彼女の胸の内に秘められることとなった。

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