ちっちゃなドラゴンを見よう
「それはそうと…。ヴィラーチェ?」
皆の同意を得たところで、アリアがおずおずと話しかける。
「なんですか?」
「その…ヴィラーチェを『見せて』いただけませんか?」
「見る?目が見えないのに?どうやって?」
臆面もなくアリアの目について言える彼女はむしろ清々しい。
「私にとっての『見る』行為は、相手を触ってどんな形をしてるのか、どんな感触なのかを知る事なのです。」
それを聞いて感嘆の声を出すヴィラーチェ。
「おー、そんなことも出来るのか。白黒ねーちゃんは面白いなぁ…。」
「いいよ。ワタシを触るといい!」
そう言って興味津々な顔でアリアの膝の上に飛び乗るヴィラーチェ。突然膝に飛んできて驚くアリア。
そんなヴィラーチェにレッタが注意する。
「アリアは見えないから、突然何かされると驚くの。だから急に触るような事しないでよ?」
「おー…そうだね。ワタシも目を閉じてる時に、突然触られたらびっくりしちゃうな。」
納得するヴィラーチェ。
「い、いえ、気にしないでください。」
そう言うとアリアはおずおずとヴィラーチェの体に手を伸ばす。
「人間に触られるなんて、なんだかドキドキするねぇ!」
ヴィラーチェも少し体を強張らせる。
「手を…私の手をつかんでもらえますか?」
アリアが頼むと彼女はおっかなびっくりと言った感じで、翼のある手をアリアの手に重ねた。
「小さい…。」
彼女の手は小さく、アリアの手の平ほどもない。そこに感じる小さな手に爪の感触。そこを起点にゆっくりと手を動かしながら腕を探すアリア。
「なんでしょう?ふわふわしたものがありますが…。」
「そこ、翼ね。強く触ると羽が抜けちゃうから優しくしてね。」
アリアも鶏の羽は触ったことがあった。その時の感触を思い出しながら丁寧に翼をなぞる。
「これがヴィラーチェの翼ですか…。キルトランス様の翼とは違うのですね。」
「そうだね。私のは鳥みたいな翼だから。」
話ながらアリアはゆっくりと指をヴィラーチェの体に這わせる。
肩越しに顔を、そして頭を触るとアリアが驚きの声をあげる。
「これは…?」
「それは角。ドラゴンだからね!」
ヴィラーチェが誇らしげに胸を張る。
「フェアリードラゴンに角があったのか…。」
キルトランスも興味深げに覗き込む。アリアの指先にかき分けられた髪から、小さな二本の角が見えた。
「…小さいがちゃんと角があるのだな。」
するとヴィラーチェがムッとした顔で怒った。
「小さいとか言うな!おまえらとは違って全部小さいんですよ!」
「そうか。それは失礼した。」
素直に謝るキルトランスにヴィラーチェは感心したように言う。
「キルトランスは私の知ってる他のドラゴンと違って、偉そうではないのな?」
「…そうか?」
キルトランスの言葉にヴィラーチェは思い出したように憤慨する。
「そうですよ!みんな小さいからってフェアリードラゴン族をバカにしすぎです!」
その様子に少女たちが笑う。
笑いながらもアリアの手は彼女のふくれた頬をなぞって肩を通ってその下へ。そこから少し慎重に触りはじめた。その先は胴体だからだ。
指を背中に回したアリアはキルトランスとの違いに気が付いた。
「ヴィラーチェは背中に翼が無いのですね。」
肩甲骨のあたりを指先で触られて少しくすぐったそうな顔でヴィラーチェが言う。
「そうですよ。キルトランスは背中の翼と手が別です。ワタシは手と翼が一緒になってるのです。」
「へえ…ドラゴンにもいろいろな人がいるんですね。」
アリアはしげしげと触りながら感心する。
「いますよ~。蛇みたいな手のない奴もいるし、蜥蜴みたいな…ってそいつが一番有名な奴ですね。」
そして彼女の前に指が進んだ時にヴィラーチェはうっとりとした表情で言った。
「はあぁ~、おっぱいを触られるのは気持ちいいです。もっと乳首を触ってもいいですよ。」
その瞬間、少女たちは顔から火が出るように赤面して、アリアは思わず手を引っ込めてしまった。
「な、な…なんてこと言うの!!」
烈火のごとくレッタが怒鳴る。
「ひ、人前で言うのはヤバくね?!」
さすがのイルシュも止めに入る。
「ご、ごめんなさい…変なところ触ってしまって…。」
アリアもとりあえず謝る。
「え?どうしてですか?」
恍惚の表情から現実に戻されて少し不満そうではあるが、首を直角に曲げながら尋ねた。
「出た。異文化の壁の顔。」
イルシュが呆れながら言った。レッタもため息をつきながらこめかみを押さえた。
先ほどからの話で、彼女たちも気が付いたのだ。ヴィラーチェがこの表情と仕草をした時は、本気で理解できていない場合であり、そしてそこには非常に説明しづらい文化の差があるのだ。
そしてその文化の壁は非常に高い。
「人前でそんな事言ったら恥ずかしいでしょう?ほら、そこにキルトランスもいるんだし…。」
レッタがチラチラとキルトランスを気にしながら言う。もっとも当のキルトランスはいつも通りの表情なのだが。
「別に恥ずかしくないですよ?」
こちらのドラゴンもいたって涼しげである。
「しかも自分でもっと…とか言っちゃダメだろ…。」
おっぱい代表のイルシュもレッタと同意見である。もっとも彼女もその胸のおかげで昔からずいぶんといじられて、からかわれてきたので人一倍、そういう話題には敏感である。
「ん~?よく分かりませんが…。」
ヴィラーチェは真剣に考え込みながらなんとか説明をしようとする。そして妙案を思いついたといった風に話し出す。
「アリアたちは、美味しいものを食べると美味しいですか?」
今度は少女たちが首をかしげる番である。
「??…うん、美味しいな。」
「もちろん美味しいです。」
「そうね。」
全員賛成である。
「おいし~っ!!」
そう叫びながら頬に手を当てて顔をぷるぷるするヴィラーチェ。
「…ってなりませんか?」
と急にもとに戻って真面目に聞く。
「なるわね。」
「なっちゃいますね。」
「あるある。」
こちらも全員賛成。
「じゃ、おっぱい触られて気持ちよかったら、気持ちいい~!…って、なりませんか?」
こちらも真面目に尋ねるヴィラーチェ。
すると今度は少女たちは顔を赤らめて口ごもった。
「な、ならないわよ。」
「ど、どうなんでしょう…?」
「いや、それとこれとは別だろ…。」
これなら納得してもらえると自信を持って言ったのにも関わらず、予想外の三者三様の反応を見て「あれぇ~?」と首をかしげた。
「ねえ、キルトランス。ワタシがおかしいのかな?」
困ったヴィラーチェはキルトランスに助けを求めた。
しかし、その行動そのものが人間の少女たちの度肝を抜いた。
まさかこんなデリケートな問題を、男のキルトランスに尋ねるとは思ってもいなかったからだ。もっとも、そのデリケートというのも人間の尺度によるものでしかないのだが。
「いや?おかしいとは思わないが?…少なくとも我々魔世界の住人としては。」
そして当のキルトランスも顔色一つ変えずに、さも当然のように返した事に少女たちは再び驚く。
そもそもがすべての種族が裸でいるドラゴン界において、外見的な羞恥心などあるはずもない。
まして自分の感覚に素直なフェアリードラゴンともなれば、感じたことを素直に表現することは当然であり、そこを誤魔化す意図が分からないのだ。
もちろん喜怒哀楽を表現することを抑制しているわけでもない人間が、なぜか性的な事に関してのみに羞恥するのは、慣習と常識と言う名の社会的抑制の賜物でしかない。
本来の道理であれば、ヴィラーチェの方に分があると言ってもおかしくはないのだが、ここは人間界、アルビである。少女たちの感性の方が優先されるのだ。
その後も少女たちは話をしたが、結局は「ここはアルビなんだから、人間のいう事を聞きない」という理不尽な理由で押し切られ、それに対してヴィラーチェは「なんですか人間は。変なところを我慢する種族なんですな~」と不満顔であった。
「それが人間を知るという事だ。」
しかし人間観察の先達であるキルトランスに、そう諭されたヴィラーチェは臍を曲げながらも不承不承、従うことにしたのであった。
その後もアリアが腰から下へと手を伸ばすたびに、感想を口にするヴィラーチェに対していちいち口論が起こった。
そんな感じで紆余曲折しながらも、アリアはようやく新しい同居人の姿を『見る』事ができたのだった。