09 フラッシュポイント
上手く、撃墜できたと思う。
俺は的確な攻撃と回避でイエロージラフを追い込むと背部スラスターを破壊して撃墜を完了させた。薄汚れた黄金の騎士がゆっくりと海面へと落ちていき、そして沈む。黒青の水溜りにゆっくりと飲み込まれて消えていく。吸い込まれるようにいなくなった。
たぶん、大丈夫だろう。
機密性も含めて。
シャヘルは死んでいる可能性が高い。
割といいところに当たったからだ。
それだけだ。
だいたい、掴めた。
だいたいにおいてこのゲームの操作性は掴むことができた。ユーザーインターフェースの違いやフットペダルでの配分操作とかも地味に違っていて難しかったのだが、そろそろ慣れた。もう問題はない。
『――ナイト一号機、応答しろ! アグニ! 聞こえないのか!』
スピーカーから声が聞こえる。
ソワカの声だ。
どうしたらいいだろうか。
俺は考えをまとめるためにソワカの通信を意図的に無視する。
無視したからといって何がどうなるわけでもないし、応答したからといって状況が打開できるわけでもない。問題点はひとつ。
シャヘルを撃墜してしまった。
この際、あいつが敵とか味方とかは関係ない。
味方の軍として所属しているやつを撃墜してしまったということが問題だ。
考えはまとまらない。
さすがに「へへ、シャヘルは敵の親玉だったんですよ。一撃でぶっ殺しましたぜ」とか言ったら確実に嘘だと思われる。それが真実であるかどうかは問題じゃない。「嘘くさい」ということがすべてだ。事実を確認するには時間がかかりすぎる。さっさと処分をくだせないという問題のほうが大きい。必罰が下せないのは組織としては問題だからな。特にここは軍隊だからそれは他よりも大きいだろう。
ざっくりと考えるが素直に謝って営倉だか独房だか入っていたほうがいいのだろう。
それが流れとしては一番良いのだと思う。
だがそのまま処分されてしまう可能性もなくはない。
この「ゲーム」において「外に出る」や「コーヒーを飲む」という行為がイレギュラーであるように営倉入りもイレギュラーだ。基本的な法則やルール、法律が世界を形作っている以上、銃殺刑というイレギュラーもありえる。この「世界」でのレギュラールールとして。
戦闘記録が残っているだろうから俺とシャヘルのやり取りも完全な形で残っているので上層部連中はそれを理解するだろう。ただそもそも俺はその戦闘記録とやらが本当にイグナイトに搭載されているかどうかも知らないしどの程度の形で残るのかもわからない。そしてどこまでそれが明るみに出てくるのかもわからない。
つまり、簡単に言ってしまえば、
『アグニ! 無事か!?』
俺は絶対に捕まるわけにはいかなかった。
「無事だ。イグナイトはボロボロだけどな」
目視確認、すぐ傍までやってきたソワカのイグナイト二号機を見る。人型だ。綺麗な丸みを帯びた線を持つイグナイトが視界に入る。こうやってじっくり見るのは初めてだろうか。
「シャヘルが俺に対して敵性行動を取ってきたので撃墜した。もちろんそれ以外のリグナイト三機も撃墜した。これから追撃に入る。このままマッドラス、レビエッド連邦、そして西へと追撃して地球を一周してくるつもりだ」
『シャヘルを撃墜!? ちょっと待って、全機撃墜したのに追撃って、何か情報でもあったのか』
「全部、撃破して、本当に何もなかったらおとなしく軍法会議でもなんでも受けるさ。帰れなかったらな」
ゲームクリアで帰れなかったら軍法会議だ。
もしそうなったら取引でも何でもやって生き残るだけだ。俺の操縦技術を捨ててまで、俺を殺すことはないだろう。田舎の王国じゃないんだ、と思いたい。
とにかく今は逃げるしかない。
『アグニ待て。追撃にしてもなんにしても一度戻って補給を受けろ。装甲が足りない上に斑模様になっている。正規品を使ったほうがいい』
どうやら俺の機体は斑模様になっているらしい。
全身像は見えないが、カメラを装甲に向けると確かに赤や黄や白が揺らめいている。流体金属装甲が安定しておらず時折にぬるぬると流れている。ソワカの言いたいことも理解できた。確かにこのままこの流体金属装甲を使っていると危険な雰囲気を予想する。
装甲の量は六割だ。
シャヘルの装甲を奪えたのが大きい。
小型ミサイルはまだ十分数あるが、中型は心もとない。大型にいたってはゼロだ。レーザーは時間経過で回復するので今は最大数保有している。
それよりもモチベーションの高さがいい感じだ。
今なら何でもできそうな高揚感と慢心がある。この二つは大切なものだ。これがないとゲームをやっている意味がない。特定のプロセスを打ち込むだけのゲームなんてつまらない。
つまり、現状がもっとも最高の性能を発揮できる状態だ。
この状況を破棄してまで補給に行くのはナンセンスすぎであるし、基地に帰ったら二度とイグナイトに乗れない可能性があること考えると確実に今のうちのなんとかするべきなのだ。
「繰り返す。俺はこのまま追撃に入る。ソワカ少尉は基地に戻り状況を報告してくれ」
『アグニ! そのままだと撃墜される! 一度メンテナンスのために基地に戻るべきだ!』
何が何でも俺を基地に戻したいらしい。
何がソワカをそうさせるのかわからないが、それを聞くわけにはいかない。
「断る。このままでも十分だ」
『じゃあせめて私の機体を持って行ってくれ! 危険すぎる!!』
考える。
二号機はエネルギープールの容量が多い機体だ。どちらかといえば俺に合っている。
この先は一号機のほうが優秀な道程になるだろうが、ボスユニットと確実に遭遇して戦うことを前提にするのであれば確実に二号機が役に立つ。しかも一号機は装甲六割でミサイル弾数も欠けている状態だ。
つまり、現状を考えるのであれば、二号機のほうが役に立つ。
「わかった。すまないが二号機を貸してくれ」
『よかった。では軸合わせくれ』
一号機と二号機が人型で向き合う。
互いのアームで固定してから、シートのハーネスを外した。
『落下防止用のモヤイは付けているな』
「ああ」
俺はコックピットのシールドを開け――
フラッシュバックする。
俺のコックピット内に進入してくるソワカ。
大人の俺を軽々と凌駕する腕力で殴打してくる。
反撃もままならず俺はコックピットの中から引きずり出さた。
整備兵の笑いものになった。
――ない。
俺はソワカが自身の二号機のコックピットを開けないうちに固定していたアームを離して離れた。ハーネスを外しているであろうソワカの負担にならないように優しく離れ、急いで距離を取る。
『痛っ、どうしたアグニ。なぜ離れる? 故障か?』
衝撃で体のどこかをぶつけたのだろう。痛みに耐えた声で俺に質問してくる。
「いや、問題はない。ただ、機体は交換しない。このまま追撃に入る」
『……アグニ?』
「機体を交換すると見せかけて、ソワカが俺を捕縛する可能性がある。俺は捕まるわけにはいかない。それにこの機体も渡せない」
『違うっ!? 待ってくれ本当だ。機体の交換だけをしよう! そのままじゃ不具合で墜落する危険性がある!』
「信じ、られない」
『――ッ』
息を呑む声が聞こえた。
悲しい感情のこもった息遣いに、それだけで俺の心が締め付けられる。本当にただ善意で言っていた可能性が高い。そうだった場合、俺は無意味に人を傷つけていることになる。
だが、譲れない。
可能性が低かろうが、俺の行動が阻まれる可能性がある以上、そちら側の賭けはできない。
『じゃあ、わたしも、いく。それだったら、いいだろう?』
「お前は、状況を報告する義務がある。三機のリグナイトとシャヘルの生存確認を行なう義務がある。今ならまだ、みんな生きているかもしれない。だから、情報を聞き出すためにお前は彼らの救助活動を始めなくてはならない」
俺の言葉に、応答はない。
ソワカは黙り込んでしまった。
子供かよ、と思ったがソワカはまだ子供だ。しかたない。
そして俺は大人だ。そう、しかたない。
適度に動き、ソワカが反応しないのを見定める。
そしてそのまま戦闘機状態に変形してから一気に飛び去った。
泣いているのかな。
くだらないことを考えた。