08 ベトレイ
世界が金色に染まる。
純白の黄色と、黄土色の透明が俺の視界の中で綺麗な焼きつきされた。
ゆっくりとエネルギーの奔流が消えていく。
『な、バカな……!?』
初めて、スピーカーの奥から声が聞こえてきた。子供の声だ。
イエロージラフの搭乗者だろう。
巨大砲の最大チャージ攻撃を耐え切ったために驚いている。今の今まで俺だって忘れていた。ほんの数秒前までの記憶だ。俺はこうなる可能性を危惧してバリアユニットを射出していたのだった。ほとんど可能性のないつもりで行った予防策だったが、幸運にも慣れでバリアユニットを盾にすることができた。
俺は絶対にイエロージラフの名前を聞かないつもりで右のフットペダルを踏み込んだ。さらに、すべてのエネルギーを大型ビーム砲に回した。自壊負荷級の高圧縮をかけてから、全力中の全力で大型ビーム砲を発射する。
イエロージラフ側の全力攻撃と排熱で一時的に流体金属装甲の自動防御力が低下しているはずだ。今、このときこそまたとないカウンターになる。
全力以外、ありえない。
大型ビーム砲から発射された金色の水流の槍。
イエロージラフが俺に向けていた巨大砲が沸騰した粘液のように一瞬だけ厚く膨らむ抵抗を見せて、融解蒸発していく。爆発は見られない。巨大砲とそれを支えているイエロージラフの右腕を確実にこの世から消滅させた。
外したッ!!
回避行動をとられていた。くそが。
初撃を外したがあと数秒はエネルギーが持つ。右腕の蒸発まで見届けてから、イエロージラフの胴体部へと銃口を移動させる。これで戦闘不能に――
――キキッキッ
軋む音が聞こえた。
レーザーだ!
しくじった。
というのもすでに遅い。この音が聞こえた時点でどこか撃たれている。
手にしていた大型ビーム砲が爆発を起こした。
大型ビーム砲の圧縮炉が撃ち抜かれた。エネルギーが銃口意外からも大量に噴出して業火で焼き尽くそうとするが、砲身を経由して加速させなければ大きなダメージにはならない。今回もそうだ。俺は即座に大型ビーム砲を強制廃棄するとその場から離れる。本体を狙われなくて良かった。心の底からそう思う。今の流体金属装甲ではレーザーですら続けざまに攻撃されると撃墜される可能性がある。
俺は十分な間合いと位置取りを行った。
俺とイエロージラフを結んだ延長線上に友軍機のイグナイトが並ぶようにホバリングを行う。俺とシャヘルがイエロージラフを囲む形だ。
間違いない。
シャベル――シャヘルがレーザー攻撃で俺を狙った。そしてイエロージラフを助けたのだ。
「……何か、釈明はあるのかシャヘル」
基本的に仲間とはオープン回線だ。俺の声は聞こえているだろう。
だが応答はない。
思い出したかのようにイエロージラフから爆発音が聞こえてくる。
しかしすぐに規則正しい炸裂音が聞こえると、それ以上の爆発音は聞こえなくなった。メンテナンス用の接続部自体を炸薬ボルトで取り外したのだろう。
これでもうイエロージラフが誘爆する危険はない。可能性としてはないこともないだろうが、そんなに運が悪そうには見えないので問題ないはずだ。
シャヘルが俺を撃ったのは間違いのない事実だ。
ではなんのためだろうか?
イエロージラフの搭乗者、ラーヴァナに懐柔された。
イエロージラフの搭乗者の子供を殺すのは忍びない。
そもそも最初から敵。
理由はない。目の前の人殺しを止めただけ。
俺個人としては三番あたりがオススメだ。
仕事として割り切って撃ち抜く事ができる。それ以外は俺の良心がきつい。
最初から見ない振りをしているのにわざわざ思い出させるような時間を俺に与えないで欲しい。普通の日本人ならそう思うだろう。勘弁してくれ。
じっとりと汗ばむような時間が過ぎ去る。
唾を飲み込む音すらも聞こえてきそうな静けさをようやく打ち破り、シャヘルがゆっくりと話し出す。
「……そうだな。実は、僕はラーヴァナの首領でスパイとして地球統一連邦に潜り込んでいたっていうのはどうだい?」
そいつはさすがに苦しい。
苦しい言い訳だろう。仮にそれが真実であったとしても今ここで明かすにはあまりに苦しい。黙っていればいいだけだ。
小手先の言い訳でも俺は信じただろう。
何せ俺は少尉ではないのだから。そして設定的にも少尉的なキャラクターじゃない。あくまでも民間徴用だ。適当に騙せた。騙せたはずだ。
さっきの言葉は「敵を殺してどうする! 情報を引き出さなくてはいけない!」とでも言えば俺はあっさり信じただろう。
シャヘル、事実はどうであれ、お前は馬鹿な選択したよ。
「知ってた。お前がボロを出すのを待ってたのさ」
俺ははっきりと言い放つ。
シャヘルは最初から敵だったのだ。ラーヴァナの首領だ。
シャヘルは敵だ。
シャヘルは敵だ。
シャヘルはラーヴァナの首領だ。間違いない。自分がそう言っている。違っていたら違っていたで、大いに騙されて「次」に進めばいいのだ。俺はゆっくりと知らないシナリオを堪能するだけだ。
俺は普通にゲームをクリアするだけだ。
あいつを撃墜するだけだ。運がよければ生き残る、だろう。
「……よかった。じゃあ僕も正体を隠したいから全力で君を撃墜する」
苦しそうな声が聞こえる。
それは本当に俺に銃を向けたくないかのような、そんな怨嗟の声だ。
今からでも遅くない。「嘘ぷー」とか茶化しながら笑いながらロックオンを解除したらいい。それだけで俺もこの緊張感を消すことができる。
頼む、やってくれ!
だが、現実は無情だ。
シャヘルのイグナイトにランチャーが、そして大型ミサイルが載るのが見えた。なんでもない、いままでなんでもないと思っていたごく普通の光景が俺の視界に広がる。
シャヘルがロングレンジミサイルを発射してきた。
イエロージラフ越しにだ。少なからず被害が出るのを覚悟しているのだろう。先ほどのような状況でなければイエロージラフも防御行動を取れるので、そこまで問題にしていないのか。
ロングレンジミサイルは俺が先制したやつと同じものだ。ビームの直撃でしか撃墜できない。レーザーは無理だ。一応、可能ではあるがミサイルの耐久力を削るのに時間がかかる。現実的じゃない。
俺は中型ビーム砲でロングレンジミサイル二十発を撃墜する。
近い距離のミサイル同士で連鎖爆発するので比較的簡単なものだ。俺は人型状態のままだ。ビームソードを作り出すと相手の出方を伺う。
爆炎の中を戦闘機状態のイグナイトが突き進んできた。
対人戦闘において絶対であることがひとつだけある。
それは人型状態の維持だ。
人型状態でなければ、相手に勝利することは不可能だ。
それだけ、飛ぶだけ蝿野郎の怨恨は根深かった。
このゲームが――少なくとも二作目が出て対人戦が盛んになったころ戦闘機状態で飛び回りミサイルをすべて吐き出してからの近接戦闘、ヒットアンドアウェイが主流だった。今よりも技術がつたなく、時間切れでの判定勝ちが蔓延していた黎明期だ。どいつもこいつも尻狙いでしか戦わないときに逆に人型側の人間がひとつの戦術を生み出す。
軸合わせと剣攻撃だ。
なんでもない技だ。
ただ戦闘機状態の相手に正面から体当たりを行うだけの技だ。
今でこそなんでもない扱いだが、この軸合わせは当時はわりとめんどくさかった。姿勢制御バーニアの細かいコントロールなんてわざわざやる必要もない。そんな流れだった。
しかしこれがあまりに効果的だった
軸さえ合えば相手の旋回距離は射程でカバーできる。そのため少なくともレーザーはほぼ確実に命中し、ビームも慣れれば楽に当たられた。
あっという間に普及した。
普通ならそこで終わり、ファイタースタイルとロボットスタイルの両方が隆盛するはずだった。
しかしファイタースタイルの連中の一部が「それは反則だ」といい始めた。
ねちねちと掲示板に嫌味を書き連ね、ハメ技やバグ技扱いして捨てゲーにすることも珍しくなかった。
これにキレた両陣営がこの一部の連中を排斥するために技術の向上に努めた。
ただ飛び回ってミサイルをばら撒くわけではない戦闘機動術、高機動遊撃術を生み出しそれを解体してわかりやすくした攻撃術と回避術を編み出しあらゆる動画サイトに投稿した。誰もが目を奪われるほど格好良いその飛び方はただ飛んでいる蝿野郎と一線を画すほど戦い方に衝撃を与えた。
一方、人型の方も同じように手堅い攻撃をいくつも編み出した。直線軌道を前提とした条件攻撃である遠近距離攻撃術を基本とした型だ。空手の型のようにたくさんの種類があり、どれもいわゆるコンボ基点を生み出す技だ。たくさんの条件からコンボ基点を勝ち取り、即死コンボへと繋げるだけの死の型だ。
その中核を担うのがビームソードだ。
攻撃、回避、防御、反撃、すべてに対して着実な効果を得ることができる。
そしてクライムエンジンのほとんどの攻撃に対して有効な数々の型が完成した。その大量の型を覚えて的確に使用する事が勝利への近道になっていった。
ミスを犯さないためにみんな、剣を構えた。
そしてそれらの怨恨は、「クライムエンジン・グレートパワー」の都合三年、通算四回の大型アップデートを重ねても消えることはなかった。
消えなかった。
つまり、このゲームは完全に死んだのだ。
新規を完全に排斥し、極限まで研磨されたプレイヤーだけの大型筐体ゲーム。
俺達はこのゲームを裏切ったのだ。
このゲームを殺した。
このゲームの続編は二度と出ない。
構える。
シャヘルはバリアユニットを展開した突撃攻撃だ。
特別攻撃でもなんでもない普通のバリアアタックだ。
軸を合わせる。
どのくらいこの動きをやってきただろうか。敵に向かってトリガーするくらい基本が過ぎていてまったく歪みが生まれない。
網膜投影ディスプレイからレーザーを選択すると、シャヘルのバリアの一点を狙って高速で連続射撃を行う。狙う場所はどこでもいい。負荷がかかればいいだけだ。
反撃でシャヘルから中型と小型のビーム攻撃がくるがさすがにそれは避けられる。ビームは一部を除いて直線攻撃だ。しかもイグナイトだとその口径の大きさもわかっているので最小限の動きで回避することができる。姿勢制御バーニアを細かく操りながらシャヘルの攻撃を避ける。
バリアがカスってもダメージは受ける。こちらの流体金属装甲に損耗を与えられる。もちろんその間も排熱を行っているので続けざまに同じ威力の攻撃を受けても大ダメージだ。
シャヘルはそれを狙っているのだろう。
実際、有効ではあるから。
シャヘルは俺に体当たりを狙う。
だが俺がレッドコヨーテに行ったように直撃方向ではない。
半分ほどズレた半キャラずらしだ。これなら速度の低下も最低限だ。そのまま俺の後方へと抜けるつもりなのだろう。そしてまた同じように攻撃をしかける。流体金属装甲が多いからそういう戦術も悪くはないと思う。実際、傍目からでも俺の流体金属装甲はほとんどないからな。消耗戦では普通に不利だ。
シャヘルが俺とすれ違う。
後方へ飛んでいったシャヘルのイグナイトが一度だけ大きな爆発を起こす。
そして一筋の未練染みた白煙を描いて墜落していく。
ただそれだけだった。
それだけで勝負の決着がついた。
俺の勝利だ。
特別なことはしていない。
正面からシャヘルはバリア突撃してきた。そのバリアの一部分にレーザーを連続で叩き込み、発光させて死角をつくりあげる。そちらに回避しながら斬りつけただけだ。
技と呼ぶにはあまりにも手が入っていない。
バリアのせいでビーム攻撃は不可能だ。偏光レーザーもあの距離ならば直線と変わらない。シャヘルのあの状態は体当たりしかできない。上昇や下降を行えば発射とバリアユニットニュートラル維持の自動遅延や先行移動であらゆる攻撃が可能だが、真っ直ぐ進めばご覧の通りだ。
俺はイエロージラフへと機体を向ける。
もちろんずっと気を配っていたのでわかっているし見えているのであるが無抵抗なやつを不意打ちで倒しても俺の心が痛い。少しは抗ってもらわないと、いけない。
その一歩目として「私はあなたを狙っています」と宣言しているのだ。行動で。
『う、うわあああああああああッッ!!』
大声を上げて勇気を奮い立たせるイエロージラフ。
その中の搭乗者。
子供だ。
イエロージラフが動き出す。
全装甲展開でミサイル、レーザー、ビームの発射口を剥き出しにしている。
レッドコヨーテでも見たあれだ。
重弾幕攻撃だ。
「まあ、それしかないよな」
結果のわかっている事後処理を始める。
たぶん、手加減は上手くいった、はずだ。