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オフライン・アーカイブス  作者: みここ・こーぎー
6/9

06 ブラッドブランチ

 本気を出す。


 と、言ったところで俺が最初から本気を出していることに変わりはない。

 確かに使用していない技術も数多く存在するが、ことイグナイトコピーに通用するとは思えなかった。俺の技術のほとんどは対人戦闘マウントに特化したものだ。というか二作目をメインにプレイしていたら普通はそうなる。ストーリーモードなどほとんどおまけみたいなもので、基本的にラーヴァナ側と地球統一連邦側で分かれてカスタムしたイグナイトで対戦を行うゲームだ。そのために同機を前提とした戦闘方法が俺の武器だ。


 そのためにストーリーで行う攻撃はタイムアタッカーあたまおかしいやつの動画からフィードバックさせた基本に忠実な正道はめごろしでの攻撃方法だ。


 しかも二作目ならともかくこの一作目ではさらに対ボス戦闘はめごろしの基本パターンしか使えない。というか使いづらい。

 今のように巨大なボス機の低い旋回力を狙った圧倒的な有効な戦術ビハインドサークルやホワイトラビットに行った焦点攻撃ピンポイントアタックが確実に効果が出る攻撃になるだろう。

 さすがに張り付いてから流体金属装甲をハッキングして装甲を除去した後でめった刺しにする凶器乱舞アキャキャキャや、身にまとっている流体金属装甲をすべて無敵範囲攻撃ボム化させて体当たりする特別攻撃カミカゼはリスクが大きくて使用できない。


 本来であればボス敵機撃破後に相手の流体金属装甲を奪い、二割から三割ほど回復するので上記の攻撃を行っても問題ないのであるがさすがにボス戦後の回復インターバルがもらえるかどうかが怪しい。神風特攻は確実に強い攻撃方法であるがそのあとは小型のミサイル一発でも当たれば撃墜されるのでさすがに最後の最後以外では使用したくない。ホワイトラビット戦で損耗がゼロだったので、その辺りの回復効果がどうなっているのかわからないのが痛い。




 つまり、仕方がないので普通に、殺す。




 変形して戦闘機状態ファイターでレッドコヨーテに肉薄する。

 先ほどと同じように再変形時の流体金属装甲で一気に減速してビームソードを即時起動マウントするとレッドコヨーテの頭部目掛けて連続で突きを打ち込む。即座に赤の流体金属装甲がビームソード直撃部を防御してほとんどの威力を殺すが、その分の装甲が剥げあがっていく。排熱分散しようにもビームソードは他の攻撃よりも収束率が高いためにダメージになりやすい。モニターを破壊するのにとても向いている。


 相手の反応速度が高いと被弾覚悟で自爆攻撃をされるが、レッドコヨーテのミトラはそういう手合いではない。二作目でもそういうやつだったし、そして今このわずかばかり戦ったあとで、そう思う。被弾覚悟はむしろソワカの担当だろう。


 対イグナイト戦用の固定鉄条アンカーがないので張り付き後の急速機動が行えないがそれでもできることは多い。


 モニタへの攻撃は不十分であるが、離れる。


 これ以上の停滞攻撃は反撃を受けそうで怖いからだ。

 スラスターを吹かして、各部のバーニアで姿勢制御を行いながら、レッドコヨーテの肩を抜けて背部へと回り込んだ。天地が逆になった状態でレッドコヨーテのスラスターを大きく斬りつける。細かい調整ができず、すでに破損したスラスターノズルを斬ってしまうことになったが、そこまで無意味というわけでもないだろう。

 そのまま足元まで抜け――



 俺の機体イグナイトが衝撃を受けた。



 スラスターでの推進方向を無視シカトして真横に吹き飛ばされる。

 シートのヘッドクッションに頭をぶつけ、その衝撃が強すぎて下材の金属の感触が側頭部が強く感じられた。強烈な痛みが襲う。ここにきて何度目になるかわからない「ああ、やっぱりゲームじゃねえんだな」という現実に失望した自分にもっかい失望する。


 何が起きたのかわからないが、敵の攻撃を受けたのだろう。左側から。

 それ以外に考えられる可能性はない。


 離脱を行いたいが、なぜかできない。スラスター出力が上がらないのだ。

 ガチガチとナックルパート内のスラスターレバーを引いているが反応はない。

 安全装置が作動しているのだろうか。いっそのことイグナイトが完全爆発してなかったことにしたほしい気もする。そして網膜投影型ディスプレイを確認したら直撃を受けたであろう左側面から襲い掛かってくる小型の球体が目に付く。


 ああ、三式弾を発射していたのか。初めて目にしたが、たぶんこれが三式弾のベアリング爆弾だろう。わざわざ自分に向けて、俺が攻撃している最中に、発射していたのか。確実にやらないと思っていたが、

そうでもなかったようだ。俺の勘も当てにならないな。


 さらに三式弾が直撃した。

 スラスターが動かないからだ。


 ミトラの被弾覚悟の自爆攻撃がイグナイトの流体金属装甲をガリガリと削ってくる。削られながらようやくスラスターが起動してベアリング爆弾の雨から逃れようともがく。さすがにそろそろ装甲がやべえと思って損耗率を確認したがそこまで減ってない。今の攻撃で一割減ったかどうかだ。どうやら俺の気合ガッツが防御力として加算されているのだろう。思ったよりも良い感じだ。

 それでも総合的な損耗率は七割近いのでちょっとどうしようもない。

 こいつに勝てたとしてもイエロージラフで撃墜される可能性が高い。さっきの話を反故にするが、やっぱりレッドコヨーテこいつに勝てたからといってイエロージラフあいつに勝てるとか確証がゼロ過ぎて心が弱る。


 減速ために戦闘機状態から人型状態、そしてまた戦闘機状態に戻るという両生類機動カエルを行いながらスライスバックで水平軌道に戻る。

 そこで気がついた。


 変形が遅い……?


 どうやらどこか本体被害ハードクラッシュを起こしたのかどうも機動が悪い。流体金属装甲を貫通して内部フレームのどこかをやられたのだろう。終わってる。二面のボスでこのザマだ。この先で俺が撃墜されるというストレスレスの甘美な響きが脳内に清涼な脳汁を注ぎ込んでくるが、それはこの際ちょっと置いておく。死ぬ前か死んだ後の恐怖を打ち消すために使って欲しい。


 レッドコヨーテが目に見えてわかるほどキレている。

 正面で相対しているが、流体金属装甲を部分的にはがしてその下にある武装発射口をすべて開いている。どう見ても攻撃手として存在している悪鬼だ。排熱が上手くいっているのかいないのか、全身から蒸気のようなものを噴出している。頭部にあるメインカメラの装甲が破損しており中から真っ赤な探査線サーチビームが伸びている。


 レッドコヨーテの準備が済んだのか、構えた。


 ――瞬間、大瀑布のような弾幕が噴出してきた。

 残量を気にしない三式弾に小型、中型、大型を問わないミサイル群、その間を器用に抜けてくる偏光レーザー、現在急速充填を行っているだろうビームの露出炉プラズマキュポラが見えている。


 ボス戦最後の重弾幕攻撃マッドクレイジーだ。

 三式弾を分厚く使った全弾発射が俺に向かって行われる。

 先行した偏光レーザーをバレルロールでやり過ごすと視界いっぱいに弾幕が映った。さすがに正面からの回避は無理だ。しかたないので「前進翼」に切り替える。「カナード翼」の作成は不可能のようなので付加しない。


 揚力の無音が止み、空気切り裂く擦過振動が機体を包んだ。

 安定させるのが難しい。具体的に言えばナックルパート内の推力偏向器ベクタード・スラストをニュートラルに保つのが難しい。動かさないことはもとより、空気抵抗によって少しずつ傾いていく機体のニュートラル制御のために少しずつ動かさないといけない。この相反する挙動制御が難しい。


 姿勢制御を崩す場所・・・・・・・・・を決定すると弾幕が触れる寸前で機体の傾けて意図的にバランスを崩す。多少の失速を起こしながら右下方向へと急な機動を行い弾幕の一部を回避すると、先に見つけておいた弾幕の隙間にもぐりこむために右下方向へと落ちるように回転しながら前進翼を羽ばたかせる・・・・・・・・・・。流体金属装甲の恩恵だ。そのまま姿勢制御用バーニアと反対翼を操作しながら上手い具合に空へと落ちていく。


 本来なら下方へと普通に落ちるほうが速いし楽なのであるが、ミトラの自動機雷が大量にばら撒かれているのでそちら側には遠慮している。


 弾幕の穴を抜けて「後退翼」に再変更してから加速する。

 ずっと「前進翼」だと辛い。エネルギープールの割り増し消費もそうなのだが、俺の精神が削られる。優秀者の技術模倣フィードバックはかなり集中力を使う。こうなるならもっと練習しておくべきだったと思うが、後の祭りだ。というか、これが必要な時点で俺が詰んでいるという証明とも取れるので二度マズイのだ。


 弾幕を越えるために羽ばたきフラッピングを行いながら縦軸上下軌道、さらに羽ばたきと瞬間的な前進翼変化での左右への軌道を合わせた高機動で相手を撒く。脳みそが沸くような冷た熱い感覚が全身を引き攣らせる。ミスが許されない状態でこの回避はやりたくない。

 この機動にも名前があり「Maneuvers:all barrage attack mobility acceleration evasive and avoid」で「急加減速での全方位攻撃への回避行動」とかいう長ったらしい名前がある。頭文字がとりづらいのでみんな「AAエー・エー」か最後だけを取って「アヴォイド」と呼ぶ。アヴォイド派の語源であり、これができないと回避派扱いされないという恐ろしい登竜門だ。そのためアヴォイド派はプライドが高い。俺はさっき崩れたが。


 弾幕の八割を避けることに成功する。残りは当たった。しかしカスリ判定グレイズだったのか大きな問題はない。さっきはわりと雑な言い方であったが本当に気合でなんとかなる可能性がある。ないか。

 心の中でガッツポーズくらい取りたいが前進翼を変更させるまではそれすらもできない。


 本当ならこの高機動で攻撃も行うのであるが、残念ながら俺にはそこまでの技術がない。技術どころか集中力すら足りない。攻撃を行う機動はさっきの名称から「and avoid」の部分が削られる。そして「急加減速での弾幕攻撃、そして回避」というまったく性質の異なる名称になる。

 これからもわかるとおりこの回避機動方法はもともとは攻撃のための機動だ。絶対頭おかしい。



 全流体金属装甲にエネルギープールから莫大なエネルギーを注ぎ込む。



 ちょっと集中力を使いすぎて頭がおかしくなったようだ。

 攻撃が面倒くさすぎて手が動かない。


 エネルギーを与えられ意図的に指向的暴走オーバーロードした流体金属装甲が橙色の煌きを放つ。それはコックピットの全周天モニターからも確認できるほどの発光現象だ。


 レッドコヨーテの露出炉が十分な出力になるとそのまま真正面へとビームを発射してきた。「あ、これはまずいな」と思わなくもない口径の熱の束であったがすべて避けるには難しい。操縦桿を優しく優しく触れて第一到達攻撃を避ける。


 安定が壊れた。

 俺の対処範囲外に機体のコントロールがぶっとんでいく。


 だがバリアの性質を持った流体金属装甲が、続けて発射されたレッドコヨーテのビームキャノンを弾いていく。さすがにすべての流体金属装甲を励起させた状態だと全身が無敵であるようだ。


 集中力が切れた。


 ガクガクと機首がブレて何度もバランスを崩す。右にロールした機体を即座に停止させる。しかし今度はゼロにできなかった慣性で左にロール。それを止める。今度は足りず、さらに左にロールするので大きく予定進行コースが歪む。それを立て直すために――そうしながら高い運動性を殺してレッドコヨーテに突き進んだ。


『い、や……たすけ』


 スピーカーから無音が聞こえる。


 俺はレッドコヨーテの胸部装甲へと体当たりを行った。


 冷や汗が流れる恐怖の、ほんの一秒に満たない抵抗の後でイグナイトはレッドコヨーテを貫通して反対側へと抜けた。


 レッドコヨーテの背部スラスターを完全に突破しての撃墜だ。

 これはもう、戦闘不能であり、なんといえばいいか、死亡だろう。


 無限エネルギー発生機関「クライムエンジン」は別に誘爆するようなものではない。ただ止まる。機関停止でエネルギーが生み出されなくなるだけの無害なものへと変わる。

 しかしエネルギープールのそれが行き場をなくして熱量変換されて、その分の爆発は起こる。

 それだけだ。


 レッドコヨーテは俺が貫通させた胸部で一度だけ大きな爆発を起こすと、ガス欠した機械のようにゆっくりと海面へと落ちていった。


 そのままなら、本当に運がよければ何かの間違いで生き残っていた可能性もあるが――



 爆発、爆発、爆発が連鎖していく。

 戦闘前にミトラが撒いた浮遊機雷の雲にその身を沈めて赤と橙と黒の新しい雷雲になっていく。

 流体金属装甲を失った、使用できなくなった機械クライムエンジンなど脆いものだ。原型をかろうじて残したまま粉砕されたレッドコヨーテガラクタが海面に叩きつけられて潮で煙の彼方へと消えていった。


 ……特別攻撃カミカゼを使ったのですべての流体金属装甲を使用してしまった。現在は本体フレームだけだ。

 そう思ってステータスを確認したらどうやら違うらしい。

 三割ほど残っている。


 減っていない?


 と思ったがどうやら違うらしい。

 特別攻撃の貫通前にレッドコヨーテのエンジンが停止していたらしく、自動的に相手の余った流体金属装甲を奪取していたようだ。レッドコヨーテの流体金属装甲を完全にこちらで使用できるようにパルス変換を行っている最中であるとログに出ている。


 体当たり前より減っているが、そもそも特別攻撃時でも確か四割なかったくらいだから、むしろお得だろう。普通に倒せば六割ほどまで回復していた可能性もあるが、そもそも相手を倒せていたのかわからない。消耗しながら倒すくらいであればさっさと一撃で落としたほうが時間的にも精神的にも楽だ。ハッピー。結果的に良かっただろう。ボムを惜しんで負けるとか、最低だ。


 感傷に浸りたかったが、そうもいかないだろう。


 次はイエロージラフだ。

 肉眼で確認できる場所にはいないようだ。けっこう離れたようだな、シャベルのやつ。さすがに援護射撃が可能な範囲にいたらレッドコヨーテの代わりに沈んでいたのは俺だろう。その辺はシャベルに感謝しなくてはならない。


 レーダー上ではシャベルとイエロージラフは、ほぼリペルソン島上空にいるようだ。俺の言葉を受けて観測目的で行ったのだろうが、ちょっと止めて欲しかった。確実にあの辺りは敵の勢力圏内だろう。


 俺は霧の立ち込める翠の壁の向こう側を見ないようにリペルソン島へと向かうため、南下する。


 何もかも隠してしまう霧が心にこびりついた。



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