05 リプラン
設定が変更される。
そういうのはゲームに限らずいろいろなことである。仕事とかでも。それは最悪だが。
この「無限機関クライムエンジン」と「クライムエンジン・グレートパワー」でもそれは行われている。一作目と二作目の間に二十年という長い時間が開いてしまったために当時用意していた伏線の記録と記憶が揮発してしまったり流行に合わなかったので変更してしまったりと、理由はいろいろある。
例えば「ソワカ少尉」はそのもっともたるもので設定自体が大きく変更されている。
一作目では「十四歳の天才パイロット」であったが二作目では「十歳のデザインヒューマン」ということになっている。つまり、この一作目では生まれたばかりのゼロ歳ということだ。もっと細かく言えば二作目では「外見年齢二十四歳の実年齢十歳女性」という違法ババアだ。「あ、そっから生理年齢は進むんですね」という間違った人気が出た妙な人物に変貌してしまった。
しかも性格が強く変更されてしまっており、半分以上からほぼ全部くらいキチガイだ。
二作目のチュートリアルで出現するのであるが、そのときはわりとまともであった。それから本編までのゲーム内時間で大きく性格が変わってしまいファンの間では地球統一連邦で卑猥なやり取りがあったと噂されている。
ちょっとソワカについて突っ込んで説明しよう。
ソワカは「前作から続投のベテランパイロット」として二作目に登場している。
「クライムエンジン・グレートパワー」のチュートリアルで地球統一連邦側の彼女を操り、ザコを殲滅後、急に出現する異様に強い「謎のクライムエンジン」と戦闘を行い戦端が開かれるという流れだ。その妙に強い「謎のクライムエンジン」は基本的にこちらを圧倒するのであるが最後の最後で隙を見せるのでそれを利用して撃墜する。
そのソワカチュートリアルが終了後にラーヴァナにスカウトされた「プレイヤー」が地球統一連邦と戦うというストーリーだ。またそのときの同僚だか先輩として通称「狂ったソワカ」を紹介されてショッキングなホットスタートを促される。
公式は説明しないが、ファンの間では「ソワカ自身が戦端を開いたのが大きなストレスになった」ということでソワカは地球統一連邦からラーヴァナに鞍替えしたと言われている。
どちらにせよラーヴァナで地球統一連邦に喧嘩を売っている事実に変わりはない。
また「謎のクライムエンジン」はマジで「謎のクライムエンジン」であり特定の技術(チュートリアル用トリガー)を使わずにクリアするとゲームクリアになる。ゲームオーバーかもしれないがその場でエンドクレジットが流れる。ちなみに最初に現れる隠しボスという扱いでべら棒に強い。
また「謎のクライムエンジン」は黒灰色にどろどろした流体金属装甲を持ったある種の生物的なフォルムを持つ。そのためにマジでどこが作ったクライムエンジンかわからないので「謎のクライムエンジン」と呼ばれている。噂では三作目用の伏線だと言われている。そうなったらこの「クライムエンジン・グレートパワー」の戦闘自体がただの陰謀なので、ちょっとわくわくしてくる。
だいぶ話が逸れた。
要は「一作目の設定」に「二作目の設定」をかぶせてしまっているので二作目以降では大きな粗はでない。
しかし二作目をフィードバックした一作目はどうなるのか?
「未来の結果」が過去に影響を及ぼしているような非常に不可解な錯覚として現れている。
特に俺と相対している「ミトラ」は二作目のヒロインとして設定されている人物だ。
問題なのはここでこいつを殺害してしまってはパラドックスが起こる。いや、正直言えば起きていようが起きなかろうが知ったことではないのであるが、それだと俺が困る。
確定された「ゲームとしてのルート」でなければ俺の真価は発揮されない。
それはゲーマーとしての絶対真価だ。
多少のブレやズレなどはどうとでもなる。だが例えばこのままラーヴァナについて地球統一連邦と戦闘を起こした場合、俺は戦えるのであろうか?
もちろん戦闘力としては十分かもしれないが、ゲームにはなかった不意の攻撃によって沈む可能性は非常に大きい。
それは「新しいゲームのルート」だ。
不可知だ。
初見クリアは我々「ゲーマー」には圧倒的に不利であるといわざるを得ない。
我々は「トライアンドエラー」という過酷な優しい地雷原を突破する定められた英雄なのだ。
どちら側で採用されているのかわからない設定と、
高い自由度を持った危険なルート設定が、
俺を縛る。
『お願いします。私達の側についてください! いっしょに、戦ってください!』
悲痛な声がスピーカーから聞こえてくる。
それは戦うことしか教えられず、戦うことしかできない新人類の魂からの叫びだった。
これが駄目なら即座に攻撃する手筈を整えている奴が言うと、なんというか説得力がある。
どうしたらいい?
どうするべきなんだ?
好きな選択肢を行うのであれば、このまま「ゲームとしてのメインルート」を通るべきだ。
殺すべきだ。
殺すべきだ。
生まれて四年しか経っていないこの生体戦闘人形を、圧倒的な戦闘力を持って撃破してしまうべきだ。それが一番早いし、そのほうが実害が少ない。特にこの世界に関してはそうだ。俺はこの先の未来を知っている。腐敗はかなり進むが「まだいける」レベルで終始する。これを今、ラーヴァナが勝利した場合はどうなるだろうか。例えばフランス革命はどうだっただろうか? あれは確か王権を打倒した歴史だったと思うが、その後はどうなっていただろうか? 無学が喉に爪を立てる。いや、やめろ、それは今関係ない。仮にフランス革命が上手くいったところで別のところはどうだったか? そしてこいつらが上手くいくとは考えづらい。上手くいく保証はない。
俺がこうやってゲームの中に来たのはもしかしたら物語を変えるためなのだろうか?
なんのためにここにいるのであろうか?
ただ、ゲームの中に入っただけなのか?
めまぐるしく思考が交錯する。
人を殺した自分、
力を持っている自分、
誰の味方になるか考えている自分、
苦しい。
かつてないほど強烈なストレスとプレッシャーで潰されそうになる。
いや、もっと緩やかに考えろ。
自分に素直になるべきだ。
どうしたらいいのか!
スピーカーから聞こえてくる無言の音が耳朶を打つ。
「ミトラ……」
俺は、ぼそりと名前を呼んだ。
思ったよりも音は小さかった。
『はい』
それでも聞こえたのか、通信より向こう側にいるミトラは返事をしてくれた。
何かを覚悟したような、そんな返事だった。どこの世界に、たった四歳にこんな声を言わせる大人がいるというのだろうか。
そうじゃないか。ミトラは、デザインヒューマンは、人間として扱われていないのか。扱われていても半分は物としての、その、流れなんだろう。実際、俺も現実にクローンとかいたらオリジナルよりも一段劣る感じで付き合うだろう。それが区別なのか差別なのか俺にはわからない。
俺はゆっくりと深呼吸をするとナックルパートをしっかりと握った。右のフットペダルを操作しながらエネルギーゲインとその各機構への配分を調整する。
そして力強く、落ち着いた口調で、はっきりと発する。
「死ね」
左のフットペダルを思い切り踏み込む。
流れるようなエネルギー配分操作で即座にトップスピードに達して一瞬でレッドコヨーテの背後へと回る。そのまま変形、翼として広がったままの流体金属装甲で減速を行いながら微調整して旋回を行って一方的な背後を取り終えた。
スピーカーから先手を取られたミトラの泣きそうな息を呑む声が聞こえてきた。
完全な不意打ちに何か大きく思うところがあるのだろう。
レッドコヨーテの緊急旋回。
それに合わせて大回りで俺も旋回を行う。常に相手の背後を取ったままの周回軌道行動、高等技術の中では基本的な扱いであるが、極めたら相手に一瞥すらさせずに撃墜させることが可能だ。
中型のビーム砲を生成、ショルダーキャノン、携行ビームキャノンとして使用する。三条の黄金色のビームがレッドコヨーテの背部スラスターを打ち据える。時々飽和した個別パックの流体金属装甲が爆発してガス抜きを行って大ダメージを与えることを良しとしていない。
小型ミサイルを発射する。同時発射数である三秒で八発をどんどん続けていく。流体金属装甲が排熱と熱分散をつぶさに行っているがそれも限度がある。ダメージを受けていないような錯覚もあるが、確実に装甲は削れている。問題ない。撃墜は着実にやってきている。
ミトラの思考が正常稼動し始めたのだろう。
三式弾を連続発射、偏光レーザーで背面を取った俺に攻撃をしかけてくる。
まだいける。
バリアユニットを射出して距離を離した正面に置く。
本来であれば全弾回避したいところであるが、このレッドコヨーテはほぼ初見だ。昔のことなんて覚えていない。それこそパイロットの名前こそだ。現状は俺に合わせた、未来設定に合わせた流れなのか本当に二作目ヒロインがこのレッドコヨーテの正式パイロットなのかもわからない。
余計なこだわりはほとんど捨てればいい。
バリアユニットを正面に置いたことによって相手からの死角が大幅に増えている。俺からも邪魔ではあるが、相手ほどではない。偏光レーザーはこのバリアユニットの基点ラインが使えないのでサイドから襲い掛かってくるが、それは容易に避けられる。バーニアの強弱をつけながら周回軌道に少しずつ足してゆっくりと回避行動を行う。
背部スラスターがあと一息で壊れそうな段になるとさすがに正解の手がわかったのか、バリアユニットを集中攻撃して一番邪魔なそれを破壊した。さすがにそろそろ対策が取られそうなのですぐさま変形して戦闘機状態で位置を変更する。右旋回を続けるミトラに対して左旋回を行ってすれ違う。すれ違う瞬間にレーザーが数本直撃したが特に問題はない。装甲が一割ほど剥げたくらいだ。むしろ俺からの置き土産であるミサイルが正面モニターに直撃したので収支はプラスで終わっている。
俺はサブモニターでは見えない位置へと移動しながらほくそ笑む。
一時、推力をカットして急速チャージを行う。
消費したエネルギープールを回復させる。モニターの焼け付きが終わるのがどのくらいかわからないが四秒くらいはかかるだろう。慣性で滑空しながらたっぷりギリギリ六秒ほどチャージを行うと、回復したモニタで急速チャージを行った俺を再確認して三式弾をばら撒いてくる。
さすがにこれは二度は通じないだろう。サブモニターで見えないところなど限られている。広範囲を攻撃できる三式弾が使えるのであれば次からはその見えない場所すべてに攻撃を射掛けてくるはずだ。なので、今度行うときはまた何かしらズレを利用しなくてはならない。
恐ろしいほどばら撒かれる三式弾。
さすがにそろそろ避けられない。追い詰められている。次の回避場所は死路だ。それさえわかれば十分だ。頭おかしいレベルのシューターなら避けられるらしいが現実と引き換えにはできない。安全策はしっかりと取った。
無敵範囲攻撃を発射した。
一瞬で三式弾を含めたレッドコヨーテの攻撃が連鎖的に破壊されていく。強力な磁気嵐がレッドコヨーテの再攻撃を一時的に防いでいる。磁気装甲と対磁気装甲の同時起動でレッドコヨーテの火器管制が一時的に使用不能になっているのだ。攻撃を行うと誘爆する危険性もそうだが、いくらイグナイトコピーといえども無敵範囲攻撃の直撃を受けると即座に撃破されてしまう設定だ。そのために何を差し置いてでも自動的に防御するシステムになっている。
そのため、というわけではないが現在は一息つく暇ができた。
無敵範囲攻撃の効果範囲外で急速チャージを行いながらレッドコヨーテを観察する。背部スラスターの四割は破壊したのでもう変形して逃走や機動撹乱は行わないだろう。俺のほうが確実に速いからだ。ほぼ使用していない剣は武器としての体裁は残っているが、防御に使った中盾今の攻撃で完全に破壊されている。正面側のレーザー照射口も破壊されているので、これから経過するべきは全身に発射口のある三式弾とどこにでも作成できるビーム攻撃くらいだ。
やはり背面へと回り込む。
背中を取って攻撃するのはパイロットへのストレスが半端ではないので、これ以外に効果的な攻撃は多くはない。それにスラスターを完全に破壊したらちょっとしたきっかけで墜落する可能性もあるので狙わない手はない。
止めを刺すか……
俺はミトラへと呟いたが、向こうからの返信はなかった。