04 レッドルート
しごと やめた
「ほんとに撃墜してきたのかよ!?」
「シャベル、構えろ。すぐに第二ラウンドだ」
シャベルの言葉を無視して旋回すると、並んでからホバリングを行う。
効果の切れたバリアユニットを廃棄してから新しいバリアユニットを射出すると後方に待機させる。まだ使用はしない。体当たり前に励起させるつもりだ。
正面には赤色と黄色の大型戦闘機、イグナイトコピー「レッドコヨーテ」と「イエロージラフ」だ。
レッドコヨーテは二面のボスだ。そのままイグナイトを巨大化させただけの図体をしている。一応、変形して広範囲に強火力の小型ミサイルをばら撒くクソみたいな仕様らしい。しかもスプラッシュフレアが効かず、気分で信管を爆発させている通称「三式弾」で攻撃させてくるといういわゆる「いやらしい二面のボス」というやつだ。
イエロージラフは三面のボスだ。黄色の外見を持った巨大イグナイト、その後部に大きな首のように斜めに突き出している「外付けの大型砲身」を所持している。戦闘機状態でも使えないことはないが、人型状態時に巨大剣として使用してくる兵装だ。もちろんビーム砲としても使用できる上に、エネルギー充填時と発射時は近くにいると余波で流動装甲が禿げ上がるほど禿げ上がる。
性能的にはイエロージラフのほうが強いのであるが、プレイヤーの撃墜率はレッドコヨーテのほうが圧倒的に多い。公式データとその敵性ランキングを見る限りはレッドコヨーテで稼いだプレイヤー経験値を使えばたかが二割増しのイエロージラフは相手にならないという、とても素晴らしい叩き台なのだろう。
……なぜボスだけで襲撃に来ているのだろうか?
本来ならラーヴァナが使用している海賊版のボンバーが大量に出ててくる。正式名称はわからないが基本的に色違いばかりなので赤ボンとか青ボンとか黄ボンなどと呼ばれている。
まずこの海賊版ボンバーが襲撃をかけてくるのでこれを迎撃する。そしてレキオス島を南下しながらすでに制圧されているリペルソン島へと向かいその上空に待機しているホワイトラビットを撃墜するまでが一連の流れだ。
それからはマッドラス辺りから北上してレビエッド連邦と戦闘を行っているレッドコヨーテを撃墜、そして西へと進んでいくそうだ。さすがに細かいところまではわからないが最終決戦場が太平洋上だったはずだ。つまり世界一周しているということは覚えている。
「シャベル、こいつら南からやってきたということはすでにリペルソン島が落ちている可能性が高い。こいつらを撃破したら確認に行くぞ」
「ちょっと待てよ! お前、こんなの戦って勝利する前提なのか!? ところで俺の名前はシャヘ――」
「くるぞ!」
小型、中型のビーム砲が俺たち目掛けて発射された。
その数、百十六。
無情なロックオンカウンタが笑える数を示していてくれて嬉しい。たいへん精神に負担をかけるのでカウンタ機能をカットする。
即座に回避運動を行いたいところであったが、戦闘機状態の非推進であったので無理だ。緊急用の腹部バーニアを一気に吹かし、流動装甲を変形させてダウンフォースを利用して急速に上方へと落とす。妙な角度のついた紙飛行機が投げた瞬間に真上に飛んでしまう現象と半ばいっしょだ。
スラスターが後方を向いた瞬間に点火、慣性を消化させるために流動装甲を再度変形させてエルロンロールで微調整を行うと攻撃された方へと進む。
「シャベル! 黄色の奴を任せた!」
シャベルでは確実にレッドコヨーテには勝てないだろう。
もしかしたらいけるかもしれないが、怖くて任せられない。イエロージラフの巨大剣は当たったら運が悪ければ死ぬが、三号機の装甲なら持つのでその点は安心していられる。
……さすがに何度も当たるような腕のやつがイグナイトのパイロットをしているとは思いたくない。
「任された!」
威勢よく返事をするシャベル。
少し、心がうずいた。
俺は今までどこかでシャベルを信じていなかったようだ。
クリア後の感傷まで塗りつぶしてしまうホモ野郎だとしか考えていなかったが、良く考えたら俺はこいつと真面目に顔を合わせるのが今日が初めてだ。
どうやら俺としたことがネットの偏った情報に踊らされていたらしい。
今、本当にお前に――シャベルに、任せる!
俺は口元をにやりとさせながらシャベルにのイグナイト三号機を視線を送った。
イグナイト三号機に巨大剣から放たれたビームが重なる。
直、撃、
「うおおおおおおおッ!!?」
「シャベルうぅぅぅっぅ!?」
思わず大声を上げる。
それがまずかった。
そのまま予定していた回避を行えずにこちらも中型のビームとそれを追いかける大量の三式弾の直撃を受けた。ゲームじゃありえないほどの衝撃がコックピットを揺らす。ムチウチを心配するよりもパイロットシートのヘッドクッションに頭をぶつけて流血を心配するレベルだ。危険警告がうるさいくらい鳴り響き警戒色の赤色と差分の橙色が点滅している。ログを確認したら流体金属が緊急排熱を行いながら再利用不可能な部分で緊急放熱板をつくってダメージコントロールを行っていると出ていた。
ヤバイ。
この規定水準以上の熱量を加えられたので流動装甲が一時的に熱暴走を起こしている。この状態で中型以上のビーム兵器を受けたら確実に撃墜される。
熱暴走中であるので変形が不可能だ。
俺はバリアユニットを即時展開、励起させると正面にそれを置く。
そのままエンジン直結でスラスターにエネルギーを送り込んで加速する。流体金属を使用したジェット加速、アフターバーナーを行って瞬間的に最高速度まで叩き上げた。
潰れるほど強烈なGが全身を襲う。
理屈はわからないがブラックアウトはしないようだ。レッドコヨーテの外装ギリギリをすれ違いながら背後へと回る。レッドコヨーテもそれはわかっていたのだろう。小型の空中機雷と大量のミサイルを発射しながら背後を取られないように緊急変形、そして旋回を行った。
空中機雷とミサイルはスプラッシュフレアで一網打尽にする。すると爆煙の中から青い偏光レーザーが突き進んできた。三発ほどバリアに当たってその姿を認識できたが、それ以外は近すぎて観測できない。こちらに気取られないように照射時間を絞っているのだろう。どうせ一撃当たれば終わるからな。
さすがにこの程度のレーザーを一撃受けたところで熱暴走中とはいえど撃墜されることはないとは思うが普通に直撃するよりも大きく削られるのは間違いない。直撃しないに越したことはない。
横殴りの雨を思わせる青のレーザーに当たらないように少しずつ角度を変えながら抜けた。
安全マージンを取って減速を行い、こちらも旋回して相対する。
危険警告が鳴り止み、使えなくなった流体金属装甲を三割廃棄する。自然落下していくボロボロのそれを網膜の端で確認しながら眼下の翠海色をさらりと視線で撫でる。
「くっそ、直撃時にボムとして起動させておけばもう少し被害が少なかったのに……」
自身への怨嗟を吐く。
流体金属装甲にエネルギーを蓄積させて意図的に熱暴走を起こしたのが無敵範囲攻撃だ。エネルギーを与えた流体金属は磁石のように反発力、というか斥力のようなものが働くので自身への被害がなく安全に排熱が可能になる。敵の攻撃を受けた流体金属にさらに少量のエネルギーを流してタイミングよくボムとして起動させると危険警告が起こらず安全に排熱処理が可能になる。
いわゆる「被弾攻撃」と呼ばれるものだ。
ボムを発生させることよりも被弾ミスを帳消しにすることを目的として使用される。
焦っていて使用するのを忘れていた。
というか、さらに気がついたのだが、被弾攻撃が成功していたらその衝撃閃光で危険信号真っ只中のシャベルが確実に死んでいた。
……生きてるよな?
正直、それよりも正面の敵がさらに攻撃を展開し続けている。
人型状態のレッドコヨーテがこちらを見ている。
見ながら空中機雷をマイナス軸にばら撒いていいた。
真紅のイグナイトがそこにはあった。
騎士を思わせる金の縁取り湾曲装甲で身を包んだ人型ロボットだ。まさに抜剣構えの名前に相応しく、ビームソードを立てて構えている。左手にはバリアユニットの発光を持った中盾がたった今、展開された。
うわ、なんかもう構えだけでも強そう。
ってかこんな白兵戦闘仕様なフォルムなのに三式弾の連続攻撃を行うのかよ。そりゃプレイヤーも勘違いするだろ。勘違いしてもしなくても強いらしいが。
俺はちらりとイエロージラフ……というかシャベルの方へと視線を向けた。向こうの機器の故障か、回線が繋がらない。一応、反応は消えていないので大丈夫であるとは思うのだが、まったく安心できない。そのために目視確認を行ったのだ。
少し離れた場所で、白い鳩の後ろをライオンが追いかけているような徒競走を行っている光景が目に映った。もちろんシャベルのイグナイト三号機とイエロージラフだ。さすがに二度目の巨大剣は当たらないと思ったのか、普通にレーザーだけで追い回している。
あれならばしばらく大丈夫だろう。たぶん、きっと。
一気にレッドコヨーテを撃墜するのは難しい。
もちろん相手が無抵抗でなんの防御行動も行わないのであれば五秒で撃墜できるはずあるが、まずそんな隙があることはないだろう。
このゲームの良いところは「時間の水増し」を行わないところだ。
通常のアーケードシューティングであれば敵の体力バーを削り取るのになんだかんだで最速でも一分とかかかるところであるが、このゲームだと脆い場所やエンジン部分を貫通できればその場で撃墜可能だ。そのためにタイムアタックも盛んで公式ランキングには優秀者のクリアタイムと映像ログが残っている。
そのために二作目の対人戦闘ではちょっとやばいことになっているのであるが、それは置いておこう。
なのでこの「いやらしい二面のボス」でもエンジン部の装甲を引っぺがしてエンジン破壊を行えば速攻で片が付く。
そしてそれができない相手なのがこのレッドコヨーテでもあった。
最初にして最後の難関である「先生」だ。
俺はエネルギープールの最大までエネルギーを蓄えた。
レッドコヨーテは空中機雷を足元に撒き終えた。
互いが互いを意識しているのがわかる。伝わってくる。
フットペダルを今、踏み込もうと力を加えた瞬間――
『あの、止めませんか!』
通信が入った。入ってきた。
『戦うの、止めませんか?』
人の声が、スピーカーから聞こえてきた。
明らかな子供の声。女の子の声だ。
声量が少し大きい。もしかしたらもともとは明るい子供なのかもしれない。それが今は本当に悲しそうな声でしゃべっている。こちらまで悲しくなりそうだ。
『このまま戦っても被害が増えるだけです。だから、止めませんか?』
もちろん発信者はレッドコヨーテ。なんどか回線をクリアにして検算してみたが、間違いなくレッドコヨーテからきている通信だ。
『撃墜しようとしたことは謝ります。だから、戦うのを止めませんか?』
なかなか良い根性をしている。
先ほどの直撃から一連の連続攻撃をしかけてきて懐柔にでたのか。
いや、正しい。それだけのパイロットと戦って無事に済むとは思っていないのだろう。だから安全且つ手早く攻略するために俺の交渉を持ちかけてきたのだろう。頭が良いとか悪いとかじゃなくて要領が良い。伊達や酔狂で勘タイミング炸裂攻撃の三式弾を使っていないようだ。
『今頃、向こうのパイロットにも直接回線で通信が入っていると思います』
シャベルのことを言っているようだ。
『地球統一連邦は間違ってます。だから、こちら側についてくれませんか?』
「それは無理だ。どんなに腐っていても政府は政府だし、国家は国家だ。悪法でも素人が作った憲法よりマシだしそもそもお前られではこの百億の人員を動かすことは不可能だ。お前らは数十年前みたいに記録外死者を無視するつもりか? 貧困者は貧困者としてしっかり生きている。問題ない」
あれ、怖い?
俺は適当な発言でお茶を濁す。
正直、この世界の政治なんかどうだっていい。俺はさっさと家に帰りたい。そのためにゲームクリアを目指すだけだ。
だから、
怖い。
だから、
だからお前らゲームの中の人間がいくら死のうが知ったことじゃない!
知ったことじゃないんだ!!
怖い。
恐ろしく、恐ろしい。
思い出した。
俺は、撃墜したのだ。
先ほど俺が撃墜したホワイトラビットにも人が乗っていたのだ。名前は思い出せない。だが確実に有人機なのだ、あれは。
殺した。殺してしまったのだ。
俺が、人を殺してしまったのだ。
ああ、こいつ、なんで、今、わざわざ、俺に通信を入れてきたんだ……?
べったりと身を包んでいた恐怖を、ようやく認識してしまう。
それまでは無視していた。のっぺりとしている無表情の顔の死神が俺を覗きこんでいるような、そんな、クソみたいな状況をずっと無視していた。ずっと網膜投影ばかりを覗き込んでいて現実に目を向けていなかった。
ホワイトラビットを撃墜してまだ十分も経っていない。
残り敵機を二機も残したままで恐怖が身を支配している。
怖い。
何が怖いのかわからないが、怖い。
怖い。
考えたくない。
ここはゲームの中で別に俺は裁かれない。
裁かれるとしても、俺はパイロットだ。問題ないだろう。気をつけるべきは御役御免後によくわからん理不尽な裁判を受ける可能性があるが、それまでには絶対に現実に戻りたい。
戻れないなら、戻れないで、かまわない。
そこまで諦めを含めた理論武装を行うが、俺が殺したという事実は消えない。
それは俺の人生にあるべき事柄ではなく、創作物の中だけのものだ。もしかしたら俺もいつか犯罪を犯すのかもしれないが、少なくとも今ではない。
違う。もう、犯した。
ふらりとのっぺりした死神が口を開いて俺の耳元で囁いている。
同じことを何度も。俺が殺人者であると。粘土でできたようなおうとつのない口で耳を舐めるように囁いてくる。
まずい。
怖い。
俺の中では無罪セーフとわかっているのに、問題ないのに、体が言うことを利かない。
まずい、まずい、まずい。
どうしたらいい?
攻撃か?
逃走か?
違う、そうじゃない。
もっと細かく、考えろ。こう、何かあるはずだ。
『だいじょうぶです。すでにこちらで新しい法律やその基盤、政治家も準備しております。問題はありません』
むしろ大問題すぎる暴露にどうしようかと思ったが、脳が、体がいうことを利かない。
それはただの独裁だ。
そう言って相手がキレて攻撃してきたら俺は反撃できない。
回避も、防御もできないだろう。
アグニ、プラスに考えろ。
この恐慌状態はいつか絶対に来るものだった。
今、相手が交渉しているときに来てラッキーだったと!
戦闘中、イグナイト一号機と戦っているときにこうなったら確実に敗北していた。それだけじゃない。この戦闘中だろうが、イエロージラフと戦っているときだろうが、赤ボン三機に囲まれてもまずかっただろう。
今、こうやって作られた時間で恐慌状態をなんとかできればこれから先は、きっとない。
落ち着けよ、俺。
『申し送れました。私、ラーヴァナに所属しているミトラと申します。リグナイト二号機「レッドコヨーテ」の操縦者を任されております、ミトラです。お見知りおきを』
少し、震えが止まった。
自己紹介されたからだ。
「ミトラ……?」
『はい。何かお気に障る点でもありましたか?』
ミトラといえば、
「……グレートパワーの十年前だから、四歳か?」
思考が口に出る。
そう、確か二作目の「クライムエンジン・グレートパワー」が十年後だったから――
「……お前、四歳か?」
俺は突拍子もないことを口にする。
馬鹿みたいな発言だ。普通、四歳の子供がクライムエンジンに乗れるわけがない。Gで死ぬ。誇張なく、肉体が耐えられずに死ぬだろう。
だが、通信機の向こう側でミトラが息を呑む音が、確かにこちらまで聞こえてきた。
『なんで、知ってるの……?』
これはどう見積もればいいのだろうか。
ミトラとは二作目の「クライムエンジン・グレートパワー」のヒロインの名前だ。
二作目のヒロインが、なぜここにいる……?
レッドコヨーテのミサイル発射口とレーザー照射口のシールドが開き、俺へとロックオンされた。