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オフライン・アーカイブス  作者: みここ・こーぎー
3/9

03 キルマーク

 息を切らせながら格納庫へとやってきた。


 あまりに覚えのある体力事情に「やはり現実か」などと声を噛み砕いたが、一応は俺もそれを認めていることは認めている。ただ嘘だと思いたいだけだ。隙を突いてつぶさに確認しているだけで、別に逃避がしたいわけじゃない。


 イグナイトはメンテナンスポッドから出されているようだ。

 メンテナンスポッドは簡単に言えば専用のメンテナンス機器が取り付けられた大きな棺桶のようなものだ。戦闘機状態のまま棺桶に頭から突っ込んで、それをさらに格納庫の所定の位置へと収める。ひとつ手間ではあるが外へも専用整備機器が出せるためにトントンであるそうだ。昨日、立てこもったときに聞いた。聞かされた。そしてまたソワカに連れ出された。あいつおかしい。けっこう喧嘩の強いはずの俺よりも強い。


 俺はイグナイトに乗り込む。


「少尉! パイロットスーツ着てください! コックピットの破片が当たったらただじゃすみませんよ!」


「当たらなければいいだけの話だ」


「ああ、もう! 知りませんからね! シートの裏にキャンプセットといっしょに予備のパイロットスーツが入ってますので着たいときに着てくださいよ!」


 おっぱいのでかい整備兵が俺に好意を持ってくれていたようだがちょっと邪険にするとどっかに行ってしまった。もうちょっと会話を楽しみたかったのだがさすがに緊急事態であるとこの程度で済ませるのが大人な対応だろう。


 俺はシールドを閉めてから全周天モニターを起動させる。


 電子光を光学処理で網膜用にフィジカライズされた柔光が俺の周囲を包み込む。

 ざらりと見回して欠けたディスプレイが存在しないことを確認すると同時にもうひとつのディスプレイも起動させる。


 キッ、と軋む音が一瞬だけ鳴る。


 表示設定から網膜投影型ディスプレイも並行して使うように処理する。全周天モニターの四×四に加工された十六枚のパネルが透過処理されて俺の視界に映し出された。


 問題ない。

 ゲームと同じだ。


 問題ない。

 いけるぞ。


 俺は首元に指を差し込んでネクタイを緩めた。

 グレーベージュのジャケットが俺の動きに合わせて揺れる。

 フットガードがスラックスをシワになるように挟み込む。


 いつもと同じ環境だ。

 いや、いつもはジャケットを脱いでいただろうか。

 それよりもトレパンだっただろうか。


『アグニ少尉、そっちはどうだ?』


「アーマー型に心配されるほど落ちぶれちゃいない。撃墜されないように注意するんだな」


『はは、マジで期待してるぜ』


 通信を繋ぐとシャベルのフェイスアイコンが開いて話しかけてきた。

 どうでもいいが、向こうには俺のツラが映っているのだろうか。肖像権の侵害だ。明らかにテンパってる俺の顔が向こうに見られるとかちょっと考えてもおかしい限りだ。

 しかも向こうは余裕そうだしな。


 クソが。


「シャ――」


『アグニ少尉。ちょっと真面目な話があるんだ』


 俺の言葉を遮ってシャベルが話しかけてくる。

 声がわりと本気っぽい。遮るのはあまり得策じゃないだろう。俺が自然とこんな真剣な声を出しているときに遮られたらさすがにむかつく。


『ソワカのことなんだけどさ。君、ちょっと邪険にしてるよね』


「……」


『あ、いや。それはいいんだ。仕方ないよね。初対面なんだから。僕だってそうなるよ。いや、もしかしたらキスくらいするかも』


「向こうの好意に漬け込むのは趣味じゃない」


『はは、やっぱりね。君は真面目なんだね。実はソワカもそうなんだ。真面目なんだ。だからあの発言は本気なんだよ、君に好意を持っているんだ』


 戦闘機ファイター状態でレールに載せられる。カタパルトで射出する予定なのだろう。確かにそっちのほうが早いだろう。さすがに静止状態の戦闘機から人型ソードマウント状態に移っても問題ないのかすらわからないので、そっちのほうが安心する。思えばゲームでは空を飛んでいる状態か人型で基地に突っ立ってる状態からしか始まらないのでその辺りはよくわからない。


 さすがに射出後即座に撃墜される可能性がある場所に放り出すとかはないだろうと信じている。


『でね。できればでいいんだけど、彼女を抱いてやってくれないかな』


「悪いね。お断りだ」


 いきなりとんでもないことを言い出すな、こいつ。頭涌いてんのか?


『君は彼女のことをよく知らないだろうけど、彼女はこの三ヶ月間君の顔とプロフィールだけを見て過ごしていたんだよ。一目惚れらしい。笑っちゃうよね。一目惚れだって』


 ちょっとイラつく。

 一目惚れしたっていいじゃないか。ただ別に抱かないけど。


『ちょっとイラついたかな。けど本当なんだよ。最初会ったときにちょっと口説こうとしたら烈火の如く怒ってね。まあ、痛い目を見たんだけど。それから話を聞いていたら一目惚れらしくて、僕はお呼びでないわけさ』


「すまん、あまり人の性癖を聞く趣味は持ち合わせていないんだ。ロリ専門の店に行ったことがないわけじゃないんだが、まあ、ほらな。心を打つ快感は人それぞれだからな」


『ま、ソワカ少尉のことを少しでもわかってくれたのならいいさ。あ、ちなみに僕は別にロリコンってわけじゃないからね』


「ああ、わかってる。どうでもいいことだけどこれ、オープン回線だけどいいのか?」


『え、あ……』


 どうでもいい会話を終わらせて俺はシャベルとの回線を切る。俺の方のスピーカーからおっぱいの大きい整備兵の悲鳴のような叫びが聞こえてくるがそれはそれでどうでもいい。


 鈍い轟音と共に乾いた金属の固定音が聞こえた。

 完全にレールの上に載ったようだ。


 離陸許可テイクオフが赤く点滅している。


「管制、聞こえるか?」


『はい、こちら管制。イグナイト一号機ゼロワン発進許可。全ロック解除確認』


「サポートは誰に頼めばいい?」


『ゼロワン、こちらには戦術担当官バックアップはおりません』


「簡潔で好感が持てるよ。アグニ、出るぞ」


 そして俺は確認決定のボタンを押す。



「……ぐっ」



 カタパルトで瞬間的に時速三百キロまで加速されたあとで自力で加速を行い五百まで上昇させる。さすがに最初ほど辛くはない。わかっているからな。


 数秒で太陽の下へと射出完了する。

 俺は先ほどから確認していた接近する三機の機体、その方向へと機首を向けた。現在五十キロほど離れているか。かなり近くまで接近されたようだ。


 このままだとレキオベース南西二十キロ辺りで遭遇エンカウントすることになる。


 つまり市街地で戦うことになる。


 レキオベースを南に置いたこのレキオス島は全長百キロ程度の小さな島だ。西にある大陸側を守るカウンターウォールのひとつでありかなりの軍事施設になっている。

 その南にある全長七百キロのリペルソン島と合わせて使われているこの極東辺りでは重要な拠点であると言ってもいいだろう。


 極東軍地と違ってこの辺りは普通に民間人もいる。


 と、設定資料に書かれていた。

 いや、書かれてはいなかったか。極東軍地だけが異常なだけで他は別におかしい記述はなかった。あの世界の通常認識で行くのであればやはり人が住んでいると見るべきだ。


 現に、この今俺が飛んでいる真下には人が住んでいる。


 ……


「シャベル、聞こえるか?」


『あーはいはい、聞こえますよ』


 少しだけ拗ねたような気持ちの悪い男の声が聞こえてくる。

 それでも頼れる味方なのは間違いない。

 その頼れる味方はプレイヤーのほとんどが「殺しておいたほうがいい。好感度が上がってくるとプレイヤーに色目を使ってくる変態に変身する」という烙印を押しており後半の気持ち悪い発言をさせないために誤射を装って殺すのが一般的であるらしい。

 個別エンドでこの男のほうがソワカよりも優先されており、好感度が同数か少し下くらいまではホモエンド(意訳)に行き着くそうだ。そりゃ殺すわ。


 とりあえず後で殺しておくことを意識しながら今のところ使える味方は使うべきだと心に留める。


「市街地で戦いたくない。西の海洋におびき寄せて叩くぞ」


『西に迂回して回りこむようなコースを取るのか? 背後を取ろうとしたらさすがにこっちへとくると思うが、もしも相手の目的がレキオベースだったり一機か二機に分かれられるとまずいけど』


 至極まともな意見をしてくる。

 普通に考えればその通りだ。


「俺が単機突貫して四秒で一機落とす。その後で西に逃げるからそこで残りを叩くぞ」


『え、いや、無理じゃないのそれ。相手は未確認機で通常のクライムエンジンよりも大きいって情報がでてる。下手を打つとこっちのイグナイトよりも強い!』


「大丈夫だ。こっちのイグナイトのほうが強いよ」


 これは本当の話だ。

 このイグナイトという不完全なレプリカでも他のクライムエンジンとは比べ物にならないほど強い。特に各ステージのボス機よりもこのイグナイトのほうが頭二つ分ほど強いのだ。もちろんアーマーの分は撃墜されやすいが攻撃性能と回避性能、防御性能は他の追随を許さない。イグナイトを超える性能の機体はラスボスの奪われたイグナイト一号機だけだ。

 この破格の条件はプレイヤーに開示されておらず、ひとつひとつ検証した結果でわかったことだ。実際にネットに公開されている開発ログにもそう書かれてはいたがあまり信用されておらず、ゲーム解析とデバッグ用データを使って相手のイグナイトコピーであるステージボス機を使用してみて、そこでようやくみんなが認めた事実なのだ。


 それだけ我々プレイヤーがこの戦闘機と人型を行き来する可変型マシンに適正がなかったというだけの話だ。

 だが俺たちはそれでもこの憧れの変形ロボットが好きなので努力して強くなった。

 それだけなのだ。


 ゲーム的じゃないよね、それ!


 とにかく、相手の機体の利点弱点がわかっている上にたまにいる頭のおかしい脳直結型操作ができる天才プレイヤーがとてもためになる撃破方法を確立しているのでそこまで難しくはない。撃墜は。


「俺を信じろ。確認してみないとわからないが、おそらく三機のうちの一機は俺が倒せるやつだ。倒せなかったら逃げるからちゃんと援護バックアップしろよ」


 もちろん俺はこのゲーム自体を完全にプレイしたことはないが、それでも可能なことはいくつかある。そう、失敗したら逃げればいいだけだ。そこまで賭けに満ち満ちた方法でもない。


 特に最初のステージのボスはアーケードの基本を踏襲している弱い敵チュートリアルなのでそこまで気にしなくても良いだろう。俺がプレイしてた二作目のプレイヤー対戦で使用していたバリア貫通技がモロに効果的らしいのでそこまで気にしてもいない。

 いつもと違うちょっと大きな敵にいつもと同じようにビームソードを差し込むだけだ。


 敵が意表を突かれて黙っていてくれれば万々歳なのだが、そこまで期待する必要はないだろう。

 念のため、バリアユニットを射出しておくべきか。


『わかった。この座標にいればいいんだな。何かあればすぐに逃げろよ』


「心配するな。今の俺はいろいろ麻痺してるからな。強いぞ」


『心配になるじゃないか!』


 バリアユニットを三機射出する。

 バリア用のエネルギーフィールドを使用していない待機状態なので特に目減りする何かはない。橙色の発光が俺の後方を付いてくる。大きさとしてはイグナイトよりも少し小さな楕円形で一定間隔で追従している。レーダーにも映るためにミサイルデコイとしても使えるが、さすがにそれは勿体ない。二作目ならばこれからビームとかを発射できるようにもなるが、一作目ではバリア待機くらいが関の山だ。


 バリアユニット三機と中型の砲身を左右に一基、小型砲身を左右二基に先に生成しておく。別に準備しなくても自動生成されるが先に準備しておくと発射のタイムラグが少なくなる。砲身に攻撃を受けるともちろん破壊されるのでそこまで意味はないのであるが、たまに意味があるタイミングが存在する。そのときのために準備しているのだ。

 あと見た目がかっこいい。自機は見えないが、他プレイヤーの機体を見てかっこよかったのでなんとなくやっている部分もなくはない。


 エネルギープール九割を維持しながら加速する。


 見えた――


 赤、白、黄の機体がこちらに向かってくるのが光学視覚で確認できた。

 全長二百メートルの戦闘機だ。ジャンボジェット機よりも肉厚で兵器めいたそれはあまりに戦闘意識を削ぐほどの外見だ。


 それが三機飛んでいる。


 すべて形が違うがイグナイトを意識した雰囲気を持った二等辺三角形だ。


 正面の白いイグナイトコピー『ホワイトラビット』が衝角部ラムを開く。二つに展開した衝角部の真ん中に白い光が溜まっていくのがわかる。


 大型の砲身、大口径ビーム砲だ。


 左右にいる赤と黄の機体が離れる。余波を恐れてのことだろう。

 好都合だ。俺好みの状況に感謝する。


 加速する。

 加速、加速、加速、加速加速加速、


 砲身のど真ん中目掛けて加速を続ける。

 途中、赤い機体が何かに気がついたようだがもう遅い。俺は止まらない。


 バリアユニットを励起すると正面、後方右、後方左に配置してイグナイトを全方位から守る障壁を形成した。


 このまま突撃する。


 八割がたチャージされた白い光に突っ込むとバリアを掻き毟るような強烈なノイズがイグナイトを襲う。しかし流体装甲や本体へのダメージは見受けられない。


 問題ないようだ。


 砲身の最奥に位置するビーム発信器の保護膜である赤いクリスタルにイグナイトを突っ込ませてから人型ソードマウントに変形するとビームソードを叩き込む。エネルギープール直結でとんでもないエネルギーをソードにつぎ込んでいく。


 赤いクリスタルにヒビが入ったのを見計らってバリアユニットをひとつ残して強制射出し、ボムとして使用する。同時に戦闘機状態に再変形してから、これからの爆発に巻き込まれないように離れた。


 できるだけみないようにしてから西の海へと飛ぶ。


 そして数秒で強烈な閃光と青い炎の爆発が網膜の隅に映った。

 全周天モニターの背後から襲い掛かる光に軽い震えを感じたが、それだけだった。よかった。


「通信がこなくてよかった」


 ぼそりと呟いた。


 たぶん、俺は、人を殺したのだ。


 だけどそれはあまりに現実味のない出来事で終わってしまった。


 ただゲームのように同じ方法で撃墜しただけであるが、俺がこの世界にいる限り、それは離れないで付きまとう現実なのだ。


 元の世界に帰れたらノーカウントであると自分を納得させるように、後方は見なかった。



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