02 テストパイロット
「そもそもイグナイトの初期ステータスにばらつきがあるのが私は気に入らない。アグニの使用している一号機が一番出力が高いじゃないか。つまりセコンドパーが一番多いのだろう。一番強い」
勝手に指が動く。
テーブルの上で肘をついて手を組み合わせる。そして放す。指を蛇腹に重ねてそれぞれを潰すほどに力をかけて、放す。また組む。
どうしたらいいのだろうか。
かち、かち、と奥歯を鳴らす。
恐怖ではない。耳に近い場所の音を聞いて心に響くようにしているのだ。
恐怖ではない。しかし、怯えている。このままであったらどうすればいいのだろうか。
「いや、君の二号機はどうやらプール量が一番多い。これは先制アドバンテージの有利を決定付ける。たとえば特定の時間の勝負であれば二号機に勝つことはできない。つまり、一騎打ちにおいて君の二号機が世界で一番強いのさ」
もちろん仕事がある。
俺に人生の伴侶はいないが、まだ両親も健在だ。シーズンに一回くらいは電話もかかってくる。
友人もいる。多くはないが休みが合えばカフェ巡りをしてトーストとコーヒーのセットを食べ比べてネットに感想をあげるくらい趣味は合う。俺はブレッドメーカーでパンを焼くのが好きで、相手は自家焙煎の本格派というデコボコであるが。
正直言えば、そこまで悪い日常ではない。
どうしたらいいのだろうか。
いや、違うな。
現状を解決しなくてはならない。
まずは何をやらなくてはならないだろうか?
やはりゲームクリアが確実だろうか。
今の俺はコックピット症候群の気が触れたパイロットだ。そういうことで認識されているだろう。昨日、初めてこの世界に連れ出されてからけっこう暴れたからな。
まさか十四歳の子供にカラテで負けるとは思わなかった。
あのときにコックピット関係でできそうなことはそこそこやったが反応はなかった。
そうだな、ゲームクリアが確実か。
というか現状が少しくらい動かないと関連思考もできない。
そしてゲームクリアと並行して――
「そして僕の三号機は流体金属装甲を君たちよりも五割は多く搭載できるのさ」
「ゴミね」
「ゴミだな」
くされボマー派め。オンザボム、オンザボム、ボムストッカーめ。
対戦時の味方で出てきたら確実の超地雷野郎め。
最後の最後まで敵の数を減らせないし、そもそもアーマーをすべて耐久で使用するからボムなんか使用しないし、使ったら使ったで敵の攻撃が直撃したときに雑な起動するから隣にいる味方を巻き込んで小型太陽に変化するし、だいたいが味方側エリアで使うから被害が広がってスコアが減るし、つーか負ける。
三号機を選ぶ奴にろくな奴がいない。
初心者だけ選べよな。
「い、いや、装甲が多いってことは敵の攻撃を耐えることができるってことで――」
「お前らみたいな思考が味方に被害を生むんだ。バリアシールド後のエネルギー開放爆弾に変化させるならまだしもボム起動後の衝撃閃光はお前は良いかもしれないがほぼ外側に向かう衝撃はまず防御できないから直撃して装甲ダメージになるんだよ。お前の無遠慮な思慮浅い攻撃が味方の戦力を確実に減らすんだ」
「い、いや、そこまで言わなくても」
「絶対、ソウ、ナル、オボエトケ」
指差し確認、ゼロ災でいこう。
…………?
俺はさっきまで何かとても大切なことを考えていたと思ったが、とりあえず無視することにした。それよりも高い優先順位が出てきたのだ。
「お前、誰?」
何時の間にか立っていた俺は自分が指差した男をしっかりと見た。
生来のだろう短い茶髪が綺麗に揺れており精悍そうな顔つきをした普通の男がそこに座っている。
なんといえばいいのだろうか。
これ以上に説明を入れることはできない顔つきだった。
モブ顔ではある。そこいらのモブどもとは一線引いたオーラと雰囲気を持っているが、主役級と比べるとあまりにも出力不足だ。イグナイトとボンバーくらい違う。だがそのボンバーも前世代型クライムエンジンと比べるととても強い。そんな印象を受ける。
あ、どちらかというと糸目……というには良い目をしている。
む、どちらかというと筋肉……というには標準系をしている。
なんとも言いがたい男だった。
こいつをイラストデザインした奴は天才なんじゃないだろうか。
「あ、僕は――」
「そのうだつの上がらなさそうな男はシャヘルだ。三号機パイロットでこのレキオベースで緊急発進訓練を繰り返している。イグナイトの耐久性と整備の調査が主な任務と聞いている。」
仏頂面でソワカが俺に教えてくれた。
「よろ――」
「すげー言いにくい名前だな。よろしくな、シャヘル。ところで緊急発進訓練ってパイロットにあまり意味がない上にその効果も整備側すぎて若干大部分がすこぶるパイロットへのイジメみたいな内容になってしまっているんじゃないのか?」
思ったことを口にしてみる。
そもそも緊急発進を訓練でする必要はあるのだろうか。下手すると墜落しないか?
空軍はマジ偉いな。
少し疲れたような表情をしているシャヘルを軽く労うつもりで視線を送る。
するとソワカが俺にコーヒーを渡してくれた。視線と軽い手の動きだけで礼を言うと、ソワカはやはり軽く頷いて応答してくれた。
ややぬるくなっているコーヒーだ。ひとりで二つもコーヒーカップを抱えているからちょっとおかしいやつかと思ったが、どうやらひとつは俺に渡すつもりだったらしい。
俺はひとくちすすり、
「シャヘルは何か飲まないのか?」
「いや、ソワカちゃんがコーヒー買ってきてくれるって言ったんでね……」
言葉尻が小さくなっていったので最後まで聞こえない。
とにかくやるべきことは今のところひとつだ。
ゲームクリア。
実はゲームクリアはこのゲームに永住するトラップで、本当は自害しろとかなら毛頭どうしようもない無理ゲーなので永住することにする。リセットとセーブとロードができないのにひとつしかない命を軽んじることもできない。
となると目下の問題点は三つだ。
ひとつ、ゲームクリアまでに三ヶ月ほどかかる可能性がある。
この戦争、というか反乱軍鎮圧戦は設定上で一年ほどかかっているそうだ。終了時期は明記されていなかったが、「イグナイト」が完成したのがおおよそ戦争終盤らしい。最低でも二週間、最大で三ヶ月を目安で見積もっておく。
この期間の俺の精神状態が問題だ。
さすがに俺の精神が戦争に耐えられるとも思いがたい。今はまだ人を殺していないがこの先で確実にその部分に触れることになるだろう。今はまだ「これはゲームだ」という自己暗示が俺の精神を麻痺させているがこれがどこまで続くかわからない。
二つ、ウェブのゲーム攻略を把握していないので初見殺しで殺されてしまう可能性がある。難易度的には二作目のほうが難しいらしいのでそこで鍛えた俺の腕が高性能であると信じるほかない。
対策不可能。
死んだら戻れると信じて死なないように戦うしかない。
三つ、そもそもゲーム通りに進んでくれる可能性が小さいということだ。
チュートリアル、練習戦闘で出てきたボンバー百機は明らかにゲームと違う。あそこは俺が実際に見た記憶もあるので確実に違うと言い切ることができる。
つまり、このまままったく違うルートへ入る可能性もあるのだ。
ゲームクリアまで全部で六ステージ。
二週間だと相当辛いだろうが、三ヶ月だと平均で二週間のインターバルを取ることが可能だ。なんとかなると信じたい。
このゲームは基本的に連邦軍の物量作戦という建前で、結局は主人公の単機特攻で主要兵器を破壊していくことになる。取りこぼした敵機は後方に控えている味方が撃滅しているらしい。
そのために連邦軍が楽をして敵を倒せるラインまで戦線を押し上げてやる必要がある。
それが敵戦力の六割破壊とイグナイト零号機とイグナイト一号機の破壊が最低条件になるだろう。敵六割はスコアの逆算だそうなので、俺はなんともいえない。そっちのほうはどうでもいい。
問題はイグナイト零号機とイグナイト一号機に関してなのだが……
ゲームが進めばわかるらしいのだがどうやらこのイグナイトを二機奪取されたために反乱が本格化されたそうだ。そして今、俺が乗っているイグナイト一号機は本当は二号機であるそうだ。
ちょっと設定上の時系列を追って説明しよう。
反乱軍ラーヴァナ、地球統一連邦国家が嫌いなので常に反乱を続けているのだが、その戦力差があまりにも大きいので簡単に鎮圧される。それでもゲリラ戦を繰り返して被害を広げ続けている。
連邦軍で新型クライムエンジンであるイグナイトの開発が始まる。
これを反乱軍ラーヴァナが察知、完成まで泳がされる。
イグナイトの試作機と一号機が完成するとこれをラーヴァナに奪われた。
イグナイト試作機はくっそデカイ超巨大戦艦なのでこいつを母艦にラーヴァナが破壊活動を始める。ラーヴァナ戦が本格化する。
連邦軍、これをやばいと思ったので当初の予定であった試作機と完成品を合わせて四機だったイグナイト計画を変更。残りの二機をばらして三つの基地で再設計、組み立てを行いテスト後に三機で奪われたイグナイト試作機と一号機を破壊することにした。
その際、風聞が悪いのでラーヴァナに対抗するために新型のクライムエンジンを開発したという設定にしたのだ。そしてイグナイト一号機は存在を抹消されて俺らの三機に再ナンバリングされたのだ。
まあ、なんだ、つまり、向こうにあるイグナイト一号機は俺たちのやつと違い完成された本物ということになる。出力は俺の一号機、プールはソワカの二号機、装甲はえーとシャベルの三号機というわけだ。
オリジナルが手元にない上に、劣化レプリカ品三機で戦えとかちょっと正気を疑うが、三機で相手の戦力をダウンさせればあとは連邦軍がなんとかしてくれるのだろう。エンディングリストを見る限りは。
ゲームのときは「ふーん。ま、俺がなんとかしてやるんですけどね」とかウェブの設定資料を読みふけっているときに思っていたが、これが現実になればやはり返答はこう変わる。
ちょっと無理なんですけど!!
今は少しでも多くの練習を行って、少しでも強くなるべきだろう。
いい加減にアヴォイド派を気取って回避に注力するのではなく、状況に応じて戦闘方法を変えるべきだろう。その練習を少しでもやっておきたい。練習戦闘でソワカが見せたあの攻撃方法やボム攻撃は実際に有利なのだ。ザコ戦ではまず負けることはない。
さすがにボスクラスである向こう側のイグナイトコピーはそれなりに手こずることになるだろうが、落ち着いて見ていれば当たることもないし、ビームが当たった瞬間に反応装甲を大きく取り除けば被害は最小限に抑えられる上に、取り除いたそれを使って範囲攻撃が可能だ。タイミングがシビアではあるが、この際それはどうでもいい部類だ。
一対一ならソワカの二号機のほうが強いのは間違いない。
俺なら防御させてから確実にダメージを与える術をいくつか知っているので、どちらかというとエネルギープールが多いほうが使いやすい。チャージが早いのも似たようなものかもしれないが、相手のバリアを貫通させるにはプールの多さがモロに出るため、どちらかといえばそっちがいい。
ボスが二体以上同時に出てくるのであればさすがにその限りではないが、ラスボス手前の量産型ボスラッシュ以外でそんなことはないので問題はない。
さっそく俺はソワカと視線を向ける。
即座に視線が合ったことを多少不気味に思いながらも口を開いた。
『緊急事態発生! 緊急事態発生! ラーヴァナの新型兵器が接近中! イグナイトパイロットは至急格納庫へ向かってください!!』
ちょうどいい。一面が始まったか。ソワカの二号機へとさっそく……
『敵新型機、数三機。イグナイトパイロットは至急格納庫へと向かってください!』
……三機?
単機じゃないのか?
「お、おい。アグニ。わ、私なら別にかまわんぞ……」
んー、と唇を差し出しているソワカ。
なんでキスするんだよ。そういう雰囲気じゃないと思うんだが。
しかもいきなりやれとか言われてもちょっと嫌だよ。
俺は目をつぶって唇を突き出しているソワカからゆっくりと離れてシャベルに簡単なハンドサインを送って意思疎通を取ると二人で格納庫へと走り始めた。
ソワカは、まあ、遅くとも数分で気がつくだろう。
それまでに乗り込んで緊急発進したらいいだけの話だ。
会って間もない女にキスしろとか表現されたのは初めて童貞だったので、さすがに逃げてきてしまった。しかし基本的な男の振る舞いとしては間違っていないと思うので問題はない。
仕事中だしな。
ゲーム中だけど。