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オフライン・アーカイブス  作者: みここ・こーぎー
1/9

チュートリアル

 君もゲームの中に入れる!

 高性能環境エフェクター搭載、体感型フライトシューティングゲーム「無限機関クライムエンジン」ただいま到着!

 君の腕で世界を救おう!


 抜群の操縦技術を買われた君は地球統一連邦の新型機「イグナイト」のパイロットに選ばれた。

 反乱軍「ラーヴァナ」を倒すために「イグナイト」で飛べ!!





「あ、懐かしいな」


 箱型の、懐かしい大型筐体が俺の視界いっぱいに映った。

 空間投影型ディスプレイのノボリを辿るとそこには子供の頃に触ったことのあるゲーム機が鎮座していた。

 それはロボットのコックピットを意匠された最高のゲーム機でありヴァーチャルリアリティがまだ幼かった頃の最高性能の体感型ゲームだ。


 俺はゲームセンターのリノリウムを強く踏んで足を止めた。

 自宅から近いここは俺がよく使うスーパーマーケットの間にあるのでよく利用する。荷物のない行きで利用していつのまにか買い物ができなくなる時間まで時間を忘れて入り浸り、そしてここの閉店時間までいることも多い。


 そんな休日の使い方をしている社会人だ。

 俺は近くにいるスタッフに声をかける。


「これはプレイ可能か?」


「体感型フライトシューティングゲーム『無限機関クライムエンジン』ですね。もちろんです。今すぐにプレイ可能です。コードをどうぞ」


 スタッフのメイドロボが手持ちの個人アカウントを要求してくる。ゲームセンターのロゴと青と黄のハイカラーの制服を身に着けている。メイドロボは俺の発言に応えて早速筐体の調整を始めた。そもそもまだプレイするか決めていない。本来は俺の発言があった時点でプレイすることが確定しているようなものであるが、それでもだ。


 しかしメイドロボはきわめて精巧な笑顔で俺に笑いかけてくる。さすがにつくりものであるとわかっていてもこの破壊力はいかんともしがたい。そりゃ過去に女性団体による「女性の権利を守るためにメイドロボを排除する闘争」とかよくわからないものが起きたわけだ。

 学校で年寄りの教師が事あるごとに口にしていた記憶がまた蘇る。結局のところ男性側の勝利によりメイドロボは完全状態での一般普及が行われたわけだが。そういえばメイドロボ、昔は機械駆動型ハードタイプオンリーだったそうだが、逆に今ではそちらのほうが珍しい。


 どうするか。


 いや、どのみちここに入った時点で料金は支払われているわけであるしちょっとでもやりたいゲームがあればやるべきではあるんだが。


 俺とりあえずコードの認証を済ませる。


「身長百七十五、体重八十五、バイタル測定開始……」


 メイドロボが俺の手首を掴んでチェックを開始する。俺よりも頭半分小さいメイドロボを少し見下ろす形になる。メイドロボと視線が合うとまた笑ってくれた。心がときめくではある。小さい頃から見慣れているせいでときめくだけなのだが。


「計測完了。過去のデータを更新して現在に合わせます」


「あれ、過去データ残ってるの?」


「はい、ございます。ただしゲームアカウントとして残っているのみでセーブデータはご使用できません。ご了承ください」


「まああれから何度かアップデート重ねただろうからな」


 子供の頃やったときは確かクリアまでいかなかったはずだ。

 俺の技量が足りなかったわけではなく、突然に筐体が撤去されたのだ。納得いかなくてゲームセンターの店員に理由を聞いたが「不具合があったので回収する」というなかなか聞かない内容だった。店員も不思議がっていた。クリアしたやつはかなり少ないだろうと思うほどの稼働時間だった。

 しかしその割にはウェブ上の攻略サイトは妙に充実していたので、やはりあるところにはあったのだろう。なんか実機を買ったとかいう猛者も多かったのでやべえとも思ったが。なんで実機買ったんだろう。かなり凄まじい値段だと思うんだが。


 俺がゲームプレイしてなおクリアしていないゲームというのは真にクソゲーか、この筐体ゲームのようにプレイできなくなったというものが主だ。そのために良く覚えている。


 いや、やはりプレイしよう。

 あのときの雪辱戦だ。


 俺はようやく覚悟を固めた。

 どうせ俺ならなんだかんだでやると思っていた。だからプレイする前提で手続きをしていたのであるが、やはり正解だった。このままだと気乗りしないままプレイするところだった。


「コックピット内部の操作方法はおぼえていらっしゃいますか?」


「丁寧にチュートリアルから始めるよ」


 俺はメイドロボが離れると大きな箱状の筐体の正面、その大きな開閉装置を掴み、捻る。


 大きな空気流動の音が聞こえた。

 それから重厚な鉄の音を立ててコックピットのハッチが上下へと開いた。

 気密ロックを使用している本格的なものだ。子供の頃はこの気密障害で事故になったのではないかと思っていたが、真実はわからない。さすがにゲームの気密障害で死ぬのはどうかと思うが、このゲームならいいかもしれないと思った記憶もある。もちろん今はどうかと思うが。


「あ、中で寝ちゃったら起こしてね」


「心得ております」


 上下に開閉されたコックピットハッチに足をかけて、そしてメイドロボにそう言った。


 中に入ると大きなシートが真ん中に置かれている全周天型モニターになっている。すでに起動しており中からでも外にいるメイドロボの姿が確認できる。壁などないのではないかと錯覚するくらい精度が良い。子供の頃はこれに感動したものだ。本来は座ってからゲーム起動させないとこうはならないのであるが、この辺りは久しぶりにプレイする俺への計らいであるのかはわからない。

 気が効くなメイドロボ。


 シートに座ってハッチを閉める。開けたときと同じ重い音が響き閉じる。


 空気の流動がなくなったからだろう。妙な閉塞感がそこにはあった。本物のロボットパイロットもこんな中で戦っているのだろうか。現代戦車のほうがまだマシだ。何せ二人で乗り込むのだから。戦車は五人乗りしか認めないという老人もいる。わからんではない。


 主な操作方法はナックルパートと呼ばれる半開放型の腕置きと出力調整用のフットペダルだ。今の老人どもに言わせればトラックボールとアクセルブレーキという前時代的な答えが返ってくるものだ。それ以外のコンソールはマニュアル操作で出力調整やリアルタイムでのステータス表示が主だ。


 雑に言えばナックルパート、フットペダル、網膜投影型の積層表示コンソールがあればゲームは可能だ。老人たちはすべてマニュアルでやるそうである。全部自分の手でやるこだわりはわからなくはないがさすがにそれでは難しすぎる。嫌いではないが。


 それ以外はゲームのこだわりのようなものだ。

 特にこの全周天型モニターは最初見たときはローテクであるにも関わらずゲーム的表現の枠を超えていて衝撃を受けたものだ。


『では起動します。よい旅を、アグニ少尉』


 残っていたデータに記載された、このゲームで使っていた名前で呼ぶメイドロボ。

 本名に少尉付けで呼ばれるとくすぐったい。子供のときのやつだから本名プレイが基本だったのだ。まあ今もほとんどは本名であるのだが。


「はは、ありがとう。行ってくるよ、えーと……」


『カルナリアと申します』


「ありがとう、カルナリア。アグニ、出るぞ」


 フットペダルを踏み込んで出力を上昇させる。

 網膜投影型コンソールから赤く点滅している「テイクオフ」を選ぶ。

 即座に再度確認通告がやってくる。


『管制より発進許可。全ロック解除確認』


 懐かしい。

 確かにこれがあった気がする。ここで確認を行うと確かゲームが始まるのだ。



 そして俺は確認決定のボタンを押した――




「ぐ、おっ――!!」




 強烈なGが全身にかかった。



 馬鹿な、無駄に金をかけすぎだろう!?。



 ここまでリアリティを追求することなどない。

 ミシミシとシートと背中の筋肉が張り合って痛みを覚える。フットペダルはすでにフラットであるが自動的に前に進んでおり、この痛みを止める手筈はない。

 すぐさまシート深くまで体を預けて後頭部も貼り付けた。ナックルパートの中で掴んでいるレバーを思いがけず引いてしまったのは自分の意志ではないが、それによってさらに加速が行われたのは紛れもない事実だ。


 物凄いでかい手が後ろから俺を押し出すような圧力を受けながら、俺は前へと進む。

 進むではない。

 これでは射出だ。


 すでに全周天モニターはゲームセンターの中ではない。光学的修正を受けた明るい闇の中を前方に進んでいる。


 なんだったか、今は何をしている最中であったか、思い出せ。

 大昔の記憶を呼び起こしながら、どうにか今が「緊急出撃スクランブル訓練の一環で緊急発進を行っている最中であることを思い出した。


 こんなに気合の入ったアクションプロセスだったか!?


 違うか、おそらく当時からこれはあったのだろう。ただし俺が子供であったために効果が減殺されていたのだ。


 なるほど、老人どもが歓喜していたわけだ。

 同時に不具合の意味も理解したが正直そんなことはどうでもいい。

 今はこの減殺されていない強力なGエフェクトを耐え切らなければならない。メイドロイドがバイタルレートを取っていたのはこのためか。


 ぐ、思考がまとまらん!

 どうせGエフェクトではブラックアウトはしないのだ。

 俺は意図的に加速を行う。緊急発進であるからといって最大速度まで出ているわけではない。発進するのに十分な速度でしか行っていないために余力はまだある。そして加速したらその分だけこの暗闇は早く終わる。


 プールされているエネルギーをすべてスラスターに回す。一応、この真っ暗闇は壁であるはずだ。レールの上を疾走しているのでぶつかることはないが、というかゲームなのでぶつかっても問題はないのであるが、このリアリティあふれる感覚はすさまじい死の予感を励起させた。


 いや、だいじょうぶ。ぶつからない。というかぶつかっても死なない。

 問題ない、問題ない――はず。


 モニターの先に光明が見えた。


 終わった!


 弱っていた意志が復活して集中力が増す。

 問題ない。あとこれだけであるならば!


 奥歯を噛んで耐えながら長い数秒間を待つ。



 全光、光、光、光光光光――ッッ!!


 すべてが光に包まれた。

 急に襲い掛かる光が俺の視覚を焼いた。おそらくモニターの類はすぐに映像を映しているのだろうが俺には見えない。


 まずい、正面が見えない。ぶつかる!? いや、どこに!? 射出滑走路の緊急発進で、ブラックアウトの可能性があるから半オート操縦の中でどこにぶつかる!?




 ぶつかるわけがない!!



 心拍数が上昇しているのが自分でもわかる。

 聞こえるくらい強く鳴り響いている心臓がいやでもわかる。

 冷静と焦燥の間で大きく揺れながらも無駄な操作は絶対に行わない。このままで問題はない。


『少尉! アグニ少尉! だいじょうぶか? バイタルが高いぞ!』


 スピーカーから声が聞こえる。

 その声で今、自分の視覚が正常になっていることを理解できた。

 冷静じゃないながらも状況把握に努める。




 眼下には蒼海が広がっていた。




 真に蒼い波の塊がそれぞれ好きな形を描きながら陽光を反射していた。

 一瞬、その照り返しのせいで空中にシートだけで射出されたイメージが湧くがそんなことはない。全周天モニターが全方向を映しているだけだ。


「……綺麗だ」


『――ッ!?』


 海に行ったことがないわけではない。空を飛んだことがないわけでもない。しかしこの光景で飛んだことがあるかといえば、ないのだ。完全に外皮で守られながらシートひとつで風のひとつも受けずに浮遊しながら縦横に広がる世界を見たのは初めてだ。世界に俺しかいないのではないかという万能感が首を持ち上げる。


 そう考えてくると少しずつ落ち着いてきた。


 ディスプレイの隅にある俺のバイタルレートを確認すると少しずつ下がってきている。血圧はまだ高いが時期に落ち着くだろう。


 そういえば誰か話しかけてきた気がする。


 確認すると俺と一緒に空を飛んでいる機体があった。


 純白の流線型を描いた二等辺三角形、その菱形四角錐の美しい戦闘機だ。流体金属を使用しているそれは風や湿度によってその形を少し変化させて飛ぶことができる。

 その時によって変化する唯一無二の変幻自在さが特徴的だろう。流体金属をゲル状そのまま覆うのではなく小型パック式にしており基本的な状態は金属のそれとあまり変わらないが、どこか生物的なラインが浮かび上がっている。

 こいつを利用して人型へと変形することができるのだ。子供の俺の心を鷲掴みにしたこの感覚は今もまだ継続している。惜しむらくは乗っている俺にその姿が見えないことであるが、まあ些事だ。さっきと矛盾するがあまり全体像を見たことないし、そもそも見えないし。


 この流体金属型の新型可変機のテストパイロットというのが主人公の設定だ。実はもっと衝撃的な設定があったり存在したりで突っ込みどころ満載であるのだが概ねコミック的で楽しい。


 しっかりと落ち着いたあと、俺は隣を飛んでいる僚機に通信を入れる。確かそういうシーンだったはずだが向こうからの言葉がない。いや、あったはずだが焦っていた俺がシカトしたので話が進んでいないのだろう。NPCとはいえ中学生の頭を軽く超える感情ジェネレータをひとりひとり積んでいたはずだ。くだらない会話くらいは問題ない。


 ちなみにこのままシカトして無言でも話は進む。

 が、せっかくだからおもしろくプレイしたいのがゲーマーとしての性だ。


「こちらアグニ機。応答どうぞ」


『――は、あ、ああ、こちら新型クライムエンジン『イグナイト』二号機、ソワカだ』


「こちらの『イグナイト』一号機の出力一万二千。通常状態では少し高いが安定している。そちらは?」


『こちらは出力一万ジャスト。問題はない……ところでさっき綺麗って』


 後半は意図的にシカトする。ヤキモキさせたほうがあとでよく俺に絡んでくるからだ。


 ソワカは癖のあるロングブロンドで太陽光の加減でキラキラと輝く髪をしている。

 少し幼い体つきの十四歳設定であり、胸こそ控えめであるが腰のくびれと筋肉はしっかりとついているので将来が有望視される女の子だ。

 裏設定、というか公式発表設定ではこれ以上は成長しないのでロリコン御用達のメインヒロインだ。基本的に彼女ともう一人を僚機として話を進めていく形になる。


 しかしその姿も今はぼやけて見えている。

 この一号機は最初は調整不十分という設定でカメラとモニタにバグがあり、通信相手の顔がノイズだらけでしっかりと確認することができないのだ。そしての俺の姿も同じように相手には見えていない。

 このチュートリアルが終わって、第一章が始まると調整されてしっかりと相手の姿が見える状態で自己紹介されて親睦を深めるというわけだ。

 チュートリアルでは練習プラクティスにのみ力を入れてくださいという開発側のありがたい措置であるそうだ。


 このゲームの一番の売りはこの駆動衝撃まで含めた体感ゲームであるが、それ並んでオタクたちを虜にしたのはこの完全応答型の感情会話システムだ。当時の俺としてはどうでもよかった部類ではあるが、今ならそれも納得することができた。

 メイドロボ系で使用されている会話に差し支えない程度にかけられている感情リミッターがここでは全開放されている。適当な発言を使用ものなら掴みかからんばかりに怒るし、甘い言葉を囁けば口説かれるほどだ。

 別に会話シミュレータじゃなくてメイドロボでいいじゃん、そう思った時期もあったがやはりこれは優れているのだろう。基本的に主従システムで縛られているメイドロボと、ゲームとして設定されたたくさん・・・・のイメージエンジンはまるでたくさんの人たちと話しているという錯覚を起こす。フリークスならともかくメイドロボはそう何台も買う必要性があるわけではないので、手軽に遊べるこのゲームは確かにおもしろいのだろう。


 普通に友達と「設定上」で会話するのとは違い、彼女たちはそういうプログラムなので大きな破綻もなく最良の返答を返してくれる。


 たとえば、簡単な会話でもしてみる。


「ソワカ少尉」


『どうしたアグニ少尉』


「俺の経歴は知っているか?」


『もちろんだ。目は通した。極東で生活していた民間人という稀有な経歴だったな。ノーミンでもないので珍しい。そこの払い下げシミュレーターと軍機で操縦技術を学んだ二十八歳だ。私のところに回ってきた書類には精悍な顔つきの少尉の写真があったが、実際にこの目で顔を見るまでは信じられないぞ』


 くくく、と悪そうに笑うソワカ少尉。


 俺は現在地球統一連邦国家、その連邦軍の新人少尉だ。その可変型汎用機『クライムエンジン』の操縦技術を買われて民間からスカウトされた凄腕という扱いだ。俺の、本当の市民コードを使用しているのでだいたいそちらに記載されているデータで俺の設定が作られている。


 軍隊がどこの馬の骨かもわからないやつにクライムエンジン操縦資格である少尉権限を与えるというのも正直おかしな話であるが、つまりそれだけこの連邦軍は切羽詰っていると言ってもいいのだろう。

 連邦軍は現在、地球上で活動している反乱組織「ラーヴァナ」に攻撃されておりその勢力に陰りを見せている。そのためにとにかく腕だけは良いパイロットを探してきて新型兵器で状況を打開する一手にしようという筋書きだ。


 いや、無理だ。漫画じゃないんだぜ。

 まあ、ゲームなんだけど。


 その超常的な操縦技術でバカスカ敵を倒して最終的には戦争を終わらせるというのがゲームの主な流れだ。撃墜数、というかスコアによって「主人公が戦争を終わらせた」「主人公が戦争を終わらせる一手になった」「主人公の活躍で戦争を終わらせる一助になった」「主人公もがんばった」「よくやった。ゲームクリアだ。よろこべよ」の五段階でエンディングが変わる。

 結果的に見れば連邦軍だけでなんとかしており主人公がいらないというゲームの根底を揺るがしかねない事態になりかねないこともあるのでおそろしい。というか普通はそうであるべきだ。


 しかし……


「ソワカ少尉。俺たちはハワイ基地からいっしょに緊急発進練習で飛んだのではないのか?」


 俺の顔を知らないというのが解せない。

 そこには俺の知らない設定があった。

 というか普通はそう思うだろう。だって二人で飛んでるんだぜ?


『……少尉、だいじょうぶか? ブラックアウトを起こしていないか。私はギアナ基地所属で地上戦テストをメインに行っていた。今回の最終テストのために長距離飛行テストを兼ねてハワイ基地所属のアグニ少尉と合同で極東まで向かう最中だ』


 ……教えてくれなきゃわかんねーよ。

 子供の頃やってたときはやたらと絡んできたから最初から友人同士だと思ってたよ。だって好感度システムが内蔵されているんだぞ。いきなり二人の仲が深まるとか思わないよ。

 まあゲームだからな。

 現実はこれよりも酷いし。


「すまん、ソワカ少尉。君の声が聞きたかったんだ。許してくれ。君の凛々しくも優しい天を駆ける鷲のような旋律は耳に心地よい」


 適当に繕う。

 テキトーすぎて発した自分ですらショックを受けるが相手はAIだ。そこまで気にすることもない。むしろさっさとガンガン好感度を上げて戦闘力を高めておいたほうがいい。


 ……このゲームは好感度が上がると戦闘力が上昇するシステムだ。子供の頃に読んだ雑誌にそう書いてあった記憶があるし、このゲームの続編である「クライムエンジン・グレートパワー」でも採用されているシステムだ。こっちの続編に関しては俺が社会人になってから作られた作品なので散々遊び倒したものだ。一作目は連邦軍で話が進むが、二作目は反乱軍「ラーヴァナ」で始まり増長した連邦軍を是正するというストーリーだ。

 個人的には後々のことを考えると連邦軍で勝利したほうが問題ないと思われるが、一作目で落ちぶれた反乱組織が本当の正義になって大きな組織を変えるという社会的なカタルシスをテーマにしているので仕方ない。あの世界はあのまま落ちぶれていくのだろう。


 未来が確定しているのでエンディングに大きな驚きはないだろうが、それでも俺はこのゲームをやりたい、というモチベーションが今現在なんとか上昇しているのでこのまま一気にクリアしたい。


 どちらにせよ基本操作方法が変わらないはずなので今の俺はだいぶ強いはずだ。

 きっとリトライせずにクリアができると信じている。

 信じているだけであるが。


「かなり出来がいいな」


 日本までの距離が普通に表示されている。純粋速度計や対気速度計、ジャイロ類はともかくとしてこういうものがあるのはありがたい。知りたいのはそこだけだ。正直、対気速度計があっても別に通常航空機フライトというわけではないので失速からの墜落はまずない。だって無理やりスラスター吹かせば浮くし、俺がやらなくても自動装置が作動して絶対飛ぶ。仮に墜落させられても死ぬわけでもなし、問題はないのだ。


『あ、お、おう、そうだな。このイグナイトは良くできている。新型流体金属にかなりの量のエネルギープールができるらしい。それでなくてもプール装置が可変型量産機の「ボンバー」よりもはるかに多いからな。エネルギー兵器がかなりの頻度で使えるようだ』


 ボンバーというのは連邦軍の正式採用機だ。もうちょいマシな名前がなかったかと思ったが、どうやら味方の機体はすぐに爆発するから頼るなという意味合いでゲーム開発者がつけたらしい。確かにラーヴァナの連中もこいつのコピー品を使用していてちょっと小突いただけで爆発する。


 このゲームの特徴的なシステムに「エネルギープール」というものがある。

 無限のエネルギーを生み出す「無限機関クライムエンジン」は世界のエネルギー問題を解決するほど凄まじい性能を誇ったが、その引き出す量と溜められる量には限界がある。ダムの水を家庭用の蛇口とバケツで水運びしても効果的ではないように。

 人型と戦闘機を行き来する「可変型戦闘機クライムエンジン」はこのエンジンからエネルギーを引き出して一時的に溜めておき、そしてエネルギー兵器と推力に割り振りながら戦うのだ。実弾兵器も存在するがあくまでも繋ぎだ。残弾がゼロになったら補給を行うまで使用することはできない。

 強力なビーム砲類はほとんどのザコを一撃で破壊することが可能であるが一秒か二秒ほど機動性がダウンするときもある。だから小型バルカン、中型バルカン、小型ビーム砲、中型ビーム砲、大型ビーム砲、ビームセイバーのエネルギーの消費管理を行いながら敵を撃破していくのだ。

 このエネルギープールの管理が上手くなれば強力なビーム砲を使いながらでも機動性はダウンしないし火力が下がることもない。つまり、かっこいい戦い方をやれば外の大型モニターで見ているゲームセンターの客が「アグニさんかっこいい! 抱いて!」という風になるわけだならねーよ。


 この辺りは一作目だとどうであるかわからないが問題はないだろう。だから最初のチュートリアルすらスキップせずに測るのだ。この世界での自分の腕を。


「ソワカ少尉。そろそろ海上戦闘テスト領域だ。悪いが俺だけに任せて欲しい。ちょっと眠気を飛ばしたいんだ」


『なに? それは私に手を出すな、ということか?』


 こう言えばソワカは手を出さない。

 そして俺だけが撃墜数スコア点数スコアを稼ぐことができる。簡単に言えばベストエンドに近づくのだ。というかこれがないと難しいらしい。


 検証データやストーリーのほとんどは攻略サイトの受け売りだけどな。


「その通りだ。だから通常航行速度で――」


『断る』


 ――は?


『断ると言ったのだ。確かに長距離飛行で私にも疲労が蓄積されているかもしれない。そしてアグニ少尉のほうが戦闘操縦判定がSランクで自信があるのだろう。しかし私にも意地というものがある。女で、少尉の半分の人生経験しかなくてもだ』


「え?」


 あれ、なに言ってるの、こいつ。


『私に気を使わず、当初の予定通りここは撃墜数勝負といこう』


 スピーカーから獰猛な声が聞こえた。

 そしてイグナイト二号機が加速して俺の前方へ消えていった。


「待て待て待て! しまった! あの攻略サイトでも見つけてない分岐に入ったのか!?」


 俺も即座にプールしていたエネルギーをすべて吐き出して加速する。

 緊急発進のレールを走っていた時の速度を超えるGが俺にかかる。しかし精神状態とゲーム勘が戻ってきた現在はあのときほど弱くはない。


 超加速を続けてソワカに追いつく。発生するエネルギーとプールされていた分すべてを使用して戦闘空域に突入したのだ。こちらのエネルギープールはゼロ。おそらくソワカのほうには半分ほど残っているだろう。わずか数秒遅れただけでこのハンディキャップマッチだ。いかに「時間」というものが優れているものか理解できる一瞬だった。


 最初に現れたのはボンバーのドローンだ。

 その数、百機。


 多いよ! 馬鹿!

 ファーストウェーブでここまで多かった記憶ないし攻略サイトにも書かれてなかったよなにメイドロボが難易度最高に設定したのかよ! ってかボンバー三機の連続三波じゃないのかよ! エネルギープールゼロだよ!


 ボンバーよりも高い索敵機能で悠然と最良の位置を陣取っていたソワカが流体金属の一部を変化させて砲を作成するとそのまま中型ビームを四本発射する。微妙に角度が付いているワイドショットだ。


 白と黄色の中間発光色が伸びていき、そして直撃したボンバーが一瞬で爆発四散した。ビームに触れていないボンバーも余波を受けて外装が融け、やはり爆発しいていく。


 密集していた場所に攻撃したためにたったの一撃で二十機ほど撃墜したようだ。


 これでソワカも先制アドバンテージのすべてを消化したはずだ。つまり、スコア二十機がハンデ内容であるわけだ。アップデートか最高難度分岐か知らないがとにかくベストエンドはすでに諦めた。


 純粋にゲームを楽しもう。


 俺は機関銃とミサイルの残弾を確かめるとスラスターにすべてのエネルギーを回して加速を行う。発生するエネルギーを貯蔵せずに機動性に回している。これはクライムエンジンにおけるエネルギーを無駄にしない初期戦闘機動方法であるが、現在プール金が空っけつなのでどこかで少しずつ貯蔵していくか機動性を一時的にカットして急速チャージしないと後々でソワカに火力負けする。

 とにかく交差してから敵の間を抜けてターンをかけないとプールが不可能だ。やってもいいが安全性という部分で劣るのでやる必要性は今のところない。スラスターの使用が少ない人型であるならプールしやすいが、敵の数が多いのに人型になって火力重視にすると集中砲火を受けるのでこれもあまりやりたくない。


 小型ミサイルを二十発ほど放り捨てる。四秒後に点火してボンバーへと向かう設定だ。先行ソワカのたまよけした俺に向かって小型ビーム砲の攻撃がくるのを右九十度の転回、エルロンロールで回避するとそのままやや右向けに機首を上げて飛ぶ。空気抵抗があるのでわずかに速度が落ちるのでさらに押し込みたいところであるが余剰エネルギーはないのでそのまま減速しつつ機関銃で攻撃を行う。強力な火器管制が俺の目的場所にほとんど違わず発射していく。


 発射二秒後、何もない場所へと発射された機関銃の弾が通りすがるボンバーに直撃して緩やかに墜落していく。さすがに爆発するほどの力はない。機動性を殺されたところでしっかりとエネルギープールがあるなら空中分解しないように降下することも可能だ。


 そして俺に追いついた小型ミサイルの一発が墜落していくボンバーに直撃すると、今度は確実に爆発して火の玉となって消えた。


 ようやく一機目。


 俺は人型へ変形を行い急制動をかけて慣性移動を行う。


 相対速度が変更されてボンバーから放たれた小型ビーム砲やミサイルの攻撃がすべて外れるコースにはいる。それを感覚で理解してから、俺は腕部機関銃を発射して高度が合っているボンバーを撃墜していく。

 基本的に機関銃はそこまで攻撃力がないので牽制か高級機やカスタム系、ボスのバリアシールドを削るくらいにしか役に立たない。だがプール管理をミスってエネルギー兵器が使えない場合はこうやって丁寧に攻撃を重ねて落とせるくらいには俺も練習した。


 俺の時間差ミサイルに合わせて攻撃を行い確実に落とすとまた戦闘機に変形して一気に加速してボンバー編隊の中へと突っ込む。


 人型になっていた三秒間で稼いだ二割のエネルギープールの半分を加速に使い、残りは一割だ。


 どうするべきか。


 うだうだ考えたが、攻撃を行うことを止めにした。


 さっきのアタックで五機のボンバーを落としたが、どう考えても撃墜数でソワカに勝てない。このままだとソワカの邪魔をしなければ勝てないため、そんなナンセンスさは捨てることにしたのだ。

 なのでそのまま正面攻撃はソワカに任せることにした。どうせ無理して殴っても手痛い反撃を受けるだけだ。しかもいくら百機いるとはいえボンバーに撃墜されるとかちょっと御免被る。


 そうなればあとは楽だ。

 流体金属の一部にプールされているエネルギーを回してバリアユニットを構築するとさっさと前方に配置してバリアアタックカミカゼを行う。流体金属の一部を毟っているので装甲の一部が損失していることになるが装甲として使うよりも効率よく攻撃を受け止めることができる。その代わりバリアユニットとして使用した流体金属は再利用できない。だからといって敵機の攻撃の直撃を受けた流体金属装甲が蒸発したからって再利用できるわけではないが。

 何も受け止めなくてもバリアは時間経過で蒸発し、大きな攻撃を受け止めれば受け止めるほど早く消えてしまう。こう聞くといまいち感が拭えないが、慣れれば使い勝手の良いものだ。


 期待よりも大きく展開された前方防御型バリアユニットを使用してバリアグレイズを行う。バリアユニットだけを相手にぶつける攻撃方法で防御型戦闘方法のひとつだ。一撃で死ぬザコにしか通用しない戦法であるが攻防一体であるので使い方を間違えなければ役に立つ。


 エルロンロールと機首操作を行いながら三機ほど撃墜してボンバーの編隊を抜ける。抜けるまでにわりと危険なボンバーの攻撃が三度ほどあったがバリアユニットのおかげで事なきを得た。あたったところで|流体金属(HP)を大きく削られることなどないが、アヴォイド派の俺としては回避にすべてをかけてみたいものだ。別にアーマー派とボマー派を否定するつもりはないが、ほら、あいつらはエレガントさに欠ける。


 そのまま斜めに機体を傾けて下降するように逆宙返り、スライスバックを行う。多少高度が下がったがエネルギー兵器が使えれば問題ない。スライスバックで行われた加速と直前に行った減速で多少のプールができた。


 俺と同じように五機のボンバーがスライスバックで俺の高度を合わせて向かってくる。V字ではないが、それに似たような高度差をつけた編隊だ。

 しかし五機でなんとかなるとは馬鹿にされたものだ。

 ボンバーから整列攻撃が行われる。中型のビーム砲が放たれ、小型ミサイルが大量に飛んできた。


 さすがにビーム砲を避けると小型ミサイルを回避するための速度を維持できない。さっさとプライドを捨てて正面からの一発をバリアユニットで受け止めた。これで最後だったのか、完全に防いだ一瞬のあとで俺を守っていた光は蒸発して消えた。


 小型ミサイルに向かって機関銃を発射するがうまく迎撃できない。使いたくなかったがプールされたエネルギーを使ってスプラッシュフレアを放射する。

 スプラッシュフレアとは熱の波動を特定範囲に放射するものだ。射程距離もそこそこあるがクライムエンジンの流体金属装甲の排熱量以下のためにはまったくダメージを与えられない。

 しかしばら撒かれると避けづらい小型ミサイルの接触信管の誤作動を引き起こして自爆させられるため使えるといえば使える。だがラーヴァナにはミサイル兵器を積んだクライムエンジンが少ないために活躍する機会はないだろう。二作目ならむしろこれ使わないと勝てないってか全周天モニターすべてミサイルで埋まる可能性がいくらでもあってドン引く。連邦軍強い。


 プールを七割八割維持、溢れたエネルギーでビーム攻撃というのがこのゲームの基本戦術であり、俺も今の戦闘方法は実はそのときとまったく変わらない。だがゼロ割一割の間で揺れ動く両生類カエルみたいな動きであるとそのストレスもかなり高い。

 さっき楽しもうとか言ったができるのであればそりゃ勝ちたい。だが状況がそれを許さない。

 ストレスだ。


 さて加速を優先してスライスバックをしてしまったせいで無理に上に行こうとしたら攻撃されるのは想像に難くない。しかし逆に高度を上げていたら同じように出てきたこいつらにフレアをぶつけられずにきっつい回避マニューバを取らされていただろう。


 やはり機関銃を撃つ。

 小型ミサイルを発射する。さすがに五対一だとこちらのミサイルがすべて迎撃された。

 敵が即座に反撃で中型ミサイルを発射してくるのを確認すると、前方に出て弾除けな位置取りをしている二機が目に留まった。俺は機関銃で中型ミサイルを迎撃しながら、前方の二機を機関銃に銃撃を置いて・・・撃墜する。


 ……ああ、やっぱり無人機戦術ドローンアタックか。


 今の二機はわざと俺に撃墜させたようだ。

 俺がビームを使わずに実弾兵器を使っているのでこの辺りを枯渇させる消耗戦に移っている。人が乗っていないことをいいことに囮や盾にする行為を使いたい放題のようだ。ってかこんな贅沢で細かい渋い方法でプレイヤーを陥れるのはやめて欲しい。


 俺としては簡単に撃墜させてくれるこの状態を歓迎したくもある。が、日本人として、もともと持っている何かが減っていくのは耐えられない。撃墜されたくないから空になるまで撃つけど。


 湯水のように消費していく残弾が半分になる頃にようやく五機の編隊を撃墜することに成功した。


 スライスバックの逆を行う。宙返り、斜めにバンクするシャンデルを行いながらボンバー大編隊の背後を取る。距離は少しある。ビーム砲で狙われる距離ではあるが、こちらを向いているボンバーは少ない。


 というか――


『そんなものか! 貴様ら!!』


 ソワカの駆るイグナイト二号機がまさしく八面六臂の活躍でボンバーを撃墜している。

 足を止めてバリアユニットを広域展開、申し訳程度に姿勢制御バーニアで減速落下しながら急速チャージを行っている。そして有り余るエネルギープールで中型ビーム砲を乱射するという「あ、そういえばこういうゲームでしたね。バレルロール? おいしいの、それ?」というアーマー派の最強戦闘方法を取っている。


 もうなんていえばいいのか、火器管制にものを言わせた甘い照準で大火力攻撃している。けどカスっても死ぬし、当たらなくても死ぬしの大量撃墜だ。


 なんといえばいいのか、俺は役に立ってない。


 ……これだからアーマー派は。


 基本的にこの戦闘方法は近い敵に照準を合わせるので遠くにいる敵は比較的残っていることが多い。仕方がないので俺はこのソワカから遠くにいる敵を落としていくことにした。


 ちょいちょいソワカの中型ビームが飛来するのでさらりと当たらないように機動をかけながら余り物を撃墜していく。特筆するべきところはない。ソワカのビームに当たらないように位置取りしながらミサイルをばら撒いているだけだ。このゲームをやっているやつならだいたいできる。たまに当たるがそのときは指差しして笑えばいいだけだ。


 かくして総戦闘時間三分ほどで百機のボンバーは破壊しつくされた。


 なんかすげー簡単にクリアしたように思うけど、本来なら普通に集中砲火を食らって撃墜される。むしろ回避機動の最中に狙い撃ちされる。

 アーマー派強いな、おい。


 とにかく、簡単に言えば「この新型クライムエンジンは通常の正式量産機ボンバーの十倍は強いですよ。バカスカ敵を落として遊んでくださいね」というのがこのチュートリアルの流れだ。


 マジ強くて驚くわ。


 テスト終了のマークが入ると俺とソワカはまた並んで通常飛行に入る。


 そして開口一番、


『どうだ。私は強いだろう?』


 撃墜数スコアは二十対八十という「ちょっと負けるにしてもやりかたがあるよね」みたいな数字で収まっている。ベストエンドは雲の彼方だ。


「ああ、強いな。これで俺も諦めがついたというところだ」


『……諦め?』


「このゲームのベストエンドを諦めたってことさ」


『ゲーム? おい、お前はこの戦争をゲーム感覚でやっているのか!!』


 スピーカーから音割れするくらいの大音量でソワカが怒鳴ってくる。

 おっと、そうだよな。いきなりこんなことを言い出すなんて興醒めだよな。


「そういう意味じゃないさ」


『じゃあどういう意味なんだ!』


 好感度が下がっている音が俺の脳内で発生しているが、別にエンディングを見るのは俺の腕次第なので特に窮することもない。さらっと返せばいい。実は僚機はそこまで役に立たない。


 ……チュートリアルではだいぶ強かったな。役に立つ仕様になったのか?


「戦闘テストは何をやってもゲームみたいなものだ。だがせっかくだから三機のイグナイトテストパイロットの中で突出したベストエンドを目指そうと思ったが、この撃墜数ではソワカに持っていかれたな、ってことさ」


 とっさに考えたにしてはよくできている。

 ソワカも少し黙っているようなので畳み掛ける。


「実戦と比べれば、こんなテストなんかただのゲームだよ」


『……じゃあ、なんで撃墜数を取りたがった?』


「日本人なんでな。成績表には『優』がつけられるだけつけたいもんだ。もらえるものにはがめついよ、俺はね。だから勘違いして上官にチクるのはやめて欲しい」


 よし、とりあえず不信感は残るだろうがソワカの勘違いということで収まるだろうかな。好感度は多少下がっただろうが問題あるまい。ゲームだからといって適当はよくないか。


『わかった。信じる。そろそろレキオベースだ。そちらについてから食事でもしながら話そう』


 いや信じてないじゃないですかソワカさん。


「はは、ちょっと手癖が悪くてね。お尻触っちゃうかもしれないので止めたほうがいいよ」


『尻くらいなら触ってもかまわん。とにかく話だ』


 すげえ漢らしいな、ほんとに触れるなら触りたいものだ。

 食事が始まる前に新型クライムエンジン奪取でラーヴァナと戦うことになるだろうから食事も尻もお預けなんだけどな。まあ、出られないけど。


 俺たちは極東南のレキオベースへと到着すると、その島の中心に位置するテンマキャンプ上空までやってきた。

 そして信じがたい言葉を貰った。


『イグナイト一号機、二号機に着陸許可。着陸機動に入っている二号機より着陸してくれ』


 ……え、なにそれ。


 テンマキャンプの滑走路に火が焚かれている。真昼でも確認できる強烈な光がダブルのラインとなりその間をランディングするというのだろう。

 更新ステータス、着陸許可のブルーランプが点いている。そして通信だ。


『アグニ少尉、先に行かせてもらうぞ』


 ふふん、と自慢するかのように先にソワカが戦闘機状態で着陸した。流動金属の下部がボードに変化して滑るように着陸成功する。姿勢制御バーニアを上手く使いながらいとも簡単にだ。


 ……え、なんでフライトシミュレーターやらないといけないの?


 さすがに着陸プロセスなんてわからない。

 本来ならこの辺りからリザルト画面に入って場面転換して、ラーヴァナ襲撃の直前まで話が進むのだ。こんなイベントはやったことない。


 そういえばちょこちょこ入るリザルトをまだ一度も見ていない。

 あれ、対気速度計ってそもそもあったっけ?

 ジャイロスコープ……?





 え、まさか無限回廊オフライン・アーカイヴス





 ゲームの中?


 気合の入ったアップデートが行われたのか?

 それとも個人改造パッチでも当てられたのか?


『一号機、どうした? 着陸許可は下りている。二号機に続いてくれ』


 管制官からの催促がくるがどうやっていいのかわからない。いや、なんとなくはわかる。流体金属変化でランディングボードを作成して角度をつけずに滑るように着地後、バーニアの噴射で減速する。


 これだけだろ、たぶん。


 確実性がないのでやるのがためらわれる。

 基地の上空をゆっくりと旋回する。

 いや、普通に人型で着地したらいいんじゃないだろうか。


 そう思って眼下を見ると、すでに二号機は戦闘機用のメンテポッドのレールに載っている。つまり「ロボット状態ではなく、戦闘機での確認があるからさっさと戦闘機で降りろ」ということだ。


『一号機、何か不具合か? 状況を報告してくれ』


 更に催促がくる。


 別に人型で着地しても「えー」とか言われるだけで問題はないだろう。

 だが俺は思い出した。間違えるな・・・・・これはゲームなのだ。現実的なものの考えで「失敗する確率があるので安全策をとらせてください」とか甚だおかしい。


 やるべきだ。


「すまん。景色を眺めていた。今から着陸する」


 俺は宣言してから覚悟を決める。宣言したから覚悟が決まったのかもしれないが。


 大きく旋回して滑走路との軸を合わせる。





 降下。





『一号機! 角度が深い! ぶつかるぞ!!』


 緩やかにしたつもりだったが全然駄目だったらしい。管制官の声が驚愕のレベルを現していたので急遽低空飛行するつもりで深く突入――管制官の悲鳴――機首側の高機動用のバーニアを一気に吹かして持ち上げる――管制室のざわめき――ランディングボードを作成してから上部バーニアで強制着地する。ギャリギャリと擦過音を立てて――管制室の絶叫――着陸はしたが減速できていないようだ。このままでは管制塔へとぶつかる。だから悲鳴上げてるのかよ。翼を変形して上部へ撓ませる。強いダウンフォースを受けると同時に正面に噴射するバーニアノズルを作成して無理やり減速する。


 体が前方へと吹っ飛ばされそうな状態を堪えて、どうにかイグナイトは停止した。


 結果から見ればソワカよりも手前で停止している。

 が、確実に怒られるだろう状態だったのは間違いない。誰だって怒る。俺以外は怒るだろう。


「一号機、着陸成功」


 俺はぼそり、と呟いた。


 しばらく経ってから、


『……一号機、着陸確認』


 とか細い声が聞こえてきた。

 特にお咎めはないのか、それ以上は誰も何も言ってこなかった。


 しばらく黙っていたら作業用の牽引車がやってきて俺の乗っているイグナイトをメンテポッドへと運び始めた。


 しかしいきなり別のゲームイベントが突っ込まれるとかどこの自作ゲーム投稿サイトオフライン・アーカイブスだよ。家に帰ったらこのゲームの攻略サイトに「すごいおもしろかった! 都内にあるよ! 遊びに着てね!」って書き込もう。書き込んだことないからそこからだけど。


 メンテポッド前に着てからレールに載せられた。


 だがそこまでだ。

 待っても待ってもメンテポッドに入らない。始まらない。


 あれ、止まった?


 と思ってしばらく待っていたらすぐ外からの直接回線が入った。


『あのー、少尉。早く出てもらえますか?』


 すごい申し訳なさそうな声だ。

 なんといえばいいのか、憐憫が含まれている。


『今、ここにはジブンしかいないので大丈夫です。コックピット内の清掃もしっかり行っておきますので、今のうちです』


 ちょっと二重三重で意味がわからない。


 出る、ってなに?

 周りに誰もいない、ってなに?

 清掃、ってなに?


 つまりあれか。

 さっきのランディングで失禁しているから俺が出てこられないと、そう思われているわけか。そしてそれに配慮して人払いをしたと。


 なかなかおもしろい発想だ。


「うーるせー、俺は出ないからな」


『いやいやいやいや、大丈夫ですから、お願いします』


「出ろとかちょっと意味わかんないです。このままで整備お願いしますね」


『このままで整備とか意味わかんない超えてますって! お願いしますよ、へそ曲げないでください』


「へそ曲げてねーよ! さっさと話を進めろ! こちとらこの会話に飽き飽きしてんだよ。俺の居場所は空の上の戦場なんだよ!」


『ふらっとかっこいい風のことを言ってないで早く出てシャワー室行ってくださいよ! すぐそこに着替えも準備されてますってば!』


「俺、絶対開けないからな! こんなとこでオフライン・アーカイブスじみた馬鹿なひっかけゲームオーバーなんてやらないからな! カルナリア! 聞いてるんだろ! さっさと進めろ!!」


『少尉! お願いしますって、その人はこの整備ドッグにはいませんってば。大丈夫ですから、恋人――さんですか? その人にもいいませんので――ああッ! ちょっと、ソワカ少尉も止めてください!』


 スピーカーからガリガリとマイクを取り合う音が聞こえてくる。

 どうやら近くにソワカがいたようだ。案外あの整備兵も役に立たない。仮に俺が失禁してたらストレスで引きこもりになっているレベルだぞ。してないけど、してないけどね! マジで!!


『アグニ! なんだその恋人とやらは! カルナリアとか言ったか!』


「言ってねーよ! カルナリアは恋人じゃねーよ! 普通のメイドロボだよ!!」


『メイドでロボ!? なんだそのニッチな性癖をこじらせたような発言は!!』


「なんでメイドロボがニッチな性癖なんだよ! ヘルパーロボは介護用の名前だろ!」


『んまー! 介護プレイが好みなのかこの変態! 今、そっちに行くからな!!』


「こなくていいよ! ってか開けんなよ! 開けられねーけど!」


 全周天モニターの足元に辺りにソワカが映る。正確にはソワカらしきパイロットスーツの女だ。コックビットの側面にあるランチを使って上ってきているのでパイロットスーツ見たい放題だ。基本的にぴっちりとしたパイロットスーツなので胸とその下とかアップで映っている。これ恥ずかしくねえ!?

 って、ヘルメットしてなかったはずなのにエロ優先で顔見てねえ! ほんとにソワカだったのか!?


 どうでもいい思考を撒き散らしながら軽いパニック状態であったことに気がついた。

 深呼吸してどうにか落ち着く。

 そうだ。別に開けられないのだ。


 だってゲームなんだから。ゲームなんだから。


 いや、もしかしたらできの悪いゲームパッチのせいでここでゲーム終了なのかもしれない。

 そうであるべきだ。


『開けろー!! ここを開けろよ!!』


 そう言って俺を牽制しながら緊急用の開閉スイッチを探しているのだろう。



 そういう設定なのだ・・・・・・・・・



 ソワカがそういうイベントをやっているのだ。

 ここで「開かない!」って言って帰っていくのが大筋なのだ。


 無限回廊オフライン・アーカイブスは都市伝説なのだ。

 頭のおかしい老人が作った願望なのだ。

 もしそんなことがあれば行方不明者や植物状態の人間がもっと増えるのだ。この市民ナンバーで管理された社会においてそんな馬鹿なことがあるわけがない。ないのだ。


 密閉された空気が排出される音が聞こえた。

 すぐ外の装甲シールドハッチが開いた音だ。緊急作動させたせいか、全周天モニターが消えて灰色のマウントディスプレイに包まれる。


 ……まさか、だろう?


 内部ハッチがゆっくりと開く。


 ゆっくりと流れ込んでくる冷たい風が俺の全身を痺れ、そして凍てつかせる。ありえないほどの寒気が全身を包み軽く震えた。


 ゲームセンターの中の閉鎖的で淀んだ空気じゃない。

 透き通るような、それでいて近代金属の匂いがする、外の空気だ。


 逆光が少し目を焼くがそこに人影があるのはわかった。


「カルナリア……だろ?」


 俺はゲームセンタースタッフのメイドロボの名前を呼ぶ。

 テレビの大掛かりなイタズラ番組だ。

 カスタマイズされたゲーム最中に外に連れ出されて驚かされる。そんな内容だ。内容なんだ。


 大きく踏み込む人影。


「誰がカルナリアだ! 私だ、ソワカだ! 整備の連中の迷惑になるから早く出るぞ!!」


 怒鳴り声が響く。


 現れたのは金髪の長い癖っ毛の少女が立っていた。

 大きな青い瞳に薄く高い小さな鼻先、桃色の小さな唇が柔らかな良い輪郭に収められている。作られた造詣というべき美しさとかわいさを兼ね備えていた。自信満々に逸らしている胸は限りなく薄いが腹、腰、尻、足と精巧な女性特有の流線を引いており頭部を含めたつま先までただ一個として綺麗だった。


 そのデザイン性に優れた少女はコックピットの中で鼻先を前にくんくんと何かを嗅いでいる。


「なんだ、漏らしたわけではないのか」


「そう言ってるだろッ!!」


 俺は恐怖を払拭するために大声で叫んだ。



 俺は、


 俺は、今、





 都市伝説ゲームの中に、いる。





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