やばいくらいに愛してた
シリアス乙女ゲートリップ後日談を書こうとしたらこうなりました(殴)
「本当に、やばいくらいに愛してた」
そう言って、私の親友はハラハラと涙を零す。白くなまめかしい肌とぱっちりカールしたまつげに縁取られたハシバミ色の瞳。
ふわりとした猫っ毛のセミロングの髪が風に靡いた。
「そっか……」
気の利いた言葉を口にしようとするも、出て来たのはありきたりな同意の言葉。
……私の親友・コユキは、直近三ヶ月間行方不明だった。
それはもう、心配したものだ。彼女のご両親ともども、ほうほう捜したし、駅前でコユキの目撃情報を得ようとビラ配りもした。暗黒の高校時代、唯一私に手を差し伸べてくれたコユキ。
とても可愛くてリア充全開に見えるのに――乙女ゲームやBLゲームが大好きで、コミ○やらアニ○イトやら、夢小説サイトやらが大好きだったコユキ。
そんな彼女が発見されたのは、つい先日。自宅のトイレだった。
いきなり現れた彼女に皆混乱したし、神隠しにあったのではないかと近所の噂がひどいとコユキのお母さんにこの前愚痴られたが……私も、高校や大学の同級生から興味本位と丸わかりな「ひさしぶりー元気してた? で、コユキのことなんだけど」電話をもらっていて。
「…………」
目の前にいる彼女は、真冬だというのに、ここ――オープンテラスにてアイスコーヒーを飲んでいる。
「コユキ、大変だったんだね」
「うん。本当に大変だったの」
なにせ、とコユキは先ほど私へ語ったことを再び口にした。
彼女、乙女ゲームの世界へトリップしたらしい。
トリップ先は、私もプレイしたことがある、超有名大御所ファンタジー乙女ゲーム。何とも羨ましい……。
ストーリーはシリアス全開。
主人公は普通の人間なのだが、ひょんなことから魔王を封印する力を秘めていることが発覚。攻略キャラ達に守ってもらいながら魔王を倒して世界の平和を取り戻す、というありふれた世界観・ストーリー……なのだが。
登場人物がそりゃもうイケメン揃いで(超絶人気を誇るイラストレーターがキャラデザ&立ち絵、スチルを担当したとあって私もコユキも興奮したものだ)。
しかも、キャラの性格が魅力的で、嫌いなキャラが一人もいないという初めての経験をさせてもらった。すごいよ、本当に。こういうことって、滅多にないんだよ。
そんな乙女ゲームの世界へトリップした我が親友は、一番人気キャラであるイケメン騎士とどうちゃらなったらしい。
よよよ、とむせび泣くコユキの背中を私は優しく撫でてやる。
「泣くほど好きな相手と引き裂くとか、マジであり得ないよね。私だったら寝込むわ」
「でしょー!? もう、本当につらくてつら――」
「よくもまあ、そう零れんばかりの嘘を吐けるな」
ぴくりとコユキの肩が震える。同時に私も「何だか聞いたことあるような声……」とか思って視線をコユキの後ろへ向けた。
■ ■ ■
「どうしてあんたがここにいんのよ!」
ここがオープンテラスであることも忘れ、わたしは発狂した。それくらい、仁王立ちしている人物の登場は、わたしにとって予想外で。
「お前、マジでふざけんじゃねえよ! なーにが『好き合ってたのに離ればなれになっちゃったのおおぉ』だ!」
「うっさいなあ。ていうか、わたしの質問に答えなさいよ。どうしてあんたがここにいんの!?」
「知らねえよ! お前が消えた場所の清掃しろって言われて、イライラしてたから封印の石蹴っ飛ばしたらここへ――」
「ぶわっっかじゃないの!?」
私は目の前にいるイケメン騎士へ向かって、盛大に悪態を吐いた。
「封印の石蹴っ飛ばすとか、本当に脳味噌どっか別の場所に置いてきたんじゃない!?」
「はっはっはー。悪いな、この性格は元からだ。ていうか、お前を連れて来た憎い石だぜ? 蹴っ飛ばして何が悪い」
「はああ!? 世界救ってやったんだから感謝しろ!」
「そのあと、陛下を脅して国政牛耳ったやつに感謝する騎士がどこにいる!」
「変わらないわね、あんた」
「ああ、お前も一年前のまま……本気でムカつく女だな」
わたしとイケメン騎士(名前は絶対に呼びたくない。こんなヤツが、あの乙女ゲーをプレイした当時大好きだったルキ様なんて信じない)はガルルと睨み合う。
……と。
「あの……」
■ ■ ■
「…………」
イケメン騎士・ルキと思われる男性の登場で、周囲の人から好奇の目線がグサグサ突き刺さってきたため……私とコユキ、ルキ(多分)は場所を移動した。
この公園なら、あまり人も来ないし大丈夫だろう。
「で……どういうこと?」
「いや……そのお……」
コユキは気まずげに私から視線を逸らす。その横で、ルキは腕を組んで眉根を寄せた。
「コユキと俺が恋仲だっただの、両思いだっただのは全て大嘘だ」
というか、こいつは俺に恋愛感情なんて持ってなかった! とルキは絶叫する。
「こいつはなあ」
――ルキが語った真実を前に、私は呆気にとられてしまった。
……なんとコユキ。向こうでは辣腕の女騎士として大活躍。しかも、チートかというくらい強くて、富も名声も力も全て根こそぎ自分のものにしたらしい。
そのため、モブはもちろん攻略キャラからも嫉妬されまくっていたようで……。嫉妬はされても恋なんて生まれるわけもなく。
「挙げ句の果てに、『わたしのおかげで世界が救われたんだから、国の運営させなさいよ』
と陛下に迫ってだな――」
当時の光景を思い出したのか、ワナワナとルキは身を震わせる。
対するコユキは、ツンとすました顔でベンチにどっかり座り、足を組んだ。
「だって、世界中どこ捜してもわたしに敵うやついないのよ? そんなの、トップに君臨したいと思うじゃない」
あと少し滞在できていれば国王に成り代わることもできたのに……と呪いのような呟きが聞こえてくる。……あえて、聞かなかったことにしよう。うん。コユキはフワフワしていて、そんな魔王みたいなこと考える子じゃ――。
「お前はマジで魔王以上の魔王だ!」
ルキは怒りに顔を赤らめ怒鳴った。ふふん、とコユキは口の端を片側だけ吊り上げる。
「言ってなさいよ。実はいまだ魔法やら何やらチート能力使えちゃうんだからね、わたし」
「え」
さあっとルキの顔色が土気色に変化した。
「コユキ……」
「ああ、大丈夫よリッカ! このアホ騎士にしかチート能力使わないから」
「いや……あのさ、まずは彼を元の世界に戻すことを考えた方が……」
「大丈夫大丈夫。わたしもいきなり強制的に現実へ戻ってきたし、きっと頃合い見計らって神様がこいつも元の世界へ返してくれるわ」
「何だよ、その適当具合はああああ!! くっそお、コユキがいなくなった時に『もう二度と戻ってくるな!』って皆一斉に神様へ吐き捨てたけど、『自分もあちらの世界へ行かないで済みますように』って願っておくべきだった!」
「はああ!? 本気で失礼なやつ! わたしの愛するクールなルキ様と同じ顔してわたしの大好きな声優さんと同じ声してそういうこと言わないでくれる!?」
「お前、マジで出会った頃から意味わかんねえことばっか言ってるよな! 脳味噌入ってんのか!?」
「あんたにだけは言われたくなあああああい!」
二人の応酬を止めるのは無理そうだ。そう判断した私は嘆息し、冬晴れの空を見つめた。
「やばいくらいに愛してた。……そう、あのチートすぎる世界をね!」
高らかに宣言したコユキの顔は、今まで見たことがないくらいイキイキしてて。
「二度と来んな!」
そうコユキへ怒鳴るルキも何だか楽しそうで。
(気づいてないんだろうなあ……)
乙女ゲームにありがちな、感動的な再会じゃないけれど。
これが二人の恋の形なのかもしれない、とか何とか思いながら、私は「陛下が空から降ってきますように」とちゃっかり自分の推しキャラが逆トリップしてくることを心底祈った。