表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・エラー  作者: 立花六花
デュアライズ編・起
8/24

午前十時〜午後一時

 万引き犯をいとも簡単に捕まえ、店員に引き渡したデルタは、()い行いをしたなと満足しながら、買い物袋を手に、我が家のある小さな公園へと歩みを進めていた。


「家にー帰ろー♪」


 即席の歌を口ずさみながら、見慣れた街中を軽い足取りで進む。

 右を見ても家。左を見ても家。そんな質素(しっそ)な道も、デルタは大好きだった。

 基本、デルタはアヤカと一緒に来た場所は全部好きなのだ。(さび)れた商店街すらも。


 彼女を含め、全てのアブソリューターは、購入され、主人の元に届けられてから初めて起動される。つまり、購入されなければ、彼女達は一生覚めない眠りについたままなのだ。

 アブソリューターにとって、購入者は救世主。だから大半は、主人を溺愛しているのだ。


 気が付けば、彼女は公園に辿り着いていた。商店街からこの公園までは別に遠く無いが、そうだとしても、いつもより早く着いた気がした。

 誰も居ない遊具を横目に、小屋の前まで来ると、スカートのポケットから、アヤカに渡されている小屋の鍵を取り出す。

 鍵穴に()し込み、半回転させると、音を立てて、鍵が開いた事を彼女に知らせた。


 表情を僅かに緩ませながら、扉を少しだけ開ける。そしてその隙間から、小屋の全貌(ぜんぼう)を見渡した。

 アヤカの姿は、当然何処にも無い。それを少しだけ、寂しく思った。

 絶対に何も返ってこないとわかっていながら、誰も居ない空間に向けて、デルタは言葉を投げかける。


「ただいまー」


 部屋に入り、扉の(きし)む音だけ耳にする。

 小屋に入ってすぐ左手にある、古ぼけたデスクの上に買い物袋を置くと、いつもアヤカとデルタが寄り添って眠る、少し大きめのベッドにダイブした。


 目を閉じ、しばらくの間死んだ様に動かないでいると、今度は突然起き上がり、デスクへと向かう。そして買い物袋の中から、チョコレート菓子を一つ取り出した。


 あまり料理を作る気になれなかったデルタは、今日の昼食はこのチョコレートのみにしようと、この時点で心に決める。


 アブソリューターはアンドロイドではあるが、食べなければ機能を停止してしまうという特殊な造りになっている。よってしっかり食べなければいけないのだが、孤独という感覚が、そんな気分にさせなかった。


 あっという間にチョコレート菓子を食べ終えると、満腹感が得られる事なくベッドへ戻る。


 横になり、天井を見つめた。

 やがて目を瞑り、深い眠りにつく。

 人間達同様、彼女達も疲労する。こうして適度に睡眠を摂らなければ、身体は万全に機能しなくなるのだ。

 その時、デルタは心地良い夢を、確かに見ていた。



 『妖怪(ようかい)』。その存在は、昔から日本でもよく知られていた。アニメや漫画にも、よく登場する程に。

 しかしそれは、あくまでフィクションの存在。現実ーー(すなわ)ち三次元に居る筈がない。大抵の人間は皆、そう思っている。いや、思っていた。


 今から三年前。突然、聲凪全体に、人間でもなければシビトでもない存在が現れた。

 それは確かに人の姿をしているが、何処かが間違いなく人じゃない。例えば、何処からどう見ても普通の人間なのに、狐の尻尾が生えていたり、猫の耳が生えていたり。そんなフィクションに居そうな存在ーー『妖怪』が、現実を、日常を(おか)し始めた。

 シビトという規格外の存在に、異能という人知を超えた力。それらを目にしてきた人々は、妖怪という非日常な存在の登場に、あまり驚かなくなっていた。それどころか、僅か三年で、人々は妖怪という存在に慣れ、それが当たり前だと信じて疑わなくなった。今の人間は、もしかすれば恐ろしいくらいに適応力が強いのかもしれない。


 妖怪には、人間に友好的なのも居れば、人間に危害を加える様な者も居たりと様々。危害を加える妖怪は日に日に数を減らしているが、完全に消える事は無いだろう。罪を犯す人間が、居なくならないのと同じ様に。


 聲凪で最も穏やかと言われる小桜町の隣ーー樋泉(ひいずみ)町。小桜町程では無いが、それなりには平和であった。

 樋泉町は、小桜町の桜などと言った他の町に誇れるものが無い。けれどその何も無い所が、他の町より優れていた。


 樋泉町の西ーーつまり小桜町から最も離れた位置には、標高二千メートルの山がある。名前はあるのだが、町人の殆どは覚えていない。記憶の片隅にも残らないほど、この山はあまり有名では無かったという事だろう。


 デパートから車を走らせる事およそ二時間。予想した通り、午後一時頃に、二人は目的地である山の入り口前へ到着した。


「もう数え切れない程にここに来てるのに、まだ山の名前を憶えられない⋯⋯不思議ね」


 車から降りて、自然の空気を大きく吸い込むと、アヤカは目の前に(そび)える山を見上げながら言った。


「さてと、ここから何分掛かるかな?」


 車から降りて、鍵を閉めた事を確認すると、蓮兎はアヤカに尋ねる。


「⋯⋯憂鬱ね」


 アヤカは振り返り、物凄く嫌そうな顔をしながら呟いた。


 山の頂上には三年前、つまり妖怪が現れたと同時に、立派な神社が建った。

 その神社の名は、『幸福神社』。そんなふざけた名前を付けた人物、と言うより妖怪は、神社の入り口近くの境内で、自分の背丈程ある(ほうき)を持って、毎日の様に、それこそまさに呼吸をする様に、掃除していた。

 特に汚い訳じゃ無い。潔癖性という訳でも無い。ただ掃除している時が、一番落ち着くが気がしたのだ。

 黄金(こがね)色に輝く、長く美しい髪。頭には狐の耳が生え、尻には狐のもふもふとした尻尾が生えている。胸元にある二つの大きな山は、彼女の魅力の一つだ。

 白と、赤のラインに彩られた巫女服を纏うその姿は、まさしく本物の巫女。

 人は見かけに寄らないとも言うが、彼女は見かけ通り、この幸福神社唯一の巫女だ。そして同時に、神主でもある。

 彼女の名前は神巫(かんなぎ)妖狐(ようこ)だ。ちなみに神巫というのは本名では無い。彼女を含め、全ての妖怪は産まれた時、名前というものを持っていない。だから自分で考えた名前を名乗っているのだ。


 不意に、強めの風が吹く。

 何を思ったか、神巫は神社の入り口の方を見た。そして血みたいに赤い色をした鳥居の下に、二人は(けわ)しそうな表情して立っていた。


「二人共、お疲れ様」


 笑顔を浮かべ、いつも通りの挨拶を口にする。


「まぁ⋯⋯ね。今回⋯⋯も、アンタの力を、借りに⋯⋯⋯⋯来たのよ」


 神巫から見て左に立つ、ヘッドホンを首にかけて、青空色の髪をした少女ーー霧島アヤカが、乱れた息を整えながら口にした。あの階段を登ったのだ、誰でもそうなる。

 アヤカの胸元に視線を動かすと、巫女は思わず本音を吐き出しそうになる。しかし右手で口元を押さえ、堪えた。


 ーー相変わらず、胸は無いね⋯⋯。


 アヤカの胸元には、本来女性としてあるべき膨らみが一切無い。彼女自身はそれをコンプレックスにしている様だ。だからあまり胸についてからかうと、幾ら彼女と友人以上親友未満の関係である神巫も、殺され兼ねない。


「⋯⋯たまには、自分の力で解決してみたら?」


 神巫は、数秒前にアヤカが口にした言葉に対して、そう返した。


「遠慮するわ。私ってほら、考えるのが嫌いだから」


「頭は良い癖して?」


 アヤカは両手を広げ、口元を綻ばせた。


「別にいいでしょ? 確かに私は頭が良い。天才って自称してるくらいには。それでも、私は考えるのが嫌いなのよ」


 アヤカは、文字通りの天才だ。三年間、彼女を見てきた神巫にだからわかる。彼女は他の人よりも、遥かに有能で、そして遥かに狂っていた。存在そのものが異常である妖怪の目から見ても。


 次に神巫は、アヤカの隣に立つ細身の少年、蓮兎に視線を向けた。

 アヤカの隣に居ることで、一層見た目の地味さが際立っている。


「どうか、しましたか?」


 視線に気づいたのか、蓮兎は首を傾げて、神巫に尋ねた。


「いや⋯⋯いつも大変ですね、蓮兎さん」


 その言葉には、「アヤカなんて人の側にいる事が」という意味が込められている。


「いや、別に大変じゃないですよ。僕は楽しくやらせていただいてます」


「私が大変なのよ神巫」


 蓮兎の隣で、アヤカが両腕を組みながら言った。

 視線をアヤカの方に動かし、神巫は狐の尻尾を動かす。


「あ、そうなの?」


「そうよ。殴ろうにも、殴れないんだから⋯⋯全く、神級異能も使えないわね」


「アヤカちゃんの神級異能は、最強だと思うけどなぁ」


 その言葉は、紛う事なき本音だ。実際に『異能全集(コンプリートアビリティ)』は、卑怯なくらいに最強の異能なのだ。


「いいえ使えないわ。この馬鹿に傷一つ付けられない異能なんて、本ッ当に使えないわ」


「蓮兎さんの異能は、「絶対に貫けない盾」。そんな盾を貫ける手段ーーつまり矛が存在していたら、矛盾が生じちゃうよ」


 矛盾(むじゅん)という故事がある。簡単に言えば、矛と盾を売り歩く商人が、矛を売るときは「この矛はなんでも貫ける」と言って、盾を売るときは「この盾は絶対に貫けない」と言った。それを聞いた一人の客が、「なら、その矛でその盾を突いたら、どうなる?」と商人に聞いたら、商人は返答に困ってしまったというもの。

 辻褄(つじつま)が合わない。そう、「如何なる攻撃をも防ぐ」という蓮兎の異能を破れる異能の存在があれば、それは矛盾となってしまう。


 アヤカはため息を吐き、肩を竦めて首を左右に振る。


「はあ⋯⋯この世界は、元々矛盾だらけよ? いえ? そもそも、辻褄が合わないのが現実だと私は思うわ。映画も漫画もアニメも小説も、作る人が辻褄が合う様に気を付けて作ってる。だから矛盾があまり生じない。でも現実は、綺麗に辻褄が合う訳じゃないわ。そもそも『異能』という概念に、私達の常識は通用しないんだから、矛盾なんて平気で起こるんじゃないかしら?」


 彼女の口が止まった時、心を締め付ける静寂が訪れる。風が三人の髪を撫でた。


「⋯⋯それで? 今日は何の情報が欲しいの?」


 そこでアヤカはそっと目を閉じ、開くと、薄手コートに付いたポケットに両手を入れて、口にした。


「最近、小桜町で起きてる通り魔事件を知ってるかしら?」


「通り魔事件? うん、知ってるよ」


 そう言って、神巫は意味ありげな笑みを浮かべる。


「その事件の犯人についての情報が欲しいの。アンタの情報網なら、何か知ってるんじゃないかしら?」


「知ってるも何も⋯⋯⋯⋯犯人なら、多分私の友達だよ」


 あまりにもあっさりと、神巫はそう口にした。しかしアヤカも蓮兎も、特に驚く様子は見せなかった。


「相変わらず、友達が多いのね⋯⋯ちょっとだけ、羨ましいわ」


「私は性格がいいからね。自然と集まるんだよ、きっと」


「自分で「性格いい」言うかしらね、普通」


「まぁ少なくとも、アヤカちゃんよりは良いーー」


 蓮兎が言い終える前に、彼をアヤカの怒りの籠った拳が襲う。そしてやはり無色の障壁が、それから蓮兎を護った。


「あぁムカつく‼︎ 本当にムカつくッ‼︎ 一発くらいは殴らせなさいよ‼︎」


「当然、ご丁寧にお断りだよ。それに僕は、ただ真実を述べただけだよ?」


「正直言って、アンタの方が性格悪いわよッ‼︎」


 何度も蓮兎に向けて放たれるアヤカの拳。その全てを障壁が防ぎながら、障壁の主である蓮兎は、神巫の方を見た。


「どう思う? 僕とアヤカちゃん。どっちが性格良いと思う?」


 無邪気な笑顔。一瞬、ほんの一瞬だけだが、神巫は心を奪われそうになった。


 ーー正直、どっちも性格悪いんだよね⋯⋯。


 苦笑いを浮かべながら、神巫は心の中でそんな事を口にする。

 アヤカの性格は明らかに悪い。彼女は自分勝手で、まるで物語の悪役として出てくる女王様だ。最近は少しだけ丸くなった気もするが、まだ性格の悪さは抜けない。そもそも彼女自身、「性格が悪い」と自覚している上で、治そうともしないのだから、(らち)があかない。神巫は彼女の過去を知らないが、きっと人格形成に関わる何かがあったのだろう。

 一方の蓮兎は、心優しそうに見えておきながら、恐らく腹の底はアヤカより黒いだろうと、神巫は思っている。


「ど、どうだろ⋯⋯」


 こちらをじっと見ている蓮兎から目を逸らし、頬を人差し指でかいた。

 心の内では既に答えは決まっているのに、彼女はそれを口にするのを躊躇った。

 心の中で何かを思うのは簡単だ。誰にでもできる。しかし言葉というものは、常に責任が伴ってしまう。一度でも発した言葉は、もう取り消せない。だからこそ、言葉は選んで使わなければならないのだ。


「はぁ⋯⋯はぁ」


 障壁を殴り続けていたアヤカは、少し目を離している内に肩を上下に揺らして、呼吸を乱していた。

 神級異能を持っているアヤカだが、身体能力そのものは極端に低い。恐らく、五十メートル走を全力で走り切ることもままならないだろう。しかしそんな身体的欠点を、『異能全集(コンプリートアビリティ)』は補っている。


 身体を強化する異能ーー『限界突破(オーバーリミット)』。


 体力の消耗を抑える異能ーー『消耗制限(スタミナハンデ)』。


 体力を完全に回復させる異能ーー『完全治癒(パーフェクトヒール)』。


 以上の三つを、常に使用する事で、この欠点を補っている。つまり異能は、彼女には欠かせないものなのだ。


 『完全治癒(パーフェクトヒール)』を使って、消耗した体力を完全に治癒させると、アヤカはコートのポケットに手を突っ込み、視線を神巫に向ける。


「脱線しちゃったわね。さ、話を続けましょ」


「そ、そうだね⋯⋯」


 こういった話の脱線は、アヤカと蓮兎が一緒に居る時は必ず起こる。今回はまだ数分で済んだが、酷い時は二時間くらい時間を潰す。


「⋯⋯その通り魔事件を起こしたのは、妖怪だよ」


 あまり考える身振りを見せずに、神巫は簡単に答えた。


「妖怪⋯⋯」


 怪訝そうな表情を浮かべるアヤカに、神巫は「そう」と頷いた。


「でも彼は、決して悪い子じゃなかったんだよ?」


「へぇ⋯⋯それで、居場所とかわかるのかしら?」


「教えたら、そこに向かうんだよね?」


「当たり前よ。例え元は悪い妖怪じゃなかったとしても、誰かが犯人を捕まえて欲しいって依頼した。私はその依頼を達成し、報酬を受け取るために、アンタの友達を捕まえに行くのよ」


「そ⋯⋯まぁアヤカちゃんに何言っても、無駄だよね。でもその子の友達として、居場所は簡単には教えられないよ」


 両手を箒から離し、両手を組んだ。箒は重力に逆らわずに、地面に落ちる。


「何? 当然、金なら払うわよ? 払うのは蓮兎だけど」


 ーー僕なんだ⋯⋯。

 隣で、蓮兎は心中でため息を吐いた。


「違うよ」


 はっきりと断言し、次に、神巫は人差し指を口に当てた。


「ーー久しぶりに、一戦やろうよ」


 その言葉を聞いた途端、アヤカは喜びという感情に支配され、表情を緩ませる。


「へぇ⋯⋯一応は平和主義なアンタが戦いたいだなんて、明日は隕石の雨でも降るのかしら?」


「たまには、運動くらいしないとね」


「まあいいんじゃない? 健康的で」


 アヤカは両手をポケットから出すと、途端に目付きが鋭くなった。まるで、獲物を狩る鷹の目。彼女の準備は、もう既に整った。


「それじゃ、私から行かせて貰っても構わないかしら?」


「別に構わないよ」


 先攻であろうと後攻であろうと、神巫にはアヤカに対する勝ち目は一切無い。そもそも、彼女とまともに戦って勝てる者は、そうは居ない事だろう。

 だって彼女は、神級異能を持った、人間の姿をした怪物なのだから。


「⋯⋯」


「⋯⋯」


 二人はお互いに睨み合い、いつでも戦闘できる準備は既に整っていた。


 暫くの静寂。蓮兎が戦闘を開始させる為に口を開こうとしたところで、神巫が合図となる指を鳴らす。


「ッ‼︎」


 直後、神巫の周囲にサッカーボールくらいの火球が数個出現。

 妖怪には、『妖力』という異能に似た様な力を使う事が出来る。神巫が使うのは、『発火』。つまり炎を操る力だ。作れる炎はごく小規模なものだが、その威力は絶大で、少し本気を出せば、人一人を殺傷出来てしまう。

 彼女が手を振り払うと、火球は皆、まるで意志を持つように、獲物に向けて飛んでいく。

 アヤカは土を用いて鉄壁を作る異能ーー『大地障壁(マザーウォール)』を発動。彼女の前方に出現した、五メートル程の土で出来た壁は、襲い来る火球からアヤカを護った。ちなみに、この間僅か六秒の出来事である。


 壁が崩れると同時、武器を作る異能ーー『武器生成(ウェポンメイク)』で作った銀色に輝く片手剣を持って、神巫に向けて突進した。

 その場で佇んでいた神巫に向け、何の躊躇いもなく剣を凪ぐ。


「⋯⋯」


 しかし剣が切り裂いたのは虚空。神巫を捉えてはいなかった。アヤカはそれに大した驚きも見せず、未来を予知する異能ーー『未来予知(フューチャーブレイク)』を使い、次に神巫がこちらにしてくる攻撃を予知する。


「ッ‼︎」


 手元の剣を消滅させ、入れ替わりで一丁の拳銃を生成。振り返り、迷わず撃った。銃声が鳴り響き、音も無く接近してきていた一つの火球を、撃ち落とす事に成功。

 もう一度『未来予知(フューチャーブレイク)』を発動。それとほぼ同時、背後に向けて上級攻撃強化異能ーー『極限強化(ポイントマキシマム)』で強化された回し蹴りを放つ。


「ぐっ⁉︎」


 蹴りは、見事に神巫の腹部を(えぐ)った。しかし直撃した訳では無く、蹴りは薄い炎の壁によって護られ、ダメージは軽減されていた。


 神巫の身体は、錐揉(きりも)み回転しながら、軽く数メートルは吹き飛ぶが、地に足を着け、どうにか踏み止まる。


 ーーやっぱり、アヤカちゃんは強いなぁ⋯⋯。


 普通に戦えば、絶対に神巫に勝ち目の無い、ワンサイドゲーム。二人以外の何者が、無駄な戦いだと思うだろう。それでも神巫は、本当の意味で(・・・・・・)、一度はあの力を使わずに勝ってみたかった。


 アヤカは、持っていた拳銃を消滅させ、次に自身の身長をゆうに越す長さの槍を生成し、構えを取る。


「どうしたのかしら? もしかしてその程度?」


 神巫を挑発する様に、アヤカは言う。


「そんなわけ無いよ」


 そう言いつつも、内心で冷や汗をかく。

 神巫には、もうなす術もなかった。

アヤカの愛用する『未来予知(フューチャーブレイク)』がある限り、こちらの攻撃は彼女には擦りもしないのだから。


 左手を突き出し、指を鳴らした。その音は、幸福神社全体へと響き渡る。

 刹那、アヤカの足元が紅蓮の色に発光。それから間も無くして、その場から突き上げる様に、炎の柱が現れた。

 たった二秒の出来事。本来ならアヤカは骨をも焼き尽くす炎に身体を包まれている筈だが、そう簡単には勝てないことくらい、術者である神巫が何よりも理解できていた。


 自身の体重を操る異能ーー『体重変化(ヘビーオアライト)』。これを用いて、アヤカは羽よりも軽くなった自分の身体で、空高く跳び上がり、火柱を難無く回避していた。


 神巫はすぐさま青空を見上げ、こちらに向けて落下してきているアヤカの姿を捉える。彼女の持つ槍の矛先は、しっかりと神巫に向けられていた。この場を一歩も動かなければ、確実に槍に貫かれる。


 ーーやっぱり、あれを使わないと、勝てない‼︎


 歯を食い縛る。精神を集中させ、発動させた。

 突如、神巫の姿は眩い白い光に包まれ、その容姿を徐々に変えていく。

 あまり時間の立たぬ間に、彼女の姿は、アヤカが溺愛するアブソリューターであるデルタと、瓜二つの姿になった。


「なっ⋯⋯⁉︎」


 こうなる事は予測できた筈なのに、アヤカは神巫の行動に驚き、言葉を失った。

 物や人を転移させる異能、『物質転送(マテリアルキャリー)』を使い、アヤカの位置を、自由の利かない空中から、神巫から少し離れた位置の地面へと、一瞬で転移した。

 この『物体転送(マテリアルキャリー)』、人間は一日に三人しか転送出来ないという欠点が存在している。それを使うという事は、よっぽどの事態なのだ。


「ず、ずるいわよ⋯⋯またデルちゃんの姿になるなんて‼︎」


 指差しながら、やや震えた口調でアヤカは言った。

 デルタの姿となった神巫は、肩を竦めてせせら笑う。


「人を化かすのが、妖狐だからね」


 この世界には、『異能』や『妖力』とは違った、超人的な能力が存在する。

 『絶技(スキル)』。それは異能の様に突然使える様になるのでは無く、長い間修行を続け、死に物狂いで得た技や、神巫の場合だと血筋によって受け継がれる、『異能』が存在するよりも前から、この世界にあった『力』だ。

 妖狐である神巫は、他人と瓜二つの姿や声に化ける事の出来る、言わば変身能力を持っている。

 つまりは今、アヤカの目の前に立っているのは、中身を除けばデルタそのものという訳だ。


「どうしたの? 殴らないの?」


「む、無理言わないで頂戴‼︎ 私にデルちゃんは殴れないわッ‼︎」


 ーーなんだかんだで優しいところが、アヤカちゃんの可愛いところ、なのかな?


 内心で呟きながら、神巫は一歩ずつアヤカとの距離を詰める。


 前も、そしてその前も、最終的にはこんな場面になる。デルタに化けた神巫に対し、何も出来なくなるアヤカ。観戦している蓮兎にとっては、見慣れ過ぎて飽きた光景だった。


「ぐっ⋯⋯うぅ‼︎」


 まともに戦ったって、アヤカには絶対に勝てない。しかし性格の悪い彼女だって人間だ。愛する者と瓜二つの姿をした敵を、躊躇無く攻撃なんて出来ない。

 それを知っているからこそ、神巫は彼女に勝つ事が出来た。しかしそれは、神巫自身の求める完全な勝利では無い。出来ればこの手を使わずして、勝利を収めたかった。しかし彼女の圧倒的な力を前に、いつもこういった手段を取ってしまう。


「⋯⋯ッ‼︎」


 気付けば、神巫の姿はアヤカの拳が届く位置に居た。

 神巫はアヤカの鼻を指で突き、可愛げに、勝利の言葉を呟く。


「⋯⋯チェックメイト♪」


 その瞬間、勝敗は決まった。

最初のデルタ視点が午前十時。

次のアヤカ視点が、午後一時です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ