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ワールド・エラー  作者: 立花六花
デュアライズ編・起
4/24

午前八時

しばらくは投稿スピードがかなり早いです。

 スラム街の中心に建つ、屋敷の二階。(いく)つか部屋がある中で、一室だけ、薄暗く、不気味さを(かも)し出した部屋があった。

 仕様なのか、明かりは全てぼんやりとした気持ちの悪い光り方をしている。天井では、二台のシーリングファンが(おだ)やかに回転していた。

 広い割には家具が少なく、スペースが無駄に有り余っていて、中心に置かれたオフィスデスクが、少しだけ寂しく感じられた。


「久し振りですね、安中音也君?」


 デスクに座っていた少女は、つい数秒までしていた作業を止めて、来客者の一人に挨拶した。


 少女の黒い髪は、さながら日本人形の様に長く、美しい。

 緑が強調された、やや派手な着物に(そで)を通していて、利き手である右手とは逆の手は、常にお気に入りの扇子(せんす)を握っていた。


「久し振りですね、輝夜(かぐや)先生」


 輝夜と呼ばれた少女は微笑み、バッと開いた扇子で、顔の下半分を覆い隠す。


「そっちの()は初めて見ますね。彼女ですか?」


 彼女の言うそっちの娘とは、恐らくは女帝(エンプレス)の事だ。


「違います」


 音也は即座に首を横に振り、否定した。


 ーーなんだか、悔しいですねぇ。

 実際、音也と女帝(エンプレス)は恋人同士では無い。しかしあれ程までに即座に否定されると、何故だか悲しい気分になるのは何故だろうか。


「彼女は女帝(エンプレス)。先生程の人間なら既に知っていると思いますけど、二十二柱(アルカナ)シビトの内の一体です」


 音也が女帝(エンプレス)について話すと、輝夜は納得したのか、


「あぁ、貴女がそうでしたか」


 と短く口にした。


「初めまして」


 女帝(じょてい)は一歩前に出て、頭を下げる。すると輝夜は、にっこりと頬を緩ませ、自己紹介を始めた。


「私は月華(げっか)輝夜。最強の対シビト殲滅部隊ーー通称『A(アンチ)S(シビト)』を指揮していた、特別顧問です」


 特別顧問とは、つまり隊長であった椎名よりも遥かに偉い存在であり、同時に学園内でもかなりの権力者。

 その実力もさることながら、イーター学園の生徒や卒業生、AS隊員で、彼女より勝る者は、誰一人居なかったと言っても良いだろう。

 ある者は彼女を(たた)え、ある者は彼女を畏怖(いふ)した。音也と女帝(エンプレス)の目の前に立つ、一見か弱そうな少女は、そういう存在なのである。


「一つ、質問良いですか?」


 輝夜の自己紹介を聞いて、何か不審(ふしん)な点があったのか、女帝(エンプレス)が尋ねた。


「良いですよ」


「その⋯⋯輝夜さんは、音也さんに勝つ自信はありますか?」


 その質問に、輝夜はおろか音也も(いぶか)しげに首を傾げた。

 音也と輝夜の間にある戦力差は、正に天と地の差。幾ら学園で最も良い成績を収めていても、ASで副隊長を務めていたとしても、月華輝夜という人の皮を被った化物に、敵う筈が無かった。

 しかし音也もまた、ただの人間では無い。その事は、恐らく権力者である輝夜の耳にも届いている。つまり女帝(エンプレス)の質問は、間接的に、「音也の持つ、元は音也のものでは無い力に、勝てるかどうか」を、聞いていた。


「⋯⋯あぁ、そういう事ですか」


 数秒間考えた末に、輝夜は(ようや)くその答えに思い至り、笑みを溢す。


「そうですね⋯⋯まぁ、勝てると思いますよ?」


「えっ⋯⋯」


 その根拠の無い答えに、女帝は驚きを禁じ得なかった。


 閉じた扇子で手を叩くと、輝夜はおもむろに立ち上がり、デスクの前まで移動する。


「さて、本題に入りましょうか⋯⋯音也君、貴方はどうしてここを訪れたんですか?」


 輝夜はまだ笑っている。にも関わらず、彼女が纏うオーラの様なものが、意志を持つように(うごめ)いていた。


「輝夜先生は、最近、小桜町が変だと思った事はありますか?」


「⋯⋯っ」


 音也の声を聞いた途端、輝夜はほんの一瞬だけ、ハッとした。


「⋯⋯⋯⋯あります。それも、一度や二度じゃありません」


「じゃあ輝夜先生は、その原因が何なのか、わかりますか」


「原因ですか。そうですね⋯⋯私が一番怪しいと思うのは、『デュアライズ』でしょうか?」


『デュアライズ?』


 音也と女帝の言葉が、偶然にも重なる。恥ずかしくなった女帝(エンプレス)が、僅かに頬を赤らめた。


「はい。詳しい説明は()えて(はぶ)きますが、とにかく私は、デュアライズが小桜町の異変の原因だと思っています」


「デュアライズ⋯⋯聞いた事無いな」


「右に同じく、ですね。私の場合、すぐに知る事も出来ますが、それじゃあ少し、つまらないですし」


「気になるなら、自分で調べてくださいよ? 私は答えを直接教えるのは、あまり好きではありませんから」


 そう言って、輝夜は腕を組み口元を緩ませた。


「⋯⋯あぁそうだ、忘れていました」


 突然何かを思い出すと、輝夜は俯き、表情を曇らせる。


「どうか、しましたか?」


「実はずっとお()びしたいと思っていたんです」


「お詫び?」


「私、学園崩壊の時に、学園に居なかったじゃないですか。私がもし、あの時学園に居れば、もしかしたら状況が変わっていたかもしれない。だから、お詫びさせてください」


 学園崩壊が起きたあの日。確かに月華輝夜という学園最強と言える人物は不在だった。偶然にも、その日は旅行に出掛けていたらしい。

 思えばあの日は、偶然に偶然が重なり、音也を含めた実力者の半数が学園を離れていて、すぐに駆けつける事が出来なかった。まるで誰かが、そうなる様に仕組んだ(・・・・・・・・・・)かの様に。


「お詫びなんて、別にいいですよ。それに謝るなら、あの時死んでしまった、多くの人達にしてください⋯⋯」


「それはもう、とっくに済ませてありますよ」


「そうですか⋯⋯」


 音也は俯き、悲しげな表情を浮かべた。


 息苦しい程の静寂が訪れる。シーリングファンの動く音だけが、耳に届いていた。

 

「その⋯⋯⋯⋯元気、ですか? 椎名さんは」


 重苦しい空気から逃れようと、輝夜は半ば無理矢理に、話題を変えようとした。


 事を察した音也は、作り笑顔を浮かべながら、それに答える。


「元気ですよ」


「そうですか⋯⋯良かったです」


 安心したのか、輝夜はホッと胸を撫で下ろした。

 彼女は、一度椎名が死亡しているのを知っている。自分が学園に居れば、死ななかったかもしれないと、重い罪悪感を背負っていたのだろう。


「それにしても、貴女の能力ーーシビリティって言うんでしたっけ? 便利ですね」


 輝夜の視線は、メイド服を着た人外に向けられていた。


「便利過ぎて、使い難いですけどね」


 女帝(エンプレス)がこのシビリティを得てから、五年の月日が流れた。が、未だに力を使いこなせず、この先も出来ない気がしてならない。


「私、二十二柱(アルカナ)シビトについて調べてた事があるんですよ」


「やっぱり⋯⋯」


 音也は呆れる様に、ため息を吐いた。


 二十二柱(アルカナ)シビトの存在は秘匿(ひとく)扱いされており、聲凪はおろか、下手すれば全人類の内、ほんの一握りしかその存在を知らないだろう。仮にもAS副隊長を務めていた音也ですら、その存在は女帝(エンプレス)と出会うまで知らなかったのだ。


「それでもし、二十二柱(アルカナ)シビトのどれかと出会ったら、聞いておきたい事があったんです」


「何でも聞いてください。私は人間達の味方ですから」


 そう言って、彼女は自分の胸に手を置く。

 彼女はシビトでありながら、人間に憧れ、同時に愛し、同族を裏切った非常に珍しい存在。理由は明確にはわからないが、本人曰(いわ)く「人間は、私達に無いものを持っている」から、好きらしい。


「では遠慮無く⋯⋯」


 輝夜は軽く咳き込むと、一度目を瞑り、そして開いた。


「ーーシビトの統率者は、誰ですか?」


「ッ⁉︎」


 電撃が(ほとばし)ったかの様に、女帝(エンプレス)は身体をビクリと動かす。


「統率者⋯⋯?」


 音也は首を傾げ、目線で輝夜に説明を(うなが)した。しかし彼女はそれを知ってて無視し、話を続ける。


「その反応⋯⋯⋯⋯やはり知ってましたか」


「あはは。まさか、お母さん(・・・・)の存在にもう気付いてるなんて、思ってませんでした」


 驚き半分、喜び半分の複雑な笑みを浮かべると、女帝(エンプレス)はまるで降参を示す様に肩を(すく)めた。


「ちなみに、何処まで知ってますか?」


「殆ど知りません。最近、統率者の存在を知った程度です」


「そうですか⋯⋯なら教えておきますよ。お母さんは、私達二十二柱(アルカナ)と同様に、人間の身体を乗っ取る事が出来ます。そしてそれだけじゃなくて、更に死者の身体を乗っ取る事も、可能なんです」


 ーー死者の身体に⁉︎

 音也は、彼女から告げられた言葉に、心底驚きを隠せなかった。


二十二柱(アルカナ)シビトの上位互換、みたいなものでしょうか?」


「上位互換どころじゃありませんよ。お母さんは文字通り、私達シビトの原点にして、頂点なんですから」


 原点にしてーー頂点。それは即ち、全人類が倒すべき最後の敵という事だ。

 シビトの存在が認知されてからかなりの月日が流れ、今漸(ようや)く、敵の親玉の存在に一歩近づく事が出来た。それは嬉しくもあり、同時に恐ろしくもあった。

 二十二柱(アルカナ)シビトは、現時点では異能を持った人間ーー更に言えば神級異能を持った人間ですら、一筋縄ではいかない強敵。それらを統べる存在を、現時点で倒す事が、果たして可能なのだろうか。


「今、お母さんがどんな姿をしているかはわかりません。ただお母さんは、必ず少女の姿でしょうね」


「なるほど⋯⋯情報提供、ありがとうございます」


 輝夜から礼の言葉を告げられると、女帝は恥かしげに「いえいえ」と手を振った。


「音也君」


「は、はい」


 しばらく蚊帳(かや)の外だった音也は、突然輝夜から話しかけられて、やや動揺する。


「ここに来た用件は、他にありませんか?」


「まぁ当然、ありますよ?」


「やっぱり」


 予想を当てた事に、幼い子供の様な喜びを見せる輝夜。


女帝(エンプレス)。ごめんけど、外で待っててくれないか?」


 音也が女帝(エンプレス)にそう耳打ちする。


「わかりました」


 彼女はそれに素直に応じ、頭を軽く下げると、この部屋から出る窓を除いた唯一の手段である扉を開け、二人の視界からその姿を消した。


「さて、本題ですよ⋯⋯先生」


 女帝の背中を見送ると、振り返り、輝夜の方を見る。その口元は、僅かに綻んでいた。


「安中家の事⋯⋯でしょう?」


 輝夜は首を傾げ、扇子をバッと開くと、軽く扇ぎ始める。


「流石先生、察しが良いですね。その通りですよ。だから単刀直入に聞きますーー輝夜先生、貴女は何処まで関わってるんですか? あの事に」


 室内に、(ただ)ならぬ雰囲気が立ち込めた。

次回は、視点が変わります。

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