紅一点
「上官」
「何だ?アリス」
遥は恐る恐る紡に今日の模擬訓練の出来を訊いてみた。
「30点だ。今までの中で最悪の出来だ」
遥の自己採点の40点よりも、紡の採点は10点も下回っていた。この後に行われるデフリーフィングが怖いと思った。
普段は優しい紡だが、訓練に関しては怖くて厳しく鬼上官で、他の隊員に対しても容赦がない。紅一点だからと言っても態度は変わらなかった。
二人は言葉を交わしながら基地に向かって滑走路を歩いていった。
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二人が駐屯している基地は元アメリカ海軍基地であった横須賀基地。
安保条約改正を機に、アメリカ軍は兵士の数を削減。アメリカ軍は、世界全ての海域を7つのブロックに分けて、機動艦隊が監視警備を行なっていたが、全世界をコミットメントしてしまうと、あらゆる紛争に巻き込まれる可能性があるのを理由に、わが国とって尤も重要なシーレーン・ペルシア湾・ホルムズ海峡から東南アジアを通る輸送ルートを自衛隊海軍に監視警備を任せた。それを始まりとして、戦争には無縁だった自衛隊がアメリカ軍の戦火の渦に巻き込まれて、今に至る。
遥は倉庫を改造した女子更衣室で耐Gスーツを脱ぎ、息を深く吐いた。
スーツの下は迷彩柄のズボンにTシャツ1枚。
全身はじっとりと汗が滲み、衣服も下着も肌に糊のようにはり付いて気持が悪かった。
戦闘機のパイロットは今現在は遥一人。航空しかも戦闘機パイロットとなると女性にとっては狭き門。遥の同期だった隊員も何人か志願者が居たが、皆厳しい訓練と高いスキルの試験で脱落した。
兄の死の原因究明の為に入隊して、4年の月日が過ぎていた。未だ、真相は掴めていない。しかし、遥自身…この国に御霊を預けて戦地に赴けば、死と隣り合わせとなって敵国の兵士を殺さねばならない過酷な状況が待つ防衛隊の世界に、皆が息抜きを求めているコトを知る。その息抜きは千差万別、酒であり、女であり、弱い下っ端の後輩隊員のいじめと多岐に渡っている。
兄は先輩隊員のいじめに遭っていたのではないかと推測した。
「おーい。いつまで…着替えてる…開けてもいいのか?アリス」
ドアのすりガラスの向うに見えるのは紡の人影。
「申し訳有りません。直ぐに着替えます!!」
遥はカラダの線を気にして、迷彩柄のジャケットを羽織り、ボディシャンプーとバスタオル、新しいTシャツを持って、更衣室を出た。
「遅いっ!!戦地おいては誰も待たないぞ!!アリス」
「申し訳有りません。上官。以後気を付けます!!」
「早く、来い。アリス」
「はい」
遥は金魚の糞のように紡の後を付いて行った。