空軍の王子様
遥は減速させて、滑走路へと一気に向かう。ノースギアで接地させながら駐機スポットを目指した。
誘導員の指示に従い、機体を駐機させると、梯子を持った整備員達が近づいて来る。
遥は風防を開けて、ゴーグルとキャップを外して、梯子を伝って機内から出た。
「アリスもご帰還か…」
先に降り立った伊集院紡が遥の帰還を待っていた。
彼は遥の直属の上官で、階級は3等空佐、年は31歳。親子3代に渡って、総理大臣を輩出した政治家一族・伊集院家本家の嫡男。彼の父親・伊集院敦司は『ノブレスオブリージュ』を唱え、優先的に富裕層の男子に徴兵を課そうとした。富裕層達の猛反発を食らって、それが原因で内閣総辞職、総理の椅子を追われてしまった。
太平洋戦争下においても、政治家や有力者の子息の兵役逃れが甚だしかった。
戦況の苦戦を大本営は隠蔽し、前途洋々な一般の若者達を強制的に戦地へと送り込んで、兵站を軽視して精神論を唱え、ある若者達は何の補給もせずに南方の地で飢えさせ、ある若者達は特攻機に乗り、敵艦目がけて自爆させられた。戦争末期は連合軍が優勢を誇り、沖縄への上陸、本土の空襲、広島、長崎…新型爆弾投下そして終戦を迎えた。延べ戦没者、国民を含めて、300万人の尊い命を失われた。
GHQ占領下において、国の再建を果たして、70年ーーー・・・
太平洋戦争はこの世の地獄だったと語る戦争の語り部達はもういない。
政府によって歴史は改ざんされて、真実は時代の流れに風化している。
歴史は繰り返された。
2015年、安全保障条約の改正により、集団的自衛権が認められ、この国は『戦争しない国』から『戦争する国』に様変わりした。
それから27年の時を経て、自衛隊は防衛隊を名を改めた。
この国には、未だ徴兵制は存在せず、志願兵となる者の大半が経済的に生活困窮した貧困家庭の若者だった。
そんな若者が多い中、紡は異端の存在。
しかし、彼の戦闘技術は群を抜いて、先だってのイラク派兵でも活躍した。
「疲れたか?」
遥と同じ耐Gスーツに身を包んで、ヘルメットを小脇に抱え、彼女に優しい労いの言葉をかける。
遥に優しいのは上官である紡だけ。空軍パイロットは自尊心が高く、エリート意識も強い。男の園・戦闘機乗りの世界に入って来て、あっさりと最新型のステルス機に乗る女の遥は許せなかった。
「いいえ」
遥は疲れ切っていたが、自身に好意的な紡にも虚勢を張る始末。
「そうか・・・ならいい」
紡もあっさりを納得して、安堵した笑みを浮かべる。
父親の譲りの端正な顔立ちと引き締まった筋肉質なアスリート型の体躯と長い手足。
紡は女性隊員の憧れの存在であり、空軍パイロットの中枢。
彼のTACネーム『エース』に異論を唱える者は居ない。
「なに?ボーッとしてる。行くぞ」
紡の凛とした立ち姿に見惚れた遥の後頭部をメットで軽く小突いた。
「はい!」
遥は紡の背中を追って歩き出した。




