お話と俺たちと樹海 後編
今回は短いですぬ
今となっては分けた意味も分からんとです
真人はそんな可能性も考えていなかったのかと半ば呆れつつも、当たり前かとも思う。そもそも急にこんな状況になって冷静でいられる人物の方が少数派だろう。
俺は比較的慣れていると言えば慣れているので最初は驚きこそすれ、大まかな状況さえ分かれば動き出せるのだが真人はそうもいかないだろう。そこまで考えが至らなかったとは、俺も何だかんだ言って完全に冷静とはいかないらしい。
「取り敢えず身を隠せる所まで行ければ良いんやけどな」
そう呟けば、真人は魔法に集中しろなんて目でこちらを睨んできた。確かに話しながら足にも集中するのは辛くはあるが、言うほど難しいことではない。
考えながらも周りを見わたす。樹海は先程と殆ど変わりない姿をしているように見受けられた。
あちこちに咲いている花は植物園の温湿管理されたビニールハウスの中でしか見たことのないような物ばかりで目に痛い色をしている。緑の色も濃いので尚の事目に悪い。
「それにしてもなんでまたこんなとこに……」
真人の呟きも尤もなことだと思う。ただの森ならまだしもこの国ですら飛び越えたかのような樹海にいるのだから。
そうこう話しているあいだにもケルベロスとの距離は一向に伸びず、俺たちの精神力だけがガリガリと音でも立つんじゃないかと思うくらいに急速に減っていく。真人も俺も息は切れていないから逃げることに問題はないのだろうけど、それもいつまで持つかは分からない。それこそ植物に足でも取られたら終わりだろう。
「マコっちゃん、生きとるか?」
「縁起でもないこと言うな、晴麻」
汗がこめかみ辺りを落ちていくのが分かる。服の裾を伸ばして拭おうとするが、もう既にビショビショに濡れていた。気づかぬ間に何度も汗を拭っていたようだ。
先程からケルベロスは威嚇でもするかのように唸り始めるし、もう散々である。
「なんや、さっきから。あいつ煩いの」
「何かに怯えてるっぽいんだけど」
言われて気がつく。そう言えば、時々怯えるような声も聞こえるような気がする。
動物のカンは鋭いと聞いたこともあるし、もしかしたら天変地異の前触れなのかもしれないと漠然と考える。ケルベロスは相変わらず諦める様子もないため、もし天変地異が起きたとしても何が何でも逃げ切らなくてはならないのだ。
いくら、いつも悪天の時に感じるような肌を刺す痛みが来ようとも、だ。
「マコっちゃん、来るで」
そう言えば、真人も僅かに身を低くした。
空を裂く轟音が樹海に響いた。ビリビリと体が痺れるような錯覚に陥る。
どうやら、雷が落ちたらしかった。
「おいおい、こりゃあ……」
木に覆われていて見えないはずではあるが空を見上げて真人が言う。木々の隙間からそれとは分からない程に暗く沈んだ空を更に覆っていたのは、どう見ても積乱雲所謂ところの雷雲であった。
「ヤバないか? これ」
「って言ってもよ、後ろはこれだぜ?」
これと言って真人が後ろを指し示すが、見なくても気配で分かる。怯えたように鳴いているにも関わらず未だにケルベロスは俺たちを追いかけてきていた。
ここまでしつこいとケルベロスの胃袋事情というものが気になりはするが、流石に食べられてやるわけにもいかない。
「分かっとる、分かっとるよマコっちゃん」
そう言って真人の方を向いたが、彼はなら黙って走れとでも言いたげに一瞥するだけだったので少しだけ孤独を感じた。
バリバリと雷は徐々にこちらに近づいてきている。
肌の痺れるような感覚は既に錯覚なんかではなくなってきていた。
「マコっちゃん、雷さん近づいて来よるみたいなんやけど」
「……ああ、流石に俺でも分かるわ」
目の前を見ているはずなのにどこか遠いところが見えているような気がする。そんな状況でも足への魔力供給はしっかりしているなんて流石俺、なんてことも言っていられない。
「このまま落ちたら俺ら間違いなく……」
どっちが言った言葉かも分からない。なぜならどちらの言葉でもあるから。
二人で深い溜め息を吐いたのと、最悪の事態が起こったのは、ほぼ同時であった。
俺たちの鼓膜を破ろうとするかのように鳴り響く轟音に咄嗟に耳を塞いだがそれでも尚、音が届いた。空気の振動が体まで揺らし、立っているのもやっと。
眩しいと感じるのすら困難なほどの光に本能で目をつぶっていた。
轟音の奥で、何かのくぐもった声が聞こえる。苦しみのたうち回っているように聞こえたが、雷鳴の中に隠れてしまって詳しくは分からないままだった。
「で、なんだ」
気がつくと私たちは元の場所に戻っていた。樹海を疾走した為にスリッパが泥に汚れてはいないかと心配になったが、それも杞憂に終わる。
汗をぬぐった袖もカラカラに乾いていた。まるで水気など吸っていなかったかのようだ。
「戻ってきたんだけど」
無事でよかったなんてことは正直どうでもいい。あれはなんだったのか、そればかりが気になってしまって仕方がない。
「いや、分からんねんけど」
晴麻は困ったように眉を顰めていた。私も同じ顔をしているであろうことは自覚している。
取り敢えず落ち着こうと麦茶を勝手にコップに注いでから一息で飲み干す。
「倒して良かったのかよ!」
「なんや、憑いとるんやないかな」
小さく呟かれた晴麻の言葉を否定し切ることが出来なかった。何かが憑いているということにしてお祓いで終わりにしたかった。いや、今回は終わったのだが。
まだ続くような気がしてならなかった。寧ろ、終わる気がしない。
「取り敢えず、お祓いでもしてもらうか?」
晴麻を見ずに答えれば、何となくではあるが彼もこっちに視線を寄越さずにポツリと肯定の意を示した。
「ええ人知っとるで」
だんだん文章も変わってきた気もしなくもないです
次回、急展開。乞うご期待、です。