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得手不得手  作者: ゆう
どうやら始まったようです
2/16

お話と俺たちと樹海 前編

まだまだ続きます

お付き合い下さいまし

「この間のは何だったんだろうな」

 会話に困って私が口にしたのはそれだった。

 現在、晴麻の家。例の事件によって学校が一時的に閉鎖されたため、何があるわけでもないのだが集まった。集まったと言っても二人なのだが。

「せやな。まあ、俺からしたらマコっちゃんも不思議なんやけどな」

 何があったかは一切覚えていないのだが、私が何かをして晴麻を助けたらしい。

 晴麻曰く、魔法を使っていたとのこと。そう言えば、と晴麻に告げる。

「あの時、夢を見た気がする」

「夢……?」

 どんな夢かと聞く晴麻に一言、覚えていないと返す。

 思い出そうとすると意識がふわふわとするのだ。

 まあええわ、とへらりと笑った晴麻は少しばかり脱線してしまった話を戻すように言う。

「あれは恐らく邪神崇拝みたいなやつやと思うわ」

「邪神ってどういうことだ?」

 いやな、と言って晴麻が続ける。

「なんでもこの世界こそが神、なんて言うてる頭可笑しい奴らがおるねんて」

 頭可笑しい奴ら? とオウム返しのように口に出す。それに頷きだけで答えて晴麻は先ほどよりも声のトーンを下げた。

「マコっちゃんは、世界神教なんて知っとる?」

 彼の口にした聞き覚えのない単語に首を捻る。そんなのは、知らな――?

「……あれ?」

 違和感が駆け巡る。聞いたことも見たこともないはずなのに、私は知っている?

 可笑しな感覚に逆に首を捻るも違和感は拭えない。まるで、遠い昔に見た夢を現実で追体験しているかのようなモヤモヤが脳を揺らす。

「やっぱりか」

 晴麻は何かを知っている風だった。いや、知っているというよりは確信したような感じだろうか。

「やっぱりか、てどう言うことだよ」

 気になって問いかけるも晴麻は考え込むような姿勢を崩さない。腕を組んで宙を眺めている。

 それから暫くして、考えを纏められたのか自分自身納得したのかは知らないがゆっくりと話し始めた。

「サブリミナル効果」

 私が口を出す間もなくそれに説明が続く。

「例えば、俺がテレビを見とるとする。人間に知覚させない程短い時間だけ、魔法を使うななんて文字を流すと、どないなると思う?」

 ちらりと晴麻がこちらに尋ねる。

 いつも通りのへらへらとした顔の筈なのに、どことなくいつもはない真面目さを感じた。

「魔法が、使えなくなるとか ……?」

 そんなことはないと思いつつ、そう返す。

「せや。使えへんようになるんよ」

 晴麻はそんな私の常識とも言えるような考えを見事に崩した。私の中の常識にも近い考えとは、魔法が使えない人物はいるがそれを人工的とも言える方法で作れるわけがない、というものだ。

 彼のそのあまりにも可笑しいと思えるような答えに、思わず口を開いてしまった。

「何言ってんだよ、魔法だぞ?そんなのありえ――」

「るんやて。知覚出来ないってことは無意識の領域に踏み込みやすいってことなん」

 ない、と、そう言おうとしたのを遮って簡易的な理由を述べる晴麻に、私は黙るしかなかった。ピッと右の人差し指を立てて語りだす。

「音もそうや。人間が言葉に感じない位の音を使えば、本人にも気付かせずに催眠をかけるなんてことも出来るみたいやて。あれな、例えば超音波とか」

 でも、と散々肯定ばかりを述べた口が続ける。

「俺の聞いたとこによると、サブリミナルなんてほとんど効果ないっちゅー話やけどな」

 当たり前だ。そんな訳の分からないうちに自分を好き勝手にされてたまるか、と思う。

 そうは思うのに、私の中に巣食った何かは散らされることなくそこに居つく。モヤモヤと喉の奥あたりに引っかかって非常に気持ちが悪い。

「ま、もしもの話や。もしも、そない効果ない言われとるサブリミナルだとして、魔法が加わったら……」

 どうなる、と目だけで問われる。右の中指も立ててピースをしながら。正直な話ちょっと意味が分からないのだが。

 まさか、なんて。

 晴麻が求めているであろう答えを脳内に用意しつつ口を開く。

「効果が、あるとか……?」

 催眠系の魔法は大掛かりであればあるほど効きやすくなると聞いた。大きな魔法陣を描くとか、長い詠唱をこなすとか、大人数で使用するとか。

 例えばテレビでサブリミナルをやるとして、それはもう十二分に大掛かりなことと言えるだろう。

 つまりそう言うことかと晴麻を見れば、顔に出ていたのかニヤリと笑いながら頷かれた。

「そ。そう言うことや」

 晴麻のアンバーの瞳に見透かされたようで少しだけ面白くないが、今話し合えることは今のうちに話しておきたかったので何となくありがたかった。嫌な予感が、するのだ。

「つまり、だ。晴麻が言いたいことは、その世界神教とやらがサブリミナルを使って無意識の領域に何かを働きかけてる、ってことなんだよな?」

 確認するように首を傾げれば、話の主導権はまた晴麻に戻る。

「要約すると、そんな感じやな」

 晴麻は無意味に二回頷いた後に、中身が無くなってからしばらく経っていた二つのコップに麦茶を注いだ。それは冷蔵庫から出されて暫く経っていたため、既に入れ物の外にあった結露も乾いてしまっていた。

「ま、取り敢えず飲もうや!」

 渡されたコップを見て、そう言えば喉が乾いていたなと気が付く。ぬるくなった麦茶を一息で飲み干してから唇を舐めれば、かさついていて少しだけ舌に張り付くような感覚がした。

「俺は、そうやって世界神教は信者を増やしたんやないかと思うんよ」

 取り敢えずと一息吐こうとしたタイミングで、晴麻はそう言った。そう言えば、世界神教の話であったか。

 魔力で例えていた辺り、てっきりそれがサブリミナルで働きかけられている事だと思っていたため面をくらいつつも口を挟む。でないと置いていかれそうな気がしたのだ。

「世界神教入ってね、て具合か?」

「そうやね。それか――」

「世界に力を、世界を力に……」

 晴麻の話の途中、遮るように呟いた。言葉に意味なんてない。ただ、思い浮かんだだけ。

 だが、晴麻はそれに大きな意味を見出したようだった。

「な、んで、マコっちゃん、それを……っ!」

 驚きに見開かれた目がしかと私を見つめる。それで、合点がいった。今、これが頭に浮かんだ意味も。

「ああ。これが、世界神教か」

 俯き呟けば、視界の端で頷く晴麻が見える。いつもなら笑えるはずの彼の必死さも、ここまでくるとクスリとさえ出来なかった。

「お前は、世界神教についてどこまで知ってるんだ?」

「ん。マコっちゃんよりはって程度。信者になれば色々分かるんやろうけど、流石に」

 晴麻は諦め半分、嫌悪半分といった感じで溜め息を吐く。溜めた後に入るであろう言葉は容易に想像が出来る。私も晴麻と同じような気持ちであるはずだから。

 それから彼は、暫し下を見つめた後に細く長く何かも一緒に追い出すように息を吐いた。

「俺な、どっちにしても世界神教はほっといたらあかん思うんよね……」

 晴麻が言いにくそうにするのは非常に珍しいことと言える。何しろ他人が言えないような事までもずかずかと言ってのけてしまう人物なのだから。

 その為いろいろなことを知っているのだ。きっと知らなくて良かったことも。

「つまりどうにかしたい、と?」

 彼が口ごもる時は決まって私が代弁する。長く過ごすうちにそれが決まりのようになっていた。どうせ、考えてることもあまり変わらないのだし。

「流石やね、マコっちゃん」

 でも、と彼は整った顔を酷く歪めてみせた。整った顔は歪めても整っていて顔面に拳をお見舞いしてやりたくなったのは内緒だ。

「危険とかそんなレベルやないんやで? 俺でもな、世界神教の全貌が分かんないねん」

 晴麻は自らの魔力で情報を収集することも多々あるらしい。簡単に言ってしまうと、彼はスパイのようなこともバイトでやることがある。先生たちに優等生と持て囃されているからと言ってそこまでやらされるものなのかと驚いたものだ。

 だからこそ私自身も彼の情報は彼自身より信用しているつもりだ。

 その彼が掴めない全貌に、恐怖する。まあ、普段の自分であったなら、だが。

「なるようになる、だろ?」

 そう言えば、晴麻は私の隠しきれなかった好奇心に対して短く答えた。

「せやね!」

 彼の表情を一言で表すならば、悪ガキ。私の顔も同じなことは容易に想像出来た。

 まあ、そんな会話を見逃す世界ではなかったということで。急に視界が暗転したかと思いきや、眩しく光り輝いた。

 開けていられずに固く瞼を閉じて暫く。瞼の裏の眩しさも緩くなってきたところで目を開けて、晴麻が一言。

「なんやねん、ここ!」



 結論から言おう。異界だ。

 小説などでよく見るように、急に移動してしまったようだった。異界に。

 暗く澱んだ空気が漂う樹海のようなところに、私と晴麻は立っていた。ただ、先程まで室内にいたこともあってとっさの時に動きにくくて仕方がないスリッパ姿である。

 先ほどの発言に補足するならば、この光景が出てくるのは十中八九ホラー小説だということだ。

「えっと、晴麻。これなんだ?」

 問えば、そんなこと知らないと目で返されてしまった。自分のことを棚上げしつつ使えないなどと考えてみる。

「それにしても、これは」

「ホラー映画とかで見たことあるような気、するんよね」

「やっぱりか」

 室内で話していたことがもう懐かしく感じてしまった。気がついたらこんな訳の分からない所にいたともなれば仕方のないことだろう。

 ジメジメとする空気は全身を圧迫するかのように充満していて、女子ではないが髪の心配などをしてしまう。梅雨時季の髪の毛を思い出して嫌になった。

「マコっちゃんの髪がクルクルなる前に抜けるで」

 取り敢えず晴麻を殴ってから移動することにした。



 ジメジメ、クルクルと集中が切れそうになりながらも周囲を見て回る。虫一匹見逃さないようにはしていたのだが、人どころかそれすらも見当たらなかった。

 もちろん、葉っぱの裏や木の空に至るまで探したつもりだ。

「ここまで何もないと……」

 実際は草があるのだが、それは背景みたいなもののようなので気にしないことにする。つまり、自ら動く生き物がいないのだ。

「なんか、異様だな……」

 喋っていないと湿気に取り込まれそうだと思える程だった。

「せやな……」

 温度も高いために容赦なく流れる汗をぬぐいつつ散策を進める。

 そんな時だった。

 後ろから草をかき分けるような音が聞こえてきたのだ。

 大きな期待と少しの恐怖のようなものと共に振り返った私たちが見たものは、一言で言えばケルベロス。ただ、よくよく見てみれば三つの顔は虎、狼、獅子となんとも言い難いものであった。

「お、おい。晴麻さんよ」

「分かっとる、分かっとるよマコっちゃん」

 お互い意思疎通でも出来ているのではないかと思うくらいに晴麻の考えていることが分かる。きっと私と同じ考えだからなのだが。

「せーので行くか?」

「分かった。行くで?」

 晴麻の掛け声を合図に揃えてせーのと駆け出せば、後ろの化物も同時に地を蹴った。

 植物に足を取られそうになりながらも樹木を縫って走る。ケルベロスはあまりの大きさに私たちほど上手くは走れていないようで、それに少しだけ安心しつつ逃走する。

「マコっちゃん、隠れ場所とかないっぽいねんけど」

「分かったから足動かせよ、足」

 どうやら私とは違い晴麻は足に魔力を集中させているようだった。いつだかに言ったとは思うが、私は身体力だけは優れているようなので大丈夫だが、晴麻はそうではない。先程から晴麻の足が地面を蹴る度にキラキラと輝いているのが伺えた。

「お前、魔法に集中しろよ……。転んでも知らんぞ」

「大丈夫やて。そん時は倒すだけやから」

 さらりと言ってのけた晴麻に、そうかと一言だけ返してまた走るのとあわよくば避難できそうなところがないかと探すことに集中しようとした。そう、したにはしたのだ。

「待て待て晴麻よ。今なんて言った」

 私がそう問えば、彼は何度かパチクリと瞬きをしたかと思うと丁寧に先ほどの言葉を繰り返してくれた。

「大丈夫やて。そん時は倒すから……?」

「倒せるのかよ」

 晴麻のその二度目になるセリフにそう返せば、彼も成程とばかりに目を剥いた。

 呆れて溜め息が出そうになるのをなんとか抑えつつチラリと後ろを向けば、ケルベロスは速度を緩めることなく私たちの後ろ数メートルのところをぴったりと付いてきていた。もしもここが草原のような何の遮蔽物も無いところだったらと考えようと思って慄いた。

「多分倒せるとは思うねんけどな、倒したら出られんくなるとかだったら怖ない?」

 ケルベロスを一目してから晴麻は言った。

「確かに」

後編へ続く……です

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