始まりと無力と最強
蔑称があったりするので注意です。
続き?終わり?まだないです\(^ω^)/
プロットだけはあるので頑張ります……。
皆さんは人間に得手不得手があるということはご存知だろうか。
とまあ、このような挨拶で不審に思われた方もいるかもしれないが、簡単な話人間誰しも得意な事と苦手な事があるという事を知っているかと問いたいのだ。
この場合、凡そ誰もが肯定の意を示すであろう。
だが、非常に信じ難いことではあるがそんな世の中でも「自分に不得手などない」ときっぱりと言い切るような奴もいるのだ。
得手が少ないと自覚している私にしてみれば腹立たしいことこの上ない。是非とも才能だけ置いてどこかに行ってほしいものだ。あまりに可哀想なので天に召されろとは言わないが。
さも嫌いな食べ物に対して言うかのようなノリで不得手はないなどと宣わったのは、誰とは言わないが私こと日向真人の友人の波岡晴麻くんだ。誰とは言わないが。
と、挨拶は此処までにさせて頂きましょうか。
これから始まる話はそんな私達の日常になるかもしれないお話。
「マコっちゃんって何で魔法とか使わへんの?」
放課後の少しだけ纏う空気が違う教室での何気ない会話。皆さんにとってみれば何気なくは無いかもしれないが。
そしてエセ関西弁とも言えないよくわからない言語を使っているのは私の友人の波岡晴麻である。
何故か私の事をマコっちゃんと呼ぶのだが、以前それについて言及したところ、「だって俺ら親友やん」と肩を組まれたので以来聞かないことに決めたのだ。肩を組まれるという行為が至極鬱陶しいものだと知ったのもその時であった。
ちなみに先程から私とは言っているが生まれも育ちもれっきとした男であるので忘れないで頂きたい。不本意ながら女顔とは言われるが。いや別に、気にしてはいないけれども。
「…………何ですかそんな事貴方にとってはどうでも良いでしょうそれともあれですか魔法が使えないと何か有るのですか死ぬのですか大変ですねでも私は生きて居ますので御心配には及びませんよしかも私は生まれてこの方死んだ事は有りませんのでよって私は魔法が使えなくても何の問題も有りませんですから余計な事は気にしていただかなくて結構です寧ろ謹んで下さい」
私が答えを吐き出すように言うと、彼があからさまに慌て出した。
なんて様だと罵ってやりたい。
「なんやねんマコっちゃん! いっつもいっつも! 逃げるのいくない」
「逃げてねぇよ」言いたいところをぐっと堪えて「お静かにしていただけませんか晴麻くん」と言ったところ「あ、ハルって呼んでぇな。ダーリンでもええよ」と言われたので丁寧に断っておいた。
この男は相変わらず面倒くさい。冗談は顔くらいにしてもらいたいものだ。モテるからと言ってからかうような事は言わないでもらいたい。
そもそも魔法関連の話題など、逃げるに決まっている。
「酷いわ! 私、本気なのに!」
「はいはい」
「……まあ、ええわ。で、何でなん?」
急に表情を堅くさせて聞いてくる。悔しいが妙に似合うと思ってしまう。悔しくて腹立たしくて異様にムカつくが。本当に、表情を変えるのが上手い。
空気もそれに呼応するかの如く一変して重苦しい物になる。
「あー、まあ別に。単純に魔力がねぇだけだ」
私がサラリとそう言うとまた慌てた様子で問いかける姿は滑稽で見ていて本当に愉快なのだが、本題はそんな愉快な物ではない。
特に、この世界では。
「ええ! ……ってか、言うて良かったん?」
「いや、不味いな。まあお前ならなんだかんだ言って大丈夫かと」
「あかん! そないな無防備だと色んな輩から狙われるで!」
私が淡々と言ってのけると晴麻はバンッと机を叩いて立ち上がる。
その時の音がやけに煩いなと思いつつ出所を見ると、普通は有り得ないことになっていた。まあ、だからといって驚いた訳ではないのだが。
机の木が真ん中あたりの高さから剥がれ、その剥がれた木は粉々に砕けて教室の床に無惨に散らばっていた。残った机はささくれだらけで見ていて痛々しい。
だが、手が置かれているところが無事だった所を見ると彼の手に木が刺さっているなんてことはないのだろう。実に残念だ。
「……一応聞いておいてやろうか。色んな輩から狙われるとはどう言うことなのでしょうか?」
私が呆れて言うと晴麻が大袈裟な身振り手振りで語り始める。
うっとおしいが生返事だと更に面倒臭くなるので仕方なく聞く。ただ、内容のほとんどは覚えていないので省略させていただきたい。大体愛していると言われ続けただけだったような気はするが。
ただ、その場限りで覚えてはいるはずなので決して生返事ではないとだけは言っておく。どうせつまらない事なので長く覚えていなくたって何ら問題はないだろう。それに、覚えていなくとも晴麻も気にはしないと分かっているのだし。
「まあつまり、マコっちゃんが可愛いって言うこと」
と最後にウインク付きで言われたので無表情で見詰め返しておいた。教室内に微妙な空気が流れたことは念のために記しておこう。そもそも二人きりなので教室内というよりは私たちの間で、と言った方が正しいのだけれども。
是非とも晴麻くんには空気というものを読んでいただきたいものだ。
「まあとりあえず言っておくが、机直しておけよ?」
呆れつつ私が件の机を指差して言うと、晴麻がりょーかいなどと軽く返して再び机を叩いた。今度は先程とは逆の作用を起こさせるために。
私はその手が机の無事なところより僅かにずれているのを見て、ささくれが刺さると痛いんだけどなと呑気に考えていた。だとしても私が痛いわけではないのでどうでも良いのだが。
ぱぁっと淡い光が机を包んだかと思うと地面にバラバラと散っていた木屑が集まり始める。そしてあっという間に光は小さな粒に分かれ、最後には空気に溶けるように消えていった。
机は元通り。使い古されたような傷が所々にある、よく学校なんかで見かけるものになっていた。折角なら綺麗に作り替えればいいのに、と思った。
机から離された手を痛そうに振る晴麻を見て良いざまだ等と思う間もなくもう一度魔法が使用される。彼の手に光がくっ付いて、離れて。
その様子を見ながら、回復系の魔法は綺麗だなとなんの気なしに天井を見上げた。
「ああ、良いよなあ」
「どしたん?」
私がぽつりと呟くと晴麻が小首を傾げる。
「ん? ああ、魔法使えるって良いよなあって思ってさ」
苦笑混じりに答えた。
さあ、わからない方も多いと思うので説明していこうと思う。
この世界は所謂魔法世界だ。
魔法と言う自然な力が世界中に満ち溢れていると私たちは習わされた。
殆どの人々がその魔法という力を使いこなして日々の生活を送っている。
ただし、その中にも例外はいた。
身体能力は飛び抜けているのに、魔法が使えない者。そういう者達はヘロットと呼ばれ労働力として扱われる。ヘロットとはどこかの言葉で奴隷という意らしい。
そしてその名の通り奴隷としてしか扱われず、酷使されてぼろぼろになって死んでいくのだ。
親はそう言う子供が生まれると金にするために売り捌く。時には大豪邸に。時には暴力団のような者たちに。そうしなければならないという決まりがあるからだ。
そんなへロットだが、ただの労働力で終われれば良い方だと言われている。実験動物同様に扱われたり慰み者として使われたりなんてことも聞いた事がある。
だがそれでも、私の親は私を普通に育ててくれた。
だからこそ、バレてはならない。親の行動はこの世界では大罪に当たる。死刑、よくて魔法実験の道具。
まあ、本当はこの目の前の男が漏らさないという根拠もないのだが、などとため息を吐いてから前を見ると、何故だか彼も苦笑していた。
「魔法。使えるからって良いとは限らんで、マコっちゃん」
意味がわからない。良いに決まっているじゃないか、と眉をひそめる。それとも、それは使えない者たちが一方的に思っていることに過ぎないのか?
「なんで? って顔しよるなマコっちゃん。まあ考えてみぃよ、魔力について」
晴麻が自身で直した机に肘をついてにやりと笑う。いつもなら怒りが沸くはずのその顔は、私の心に引っ掛かりを生んだ。
「簡単な話、魔力って精神力や生命力と呼ばれる物なんよ」
晴麻が私に対してそう言ったのはあれから一週間程後の事だった。
私が悩んでも出せなかった答えを晴麻はいとも容易く言ってみせた。まあ、彼が出した問題なのだから答えられて当然と言えば当然だが。
「……つまり?」
「だ、か、ら。魔法を使う毎に命は減っていくってことなんよ」
まあ、暫くすればおよそ回復するんやけど。晴麻はそう付け加える。
それを聞いて言い知れぬ恐怖が背中を通り過ぎて行った。晴麻はおよそと言わなかっただろうか。それってつまりは――。
それに、昔習った事と違う……?
「……およそって、言ったか?」
「そや。およそ。大体九割五分位やったかな。ま、普通の人やったらそんだけしか回復せんでも特に支障はないんやけどな」
そう言って更に続ける晴麻。ぞわりとまた何かが背中を駆け抜ける。恐らく、知らなかったことに対しての軽蔑と、生命の危機に対しての純粋な恐怖だ。
「皆ストッパーがあるんよ。精神力、生命力を最低限守るための」
そう言えば魔力の話からは少し逸れるが、人間の体にはストッパーがあると言う話は聞いたことがある。
確か筋肉の話だっただろうか。
普段は力の幾らかしか出せないようにして筋組織が壊れるのを防いでいるが、自身に危険が迫った時にはストッパーを外し最大限の力が発揮出来るようにする。その状態を『火事場の馬鹿力』と言うのだったか。
「ストッパー。何かしらのブレーキ役を果たすものがあるってことか」
「せやかてそれが理性」
晴麻が自身の頭を指し示しながら怪しげに笑った。似合わない。
「マコっちゃんにも魔力と呼ばれるものはあるんやで? ただ、それが引き出せるようなものやなくて身体力になってもうてるか。それか――」
「それか?」
こちらの返しを受けて何かを言おうとしてから、考え込むように再び口をつぐむ。
ほんの何秒か思考して左右に頭を振ってから口を開いた。
「いや、やっぱり何でもないわ」
晴麻は少しばかり標準語に戻ったような口調でそう言うと机に肘をつけたままで右手を振った。
こういう彼の反応は聞いてはいけない話か聞かなくても良い話のどちらかを示唆している。
ならば良いか。問いただそうとしたのをやめれば、晴麻が僅かばかり息を吐いた。
「じゃあさ。なんで、習ったことと違うんだよ?」
疑問と先ほどの恐怖を含めて問う。晴麻はまた語り出した。
「それは明確には分からへんけども」
分からないのかとツッコミを入れようとして彼を見据えると、まだ続きがあるとでも言いたげに私を見ていた。
視線に謝罪の意を込めつつ先を促す。
「ある程度上級の魔法使用者になれば分かるんよ。自分の身体から魔力が抜けていく感覚いうんが」
なるほどと思うと同時に、彼らは分かって使っているのかと理解し難い気持ちが湧き上がる。
そして、新たな疑問が浮かぶ。
何故わざわざ別のことを教えるのか、だ。答えは恐らく晴麻にも分からないだろうが。
私が考えていると、晴麻は先程までの真面目な顔が嘘だったかのようにへらりと笑って言った。
「真面目な話になってもうたわ。ま、俺はどんなマコっちゃんでも好きやで」
この男はなぜこんなことを言うのかと少しだけ思うこともあるにはあるが、考える分だけ無駄であるとそのことに対しての思考はしないことにしている。
この男はするめとは違って考えれば考えるほどなんてことはないだろうし、カレーのように深みがあるわけでもないだろう、と言うことは比較的長い間関わってきた中で学んだ事の一つだ。
とりあえずこの呆れの感情を察していただけるとありがたい。
「では、魔法のテストを始める」
また来たか。そう思ってからため息をついた。
また、言い訳を考えなくてはならない。だから抜き打ちテストは嫌いなのだ。
「今回は魔力生成をしてもらう。最近はみな手抜きをするようになってきたので魔力をこぶし大の結晶にして欲しい」
魔力生成とは漂う魔力を集め、
結晶などの物質にすることだ、ということになっている。
その細かいことは関係なく、とりあえずまずいと思った。無いものを出すと言うのは不可能なのだから。厳密に言えばなくはないらしいが意図的に使えないなら意味は同じだろう。
言い訳。良い訳を探す。
ああ、どうしよう。焦ってしまって良い考えが遠ざかって行ってしまう。
「せんせー。日向くんが具合悪いみたいなので保健室行ってもええですか?」
隣から声が上がった。エセ関西弁、晴麻だ。
「あー。すぐ帰って来いよ」
教師はあっさりと了承する。どうせ私が言っても了承しなかっただろうなと思った。流石の教師でも晴麻には頭が上がらないのだから。
そうして晴麻に連れ出される間際にちらりと見えてしまった教師の横顔が、なんだかとてつもなく変な物に見えた。
ざわざわと全身を嫌な予感が駆け巡ったような気もしたが、気のせいとドアを閉めてしまった。
教室から出ていくらか来たところで晴麻がくるりと振り返った。助かったと無意識に詰めていた息を吐き出す。
「マコっちゃん、どないしよかーって顔してたで」
「……あ。まあ、ありがと」
感謝の意を伝えて晴麻を見ると、大型犬を彷彿とさせるように目を輝かせていた。ただの馬鹿だ、頭は良いけども。
「おお。マコっちゃんにお礼言われてもうた!うれし!」
軽く流しつつ踵を返した。ところで私は普段からそんなにお礼を言わなかっただろうか?
「マコっちゃん? どこに行くん?」
「教室。具合悪いって抜けたんだから戻ってもテストやらされることはないだろ?」
保健室なんか行っても具合が悪い訳じゃないので嘘だとバレてしまうだろう。人心掌握なんて事が出来たのなら別なのだろうが、あいにく私はそんな事を出来るほどの弁論の技能は持ち合わせてはいない。
途中でトイレに行ったら幾分かすっきりしたのですが魔力が安定してないので、位であれば私程度でも騙すことが出来るだろうと考えつつ歩き出す。
そんな時だった、悲鳴が、聞こえたのは。
並程度の耳曰く発信源は今しがた向かおうとしていた教室。
その悲鳴は男の声も女の声も入り混じっているように感ぜられた。それに、二、三人なんて物じゃない。
例えるならば一クラス分くらいの、悲鳴。
バンッと勢いよく扉を開け放つ。
あまりにも言いようのない異様な光景に息を呑んだ。
なんと表現すればいいのか分からないが、例えるのならば世界一大きい事で有名なあの花、ラフレシアのような物が教室の中心にあった。否、いた。
有り得ないなんてこの世界で言ってしまうのもなんだが、その花のようなものの中心から蔦が飛び出して生徒を捕らえていた。蔦、いや雌しべや雄しべなのだろうか?
動いている、うねうねと気持ち悪く。風に揺られるレモングラスのようにも潮に揺られるイソギンチャクのようにも見えた。現実はそんな綺麗なものでもなんでもないのだが。
これは何なんだという言葉しか出てこないほどの光景。
「たす、け……」
この声は、確か隣の席の者だっただろうか。あまり話した記憶はないけれど、こいつは明るい奴だと思う。
そいつに巻き付いたのが何か光っている物を吸い出しているのが見える。キラキラと虹色に輝いて綺麗だなんて考える。
何かの結晶、だろうか? 結晶。
……魔力?
「あかん! 魔力が吸い出されとる!」
晴麻の声にはっとして花を見る。
これがテストなんて、そんなはずはない。それに教師は、どこに行ったんだ?
若干パニックから抜け出しきれていない脳みそで考える。そして教室を見渡した。
「もっと! 吸い出せよ! そして捧げなければ!」
教師は教室と言う空間のちょうど中心に浮かんでいた。
捧げる?
引っかかることも多いが、まず何でこいつが魔力を欲しているかだ。
そう思って晴麻を見ると、彼の目は教師を睨み付けていた。
「やっぱり、あんただったんやな。その気持ち悪い魔力の正体」
推測が根拠を得て確信に変わったかのような口ぶりで晴麻は呟くように言った。
晴麻はこうなる事を知っていたのか?
一から十まで分からない。教室の状況も教師のことも、晴麻のことも。この空気に完全に置いてけぼりにされている。
「うるさいなぁ。ただの生徒がさ」
私の理解が及ばない間にも話は進んでいく。
何か話しているのは分かるのに状況を理解するために脳の大半を割いているせいで、それの意味をくみ取るまでには至らなかった。
「まあいいや。さあ、余所見しているとお前からも魔力を奪っちゃいますよ。日向真人くん?」
気付くのが遅かったのだ。
確かに避けられるタイミングで晴麻の声は聞こえた。普段は絶対しないような酷く焦った声が。
でも、意味が頭に入ってくることはなかったのだ。それに、私は安心していた。捕らえられたところで魔力はないのだし、と。
ばれてしまうと言う危険性は全く考えていなかったように思う。
「あれれ? あなた、ヘロットじゃないか。うわ、つまんないですね。親は何してるんだよ」
教師が吐き捨てるようにそう言うと蔓から解放された。
そして教室の床に思い切り叩き付けられる。
「つまらないついでに殺してしまいましょうか? 生きている価値とかないんじゃねぇの?」
睨み付けるように教師を見ると、ゴミを見るような目で睨み返される。
「ヘロットごときがこっちみんなよ。親は殺しておいてあげますから」
奴が私を指差した途端、蔓は私に明確な殺意を持って向かってきた。
なのに、叩き付けられた痛みで動けない。逃げることさえ出来ずに殺されるのか? 人としてじゃなく殺されるのか?
ぎゅっと目を瞑る。
「真人!」
晴麻に呼ばれた。来るはずの衝撃は一切無かった。
そして、闇に引きずり込まれるように意識が途絶えた。
マコっちゃんと、そう呼ぼうとして瞬時に声に出たのは呼ばなくなって久しい本名だった。脳が理解し切る前に、伸ばした手から魔力を放っていた。
「てめぇ、許さねぇよ? 真人に怪我させようとしやがったな?」
教師は俺を睨んできた。怖くも何ともない。そもそも、こんな奴に睨まれる謂れはない。
「あらあら、すまんねぇ。弱そうだったからつい」
一転、嫌な笑みをしたのを見て殺意が沸いた。
沸々と怒りが心を満たして、それをぶつけるように教師を指差す。
瞬間、奴の体が揺らいで落ちる。
花がクッションになってダメージは無いようだった。
「何を!」
こちらを恐怖混じりの憤怒で見る教師に笑いを堪えきれなかった。
「ああ、お前知らねえの?」
態とらしく、含みを持たせて、ゆっくりと言ってやる。
「俺、ここら辺だと一番強いんだけど」
ぎりりと奴が歯ぎしりするのが見えた。
嘲笑して更に追い打ちをかけるように指先に力を集中させて、放つ。
教師がまた揺らぐ。
体勢を整えきる前に二発三発と放つ、放つ。
見えない攻撃、いつ来るか分からない衝撃に為す術もなく体を揺らす様を嘲笑混じりに眺める。
俺にかかれば魔力を魔力で隠して何も感じなくさせる事など容易い。不得手など無いのだから。
ここは、どこだ?
一面の闇に、ぽうっと自分だけ光っている。
夢? それとも、私は死んでしまったの、か?
「ああ、やっと来ましたか。お待ちしておりました」
目の前が眩しく光ったかと思うと景色が割れて崩れていき、一面の花畑に変わる。水色の花たちが美しい。露がキラキラと光り輝いて、まるで一面砕いた宝石が散りばめられているのかと錯覚しそうな程。
どこからかは分からないが、小川のせせらぎも僅かに聞こえた。その音が風の鳴き声と混ざり合う。
私はその中心にいた。
そして、私の目の前に現れた美しい女性。
女神なんて、そう形容するのがしっくり来るような気がした。
「……あなたは?」
「私、ですか? えーっと、なんて言ったらよろしいですかね?」
そう言って考え込むように沈黙する。
「 前世の、日向真人さん。あなたです」
顔を上げてから彼女が言った言葉は、なぜかとてもしっくりきた。
「そうなんですか。それでなにか、ご用でも?」
「ええ。日向真人さんは、魔力のストッパーというのはご存じですか?」
知っている、晴麻に聞いた。
そう思って口を開けたのだが。
「そうですか。では、話が早いですね」
彼女に遮られた。それに、まるで私がなんて言うか知っていたかのような答え。
「私は、あなたの魔力のもう一つのストッパーをさせていただいておりました。その身体にとってその量の魔力は多すぎるのです」
「……俺の心が読めるんですね」
「ええ、まあこれはあなた自身の夢のようなものですからね。それでですね。あなたが今まで魔力を使えなかったのは私が原因なのです」
一拍、置く。何かを決意させるような間に感じられた。
「そこで、一つお伺いいたします。日向真人さんは魔力を使えるようになりたいですか?」
ああ、さっきの間はこのためだったのかと。
確かに、使いたい。でも今までなくても生きてこられたから、魔力が使えるようになったらと少し不安にも思う。
それでも。
「使いたい、です。……さっき、クラスの人たちが。それを助けられるのなら、お願いします」
私が頭を下げて言うと、彼女がにこりと笑った気配がした。
顔を上げて見ると、彼女はやはり、と言いたげに口を開いた。
「分かりました。やはり、あなたはこの力を持つに値する人物ですね」
ぱあっと景色がなくなって真っ白になり、やがて体が持ち上がるような上に引っ張られるような不思議な感覚がして意識が覚醒していくのを感じた。
「はる、ま、か?」
目を開けて見えたのは人間だった。
そいつは私の意識が覚醒したのを見て取るとぱっと表情を明るくさせる。
「マコっちゃん! 何ともないん?」
そう言って心配そうに笑う晴麻は傷だらけだった。
お前ともあろう奴がなんて言葉よりも先に心配が口をついて出た。
「晴麻。お前、傷……」
「ん? 何でもあらへんよ。だいじょぶや」
安心させようとにかっと笑う顔を見ても安心できるはずはなかった。
「あらあら。また猫かぶりですかぁ? うぜーったらねーよ。まあ、ちょうど良いので殺しちゃいましょうかね」
声が聞こえて、当たり前だがまだいたのかとそちらを向くと傷だらけの教師がいた。
ああ、晴麻の奴調子乗っただけだな、等と考えている間にまた蔓が向かってくる。
そこで意識がもやもやとし始めた。そして、体が勝手に、動く。
真人が俺を抱えて、飛ぶ。跳んだと言うよりは正に飛んだのだ。
石が削れるような音が聞こえ、振り返ってみるとさっきまで俺たちがいたところが見事に抉れていた。
「殺し損ねましたか。まあ、何回も逃げてりゃ身体力もつきんだろう。ヘロットだしね」
また、真人をそれで呼びやがったなんて考える暇もなく何本もの蔦が襲い来る。首に頭に心臓なんかを的確に狙って。
真人はそれを危なげなく躱して着地し、今度は横に跳躍する。
今無理矢理降りたら危険なんて事は分かっているので何も言わない。言わないのだが、男同士と言うことでなんだか微妙な心境どころではないなと真人をちらりと伺ってから、はてと違和感を覚える。
真人の目は、赤かっただろうか?確か、ブラウンだったはずだ。
俺がそう考えている間に地に足を着いた真人が教室の中心を睨み付ける。
ごぽっと音がしたかと思うと深い青が花を包み込んだ。いや、教室が満たされた。
花は苦しいのか分からないが、藻掻いているのが分かる。それでも、自分も含め蔦の先にいるクラスメイト達にも一切の危害を加える事はない。苦しさなんてない。
なんて魔力だろう、と自らを包む透明な青を眺める。これが、伝説になりつつある程の力なのか。
やがて水は空気と混ざるように流れるように、花と共に消えてしまった。
「は」
そしてようやく、教師は短く息を漏らした。
驚きで声も出ないと言う状況を直に見る事になるとは思わなかった。まあ、ざまあないなとしか思わないのだが。
「なんやよう分からんけど、形勢逆転ってやつやない?」
そう言うと顔を青ざめさせた教師が逃げようとドアに向かう。それを魔力を放って止めた。
花にずいぶんと魔力を割いていたのか先程の戦いで消耗していてくれたのかは知らないが、嬉しいことにその身体はあっけなく床に倒れ込む。
すかさず真人が追い打ちをかけるように指を鳴らして自身の周囲にシャボンをいくつも展開させる。その一つ一つはとても大きく、精神を集中させたとしても一度に何個も作り出すのは不可能のように思われた。
そしてもう一度真人が指を鳴らすと、それらは全て寸分の狂いもなく教師に向かって飛んでいった。
パチンと奴に当たったシャボンは跳ねるように消えていく。なんでもない事のように聞こえるかもしれないが、ある程度魔法が使えるこちらから言わせてもらえばとんでもないことだ。シャボンは教師の残りの魔力と体力を吸い取るように弾けて消えるので、痛いと言うより力が抜けると言う方が正しいだろう。
「マコっちゃん、魔法使えるようになったんやな!」
教師の反応が無くなった事を確認してから真人に向く。
もう目は普段の焦げ茶色に戻っていた。さっきのはなんだったのだろう?
「は?」
俺よりも驚く真人に疑問を感じずにはいられないが、とりあえずおめでとうと言うと真人も分からないながらにありがとうと答えた。
「いや、魔法のくだりは気にせんでええよ」
「あ、そう」
1話完結?になります。
お読みいただきありがとうございました。
感想もらえると嬉しいかなと……。
あっ石投げないでくだしあ――