中二病、ちゅう希望
クロードさんのお宅のまやかちゃん
あのあの池之端くん、ちがうんです http://ncode.syosetu.com/n6451bp/
あのあの皆さん、素敵な一日だったんですhttp://ncode.syosetu.com/n8065bq/
もどうぞ!!
ちなみに黄色の特攻服が気になる方はまふおかさんの「雨あがり」参照デス!
画面を一時停止して、俺はその妙技に見入った。
別に単なる趣味でアニメ鑑賞などしていたわけではない。何か新技のヒントを得られればと、わざわざ古いロボットアニメなど借りてきたのだ。
そして収穫はあった。
その二人は愛の力で……そう、愛の力でその技を完成させたのだ!
「恋恋神指檄!!」
ああ、こういう技を俺は求めていた。我が庇護を必要とする柔弱な子羊、正義と魔性の狭間にゆれる魂の共鳴者、まやかとの絆をより深めるために!
池之端純は焦っていた。この世の全てを知る賢者の格を持つ(と思い込んでいる)彼にすら理解できないことが一つある。
……キス。
唇と唇を重ねるだけの行為に、なぜも人々は熱狂し、恋人たちは愛を見出そうとするのか……
「確かめねばなるまい」
こうして彼は、運命の障壁を越えて愛を捧げてくれる聖乙女(と思っている)河上まやかを休日の公園に呼び出したのだ。
夢魔の車輪による過剰な愛情表現も、ここに来る道程で如何な危険に見舞われ、また如何にしてそれを回避せしめたかの報告もいつも通りだ。なんら問題はない。
ただひとつ気に食わないことがあるとすれば、まやかが短めのスカートを穿いているということだろうか。
「俺は、新技の特訓だといったはずだが?」
「あのあの純くん、ちがうんです。純くんからお電話をもらった時、私はパジャマ姿だったんです。まさかそのまんま外に出るわけにはいかないじゃないですか。
ちがうんです。休日の昼間だからって、いつもそんなだらしない格好をしているわけではなくてですね、お母さんがどういうわけか私のお気に入りのお洋服を根こそぎ洗濯してしまったんです。
そして箪笥を開けてみたら、お母さんがフリマでふざけて買った特攻服しか入っていないように見えるではありませんか。特攻服って、あの特攻服ですよ。刺繍で飾られた派手で黄色い長い服。恐い人たちがよく着ているやつです。そんなものを着て外に出ようものなら、一瞬でおまわりさんが駆けつけてきて、逮捕されてしまうに違いありません。
私は非常に焦りました。本当に箪笥には特攻服しか無いのかと信じられず、次の段、次の段と箪笥の引き出しを開けては閉めを繰り返したのです。そうしたら、一番下の段に、このスカートがあったんです。死中に活とはまさにこのこと。
ええ、わかっていました。このスカートが短すぎるということは理解していたのです。ですが、やっぱりキラキラの黄色くて長い特攻服を着て外に出るべきではないと思いまして」
彼女の決断は正しかったというべきだろう。わざわざ悪目立ちなどして、自分の所在を敵に知らせるほど愚の骨頂。
だが、それ以上に決定的な一打を俺にくれたのは、薄桃の花弁が紡ぐ妙なる調だ。
「すごく迷ったんです。でも、迷っているうちに、約束の時間が近付いてしまったのです。何よりも、だいすきな池之端純くんをお待たせするわけにはいきません。私は決断しスカートを手に取ったんです」
嗚呼、何と言うけなげ! わが子羊は一刻も早く俺という安寧の懐にたどり着きたいと、そればかりを願ったというのか!
「構わん。この技は肉体的な力の交わりではなく、精神的なつながりに重きを置くのだからな」
「肉……っ!」
言葉を失った子羊が頬を紅潮させたが、それは強大な敵との戦いを思い描いてのことか。
それにしても、なんと可憐な果実だろう。高潮した頬の彩りを分け与えられた彼女の唇はさしずめエデンの林檎。堕ちると解かっていてさえ、つい手が伸びるまさに禁断の果実。
「ともかく、その格好は運動には向いていない。今日はどこぞでゆっくりと言葉など交わし、お互いのソウルをシンパシーさせようではないか」
そして、できればキス……いや、それはあまりに直接な言い方だな。うむ……『お互いのエナジーを唇越しに分け合う』……エロさが増した気がするぞ……もっと軽く『ちゅっ』ぐらいでよいのだが……。
あの艶めきを今一度と、振り向いた俺の双眸が映したのは怯えきった子羊と、その手を引く二人の男だった。
「ね、カラオケがいやならゲーセンとかどう? それなら人もいっぱい居るし、平気でしょ?」
……まやかの掌をすり、と撫で上げる不埒な指を捻り上げて横っ面に鳴雷天散掌を叩き込む。あんぐりと口をあけて仲魔が吹っ飛ぶ姿に見とれるもう一人には大きく飛び上がったポーズから、石額衝鐘割覇を叩き込んで……よし、シミュレーションは完璧だ。下級魔性ごときでは俺に勝つことなど出来ないだろう。
こんなとき、無益な殺生を避けるため見逃してやるのが優しさというものだ。以前の俺ならそうして居たさ。だが今は、まやかが居る。
奴らが捕らえ、魔の道に誘おうとしているその乙女は間違いなく、俺の愛する女なのだ!
「それは、お前らごときが触れてよい女ではない」
「あ゛ぁ?」
明らかに人外なうめき声で威嚇する二匹の魔物に向けて、俺は拳を振り上げた。
……いくら格下の相手とはいえ、少々見くびりすぎたようだ。誰かが「おまわりさーん、こっちです」の一言で救ってくれなければ、この身は魔界の王族の饗宴の卓に献じられていたかもしれない。
俺は苦々しい思いと共に公園のベンチに寝かされている。
清らな泉で冷気を得た聖布(水道水で冷やしたハンカチ、と俗人は言う)を持って、まやかが駆け寄ってくる。
「あのあの、純くん、あとはどこが痛いですか」
「……まやか、俺を馬鹿にしただろう」
「どうしてですか。戦う純くんは、とってもカッコよかったです」
「お前は本当に……優しいな」
あれほど無様な姿を晒した俺を慰めようとしているのか。
その顔を見上げれば、赤くなったり、青くなったり、眉根を寄せたり離したり……何かを思い惑っているのが丸わかりだ。
「あのあの、目を閉じてください」
「よかろう」
愛想をつかされたのなら仕方ない。目を瞑れといったのは彼女の精一杯の優しさだろう。別れの言葉を聞かされても、涙を見せずに済む。
「閉じたぞ。で、どうするつもりだ」
ぶっきらぼうな言葉への返事は、頬に触れた小さな温もりだった。
それは無上の柔かさ。軽く吸い付きながら離れる、くすぐったさ。そして、小さくチュッと音を立てた、あれは……あれはまさかっ!
「まやか、何をっ?」
目を開けるが、彼女は既に顔をそらした後であった。だが、俺は充足感に満たされ、痛みさえも忘れている。
そうか、彼女の唇には癒しの力が眠っているのだな。直接に唇を交わせば死者さえも蘇らせるほどの聖力が。その大きすぎる力を受け入れるに俺はまだ未熟だと、つまりはそういうことか!
「見ていてくれ、まやか。俺は必ずや、お前に認めてもらえる男になる!」
さわ、と吹く心地よい風と、それに遊ぶ彼女の髪だけが、その誓いを静かに聞いていた。