エラー・ファクター
闇を駆る。数分前まで人で溢れていた街が、まるで蜘蛛の子を散らしたように静まり返った。
銀色の小山の群れが、レンガ張りの大通りを時速八十キロ以上で駆っていく。
第一級緊急警報。
中央政府により発令された赤信号を、彼らは額の両端についた角で受信し、長い鼻を光らせて目的地を目指す。
今日は雨が降っていた。頑強な都市シェルターが、一部破損。そこから雪崩のように現れたこの銀色の牛に似た物体を見た途端、人は原因を突き止める前に、街の破棄を決定したのだ。
彼らは親の命令で、この土地の動力源を求めた。元は永久機関だった彼らの動力炉が、いまはプラズマイオンを定期的に摂取せねば活動停止する個体へと作り替えられている。
すべてはこの地上から、侵入者を叩き出すためだ。
銀色に光る四足の機械獣たちは、都市シェルターの地下発電所を目指して駆る。
――侵入者ヲ排除スル。
街から大勢の人間がすでに逃げ出していた。とは言え、いなくなったのは多数の無害な人間ばかりで、彼らを狙う狩人はこの区画に南側から接近を始めている。
低く、喉を震わせた。重低音の弦楽器を無理に叩いたような音。それが彼らの声だ。
闇に光る黄色い目を空に向ける。指令個体の彼より小型の個体が街頭に取りつけられている最後の監視カメラをハッキングした。
これでこの娯楽施設、すべてが一望できる。彼らは開けた視界を見渡して、確定した。
この場所で、撃墜すべき目標は一体。
地下発電所に続く通路の前に、おもちゃ売り場がある。そこに一体、狩人が身を潜めていた。すでに偵察に行かせた三個体がその狩人によって破壊されているようだ。撃墜されるまでの所要時間は五分三十二秒。相当の手練れである。
彼らは心臓に埋め込まれた機関で互いの位置を確かめ合う。
偵察機の最終信号には『敵左腕ニ異常アリ、警戒セヨ』とあった。
ネコ科動物を思わせるしなやかな四肢で、足音もなく硬質強化ガラスの地面を駆る。牛のように分厚くたくましい胴。特殊金属で出来た体は人間の作ったレーザーショットガンすら通さず、彼らの創造主でなければその装甲を破壊することは出来ない。
――しかし、たまにこういった例外が現れるのだ。
おもちゃ売り場は、五角形のカフェテラスの奥にある。狩人は広場まで出てきており、その中央に仁王立ちしていた。女性個体だった。人間のなかでも筋量が少なく、力弱い存在。その狩人の足元に偵察機の三体が転がっている。
複合的な思考を行えていれば、それは彼らから見れば、なんとも奇妙な絵面に思えたはずである。
彼らは全部で十三個体いる。そのうち、三体が眼の前で活動停止しているため、彼らは全機で十体となった。ハッキングした監視映像にノイズが混じり始める。これも異常だ。普通の人間にしてはなにかがおかしい。
そう訝ることもなく、彼らは黄色く光る目を明滅させながら、狩人を包囲する。
身体の一番大きな司令個体が三度、目を明滅させた。瞬間。狩人を押し潰すように彼らが一斉に跳びかかる。サルのような身軽さ、物量で圧倒する作戦だ。
狩人の左腕が、銀色に光った。女個体は力が弱い。純粋な力勝負では彼らの足許にも及ばない。
それは、ある一面での正解にすぎなかった。
着地とともに地面の硬質強化ガラスが音を立ててひび割れる。陥没する中央、彼らの足許に狩人が居ない。後ろ。指令個体の背中で別個体が着地するとともに、ゆっくりとくずおれていった。
狩人の青い瞳がこちらを見る。ゆっくりと踏み込んできた。
黄色く光る目を明滅させ、指令個体が二個体に迎撃を命ずる。身体をボールのように丸めた二個体が、凄まじい勢いで狩人に突っ込んだ。時速百キロにものぼる、巨大な鉄球の襲撃だ。
だが。
ゆっくりとしか動かない狩人が身をひねると同時に、銀色の一閃が空を駆った。二個体が、丸まった態勢のまま真っ二つに叩き切られていく。鋭利な断面を覗かせて、地面をさらに砕きながら落ちていく。
それは先に壊された偵察機と同じ損傷状態だった。ナイフによるものだ。
――判別、不能。
現場の異常さに、指令個体がついにエラーをネットワークに流す。
明らかに人間の腕の筋量を超えたパワー。
彼らを切り裂く金属。
どちらも、人間世界では存在し得ないはずのものである。純粋なスピードは明らかに彼らが上回っている。
なのに、こちらの先を読むかのような隙のない身のこなしが、彼らを次から次へと破壊しているのだ。
――このままの交戦続行は、賢明か。
もしも彼らが生身の脳で考えられたなら、おそらくこのように危機察知できたはずである。
指令個体は再び三度、目を明滅させた。一斉攻撃の指令。ただし今度は、若干タイミングをずらしての波状攻撃に移行した。
結果は、変わらなかった。
指令個体は地面に横たわり、最後のデータを親に送りつける。
地下発電所の乗っ取りは、失敗。
新個体の狩人の左腕には、彼らと同じ金属が――
そう送りかけて、彼の頭上にナイフが落ちてきた。蒼雷をまとった強烈な刺突。黄色く、光る目が見開かれる。
彼の頭が、どくんっ、と甲高く脈打った。そこにはエンジンが搭載されている。彼のモニターの端で、狩人が鋭く後ろに跳んだのを彼は最後に記録した。
瞬後。
彼の頭が赤く光ったあと、小さくしぼんだ。牛ほどの金属の身体が不格好に片方だけ膨れ上がっていき、強烈な爆発を引き起こす。
五角形の広場を埋める硬質強化ガラスと、広場の中央に鎮座する噴水が、まるで波のように隆起し、爆発の焔に焼かれながら剥がれていく。
消え行く意識の中で、彼は最後の伝言を親に送った。
――敵左腕ニ我々ト同ジ『個体』ヲ確認。
強力ナ蓄放電機能ヲ擁ス。警戒セヨ。
爆発の暴力的な風に髪をなぶられる狩人は、氷のような視線を鉄くずと化した彼らに向けていた。