2・いざ
う゛~…
更新遅れてすみません……。いや、待っていらっしゃる人がいるのかはわかりませんが……。
お話、先に進みます。どうぞ。
手元にある湯呑みからは湯気がほわりと立ち上っている。
その湯気が出ていこうとしている窓から見える空は、海のように真っ青で。
それを舟のように渡っていくのは1つの白雲。
そんな穏やかな青空の下、ある粗末な小屋からは女性の啜り泣く声が、小さく響いていた。
「……つまり、8人兄弟が今や、3人になってしまった、と……?」
「そうなのです。あんなに仲の良い、賑やかな子たちだったのに……次々と原因不明で……。」
さめざめと泣いているのは1人の女性。
ごま塩頭を綺麗に団子にしてはいるが、きっと仕事が大変なのだろう、後れ毛が何本か見て取れる。
そんな女性の肩を抱いているのは、その女性の旦那なのか、白髪の合間合間に黒髪が見える逞しい男性。
妻である女性の肩を抱き、自分も堪えるかのように顔を背けている。
そんな夫婦の前にいるのは、2人の少年少女。
緑の混じった黒髪の少女と、灰色の髪の少年。
言わずもがな、澪那と紗介だ。
澪那の後ろに紗介が控えるように座り、夫婦の話を聞いていた。
今は梅の時期を少し過ぎ、桜が咲き出そうとしている頃。
この家の近くにも一本、かなりの大きさの桜の木があり、その枝にはもう咲きそうな蕾がいくつも付いている。
もうあと2、3日もしたら見事な花を枝一杯に咲かすだろう。
その桜の木の下で、5歳ほどの男の子と女の子が走り回り、その様子を、2人の兄であろう12歳ほどの少年が本を膝の上に乗せながらも眺めていた。
「それで、お子さんが病床につき始めたのはいつほどからですか?」
静かな優しい声で、澪那は夫婦に尋ねる。
「………もう、3、4ヶ月ほど前になるでしょうか・・比較的体の弱かった次女が高熱を出したのが始まりかと・・。
………うっ・・・。」
「良い。あとは俺が話す。
その子はほんの一週間ほどで死に、その数日後には次男と四男が、次には長男が、その次は長女が病にかかって、それぞれ長くて2週間、短くて5日ほどで死んでいった。
そして、それまで床についていた子が死ぬと、ほんの数日で同じ症状が別の子に出て、寝込んでしまう。
その繰り返しだ。
医者に見せても、まったくわからんだそうだ。」
途中で妻が泣き出してしまい話せなくなると、夫が代わりに話し始める。
澪那はじっと聞いていて、紗介は時折「ふーん。」と相槌を打っていた。
「それで、ただの病じゃねぇって思って澪那を呼んだわけだ?」
「コラ紗介!!依頼主への言葉遣いは気を配りなさいって言ったでしょ!!もうアンタ黙ってて!!」
「え~」
だだをこねる紗介に、澪那はピラリと、人形をした1枚の札を取り出して翳し、更に言う。
「だ・ま・れ。」
「………ハイ。」
その人形を見てピシリ、と紗介は固まった。
「コホンコホン。どうもすみません。
え~…、話を戻させていただきますと、お子さん方は皆半月のうちに亡くなられ、その数日のうちには他のお子さんが寝込まれる、と言うことですね?」
先ほどの人形の札を懐に戻しながら、澪那は夫に尋ねる。
ああ、と頷く夫に、澪那は相槌を打ってから更に質問をする。
「では、その寝込んでしまったお子さん達は、寝込む前になにか変わったことをしませんでしたか?」
「…………初めに寝込んだ次女はわからないが、他の子は誰かが寝込むと『気付けの薬草を採ってくる』と言って、あの山に入って行っていた。」
少しの間黙り、夫は家の西側にある、靄のかかった山を指差して答えた。
澪那はその山に目を向けた瞬間、僅かに顔を顰める。
「………あの山に、名はありますか?」
「ここいらの者たちは、蓑の材料となる茅の野原が広がっていることと、いつも霞がかかっていることから、あの山を『粕蓑山』と呼んでいる。
山頂付近はあの通りだから、誰もあの山を登頂したことはない。」
「そんなところに子ども達だけで行かせて、大丈夫なのか?」
薄目のお茶を飲み、なるべく声を出すまいとしていた紗介が、静かに鋭く口を開く。
澪那は(また言葉遣いを…)と米神に青筋を浮かべながらギロリと睨んだが、彼女の後ろにいる紗介はまったく気付かない。
夫は紗介の言葉遣いをさほど気にする様子もなく、「いや。」と僅かに苦笑いを浮かべながら言う。
「霞がかかっているのは山頂付近だけだからな。低いところであれば、さほど問題はない。」
「そうですか・・。」
静かにそう頷くが早いか、澪那はすっくと立ち上がった。
「どうかしたか?」と夫が尋ねると、澪那はキッパリと言った。
「今からその山に行ってみようと思います。」
「え。」
「手掛かりは多ければ多いほど良いのです。その為には、自分の足で歩き回るのが一番ですから。
ほら。行くわよ、紗介。」
「あぁ。お茶、ご馳走さん。」
とっ、と湯呑みを置いて、既に歩き出していた澪那を追いかけるようにスッと立ち上がり足を踏み出した紗介。
「うおっ?!」
その瞬間、紗介は前につんのめった。
その時の驚きの声に、小屋の前で遊んでいた子ども達が心配そうに覗き込む。
声を出した張本人の紗介が、何事かと足元を見てみれば、妻の腕が彼の着物の裾を握っていた。
「あの・・・。」
放して欲しい、と言おうとした紗介だったが、妻の顔を見て言葉が止まった。
言い残したことがあるかのような、しかし話しても良いのかわからない。
そんな顔だった。
ふぅ、と小さく溜息をつき、妻の前に片膝をつく。
そしてそっと、着物を握っているその手に己の手を重ねた。
「何か、言い忘れたことでも?」
「えっ?あ。いや、あの・・・」
「言いな。さっき澪那も言ってただろ?『手掛かりは多い方が良い』ってさ。」
優しい物言いで促す紗介。しかしそれでも、妻は迷っている様子を見せながら言う。
「そんな、手掛かりになるのかは・・・」
「あのなぁ。」
そう言いながら重ねていた手を離し、その手で後頭部を掻く。
「何が手掛かりになるかなんて誰にもわからねぇんだから、気付いたこと引っ掛かること何でも言ってほしいんだ。
でないと、情報不足でこっちが困ったことになる。」
「…………困った、こと?」
「下手すりゃ死ぬ。」
「っ!!」
「わかったろ?情報の大切さが。
俺たちにとって情報って言うのは、強いて言えば『命綱』なんだよ。
だから頼む。言ってくれ。」
僅かに口角を上げながらも、力強く言う紗介。
それに動かされてか、妻は涙が溢れそうになりながらもしっかりとした目をして言った。
「実は・・・。」
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「あんな言い方はどうかと思うけど?」
話を聞いて出てきた紗介に、横から声がかけられた。
視線をそちらに向ければ、小さな女の子(今考えれば、三女なのだろう)と毬突きをしている澪那がそこにいた。
小さな男の子(五男)は、兄(三男)に肩車をしてもらってキャッキャとはしゃいでいる。
「けど、アンタのおかげで結構大事そうな話が聞けたわ。そこんところはありがと。」
「まぁな。」と返事をすると、刀を肩に担ぐ。
澪那は地面から跳ね返ってくる毬を手で止め、「さぁ、」と声をあげる。
「行きますか。『粕蓑山』へ。」
顔を上げた先に、例の山が怪しい雰囲気を放ちながら、そびえ立っていた。
(『実は・・・死んでしまった子たちはみんな、寝込んでしまう直前に、身体のどこかにゆるい糊のような・・少しネットリとした水を付けていたんです・・・。』)
キリの良いところできります。
更新遅れた挙げ句こんなもんですみません……。
次回更新はなるべく早くします、ハイ…ってそれは当たり前か。
登場人物説明は主要人物が全員出てきたらやります。お楽しみに。
ヘンな言い回し、誤字脱字がありましたら連絡下さい。