だから盾役は勇者パーティを追放された
王都の冒険者ギルドには、幾つかの冒険者パーティが所属している。
その中でも、【勇者】ルゼが率いるパーティ【聖なる一撃】は、名うての数十人の冒険者を抱えた、かなりの大規模なものだった。
ある日。
冒険者ギルドの受付係のライバンが書類をまとめていたら、冒険者ギルドの表玄関から誰かが駆け込んできた。
「聞いてくれよ!」
その屈強な体格の冒険者は大声で喚いたので、ライバンは内心では『苦情か? 面倒だな』なんて考えつつも顔だけは事務的な笑顔を浮かべて、その冒険者に向かった。
「えっと、如何されましたか? まずはお名前から――」
するとますます冒険者は激高して、口から唾を飛ばしながら怒鳴った。
「俺のこと知らないのか!? 【聖なる一撃】最強の盾役だった、ジンドウ様だぞ!」
ライバンもその名前だけは聞いたことがあった。
一人一つ授かって生まれるスキルの中でも、盾役にとっては最強で最高、憧れとも言える【無敵の盾】を引いた男だと。
しかし、随分と無礼で尊大な性格をしていることでも、有名だった。
「ああ、本当に申し訳ございませんでした。 ギルドの規則で必ずお名前をお伺いしろと決まっておりまして。 それで、その、ジンドウ様に何があったのでしょうか?」
丁寧に詫びながら事情を聞くと、ジンドウは少しだけ機嫌を直したらしい。
「俺は何も悪くないのに、【聖なる一撃】から追放されたんだ!」
――つまり。
『俺は何も悪くないから、追放した【聖なる一撃】が悪いことにしたいのだ』
という幼稚な要求をライバンは笑顔であしらった。
「それは……また。 まず確認したいのですが、パーティ契約解除金などは規定額支払われましたでしょうか?」
途端にジンドウが気まずそうな顔をした。
「そ、そりゃ金は貰ったが……そう言う問題じゃないだろうが! この俺ほどの盾役を追放しやがったんだぞ!? ルゼの野郎、許せねえ!」
しかし、怒りを再燃させて彼は冒険者ギルドのカウンターを拳で叩いたのだった。
「なるほど、ジンドウ様はルゼ様にご不満があると。 ですが弊ギルドと致しましても、契約解除金が規定額以上支払われてありますと、口頭注意が精一杯でして……」
「はあ!?」
ジンドウはついに激怒して、ライバンの胸ぐらを掴んだ。
「俺が追放されたのに! 口で注意するだけだと!? ふざけやがって!」
「いい加減にしろジンドウ!」
鋭い声がしたかと思うとライバンは解放されていた。
「嫌な予感がして追いかけてきたら、まさか冒険者ギルドのライバンさんにまでこんな真似を!」
勇者ルゼが割って入ったのだ。
「ふざけんな! 何も悪くない俺を追放しやがって!
精々、後で俺がいないからって吠え面かくんじゃねえぞ!」
ジンドウは捨て台詞を吐いて、何処かへ逃げていった。
◆
ルゼはまずライバンに謝った。
「こちらの揉め事に巻きこんでしまって、本当に申し訳無かった」
流石、勇者と呼ばれるだけはある。
礼儀正しく、強く、周りをよく見ている。
「いえいえ、良いんですよ。 ――ところでジンドウのヤツ、何をしたんですか?」
ライバンが訊ねると、ルゼは深いため息を吐いた。
「ライバンさん。 ……実は半年前に【聖なる一撃】は、事務員を一人、雇ったんだ」
◆
【聖なる一撃】が大規模なパーティになっていくにつれて、増えていく書類仕事も速やかに捌く必要が出てきた。
だが、冒険が好きな彼らは事務作業なんて大嫌いな者ばかりで。
ルゼはそこで、裏方として事務員を新たに雇うことに決めた。
「それで来てくれたのがビアンカさんだったんだ。 旦那さんを亡くされていて、小さなお子さんがいる。 最初はお試しということで午前中だけの時短勤務だったが、とにかく仕事が早くて正確だから、一月後には正式に雇用することになったんだ」
そこまで話すと、ルゼはもう一度、ため息を吐いた。
ライバンも頷く。
「ええ、よく弊ギルドにも彼女が書類を提出してくれますから、私どもも存じておりますよ」
地味な格好をしているが、清潔感のある印象の女性だった。
ギルドの規定の手続きや書類の形式もすぐに覚えてくれて、【聖なる一撃】の書類のミスががくっと減ったことで、ギルドの彼らも仕事がぐんとやりやすくなったのを覚えている。
「そのビアンカさんに、ジンドウは……嫌がらせを繰り返したんだよ」
ライバンは、たっぷりと絶句した。
「……い、嫌がらせって……」
もうルゼはずっとため息しか吐いていない。
「……私達も知らなかったんだが、ジンドウは冒険者であることを鼻に掛けて、それ以外の人間を見下していたらしい。
私達の仕事を裏から支えてくれているビアンカさんに、男の私が聞いていても不愉快な発言を繰り返したり、期日を守らねばならない書類を出さなかったり……『戦えもしない女の分際でうるせえんだよ!』とかほざいたりね……」
「……それは……また……」
戦っている女の冒険者に対しても失礼だし、ビアンカにも失礼。
いや、誰に対しても失礼極まりない発言である。
ルゼは目を閉じて、
「ライバンさんもご存じ、【聖なる一撃】は名うての冒険者を何十人も抱えている。 そのおよそ半分は女性だ。 彼女達がまず怒ってね……」
そりゃそうだ。
冒険者をやるような血気盛んな女が、侮辱されて怒らない訳がない。
「それはそうでしょう、私でさえ腹が立ってきました」
「私もだった。 ビアンカさんは確かに剣を振るったりは出来ないだろう。 でも彼女は彼女にしか出来ない戦いをやってくれているんだ。 それは誰にだって侮辱させて良いものじゃない」
けれど、とルゼは目を開けた。
「ジンドウとも長い付き合いだ。 私達はまずジンドウを言葉で説得できないか、努力したんだよ」
「無駄……だったんですか」
この勇者と呼ばれる男は、竜と戦った時よりもくたくたになった様子であった。
剣の一振りで倒せる相手よりも、同じ言葉を使っているのに話の通じない相手の方が遙かに難敵なのである。
「無駄というか……何の話し合いにもならなかったんだ。 ジンドウは自分が【無敵の盾】を持っているから、絶対に私達がビアンカさんの方を捨てると思ったんだろうね」
『俺は【無敵の盾】のジンドウだぞ!』
『俺より、そんな何処にでもいる女を取るのかよ!』
『俺がいなきゃ何も出来ない癖に!』
「弁明しておくけれど、私達のパーティは大人数だ。 ジンドウがいなくても代役を務められる人材なら幾らでもいる。 そもそもジンドウがいなければ何も出来ないパーティなら、私ではなくてジンドウがパーティリーダーをやるべきだったんだよ……」
そう言ってルゼは俯いたまま、力なく首を左右に振った。
心の底から同情して、ライバンはこう告げた。
「ルゼさん。 それは当然ですよ。 組織ってのはたった一人の天才がやるものじゃない。 凡才だったり努力家だったりが何人も集まってやるものです。 性格が悪くて他者の足を引っ張る天才が一人いるより、真面目な努力家と凡才が三人集まって知恵を出しながらやった方が、組織が長続きするのは間違いない。 少なくとも腐敗はしません。
ルゼさん、貴方はよくやりましたよ。 貴方がしたことは良いことでは無かったかも知れないけれど、限りなく正しいことだ。 私だってそう思っています」




