年に一度のいつもの夜
年に一度のいつもの夜
七月七日。
天の川のほとりには、小さな喫茶店がある。
年に一度だけ。
この日だけ開く店だった。
店主は何も聞かない。
静かに二人分の珈琲を淹れて待つだけだ。
扉の鈴が鳴る。
「やあ」
「久しぶり」
織姫が笑う。
彦星も笑う。
劇的な抱擁はない。
涙もない。
二人は向かい合って席へ座る。
店主が湯気の立つ珈琲を置いた。
「今年も暑かったねぇ」
「そっちは?」
「相変わらず忙しいよ」
「そっか」
それだけで。
二人は笑った。
「牛は元気?」
「一頭、また子どもが生まれたよ。」
「写真ある?」
「あるある」
彦星が懐から、小さな星紙を取り出す。
光がふわりと浮かび上がる。
丸々とした子牛だった。
「かわいい。」
織姫が目を細める。
「あなた、また名前つけたんでしょう?」
「分かる?」
「顔に書いてある。」
二人は吹き出した。
今度は織姫の番だった。
「今年、新しい機織り機が入ったの。」
「へぇ。」
「最初は全然言うこと聞かなくて。」
「機械は難しいからね。」
「違うの。」
織姫は苦笑する。
「私が説明書を読まなかった。」
彦星は声を上げて笑った。
「昔から変わらないなぁ。」
「あなたにだけは言われたくない。」
「去年、鍬を逆さに持って畑へ行った人が?」
「あれは寝不足。」
「私は覚えてる。」
また笑う。
店の中は静かだった。
けれど。
笑い声だけは途切れない。
「寂しくない?」
ふと。
店主が珍しく口を開いた。
二人は顔を見合わせる。
「寂しいよ。」
彦星が答える。
「毎日会いたい。」
織姫も頷く。
「もちろん。」
少しだけ沈黙が流れる。
それでも。
どちらの顔にも悲しみはなかった。
「でもね。」
織姫が珈琲を見つめる。
「今日は何を話そうかなって、一年中考えてる。」
「分かる。」
彦星も笑う。
「これ、来年話そうって思うことが増えていくんだ。」
「あ、これ好きそう。」
「これ聞いたら笑うかな。」
「この景色、見せたいな。」
二人は同時に言って。
また笑った。
離れている三百六十四日。
その毎日は。
会えない時間ではない。
来年の会話を集める時間だった。
「そろそろ。」
店主が空を見上げる。
星がゆっくり流れ始める。
帰る時間だ。
「じゃあ。」
「また来年。」
立ち上がる。
握手も。
抱擁もない。
ただ。
自然に微笑む。
「体に気を付けて。」
「あなたも。」
「ちゃんと寝るんだよ。」
「説明書は読む。」
「……善処する。」
最後に二人は笑った。
扉が閉まる。
静かになった店内で。
店主は空を見上げ、小さく呟く。
「恋は、会う時間の長さじゃない。」
「来年も、その笑顔を見たいと思えること。」
天の川は今日も静かに流れていた。
一年後も。
きっと、この席には。
「最近どう?」
その一言から始まる。
いつもの夜が帰ってくる。




