009 ショットガンは無いけれど
ソルドがステラ・ホライソニア・ウォルムハルトなる没落令嬢を護衛する理由。
そんなもの、どこにもありはしない。
異世界に突然迷い込んだ直後は情報収集も兼ねて悪魔召喚の話に乗ってやっただけ。
元の世界と同じように人間が生存可能、かつ言葉が通じて、かつ日雇い仕事で生活するくらいの金を稼げると分かった時点で、果ての見えない復讐劇に付き合ってやる合理的な理由など消え失せている。
詐欺師ウォルクの一件で大量の銀貨を手に入れ生活の心配すらも無くなった今となっては、大して戦力にもならない少女と共に居るデメリットの方が目立ってきているほど。
だというのに、だ。
ソルドの体内システムが言うところの西暦二二九九年六月三日、六時。
金物鍛冶で栄える街、ラクミスのはずれの方に借りた一軒家にて。
召喚されてから早二週間が経過したというのに、彼はまだ、隣に眠る没落令嬢の寝顔を見つめていた。
「そろそろ朝食を作らないとな……」
静かに呟いたソルドが身体を横たえていたのは、サイボーグゆえの重たい身体を支えられるようにと特別頑丈に補強したベッドだ。
隣に眠るステラを目覚めさせないよう、ソルドはなるべく静かに身体を起こした。
だが服の裾を掴む手がある。
もちろん、ベッドのわずかな音で目を覚ましたステラの真白い手だ。
「ソルド? どこに行くの?」
「朝食を作るだけだ。どこにも行かない」
「……わたくしも起きる」
「昨日のあんたの就寝時間はかなり遅かった。まだ寝ていろ」
「あなたと一緒じゃないと寝ていられないのよ」
諭す言葉を握りつぶすかのように、ステラはソルドの服を掴んで離さないまま呟くように言った。
詐欺師ウォルクの一件で変わったのはソルドの懐事情だけではなかった。
あの日以来、ステラは復讐相手のリストを一度も開いていない。
(せっかくウォルクが偽の銀貨を仕入れたという街まで来たのにさっそく足踏みとはな。気持ちはわからないでもないが……)
ソルドはかつても似たような依頼人に会ったことがあった。
復讐に燃えていたはずが、いざ命のやり取りに巻き込まれたらショックを受けて動けなくなるなんて、彼が活動していた街ではありふれた話だった。
まして今回の依頼人は世間知らずで十六歳の少女だ。
たった一日の間に山賊を多数殺す命令を下し、逆に殺されかけ、復讐相手が目の前で死ぬのを見た……少なくとも、見たと思っている。
いくら覚悟をしていたつもりでも、心情の整理に時間がかかるのは無理もない話。ソルドだってそれくらいは理解している。
だが。
(本当、困ったことになったな)
サイボーグは少女にバレないよう、心中でだけぼやく。
ステラの変化は落ち込むだけではなかった。
彼女ははソルドに四六時中べったりとくっついて回るようになってしまったのだ。
それは例えば、料理中でも。
「ちょっとフライパンを動かすぞ。危ないから距離を取れ」
「……」
「おい」
「んあっ!? わ、分かってる。大丈夫」
包丁で燻製肉を切り分けているソルドが声をかけると、そのすぐ後ろの椅子でカックリカックリと船を漕いでいたステラは寝ぼけつつ返事をする。
少し前まで料理中でもソルドに抱きつかんばかりに接近していたステラだったが、少し前に彼に危険だと叱られてからは、少しだけ後ろに設置した椅子が彼女の定位置になっていた。
更に、食事中でも。
「今度の燻製肉はよくできているわね。スープが少し薄味にできているから、合わせると丁度いいしょっぱさでおいしい」
「お褒めに預かり光栄だが、ひとまず俺の右腕を解放してくれないか。自分で作った朝食の出来栄えを確認したいんだが」
ソルドの右腕は現在、ステラの左腕に絡め取られている状態だ。
このままでは食事はおろかフォークを持つのもままならないが、彼の言葉に少女は困ったような顔をして余計に抱きつく力を強めた。
「こうして腕を組んだままじゃ、ダメ?」
「……左手で食えばいいか」
全身を義体化するような時代でも人間には利き腕が存在し、ソルドは右利き。
だがその気になればシステムを調整して左手を右手同様の精度で動かすこともできる。システムに無駄な負荷がかかるので、常時両利きにするわけにはいかないが。
そうして、右腕にステラを巻き付けたままのソルドが朝食を食べ終わろうという時だった。
「ごめんください」
こんこん、とドアをノックする音。
そして女の声。
「どちら様で?」
「ルーストンでの山賊討伐の件が領主さまの耳に入った。報奨を渡したい。ドアを開けて下さらないか」
「た、大変だわ……!」
ソルドが返事をした隣で、ステラが急に取り乱し始めた。
「領主さまの使いの方が訪ねてくるなんて……! わたくし何も準備をしていない!」
「準備って?」
「こんなパジャマにぼさぼさ髪で出迎えるわけにはいかないでしょう! わ、わたくしは身支度をしてくるから、あなたはなるべく時間を稼いでいて頂戴!」
「あっ、おい!」
さっきまで弱気になっていたのが嘘のように素早く動いたステラはソルドの返事を待たずに寝室へと姿を消した。
直後、二度目のノック。今度は無言。
「……いま開ける」
ソルドは席を立ち、玄関ドアの前に立った。
(イヤな予感がする)
ソルドの脳裏にチリチリと直感的な危険信号が迸った。
ステラは違和感に気づかなかったようだが、そもそもこの街でソルドは家主の鍛冶屋以外の誰にも自分たちの素性を打ち明けていない。彼女を訪ねてこの家にたどり着くのは妙だ。
たどり着けるとしたら、ソルドたちをよっぽど追跡したい誰か。
つまり追っ手だ。それが山賊の残党なのか、復讐相手の誰かなのかは分からない。
(銃が無いのは心もとないが……)
ドアを開けたらショットガンのサプライズ、冥途の土産に血の花束をプレゼント! なんてことはあるはずもないが、ソルドは鍵を開ける右手の代わりに左手で拳を握り、すこしだけ腰を落とす。
不審人物であればすぐにノックダウンできる準備を整えて、サイボーグは静かにドアを開けた。
「ん? 思いのほか早く開いたな」
そこに立っていたのは軽鎧を着た女騎士。
背丈は女にしては高い方だが、ソルドほどではない。
頭鎧はつけておらず、好戦的な目と雑に後ろで束ねた金髪が印象的な女。
スキャンによると、推定二十代。
「貴様が例のドラゴンスレイヤーにして無敵の山賊狩りか。もっと筋骨隆々の巨漢を想像していたが……殺気は引っ込めてくれていいぞ。こちらに敵意は無い」
女騎士は愉快そうに笑い、腰に差した剣から手を離して、軽く両手を上げてみせた。
奇しくも、銃を隠していないことを示すのと同じポーズだ。
「ウォルムハルト家のご令嬢はどこかな? 姿が見えないようだが」
「準備中だ。完了には……もう少しかかるみたいだが」
「それで貴様が時間稼ぎをしているというワケか」
「お見通しなら名前くらい名乗ってくれると助かる。でないと警戒を解くに解けない」
「いいだろう。では、失礼ながら手は上げたままで」
上げた手をおちょくるようにぷらぷらと振りつつ、女騎士は胸を張った。
「私はヴィーナ。領主ジョージ様の命によって貴様らを探していた。何でも、ステラ嬢が悪魔を召喚をしたとかいう噂があってな。話を聞かせてもらおうか……色々と」
「……」
面倒ごとの気配に、ソルドは今すぐこの女騎士を排除してしまおうかと思ったのだが、
「ソルド!? いつまでも使いの方を玄関に立たせていたらダメよ! お茶のひとつでも入れて差し上げなさいな!」
寝室から聞こえた依頼人の声に、小さくため息を吐いて構えを解いた。
「というわけなんで、どうぞ中へ。大したものは無いが、歓迎する」
「あらら、お構いなく。なに、少し頼みごとがあるだけだ。悪いようにはしないさ」
苦笑するヴィーナを見てソルドはますます面倒なことになりそうだなと直感したソルドは、さらに大きくため息を吐いた。
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