008 売り切れ
「いやあ、危なかった。お前たちがフォローしてくれなかったら連中に殴り殺されているところだった。死んではどれだけ金を持っていても意味が無いからな。天の裁きを買収で回避できるなら別だが」
ウォルク貴金属質店のバックヤード。
薄暗い倉庫の中央、椅子に縛られた痩身の詐欺師ウォルクは、怒れる民衆の一人に殴られて腫れあがった頬を恨めしそうに見ながらため息混じりに笑った。
「わたくしはあなたを助けたわけじゃありませんのよ、勘違いしないように。あの場であなたをリンチさせてしまったら、ウォルムハルト家の名誉を回復する機会にならなかった。山賊を討伐し、山賊に騙されていたバカな質屋としてのあなたに銀貨を返させたのはウォルムハルト家の令嬢とその付き人。この認識を広めるためのダシに利用したまで」
「そりゃ利口なことで。イメージ戦略は大事だよな。中身が腐っていても、空っぽでも、ガワさえ綺麗なら簡単に信じてくれる。民衆とはそういう生き物だ……お前もそう思っているのだろう? 大量殺人鬼、ステラ・ホライソニア・ウォルムハルト」
ニヤニヤ笑いの詐欺師が言い切った直後、ドシッ、と重たく湿った音が狭い部屋の中で反響する。
彼を殴ったサイボーグは手についた血をぬぐいもせず、もう一度振りかぶった。
「ステラ。やはりこいつに喋らせても時間の無駄だ。もう殺すか?」
「え、ええ……でも、少し待って」
拳を下げたソルドの代わりに、今度はステラが椅子に縛られたウォルクの前に歩み出る。
その手に握られているのは鋭く研がれた短剣。
ステラがウォルムハルト家の屋敷から隠して持ち出し、肌身離さずにいた刃だ。
「わたくしが大量殺人鬼と言ったわね。どういう意味かしら」
「そのままの意味だよ、お嬢様。お前は十数人の山賊を皆殺しにした。かわいそうになぁ。山賊と言ったって、食うに困ってやむなくそうしていたやつも居ただろうに。それを丸ごと私刑で処したんだ。大量殺人鬼に他ならないだろう」
「……」
「そして今は、ついでとばかりに俺もその殺人リストに加えようとしているんだ。まあ確かに十何人も殺しておいて、いまさらその数に一を足したって誤差みたいなものだが……その辺でやめにしたっていいんじゃないか。どうせ山賊を実際に手にかけたのはそこの男なのだろ? お前が殺人鬼と化した事実は変わらないが、実際に手を下していないならまだ引き返せる」
「もしかして命乞いをしているの?」
「その通りだ」
ウォルクは神に祈るように目を閉じると、胸を張って顔を上向けた。
首筋、胸、腹。
人体の急所をはいどうぞと差し出す格好だ。
「俺は死にたくないんだ。今回の件で巻き上げた銀を全て失ってしまったから、また別の方法で稼がなくちゃならない」
「……また誰かを騙すつもりなのね」
「そうだとも。悪いが俺はこれ以外に金を稼ぐ方法を知らない。それに借金がまだまだあるんだ。山賊に脅されていたのは本当だが、元はと言えばやつらに借金をしていたのが原因でね。奴らが市民から巻き上げた銀貨を増やしてやる代わりに援助を受けていたんだが……お前たちが殺してしまったからな。まだまだある借金を返すアテが無くなったんだよ」
「さっきから何度も……! 山賊の討伐はあなたが頼んだことでしょう!?」
「そうだったか? 俺はただ山賊をなんとかしてくれと言った覚えしかないが……」
ステラは短剣を握る手を震わせながら叫ぶ。
対する詐欺師は絶体絶命の状況のはずが、没落令嬢をせせら笑う余裕を見せる。
「勝手な正義感に酔って彼らを皆殺しにしたのはお前だ。いいや正義感どころじゃない。自分の功名欲のために虐殺を行なったんだよ、自分の手は汚さずにな。だが剣で人を殺したら剣が殺人犯になるなんてバカげた話はない。お前が、そこの男を使って大量殺戮を行ったんだ。貴族の娘らしい卑劣さと傲慢さ、それに無自覚でいられる罪深さ。羨ましい限りだ。親の顔が見てみたい。ああ、もう死んだのだったな」
「このっ……! もう許さない。お父様とお母様を侮辱するならーーー」
言葉よりも身体が先に動いている。
振り上げられた短剣は少女の殺意に染まり、男の胸を貫かんと振り下ろされる。
「待て、ステラ」
「あっ!?」
だが刃は届かない。
短剣がウォルクの胸を貫く直前、ソルドがステラの手を遮ったのだ。
「怒りで判断を誤るな。元より殺人や強盗の罪を犯している山賊どもと違って、この男を殺せば確実に有罪だ。何せあんたはこの男を家の名誉回復に利用する代わりに、山賊に騙されていた被害者にしたんだからな。詐欺師を殺したのなら言い訳もできるだろうが、少なくともこの街に居るうちは、こいつに手を下すのは賢明じゃない」
「けど、けどっ……! くぅっ!」
ステラがいくら腕に力を込めても、短剣はピクリとも動かない。
それどころかソルドはゆっくりとその華奢な腕を押し戻し、手を開かせて短剣を奪い取った。
「その通り、俺を殺すのは得策じゃない。何だ、殺人鬼にしては話の分かる。ソルドと言ったか、お前のような利口な男は好きだぞ」
「お褒めに預かり光栄だ、詐欺師。だが買いかぶりだ。俺はあんたが思っているほど、利口じゃない」
「それはどういっ!?」
ウォルクの言葉は途中で途切れた。
冷徹なるサイボーグが、彼の胸に短剣を突き立てたからだ。
「なぜ、とでも言いたげな顔をしているが、理由は既に言った」
ソルドは派手な音を立てて椅子ごと倒れたウォルクを見下ろし、言う。
「俺はあんたが思っているほど利口じゃないんだ。依頼人が行くと言えば、俺が代わりに足となる。依頼人が寝ると言えば、俺が代わりに起きている。依頼人が殺すと言えば、俺が代わりに殺す。単純だろ?」
その言葉は、もはや詐欺師には聞こえていないようだった。
錆鉄の匂いと共に、床に血だまりが広がっていく。
「……どうして?」
サイボーグの後ろで床に座り込んだ没落令嬢は呟くように問う。
「あなたはどうして、そこまでするの? そこまでして、私を守るの?」
その頬を涙が伝い、床にボロボロと零れた。
「俺は家族の復讐をするあんたを護衛し、あんたは俺に魂を支払う。そういう契約だろ。で、俺はあんたが人殺しの罪を背負うのは危険だと判断したから、その可能性を排除した。それだけだ」
サイボーグは没落令嬢の前にしゃがみ、冷たい手でその涙を拭った。
「さ、次はどうする。俺はそこの死体を片付けつつ、貰えそうなもんは貰って行こうと思うんだが」
「……わたくしは、ちょっと、出てすぐの通りで外で風に当たってくる」
「了解」
ステラは静かに泣きながら、よろよろと倉庫から出ていった。
その背中を見送ったソルドは血だまりの中に踏み込むと、静かになった詐欺師を縛りっぱなしの椅子を起こしなおした。
「さて。起きろ、詐欺師。あんたの死んだふりは、残念ながら俺には通じない」
「……」
「俺はあんたの心臓が元気に鼓動していることも、極限まで浅くした呼吸のリズムも、目の渇きに耐えるまぶたの振動も検知できる。首の骨を折られたくなけりゃ、下手な芝居は諦めて返事をしろ」
「……はぁ、やれやれ。分かった、参ったよ殺人鬼」
深いため息を吐き、ウォルクはぎゅっと目をつぶって涙を出すと、改めてソルドを正面から見据えた。
「やっぱりバレてたか。我ながら、今回は迫真の演技だったと思ったんだが」
「スキャン結果を見るに、胸に巻いた皮袋に入っていたそれは豚の血だな。刺されることまでは想定済みで、防刃ベスト代わりに仕込んでいたわけだ」
「あの嬢ちゃんなら勝手にショックを受けて見逃してくれるかと思ってね。ある種の賭けだったが……降参だ。心臓の音を聞けるんじゃ、死んだふりも滑稽な居眠りでしかない。そうだな、種明かしついでにひとつ聞かせてくれ」
ウォルクは自虐的に笑い、元の死んだような表情に戻って言う。
「お前、ただの人間じゃないな。だが悪魔でもない。いったい何者だ」
「いいや。俺は悪魔でも、ましてバケモノでもない。ただの人間だ」
「……まあいいさ。俺にはもう切れる手札はない。好きに質問しろ。命を助けてくれるなら、全て答えてやる」
「そうか、話が早いな。俺が聞きたいのはこれのことだ」
それは銀貨だった。
ソルドはウォルクの鼻先に、銀色に輝く効果を突きつけ、言う。
「本物の銀貨はどこにある。お前が街の連中に渡した銀貨、そして山賊に上納した銀貨もすべて偽銀貨だった。ということは最初に街の連中から集めた本物の銀貨をどこかに溜め込んでいるだろう。全て渡してもらうか」
「偽の銀貨に、本物の銀貨だって? そんなものは知らん。俺は手持ちの銀貨を全て無くして一文無しだとぐあああああっ!?」
ドスン、と。
サイボーグは詐欺師のつま先を踏みにじり、指の骨を砕いた。
「嘘は推奨できない。意味が無いから根拠の説明などしないが、俺にはこれが銀でないことは分かっている。正直に喋ってくれれば、この先の人生にも両足で地面を踏みしめる楽しみを残せるぞ」
「分かった、分かったが……本物の銀貨を手に入れて、どうするつもりだ。まさか街の連中に返すってんじゃないだろうな。街に出回っている銀貨が偽物と分かれば大混乱になるぞ。この街だけで済まない騒ぎに」
「混乱は起きない」
サイボーグは詐欺師の言葉を遮るように断言し、続けて言う。
「本物の銀貨は俺が有効活用させてもらう。丁度懐が寂しくてな、路銀の工面に苦労していたところだったんだ」
「なるほど、俺が集めた銀貨を丸ごと盗ろうってワケだ……というかお前、俺があのお嬢ちゃんに銀貨を渡した時……あの偽の銀貨を見た時からそのつもりだったな?」
「……」
「分かるんだよ。お前からは特有の匂いがする。己が魂を金で売り飛ばしたヤツ特有の匂いが……! ウォルムハルト家の娘に魂を売り飛ばしたんだろう? いくらになったんだ? なあ……!」
ウォルクは痛みに喘ぎながらも興奮気味に身を乗り出す。
「ゼロだ。ステラには何も売ってない」
対するサイボーグは端的に答える。
奥底まで冷たい目で、男のつま先を見つめながら。
「何せ売り切れだ。魂なんか悪魔に売っちまったよ、とっくの昔にな」
そう言って、ソルドはウォルクの口に布を巻きつけた。
これでどれだけ大きな悲鳴が上がっても、外で待つ少女には聞こえない。
「本物の銀貨の隠し場所を喋る気になったら首を縦に振れ。ああそれと、偽の銀貨の仕入れ先もな。早く素直になった方がいいぞ。利口なあんたなら、この意味は分かるだろう?」
ーーーーー
「あっ、ソルド……」
ソルドがウォルク貴金属質店を出ると、目を腫れぼったくしたステラが待っていた。
「ごめんね、置いて出ていったりして」
「別に構わない。こちらの仕事も長くかかった。リフレッシュは必要だろう」
「そうね……ちょっと、ごめん」
ステラはうつむくと、突進するようにしてソルドに抱きついた。
「しばらく、このまま」
「……了解」
ソルドは静かに肩を震わせる少女の背を軽く撫でながら、空に目をやった。
黒々とした分厚い雲とセンサーが感知した高い湿度が、雷雨の到来を予感させた。
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