005 元本保証は詐欺師の常套句
「あなた方もルーストンへ向かうので? そしたらウォルクさんを尋ねるといい。ウォルクさんは凄いぞ! なんと言ったって、誰でもお金持ちになれる方法を売っているんだ!」
街で野菜を売って来たのであろう若い農家の男は、街道ですれ違ったサイボーグと彼に背負われた没落令嬢に笑顔でそう言った。
「いまルーストンじゃ投資が話題ですよ。知ってますか、投資。とはいってもウォルクさんにお金を預けるだけです。そしたらウォルクさんがそれを何倍にも増やせるから、毎月ずっとお金が返ってくるんですよ。不思議でしょう? でも本当なんです!」
人の良さそうな衛兵の若者は、ここらで一番大きな街ルーストンの入り口に現れたサイボーグと彼の手を握っている没落令嬢に善意から共有した。
「ウォルクさんにお金を預けるとお札が貰えるんだけどね! ほらここ見て。数字が書いてあるでしょう? これがウォルクさんに預けた銀貨の枚数で、毎月これの十分の一の銀貨が貰えるのさ! 一年後には元より増えているし、返って来た銀貨をさらに預ければ十年後には大金持ちだよ!」
鼻息の荒い中年の女性は、主人が経営するカフェに現れたサイボーグと久々のお茶に感動している没落令嬢に得意になって見せびらかした。
「ステラ、ポンジスキームって知っているか」
「初めて聞くけど、あなたが何を伝えようとしているかはなんとなく察したわ。さっきからしょっちゅう聞くうさんくさい儲け話の話でしょ?」
そして給仕をしてくれた中年女性が去ったあと、薄めの紅茶を少し飲んだステラはカップを置いて対面のソルドに話の続きを促した。
「ポンジスキームってのは俺の居た世界で四百年近く昔に開発されて以来、ずっと詐欺の王道をひた走っていた定期的な投資詐欺だ。偽の儲け話で金を巻き上げて、その一部をそのまま利益として再分配する。本当は金が増えてなどいないのに、噂を聞きつけた別の犠牲者が騙されてさらに金を投じるから途中までは上手くいく」
「で、新規の人が増えなくなったらおしまい、ってことね。あの男、チューリップの先物取引詐欺に飽き足らず、また別の詐欺を働いているのね」
「人当たりがよく、人間の欲望につけ込むのが上手く、気がつけば金をむしり取られている。詐欺師の権化のような男だな、そのウォルクとやらは……」
ソルドは呆れつつ、道中で貰った詐欺の勧誘パンフレットに目をやる。
「普通、こういう紙はタダで配ってもいいようなものなのか?」
「そんなわけないでしょ。きっと財力のアピールだわ」
「成る程……で、『稀代の天才投資家ウォルクは現在王都で問題となっているニセ銀貨問題を解決する画期的な試薬を開発しました。これを自己の資産の心配をしている貴族に売りつけることで使い切れないほどの利益を得ました。ですから皆さんのお金を増やす慈善事業を……』典型的な詐欺の売り文句だからこれ以上は読まないが、ここに書いてあるコレをあんたはどう思う」
「ウォルムハルト家を没落させた銀の話をしているのはムカつくけど、そこまで重要な話でもないと思うわ。それっぽさを演出するために小難しい話を書いてあるだけよ。第一、文字が読める人ばかりでもないんだから。一番大事なのはわざわざ簡単な言葉で書いてある『お金が増える!』ってところと、『参加受付はウォルク貴金属質店まで!』ってところでしょ」
「……そうだな。さっそく向かってみるとするか」
ソルドは先に席を立ったステラの代わりに代金を支払い、店の出口で待っていた彼女と共に市場を通って目的地に向かう。
「まさか本名で相変わらずの詐欺をしているとは。あの男、見つけたらどうしてやろうかしら」
「どうするって、殺すんだろ?」
「……殺すわ。どう殺すかってことよ」
静かな怒りをにじませるステラ。
ソルドはその隣を歩きながら、電子鼓膜の設定を調整していく。
ノイズキャンセリングを切り、収音範囲を広く。ウォルクの詐欺関連のキーワードを抽出。
ウォルク、銀貨、投資。
(これは、思ったよりも大変そうだな)
サイボーグはそう予感したが、口には出さない。
あの竜と同じだ。悪い予感は口に出すとロクなことにならない。
そういう意味では、すでに市場にいる人間の八割がウォルクの話をしている現状は、すでに手遅れなのかもしれないが。
ーーーーー
「いらっしゃい。昼休みだから質の受付はしてないよ。だがもしウォルク投資の話だったら、今すぐ……あっ」
「あっ、じゃねーですわこの詐欺師! 堂々とカウンターに立ってるなんてどういうこと!?」
ウォルク貴金属質店は大通りからひとつ入ったところにすんなりと存在していた。
元はカフェだったのか、貴金属取引に使うにしては大げさなテーブルが店内に置いたままになっている。
そしてカウンターに立つ痩せた男がステラの顔を見るなり声を上げ、ステラもそれに噛みついたので、ソルドは呆れつつもその男がウォルクだと分かった。
「ウォルクだな。見ての通り、俺の依頼人がお前に金をふんだくられたとご立腹でな。今日はその話をしに来た」
「そうよ! お父様とお母様が遺してくれたお金を返しなさい!」
「まあ待てお二方。何の話をしているのかサッパリ分からない。しかも昼休みだと言うのにいきなり店に入ってきて、更に詐欺師呼ばわりとはな。失礼だと思わないのか。ん?」
ウォルクはやれやれ、と肩をすくめると、カウンターを出てテーブルに座り、ゆっくりと腕を組んだ。
「で、どの件だ。王都西の土地開発の話か、それとも竜の巣の話か……」
「チューリップの先物取引よ! あなた他にも詐欺を働いているの? というか一旦すっとぼけた理由は何!?」
「後ろのお兄さんが思ったより怖かったのでな。俺とて、命の危機とあっては正直に話さざるを得ない」
ため息交じりに話しつつ、ウォルクは片手でステラとソルドに座るように促した。
ソルドと目くばせをしたステラはウォルクの対面に座り、ソルドはその後ろに立つ。
いざ、という時にすぐ動くためだ。
「……まあいいだろう。それで、チューリップの件だったか。あれは良かった。おかげで今やっている事業を大量の資金で始められたしな」
「騙した本人の前で堂々と……! わたくしのお金はどうなったのよ!」
「騙した? 人聞きが悪いな、ウォルムハルト家のお嬢さん。あれは正当な取引だった。渡しそびれていただけで、お前の取り分もちゃんとある」
ウォルクは面倒くさそうに言いつつ財布を開き、銀貨を一枚取り出してテーブルに置いた。
「それがお前の取り分だ。な、詐欺ではないだろう?」
「こんな銀貨一枚で納得しろと!? わたくしがあなたに渡した銀貨は八百枚はあったハズでしょ!」
「正しくは八百プラス三枚だったな。契約通りの保証分がその一枚だ。取りに来たのはお前が初めてだから、悔しいが返却してやろう」
「あ、頭痛くなってきた……! 元本は保証するって言ってたのに、どうして銀貨一枚になってしまうの……ソルド!」
「ウォルク、契約内容が記された証書はあるか」
「あるぞ。少し待て」
ウォルクは身体をまさぐり、どこからともなく取り出した羊皮紙の束をベラベラとめくっていくと「これだ」とソルドに見せた。
彼に証書自体を渡す気は無いらしく、ソルドは掲げられたページに電子義眼の焦点を合わせて内容の解析を行う。
「……確かにこの内容なら、その銀貨一枚を返すのが正当な取引になりそうだな」
「ウソォ!?」
結果として分かったのはウォルクという男の狡猾さ。
哀れな没落令嬢が悲鳴のような声を上げるが、彼女の八百三枚の銀貨が一枚になった理由はすべて証書に書いてあった。
「言っただろう。詐欺なんかしたことがないぞ、俺は」
「そうだろうな。全て書いてある通りだ。この契約そのものに違法性が無いという前提なら、だが」
調子に乗って白々しいことを言う詐欺師に釘を刺しつつ、サイボーグは歩いてその隣まで移動する。
「だが俺たちが今日話したいのは実際のところ、あんたに既に取られている銀貨の話じゃないんだ」
「おや、金を取られた話をしに来たんだろう。なら取引が詐欺ではなかった以上、これ以上俺がお前らと話すことなんてっ!?」
ウォルクの言葉が中断する。
ソルドがその首を掴み、店の奥のソファに向かって投げたからだ。
叩きつけられたウォルクに素早く再接近したソルドは再びその首を掴み、壁に押しつけるようにして持ち上げた。
「ソルドっ」
「大丈夫だ、殺すタイミングの判断はあんたに任せる」
背後で叫ぶステラに返答しつつ、サイボーグは詐欺師に向かって少しだけ笑いかけた。
「まあ、そういうことだ。あんたが合法性を気にしていないように、俺たちも殺しの合法性は気にしちゃいない。ここに来たのは金をふんだくったあんたをいかなる手段で殺すか相談したかったからさ。辞世の句も聞けないんじゃ、復讐の意味が無いだろう?」
「グッ……物騒な雰囲気の男だと思っていたが、殺人鬼だったか……俺のような善良な市民を殺すなんて、この街じゃ生きていけなくなるぞ。俺はここの連中の金を、既に大量に預かってんだ……! その隠し場所は、俺しか知らない……!」
「ならその隠し場所を吐いてもらおう、と言いたいところだがな」
「グハッ」
ソルドはパッと手を離して詐欺師を落下させた。
そして首を抑えてうめく彼の顔を覗き込む。
「あんた、もう逃げててもいいハズなのに、なんでまだこの街にいるんだ?」
「……成る程。殺人鬼には全てお見通しか」
「ど、どういうこと? お見通しって……?」
ソルドは駆け寄って来たステラに「八割だ」と切り出す。
「さっき市場で話を盗み聞いていたら、八割もの人間がこいつの投資話の話をしていた。そしてカフェの店員、衛兵、街から出る人までもが参加している。そしてあんたも自分で言っていただろ。こいつの詐欺は、新規参加者が居るうちだけ成立するものだと」
「……あっ、そうか。街の人のほとんどがこの投資に参加しちゃったら、そのうち返す銀貨が無くなって詐欺がバレちゃう、ってこと?」
「その通り。だからポンジを仕掛ける手合いは早期に撤退するんだ。欲をかけば早死にするからな。だがこいつはまだこの街に残っている。素人目に見ても、撤退のタイミングを逃しているのは明らか。とすると、こいつが街に残っている理由はただひとつ……街を出ると、死ぬってことだ」
「ご明察だよ殺人鬼さん」
ウォルクは咳き込みつつ、よろよろと立ち上がって笑った。
「本当は一週間早く街を離れているハズだった。けどある事情のせいで離れられなくてね、まごついているうちにお前らのような殺人鬼がやってきてしまった。最悪の状況だ……けど逆に、お前らは俺の守護天使でもあるかもしれないな?」
「わたくしたちが守護天使? どういうことよ。わたくしたちはあなたを守るつもりなんか……」
「街の連中には銀貨を返す。お前らにも銀貨八百枚とはいかないが、報酬をくれてやる」
ステラの言葉に割り込んだ詐欺師は、ソルドの電子義眼を見据えて言う。
「お前の殺人鬼としての才能を見込んで頼みたい。俺の首根っこを押さえている連中がいるから、そいつらを皆殺しにしてくれないか? そうしたら俺は街の人に全てを明かし、銀貨を返そう。その後の俺の命についてはまだ交渉の余地があると期待している。もちろん俺を今すぐ殺してもいいが、そしたら報酬が手に入らないし、銀貨を俺に預けた人たちは大混乱になるだろう。さあ、どうする?」
元本保証
詳しい解説はまあ専門家にお任せするとして。投資したお金の元々の金額は保証してあげるよ、という契約の形態。罠が仕込まれている場合もあって、保証とか言ってるのに普通に減る。ただ、ステラがしてやられたほどのことは、流石に滅多に起きない。はず。そうであってくれ。
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