004 サイボーグは全員○○フェチ ※諸説あり
ソルドの体内時計はかなり正確だ。
比喩ではなく、彼の体内システムに電子時計が備わっているからである。
電子時計と言えど定期的なネットワーク接続がなければ計算誤差の累積で徐々にズレていってしまう懸念こそあるが、彼の元居た世界とこの世界の一日はほぼ同じ長さという奇妙な偶然も手伝って、未だに太陽の高さでおおざっぱに時刻を把握して暮らしているようなこの世界では十分すぎる精度といえる。
「おい、起きろ。起床時間になったぞ」
「……あと一時間だけ寝かせて」
「二度寝で要求していいアディショナルタイムは五分が限度だ。せっかく作った朝食が冷めるだろう」
「いいじゃんその時は温め直せば……ひっ冷たい!?」
そういうわけで、現在は西暦二二九九年五月二十七日、八時。
召喚されてからちょうど一週間の悪魔、もといサイボーグは、布団にくるまって陽の光を浴びようとしない依頼人の首筋へ冷えきった手を差し込んで、彼女の眠気を吹き飛ばしにかかった。
「目は覚めたか」
「おかげさまでね! というかあなたの手、冷たすぎない? いつもはちょっとひんやりしているくらいなのに、今日はまるで死人のような冷たさだったけど!?」
「市場でうまそうな果物が手に入ったのでな。村はずれの川で一時間ほど冷やしてきたんだ。あんたの口にもきっと合うだろう。もう切ってあるから、ぬるくなる前に早く食え。さっきも言ったが、朝食はもうできている」
「あなたは本当に朝から活動的ね……分かったわ、起きればいいんでしょ」
ぶつくさ文句を垂れながらリビングに移動したステラは、テーブルに用意された朝食 (麦のスープ、スモークソーセージ、パン、川で冷やした果物)を前に「わぁ……」と感嘆の息を吐いてから席に着いた。
「いただきます……ん、おいしい。言ってはなんだけど、あなたって意外にお料理へのこだわりが強いわよね。こんなにちゃんと朝食を用意している農民なんて見たことない」
「俺だって元は粉っぽいミックスプロテインバーを合成ビタミンで流し込んで終了、って感じの生活だったんだがな。この世界でおなじだけの栄養を摂取しようとすればこれだけの手間がかかるというだけだ」
「健康のために仕方なくやってるってこと? でも、例えばお肉をただ食べたいだけなら燻製なんてしなくてもよさそうだけど。これ、お肉屋さんから買ったのをわざわざ燻しているのよね?」
「売ってるままの肉は獣臭すぎる。その点、燻製は良い。肉屋にやり方を習って製法を何種類か試してみたが、臭みが消えるだけにとどまらず、味にも多層的な変化が起きて面白い。正直もっと早くに出会っていればと思っているくらいだ」
「悪魔が燻製にハマるとは……わたくしは、正直燻製肉はあまり好きではないのだけど。タバコみたいで、焦げ臭いし」
「あんたがどうしても獣肉が良いと言うから俺が工夫しているんだぞ」
「あなたが放っておくと虫を食べだすからでしょ!? 竜退治の翌日の昼、あのおぞましい光景は忘れもしないわ! 豚肉よりバッタやキリギリスの方がおいしいなんて、地獄の味覚はイカれてる!」
「臭くないし、合成肉と風味が似ていてうまいんだがなぁ……その辺に居るのを捕獲すれば無料だし」
などと、ひと通り言い合いながら朝食を摂ったサイボーグと没落令嬢は食器を片付け、主にソルドが村人を手伝って稼いだいくらかの金で買った農民服に着替え、この一週間借りていた家を出た。
村のはずれの空き家だったので、周囲に他の家は無い。
通りすがった畑で作業をする農民に挨拶をしつつ、まさに農村、といった感じののどかな風景の中を村の中心部に向かって歩く。
「まずは仕立て屋に行くぞ。川で果物を冷やしている時に仕立て屋の奥方に会ってな、あんたの服が出来上がったそうだ」
「ようやく、と言いたいけど、むしろあんな素材を渡して宣言通り一週間で仕上げるなんてこんな農村の仕立て屋にしては中々やるわね。でもちゃんと街に着ていけるお服になっているか、不安だわ」
「服の出来がどうであれ、街には移動するぞ」
ソルドはきっぱりと言い切った。
「とりあえず目指していただけだった街に、復讐相手のウォルクとやらが偶然来ているとはな。さっそく掴んだ幸運をみすみす逃すわけにはいかない。もっとも、服なんか気にせずにさっさと街へ行っていれば、もっと早くに情報を掴めたはずだが」
「街に浮浪者丸出しの恰好で行ったら衛兵に目を付けられて悪目立ちするって言ってるでしょ。これは必要な時間だったのよ……あいつを、確実に殺すために」
ステラは拳を握りしめる。
その決意は固く、少女には似合わない暴力性を秘めていた。
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「うわ、素敵なデザインね! シルエットがお姫様みたいになってる! そしてこのスベスベした手触り……素晴らしいわ!」
ステラは受け取った服を持って小躍りする。
その目は大きく見開かれ、年齢相応の喜びに満ちていた。
「ねえコレはもう着ていいのかしら!? どこか着替えられる部屋を貸してくださらない?」
「ああ、それならそこのドアから入ったところが倉庫だから使いな。お嬢ちゃん一人でも着られるはずだから」
「ありがとう仕立て屋さん! お借りするわ!」
ドタドタと仕立て屋の倉庫に消えていく没落令嬢。
その後ろ姿をなんとなく眺めていたソルドは、仕立て屋の主人は「お前さんの服だったんだろう?」と話しかけられた。
「何のことだ」
「お前さん、背が高いからな。あの渡された布地、サイズが大きすぎてバラバラになっていても元はお前さんが着ていた服だろうって分かったよ」
「流石は技術者だな。隠していたわけじゃないが、分かるものなのか」
「はっは、田舎のジジイだと侮ってもらっちゃ困るね。十二の頃から仕立て屋ひと筋だ」
仕立て屋の主人は得意げに笑い、懐かしむように口ひげを撫でた。
「それにしても丈夫な布地だった。久々に家宝のハサミを引っ張り出したよ」
「もしかして追加料金か。値段によっては用立てるまでの時間を貰いたいんだが……」
「いやいや、むしろ感謝してるんだ。男物の服をお嬢ちゃん用のドレスに仕立てるなんざ初めてのことでね。がむしゃらにやってた若い頃を思い出して、楽しかった」
言いつつ、仕立て屋の主人はソルドの格好を上から下までじろじろと眺めた。
「にしても、あんな上等の服の代わりにお前さんはそんなボロの服でいいのかい」
「いい。あの服を着るべきは俺よりあの女だ」
「もしかしてお前さんはあの子の使用人かい? お嬢ちゃん、見てくれはボロを着ていたが育ちの良い感じがしたよ。でも、あんなビンボーになっちまってもまだ仕えているってのか」
「まあそんなところだ」
「へぇ、健気なモンだ」
「ソルド! ちょっと来てくれない?」
倉庫からステラが叫ぶ。
仕立て屋の主人の無言の目くばせから「行ってやりな」というメッセージを読み取ったソルドは倉庫の前まで移動し、古びた木の戸をノックした。
「何かトラブルか?」
「この服、何かヘンなの! わたくしじゃうまく手が届かないから、背中の方を見てもらえる?」
「……? とにかく、入るぞ」
ギィ、と軋む戸を開けたサイボーグの視界に映ったのは、後ろがぱっくりと開いたドレスから剥き出しになっている背中の肌色。
そして身体の後ろへ手を回そうと必死にもがいている没落令嬢だった。
「ほら見て! 着てみたらこの服、後ろが裂けているのよ! ボタンも無いし、これどうしたらいいと思う!?」
「どうするも何も、ジップを上げれば閉まるだろ」
「じっぷって何?」
「ジッパーとも言う。あるいはファスナー」
「何て? と、とにかく解決方法を知っているなら早くして! このままじゃハレンチ女として街中の噂になっちゃう!」
「……了解」
この世界にはまだジッパーが存在していないのだろうと得心したソルドは「動くな」と告げてその動きを止め、一番下まで降り切っているジッパーを摘まんだ。
(俺のスーツにくっついていたのを再利用したのか。とすると、仕立て屋の主人は初めて見たジッパーの役割をすぐに見抜いてこの服に取り付けたことになる。あの爺さん、得意にするだけあってかなりのやり手だな)
などと感心しつつ、ソルドはジジジ、とジッパーを上げ始めた。
「あんっ」
のだが、没落令嬢が急に妙な声を出したのでその手を止めた。
「……何だ」
「何だじゃなくて! あ、あなたの指が冷たすぎるからいけないの! もう、手を貸しなさい!」
「ちょっ!?」
ステラは右手を素早く後ろに回し、ジッパーを掴んでいたサイボーグの右手を捕まえて身体の前へと回し、その指先を両手で包み込んだ。
「ちょっと温めさせてもらうわ。十秒待って」
「あ、ああ」
ソルドはひとまず肯定の返事をしたが、結果的に少女の背中へぴったりとくっつく恰好となってしまった。
別に女が苦手というワケではないが、ここまで接近すると少しだけ気まずい。
加えて、サイボーグにはサイボーグなりの特別な事情というものがあった。
(こうも近くで見せられると、少しばかり、ヘンな気分になるな……)
原因はもちろん少女の背中だ。
ソルドの居た世界ではごく普通の市民にも義体化が普及した。
つまり、外見を生来の遺伝子に依存している人間がほとんど存在しなくなったのだ。
この事実は人類の価値観に変容をもたらした。
いくらでも改造・改良できるようになったために顔や髪、胸の大きさ、背の高さなど、それまでは性的に評価されてきた身体部位の価値は相対的に下がり、別の項目の価値が相対的に上がったのである。
そう、生身の部位の美しさだ。
とりわけ義体化手術でも滅多に切開されることがなく、美容目的で人工肌に張り替える際にもケチられがちな背中の美しさというのは、人類史上最も評価されるようになったのである。
もちろんソルドもその例に漏れない。
様々な部位を義体化済みの彼とて、ひとりの男である。
「よし、温め終わったわ。さ、続きをやって頂戴」
「あ、ああ。分かった」
ソルドは返却された指で再びファスナーを摘まむ。
さっき至近距離でじっくりと見せられてしまったせいか、意識がどうしても継ぎ目も切れ込みも無く高級なナイロン布のようにきめ細やかでなめらかな美しい肌の方に吸い寄せられてしまうが、何とか平静を保つ。
そして再び、ジジジ。
時折ステラが「んふっ」とか言うので本当にどうかしてしまいそうだったが、真面目系サイボーグはなんとか己がタスクをやり遂げた。
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「うふふ、本当に素敵なお服を仕立ててもらったわ。今までに着たどんなお服より温かいし動きやすいし……どうしたの? なんかえらくくたびれていない?」
「いや……大丈夫だ。あまり上等のものではないが、俺にはホルモンバランスの調節システムもついている。自己を律するくらいどうってことない……どうってことないんだ」
「?」
小首を傾げたステラだったがそれ以上の言及はせず、村の外へと伸びる街道の先へと目をやる。
「そろそろ行きましょうか。この先に憎き悪徳金貸しのウォルクがいるハズよ」
「悪徳というか典型的な先物取引詐欺師……なんでもない」
典型的、という言葉に侮りを感じた没落令嬢に睨まれ、ノンデリサイボーグは口をつぐむ。
「それじゃ、ん」
「……? ああ」
ステラが当然そうだろうという態度で両手を広げて待ったので一瞬何事かと思ったソルドだったが、すぐに察して彼女をおぶって歩き出した。
脚部関節の駆動装置は未だ快調。この調子なら街とやらまではすぐだろう。
(とは言っても、ノーメンテでどこまで保つか……)
一抹の不安のことは、ひとまず無視しておくとして。
(というかこの背中に当たってんのも生身なんだよな。直接感覚ポルノの電気信号でも、愛玩義体の合成脂肪でもなく)
他にも意識しちゃいけなさそうな感覚は、ひとまずオフにしておくとして。
合成肉
ソルドの居た世界で一般に普及していた肉。養殖用に改良されたコオロギ由来のたんぱく質と脊椎動物のDNAから合成される。スーパーで売ってる鶏肉くらいの立ち位置。
直接感覚ポルノ
いわゆるVR的なポルノ作品。脳に直接電気信号を送るので五感の全てで楽しめる。安物だと急に半刺しの有線イヤホンみたいなノイズが混ざることがあり、最悪。
愛玩義体
性的な目的のために製造された、重要な部分に有機物部品が使われいる人間型のロボット。基本的には目的に必要十分なコミュニケーションbotが搭載されているだけだが、高級品には複雑な感情表現が可能な高度AIが搭載されていることも。そのせいなのか定期的に人権を認めて人間として扱えと主張する個体が現れるが、生物の要件を何一つ満たさない人工物が人間であるはずもなく。
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