003 デリカシー無し魔、あるいはノンデリサイボーグ
「村長の家にも招待されていたのに、本当にこんなボロ小屋で良かったのか」
「いいの。あまり顔が割れていたら、復讐するのに不便だもの。それにちょっと、今はあなた以外とは関わりたくない気分だし……」
竜退治から数時間後。
村民から貸してもらった小屋の簡素なベッドに腰かけたステラは小さくため息を吐いた。
「たまたま立ち寄った村で竜の襲撃に遭うなんて……悪魔召喚の初日からこの調子じゃ命がいくつあっても足りないわ」
「結果的に死んでいないなら問題ないだろ。それより、村の連中から分けてもらった食料を食べろ。竜の肉を牛乳で煮たものだそうだ。こっちも獣臭いが、昼に食ったソーセージよりかはうまいぞ。特に竜の肉がさっぱりしていていい」
ボウルに盛りつけられた料理をどんどん口に運ぶサイボーグを見て、ステラは顔をしかめた。
奇しくも丁度、昼食時とは真逆の構図だ。
「あなたはどうしてあんなことがあったのにそんなに食欲旺盛なの……」
「消耗した分のエネルギーの補給だ。普通にしていればあと一週間は食わなくてもいけるが、今日は二回も戦闘モードを起動したうえ、ここが作り話でしかお目にかからないような化け物が平然と存在している世界だとも分かった。用心するに越したことはない」
「相変わらず何を言ってるか分からないし、化け物はあなたの方よ? どっちかと言えば……まあいいわ。なんか自分だけ落ち込んでいるのがバカバカしくなってきた。そのお料理、二人分でしょ。全部食べないでよね」
くたびれ切った没落令嬢が手を差し出すと、サイボーグはまるでこの展開を最初から予見していたかのようにすんなりと食べかけの料理が入ったボウルを手渡した。
「そこに入っている分は全部食べた方がいい。あんたを抱えた時に計測した体重から必須分を計算して残してある」
「いくら悪魔だからって乙女の体重を勝手に! こ、この、クソッ、貴族式の教育を受けて育ったせいで適切な罵倒文句が思いつかない!」
「既にできているじゃないか。罵倒ってのは大体の場合でクソ野郎と言っておけば間違いない」
「余計なお世話ですわ! えっと、この、デリカシー無し魔! いただきます!」
ステラは怒りに任せて竜肉のミルク煮という奇妙な料理を喰らった。
悔しいことにソルドが言ったままの味で、泣きたくなるほどおいしかった。
「ごちそうさま……それじゃ、明日からの予定の話をしましょうか。ソルド、借りてきたランプを掲げていてもらえる?」
「了解」
ステラはポーチから取り出した革張りの手帳をランプの下に広げ、ソルドにも見えるようにした。
その紙面にずらりと並んでいるのは人の名前と「罪状」と書かれたメモだ。
「復讐相手のリストか。几帳面だな」
「ええ。ここしばらく、これを書くことだけがわたくしの生きがいだったから。まず最終目標はコイツ」
「これは英語……違うな。完全に未知の言語だ。読めないな」
「あ、そうか。あなたは悪魔だから……お待ちになって。わたくしが」
「いや、大丈夫だ。ページを開いたまま少し時間をくれ」
「え?」
「……よし、読めるようになった」
「この短時間で!?」
「電子義眼で文法を解読して自動翻訳機能用のパッケージデータに変換した。多少のミスは適宜修正する必要があるが、もう自力で読める」
「もうそろそろ突っ込みませんわよ。とりあえず、私が読み上げる必要は無いってことね」
「ああ」
ソルドは呆れ気味の没落令嬢の声に頷きつつ、少し思案する。
(普通はこんなに早く文法を解読するには専門のソフトウェアが必要だ。しかし今回の場合、俺のメモリになぜだか既に存在していた音声通訳との比較統合で解読が上手くいったようだな。思い返せば、こんな別世界の人間と最初からスムーズに会話ができるのもヘンな話だった)
別世界への空間転移。
我が身に起きたことながら、理屈がひとつも見えてこない。
いや、この際理屈はどうでもよくて、理由の方が重要か。
いずれにせよ現状で分かることは少ないし、もしかしたら永久に分からないままかもしれない。
(まあやれることもやることも無いし、しばらくはこのお嬢さんと一緒に行動するしかないか)
決断しつつ、サイボーグは改めて没落令嬢の最終目標とやらを読んだ。
「……俺の解読が正しければ、単に『貴族院の誰か』とだけ書かれているようだが」
「ええ、その通り。だからまずはコイツが誰なのかを突き止める必要がある。ウォルムハルト家から国の銀に関わる権利が奪われた決定的な原因……銀の横領と偽造硬貨の製造をでっち上げた誰かさんをね」
手帳を持つステラの手に強い力がこもる。
「父と母は王の銀を盗んだ罪で処刑された。証拠を集めて、追い詰めて、父と母の潔白を宣言させたら、たっぷり苦しめて殺してやる……!」
「成る程。だがそうなると前途多難と言わざるを得ないな。企業のトップにふんぞり返っているやつらもそうだったが、こういう手合いは滅多に尻尾を出さない。自分が関わった証拠を残しちゃいないはずだ。むしろ、いまその銀の権利で一番得しているやつを問答無用で殺す方が勝算があるんじゃないのか」
「いいえ、言ったでしょう。父と母の名誉を回復する必要があるの。だから確実に生け捕らないと……それに、銀はいま国王様が直接管理している。実態がどうなのかは分からないけれど、名目上、他の貴族はこの件で誰も得をしていないはずなの」
「じゃあ貴族院の誰かって推測はおかしいんじゃないか。貴族は得をしていない前提だったら」
「そうだけど……他にお父様を陥れる動機がありそうな人を思いつかない。何か裏の目的があるか、ほとぼりが冷めた頃に国王様に取り入るつもりなのかも」
「その国王こそが犯人だったらどうするんだ」
「その時は……もしそうなったら、どうするのでしょうね。わたくし自身にも分からないわ」
ステラは絞り出すように言うと、ふう、と少し息を吐いてから別の名前を指差した。
「とにかく、最終目標以外にも復讐すべき相手は決まっている。その最初のひとりがこの男。金貸しのウォルク」
「罪状は……あんたへの詐欺行為?」
「コイツはわたくしが浮浪者になる最後のひと押しをした男よ」
没落令嬢は拳を握りしめ、胸の前でプルプルと震わせた。
「許せない。チューリップの先物取引で絶対儲かるって言ってたのに……!」
「すまないがそれは騙される方が悪いってもんじゃないのか」
「あー! 言ったわね!?」
ソルドがうっかり口走ってしまい、しまった、と気づいた時にはもう遅い。
栗色髪の怒れる没落令嬢はノンデリサイボーグに怒りのまま詰め寄った。
「そうよ! いくら追い詰められていたとはいえわたくしがおバカだったのは認めるわ! けれどもう後がないって焦っているわたくしのところに意味ありげに笑いながら現れて、親身になって話を聞くふりをして、ウォルムハルト家の最後の財産で一発逆転を狙うしかないとそそのかされたら多少胡散臭くても乗るしかないってものでしょう!? しかも借金を返せないなら仕方ないとか言って、わたくしを奴隷商に売り飛ばそうとしたのよ! わたくしがあの時意を決してアイツの馬を盗んでいなければどうなっていた事か! というかあなたもわたくしの護衛なら一緒に怒るところでしょう!?」
「分かった分かった、すまなかったよ依頼人さん。とりあえずコイツを殺せばいいんだな」
どう、どう。
ソルドは馬など元居た世界じゃ見たことも無かったが、いざ暴れ馬を前にするとコレを言うしかなくなるんだなーと少し感心した。
「……まあ、そうね。殺すわ」
なだめられたステラは少しトーンダウンしていき、最終的には呟くように言った。
「決まりだな。じゃあ、明日からの目標はその男の捜索。具体的には他の村に行って聞き込みってところか」
サイボーグはその感情の機微まではあえて察さないようにして、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ、あんたはもう寝ろ。俺は外であんたの敵が来ないか見張っているから」
「あっ! ちょ、ちょっと待って」
「何だ」
外に出ようとしていたところで服を引っ張られたソルドが振り向くと、さっきまでの怒れる暴れ馬はどこへいったのか、もじもじとしながら目を泳がせる少女が居た。
「一緒に、寝てくれないかしら」
「どうして」
「……」
「俺の身体は重いから、そこのベッドじゃ寝れないぞ」
「じゃあ床でもいいから! お願い、隣に寝て! でないと、わたくし……」
ソルドを見上げるステラの目には涙が溜まっている。
恥もプライドもかなぐり捨てた、必死の懇願だ。
「……悪魔の隣でよければ、どうぞ」
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結局どうしたかという話だが。
いくらノンデリサイボーグとはいえ流石に依頼人の少女を直接床に寝かせるのは忍びなかったので、ベッドにマット代わりに敷かれていた藁を床に移し、その上に掛け布団を敷き、そこに寝てもらうことにした。
では代わりの掛布団はどうしたかと言えば、ソルドが着ていたスーツのジャケットを使ったのだった。
「この服、触ったことのない感触ですわね……」
仰向けになったソルドにくっつくように横たわったステラはスーツの裏地をスリスリと撫でながら言った。
「その布地は化学繊維と言って、俺の元居た場所じゃありふれた服だ。金持ちから貧乏人まで、ほとんどの連中がそれと似たようなものを着ている」
「それは、素敵ですわね……皆がこんなに、心地のいい布の服を、着られるだなんて。悪魔なのに、本当は、天国から来た、の……」
没落令嬢は言葉の途中からすぅ、すぅ、と寝息を立て始めた。
(天国から来た、か)
依頼人の就寝を確認したサイボーグは天井を見上げ、言われたフレーズを反芻する。
そのまま視線を窓の外にやると、夜空には恐らく月なのであろう天体と、その周囲で負けじと輝く無数の星が見えた。
試しにノイズキャンセリングを切ってみると、イヤになるほどの虫の大合唱。
息を大きく吸ってみれば、これまでの人生で嗅いだ分を軽く凌駕する土と有機物の匂いがした。
(確かにここは未開で、貧乏で、どうあがいても有機物の中を転がりまわるしかなさそうな世界だが)
隣ですっかり寝入ってしまった少女に目をやる。
どこにも義体化手術の形跡がなく、ドラッグ注射の跡も、自然主義者カルトのタトゥーも無い。
つまりこの少女は、生まれた時に持っていた身体のまま何もせずに十六歳に成れたのだ。
(俺は、どっちかと言えばこっちの方がよほど天国に近いと思う)
無意味な思考に結論を下したソルドは目を閉じないまま、再び天井を眺める。
神経までも改造済みのサイボーグにとって、睡眠は努力義務。
ソルドは虫の声だけノイズキャンセルして、周辺の警戒をしながら朝を待った。
自然主義者カルト
ソルドの居た世界に存在した、義体化手術を一切行わないカルト集団。排水・排気ガス、食品添加物等に含まれる薬物や感染症の影響を日常的に受けてしまうほか、義体化していない者は大抵医療保険に加入できないため、構成員の平均寿命は一般人の半分以下。
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