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002 やっぱり眼は高級品に限る

「はい、お待ちどうさん」

「ありがとう。わぁ、まともなお料理を食べるのなんていつぶりかしら……」


 地下室を出て数時間後。

 最寄りの村までたどり着いたステラは酒場の野外テーブルに置かれたパンとソーセージを前に目を輝かせる。

 その向かいに座るソルドは自分に配膳されたソーセージをつまみ上げ、少し匂いを嗅いで、顔をしかめた。


「これは、何の肉だ?」

「え、見たことないの? ソーセージよ。豚肉」

「豚か……噂には聞いていたが、本物の獣肉はかなり独特の匂いがするんだな」

「そうかしら。普通じゃない? まあわたくしも浮浪者暮らしのせいで鼻が利かなくなっているところはあるかもだけど……というか、本物じゃないお肉って何よ」


 ステラは問いの答えを待たずにパンとソーセージを頬張り、少し喉に詰まらせながらもガツガツと平らげた。

 その間、ソルドはソーセージを一口かじり、もう一度顔をしかめてから、パンだけをもそもそと食べた。


「あー、おいしかった。地獄から来た悪魔さんの口には合わなかったようですけれど」

「だから俺は人間だ。悪魔ではないし、地獄から来たわけでもない」

「ふぅん? それじゃ、どこから来たって言うの。悪魔召喚の儀式で現れたんだから、少なくとも普通の生物じゃないはずよ。手は冷たいし、腕は硬いし、あの廃農場からこの村に来るまで私を背負って馬車を抜かす速度で走り続けても息が上がってすらいなかったけれど」

「……説明が難しいな。むしろ、こちらから質問をしてもいいか。その方が、結果的に分かりやすく説明できると思う」

「ならどうぞ。わたくしが知っている事なら何でも教えてあげるわ」

「では、そうだな……」


 ソルドは顎に手を当てて思案しつつ、周辺の風景に目をやった。


 土がむき出しの道に、吹けば飛びそうな木造の家。

 道を行く人々は皆薄汚れていて、ボタンがなく腰ひもで巻いただけの簡素な服を着ている者も多い。

 そして村全体を森と草原が包囲し、むせかえるほどの有機物の匂いがする。


 まるで絵画の中の世界。

 あるいは、数千年の時間旅行(タイムトラベル)をしたかのような。


(今時自動運転タクシー(オートキャブ)の中で見る広告の方がまだマシな筋書きをしているが……ひとまず、定番の質問をするべきだろうな)


 決心したソルドは少し息を吐いて「いまは何年だ?」と、テーブル向かいに座っている栗色髪の少女に問うてみた。


「何年って? わたくしの年齢なら十六歳よ」

「違う、西暦のことだ」

「セーレキ?」

「あー、いや、西暦って言っても通じないか。ほら、王が生まれて何年、とか、ナントカ戦争から何年、とか。要するに(こよみ)のことだ、年単位の」

「ああ! (こよみ)ってことは、ドラゴシルヴァ王国暦(おうこくれき)のことを言っていたのね? 何か未知の単語かと思って、一瞬分からなかったわ。今は王国暦二〇二六年、五月の……ごめんなさい、正確な日付はもう分からないわ。お家があった頃は把握していたんだけど……」

「いや、十分だ。ありがとう」


 ソルドは予想外の状況になっているのを察し、少しめまいがした。


(どうやったのかは知らないが、この女が俺をこの世界に呼び出したは間違いないはずだ。それでてっきり過去に戻ったのかと思ったが……ドラゴシルヴァ王国暦だって? 名前も聞いたことが無いし、西暦じゃ二〇二六年にはもう義体化(エンハンス)技術の基礎研究が始まっていたはずだ。それがどうしてこんな原始時代……は言いすぎにしても、弓矢で仕留めた獣の肉とか馬のクソで育てた野菜を食っているような状況なんだ)

「よし、じゃあ次はわたくしの質問に答えてもらいますわ」


 混乱する男の思考に声が割り込んだ。


「あなたのその超人的な能力は、やっぱり悪魔の力なんじゃありませんの?」

「質問には何でも答えてくれるんじゃなかったのか」

「あなたが考え込むから、じれったくなったのよ。ひとつの質問に答えたら、ひとつ質問する権利を得る。これでいきましょう」

「……分かった」


 ソルドはため息を吐きつつ、目を輝かせて待っているステラに分かるような説明を頭の中で構築しながら口を開く。


「俺は多分、あんたの居るこの世界とは別の世界から来た人間だ。悪魔じゃない。そして俺が居た世界はこの世界よりも技術が進歩していて、身体を義体化(エンハンス)……金属とか、そういう素材で改造できたんだ。俺の腕はそういう強化をしてあるから硬いし、体力に関しても心臓を強化してあるから速く走れる。俗に言う、サイボーグってやつさ」

「……えっと?」

「すまない、分かると思った俺が悪かった。要するに俺は身体の一部が鉄でできていて、そのせいで他の人より体温がちょっと低いだけの、ただの人間だ」

「それさっきも似たようなこと言ってたわよね。なんかちょっとわたくしをバカにしてない?」

「質問には答えた。次は俺の番だ」


 もういったん諦めて世界に順応することを決めた哀しきサイボーグは合成肉よりも遥かに臭い本物の獣肉ソーセージを口に突っ込んで呑み込み、ステラの方に身を乗り出した。


「単刀直入に言って、あんたの目的はなんだ? 俺はあんたの護衛だ、契約しちまったからには守らせてもらう。だが護衛の期間も、あんたの敵も、見返りも、具体的な話は何一つしちゃいないだろ」

「あれ? 見返りは先に提示したはずよ。最後にわたくしの魂を好きなだけ持って行けばいいわ」

「……そうだな、俺はあんたの魂を貰う。もうそれでいいさ。で、ステラ・ホライソニア・ウォルムハルトさんは俺という悪魔に魂を売って、何をしたいんだ。ありがちなところで言うと、復讐か?」

「ありがちですって!?」


 ステラは一瞬声を荒げたが、すぐに「……てもまあ、そうね。ありがちな復讐よ」と恥じ入るように言った。


「ウォルムハルト家は元々国王様からの勅令を受けるほどに力を持った家だった。何せ銀の採掘と管理、そして銀貨の製造を任されていたくらい。あなたは知らないかもしれないけど、これだけ竜のいる地域で銀貨を流通させられているのはドラゴシルヴァくらいなのよ、だから国の名前にもなってる。だから銀を任されているのは国王様からかなり信頼されている証だったのに、誰かさんの工作のせいで……!」

「ちょっと待て」

「何よ」


 少し涙目になったステラに睨まれつつも、ソルドにとっては話の腰を折ってでも聞き返さずにはいられないワンフレーズ。


「聞き間違いかもしれないが、もしかして(ドラゴン)が実在すると言ったのか?」

「実在? 何言ってるのよ、去年も山向こうの村がひとつ滅ぼされたって騒ぎになっていたでしょう」

「つまりアジアの森の中とかに居て、十年くらい前に絶滅した爬虫類じゃなくて、空を飛んで炎を吐いてっていう化け物が、現実に居ると」

「悪魔の世界には居ないの?」

「すまないが、到底信じられない」

「意外ね、でも無理もないかもしれない。この国でも竜が活発だったのはもう何十年も前の話。それが最近になって急にまた目撃されるようになったの。ウォルムハルト家の銀山を取り返す途中で遭遇することになるかもしれないから覚悟しておきなさいよ。その時が来たら悪魔の力を持つあなたには当然戦ってもらうけど、普通、竜が出たら国王軍が一ヶ月かけて討伐するの」

「成る程、一応用心しておこう」


 もう状況を呑み込むしかない。

 ソルドは自身に再度そう言い聞かせつつ、立ち上がって空を見上げた。


 その態度はステラの目には不真面目な皮肉屋として映ったが、地獄から呼び出した悪魔の性格などもとより期待していない。

 没落令嬢は「まあ、こんな辺境の村にいるうちは見ないと思うわ」と呆れながら言いつつ、残っていたパンの欠片を口に運んで飲み込んだ。


「でも契約は契約ですからね。もし今いきなり竜が現れても、絶対にわたくしを守ってよね」

「分かった。だがそういうことは口にするものじゃない」

「なぜ?」

「俺の居た世界の、俺みたいなやつにとっては常識だ」


 ソルドはステラの方を見ず、遠くの空に目を凝らしながら……つまり電子義眼(サイバーアイ)の望遠モードで接近中の飛行物体にスキャンをかけながら、言い聞かせるように語る。


「仕事中は冗談を言ってはいけない。なぜなら、仕事中に言った冗談は必ず最悪のタイミングで現実になるからだ」

「そんな迷信を信じきゃっ!?」


 ステラはソルドに突然腰を抱えられ、荷物のように担がれて悲鳴を上げた。


「身体をなるべく小さくしろ。手足を外に出すな」

「ちょっと、いきなり何を」

「死ぬぞ」

「え……!?」


 先ほどまでの冷静ながら皮肉が滲んでいた声色とは違う、有無を言わさない冷たい言葉。

 ステラはほぼ反射的に身体を丸めるようにして縮こまった。

 そして彼女を身体の前に抱え直したソルドはテーブルを踏み台にして跳躍し、酒場と道路を区切っていた石垣を背にして身を隠す。


「竜だ!」


 誰かの叫び声がして、村に巨大な影が被る。


 炎の奔流が村を焼いたのは、その直後。


 怒号と悲鳴、焼け焦げた匂い。

 熱風がすべてをなぎ倒し終わった後、元は酒場だった炭の上に巨体が降り立つ。


「さて、お出ましだ。あんたはそこに居ろ」

「え、え……?」


 状況を理解しようとして、しかしパニックで震えることしかできなくなっているステラの肩を軽く叩き、ソルドは自分たちを熱から守ってくれた石垣の陰から外に出る。


 体内システムが言うには、西暦二二九九年五月二十日十四時十九分。

 気温は数秒前に急上昇して五十二度。

 まだ炎が残る地面を踏みしめ、サイボーグは赤黒い竜と対峙した。


「B級の直接知覚(DEX)ゲームって感じの光景だな……信じがたいことに、これは現実らしいが」

「おいアンタ何してんだ!?」


 グルル、と唸る竜にゆっくり近づいていくソルド。

 それを見ていた村人の生き残りが叫ぶ。


「ワイバーンをこれ以上怒らせるな! 食われたいのか!?」

「ご忠告ありがとう。流れ弾を貰いたくなければあんたも身を隠したほうがいい」

「もしかして、戦う気、なのか」

「そういう契約なんだ。」


 ずしん、と竜が一歩を踏み出した。

 それが合図。


「すぐに終わらせる」


 ソルドは地面を蹴った。

 先ほど少女を抱えての長距離跳躍を実現した脚力で、今度は竜へ急接近する。


 竜は知能の低い生き物ではない。

 自分へ敵意を向ける存在には気づいていたし、火焔息(ブレス)で一気に焼き払ってやろうと構えていた。


 だが敵が想像を絶する速度で接近してきたことで、一瞬の動揺が生まれてしまった。

 炎を吐こうと開けっ放しにしていた口に、瓦礫の中から拾った手斧を握りしめたサイボーグが飛び込んでくる隙を作ってしまった。


「ギャアアアアアアアアッ」


 悲鳴と共に、竜の口から鮮血が噴き出す。

 ソルドが竜の分厚い舌に手斧を叩き込んで切れ込みを入れ、そのまま両手で引きちぎったのだ。


「鱗の無い部分なら強度の低い鉄でも刃が通る……スキャン通りだな、さすが高級品。こんな状況でも高精度の成分分析ができている」


 確かめるように言い、少しだけ笑うサイボーグ。

 その余裕を感じ取った竜は激昂し、脚を振り上げて踏み潰しにかかった。

 だが、脚を下ろせない。

 それどころか怪力で逆に押し返され、竜はバランスを崩して倒れ込む。


「さて、炎を吐くということは、どういう仕組みであれ体内に熱を産み出す臓器があるはずだ。そして四六時中炎を吐いているのでもなければ、穏やかに熱を逃がすための露出器官があるはず……そして、俺の眼はお前の胸のところに熱源を探知した」


 ソルドは竜に語りかけながら接近し、その胸を覆う一枚の大きな甲殻に手をかけ、一気に剥がした。

 竜が痛みに悲鳴を上げ、甲殻に隠されていた排熱器官……魚のエラのような、太い血管がまとまった柔らかい肉が露出する。


「思ったとおりだ、ここが弱点だな」


 竜には人語を完全には理解できない。

 だが、このままでは殺されてしまうのは明白だった。


 ばさり、と。

 竜は体勢を崩しながらも、力を振り絞って羽ばたき逃走を図る。

 人間は飛行できない。逃げて力を蓄えて、復讐すればいい。

 竜にはその力も、執念もあった。


 だが。

 竜にとって不運なことにその小さな敵(サイボーグ)は、空を飛ぶ相手を追撃する手段も持っていた。


 焼け焦げた村に爆発音が鳴り響く。

 間を置かず、胸部を穿たれた竜が墜落し、絶命した。


「弾道補正も完璧。やっぱり眼は高級品に限る」


 独り呟きつつ、ソルドは竜を撃ち落した砲……腕部格納式の仕込みランチャーを仕舞い直した。


「排除完了」


 竜殺しのサイボーグは静かに宣言すると、その辺にあった井戸から適当に水を汲んで、石垣の陰で震えている依頼人の元へと戻った。


「ステラ、竜は倒した。もう安全だ。だがまだ暑いから水を……」

「い、生きてる! 嘘!? ホントに竜を倒しちゃったの?」


 ステラはその姿を視認するや否や、ソルドの身体にどん、と衝突してきた。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。


「あなたが出ていったとき、絶対死んじゃうって、思った……」

「いや、竜が出てきたら倒せと言ったのはあんただろう」

「そんなの現実になるなんて思ってるわけないじゃない! 心の準備もできていなかったのに!」

「まあ、そうだな……だから俺たちは仕事中に冗談を言わないんだ。分かって良かったじゃないか」

「それで慰めてるつもり!? この悪魔! うっ、ううっ……!」


 ばしばしとソルドの身体を叩き、ステラはそのまま地面にへたり込んだ。


「安心したら、身体に力が入らなくなっちゃった……あっ」

「なら俺が立つのを手伝おう。そして水を汲んできたから、これで軽く喉を潤すといい。その後は村の連中にアピールしに行くぞ。食事と宿くらいは融通してもらえるだろう」

「い、一気に言わないで。切り替え早すぎ。ちょっと、落ち着かせてよ」

「分かった。じゃあひとまず水を飲め。熱中症で倒れられても困る」

「うん、うん。飲む。飲むけど……その前に、頼みたいことがあって」

「何だ」


 冷静すぎるサイボーグの質問攻めに没落令嬢は少し迷って、尊厳と羞恥を天秤に載せ、たとえそれが散々に汚れ擦り切れかけていようとも、尊厳を選び取るのが貴族の(ノブレス)責務(オブリージュ)だろうと結論づけた。


「村の人に、し、下着を貰ってきて欲しい。わたくしはその間に、あなたが汲んできた水でキレイにしておくから……」

「……」

「……」

「漏らしたのか」

「だって! だってだってだってぇ! 仕方がないじゃない! まさか本当に竜が襲ってくるなんて思わなくて、本当に死んじゃうかと思ったんだから! だいたい、身体の構造的に女性は」


 ノイズキャンセリング、オン。

 ソルドは電子鼓膜(サイバードラム)も高級なものをつけていて良かったと思った。


 なぜなら顔を真っ赤にして泣きわめきながら、ヤケクソになってパンツを脱ぎ始めた十六歳の没落令嬢の尊厳を、せめて自分の認識の中だけでも維持しておきたかったからだ。

オートキャブ

自動運転車のタクシー。車内で延々とつまらない広告映像が流れているうえに事故が客の責任になるが、人間が運転するタクシーより安い。


DEX (Direct EXperience)

ソルドが居た世界のエンタメ技術のひとつ。デックス。脳内に直接電気信号を送って、VRよりもさらに数段階リアルな体験を可能とする。少子化を促進する懸念から、一部地域では規制対象。


電子義眼サイバーアイ / 電子鼓膜サイバードラム

それぞれ眼と鼓膜のサイボーグパーツ。眼には望遠機能や成分分析、日付等の拡張表示機能がある。鼓膜には特定の音だけを聞こえなくする選択的ノイズキャンセリングや、逆に聞こえやすくする聴覚ブースト機能などがある。ただし値段によって性能はピンキリで、安物をつけるくらいなら生身の方がマシ。


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読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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