016 その声はもしや
「まさか本当に坑が潰れていないとは……」
坑道にヘルメットがぶつかる快音が響き渡った数分後。
岩の向こうに坑道が続いているのを見て、トーガンは嘆息した。
「これは落盤なんかじゃない。誰かが意図的に岩で道を塞いだものだ。十中八九ドルエンの仕業だろうな」
「あっ、おい危ないぞ!」
トーガンは岩をどかしている間任せられていた竜のリードをソルドにひったくられて我に返り、彼が向こう側へ続く道に踏み出すのを止めにかかる。
だがソルドは「危なくなんかないさ」と言って肩をすくめた。
「落盤に見せかけていた岩はすべて途中で崩れないように意図的に重心を分散して積み上げられていた。それにこの坑道はかなり向こうの方まで続いている。落盤するほど脆いなら、そもそもこんなに掘れちゃいないだろ」
「向こうって……確かにここから先も掘ってはいたが、せいぜい百歩分ってところだ。第一ここからでは奥の様子など見えんだろうに」
「さっきヘルメットをぶつけた時、反響した音から奥行きを測ったんだ。あんたたちの作業がどうであれ、この坑道はあと二百メートルくらいの奥行きがある」
「そんなバカな」
「とにかく、あんたにその気が無いならここからは俺が先に行く。ステラ!」
「は、はいっ!」
ソルドは壁から松明をもぎ取って、隣に来たステラに渡した。
「これを持っておけ。きっと見えにくくなる」
「え、ええ。分かりました」
「行くぞ」
ソルドが歩き出すと、トーガンはヴィーナと共に少し離れてついてきた。
その表情には疑いの色が滲む。
一方で、女騎士は相変わらずどこか愉快そうに笑っていた。
「パワーといい耳の良さといい、相変わらず人間離れした能力ですこと」
ステラはソルドの左手を取りつつ言う。
「さらっとやっていましたが、あれだけの量の岩を素手でどかすだなんて。空が落ちて来ても支えられるんじゃないかって思える」
「義体化ってのはそういうもんだ。あくまでも人間のままではあるから、より進化した人類、だなんて大げさに呼ばれることもあった」
「ふぅん。じゃあ例えば火を吹けたりはしないの?」
「そういうチューンをしているやつもいたな。ま、本人は燃料のメンテナンスが大変だとぼやいていたが」
「メンテナンス……要はお手入れのことよね? あなたにもメンテナンスは必要なの?」
ステラの素朴な疑問に、ソルドは「ああ」と端的に返答した。
「義体化しているからには当然だ。専門技術を持った医者にメンテナンスしてもらうんだよ。箇所は手足の関節、電子義眼、電子鼓膜、嗅覚センサー。挙げればキリがない」
「メンテナンスできないとどうなっちゃうの?」
「いつかぶっ壊れる」
「……壊れたら、どうなる?」
「場合によってはそのままくたばる」
またも端的に返答したソルドは、直後になって「しまった」と自らの発言を後悔した。
だがもう遅い。
彼の左手を握りしめた没落令嬢は、すでにプルプル震え始めている。
「いきなり居なくならないって、昨日約束したじゃない! どうしてそういう重要な事をもっと前に教えてくれないの!?」
「いや、言っても無駄だと思ってたから」
「無駄なんかじゃない! ど、どうしたらいいの!? あなたをメンテナンスできるお医者さんって、どこにいるの!?」
「た、多分この世界にはいないんじゃないか。サイボーグ技術が発明されているなら話は別だが」
「そしたらあなたのこの鉄の腕が壊れてもどうにもできないってこと!?」
「だから言っただろ、言っても無駄だと思ってたって。まあ医者に診てもらえるほど金持ちじゃない連中と同じようなもんだと思えば」
「医者にかかるお金が無いのと希望が無いのとは全く別の話でしょこのバカ!」
「待て松明を振り回すな! 危ない!」
「う、うう……」
ソルドに叱られたステラは松明を振り回すのをやめ、代わりに俯いて静かに泣き始めた。
「……わたくし、何の役にも立てていませんわ」
「今度はどうしたんだ急に」
「ここ数日で痛感したの。あなたを召喚してからずっとあなたの足を引っ張ってばかりだって」
「足を引っ張るも何も、あんたは俺に護衛される立場なんだからそれでいいだろ。俺はあんたを護衛するし、あんたは俺を使って復讐を達成する。それだけだ」
「でも、わたくしもあなたの役に立ちたいの。このままじゃわたくしはただ偉ぶっているだけの没落貴族で、世間知らずで感情の起伏の激しい、麗しくも厄介な女でしかないもの……」
「その語り口で自分の顔に自信ありなことがあるのか」
「わたくしの容姿はお父様とお母様が宝石のように磨き上げて下さったの。わたくしが容姿に自信を持っていれば、天国のお父様とお母様もきっとお喜びになるから。でも、わたくしにはもうそれ以外のものがないの。ただの役立たずなのよ……」
「ハァ……」
どうしたものか、とソルドが遠い目をしていると、ふと、先頭を歩く竜たちがステラの方を気にしてちらちらと背後を伺っているのに気づいた。
さっきの件といい、ステラが竜たちに気に入られているのは確かなようだ。
そして今のところ竜たちはリードを強く引っ張るような無茶をしていない。
(ま、モノは試しと言うからな……)
依頼人にずっと泣かれているのも気分が悪いし、何よりさっきから後ろにいる女騎士がクスクス笑っているのが気に食わない。
ソルドは竜たちのリードを束ねると、ステラの方に差し出した。
「ステラ、悪いがこのリードを持っていてくれ」
「え? さ、さっきは危ないって……」
「あんたが松明を振り回したときに気がついたが、俺がこのリードを持っているといざという時にあんたを守りにくい。そしてこの竜どもは何故だかあんたを気に入っているみたいだから、リードを持つだけだったらまあ安全だろ。俺の両手を空けるためだ、頼めるか」
「……! ええ! もちろんよ。このわたくしに任せなさい! さあ竜たち、行きますわよ!」
効果はてきめん。
右手にリードを、左手に松明を握ったステラはどこか誇らしそうに胸を張って歩き始めた。
ソルドの気のせいでなければ、竜の方もちょっと上機嫌になっているように見える。
(やれやれだな)
サイボーグ執事はため息を吐きつつ、いつ竜たちが没落令嬢に噛みつこうとしてもいいように警戒しながら最奥を目指す。
そして気がつけば道は整備された坑道ではなくなっており、荒々しく掘られた岩壁が暗闇の向こうまで続くのみとなっていた。
ーーーーー
「あら? また塞がれてる」
ステラが竜のリードを持ち始めて数分後。
ソルドたちは坑道から続く道の奥で再び岩の壁に突き当たっていた。
道はトーガンの言った通り坑道として掘られた範囲をとっくに超えており、道の幅や高さが徐々に高くなって今や見上げるほど。岩はそれでも天井近くまで積み上げられている。
「全く同じ手を使ってくるとはな。これをやったやつは何を考えているんだか……」
「ちょっと待ってソルド。あなたは待機よ」
「うん?」
さっそく岩を退かそうとしたソルドだったが、ステラの言葉で足を止めた。
「もしかしたらこの岩を積んだドルエンが物陰に潜んでいて、わたくしを殺そうとするかもしれないでしょ。わたくしを守れるように隣で待機しなさい」
「まあ、あんたがそう望むなら……」
きっとメンテナンスのことを気にしての命令だろうとは察しつつ、ソルドは素直にステラの側に立った。
だがこのままでは先に進めない、と考えたソルドの思考に先回りするように、ツルハシを担いだトーガンが前に歩み出る。
「なあに、心配するなソルド。何のためにワシがいると思っている。目の前のこの岩は無理だが、見たところ通路の横から掘れそうだ。迂回して、向こう側に出られないか見て来よう」
「なんだ、あんたはさっきまで後ろにいたからやる気が無いのかと思っていたぞ」
「バカ言うな。無駄に危険なことをするのが嫌だっただけだ。だがワシらが掘った坑道の奥にここまで勝手に広げられたとあっては、流石にドルエンにも言いたいことができた。いつの間にワシら以外のドワーフを連れてきたのか、あるいは他の手を使ったのか。直接会って問い詰めてやる」
「奴が生きているとは限らんぞ」
「その時はヤケ酒でも飲んで忘れるさ。それじゃちょっと待っておけ」
トーガンはそう言ってフン、と鼻を鳴らし、ツルハシで通路の壁を掘り始めた。
鉄の先端が強い力で叩きつけられ、一振りごとに壁が削れていく。
そのスピードも効率も人間のそれでは真似できない領域であり、数分後にはもう小さなドワーフの姿は壁の中へと消えていた。
「おーい、貫通したぞ。向こう側にデカい空間がある!」
トーガンからそう呼びかけられたのは更に数分後。
ステラとヴィーナに先行し、ソルドが屈んでトーガンの掘ったトンネルを進む。
「お前さんが先に来たか」
「護衛だからな」
ほどなくしてトンネルを抜けたソルドを、ツルハシを下にしたトーガンが待っていた。
「ワシにはデカい空間があることしか分からんが、お前さんなら何か見えるか?」
「ちょっと待て。暗視に切り替える」
言って、ソルドは電子義眼のモードを切り替えた。
その瞬間。
暗闇の中に浮かび上がったのは、大きな爬虫類の目を有する巨体。
「っ! ステラ、引き返せ! デカい竜がこっちを睨んでいる!」
「え!?」
タイミングの悪いことに、ステラがトンネルを抜けたのとソルドが叫んだのはほぼ同時。
驚いたステラが思わず落とした松明が転がり、暗闇の中に潜む巨体を照らし出した。
「ひっ……!」
「下がっていろ。契約通り、こいつは俺が殺す」
「ま、待ってくれ!」
声にならない悲鳴をあげるステラ。
即座に戦闘モードを起動したソルド。
と、もう一人。
どこか情けない声で懇願する声がした。
「……ん? トーガン、お前か?」
「い、いや。ワシは何も」
「違う! ワタシだ。目の前の!」
ソルドがトーガンに向けた視線を前方に戻すと声の主……巨体の竜は、言った。
「話しているのはワタシだ! お前たちの目の前にいるバケモノだ! し、信じてもらえるか分からなんが、ドルエンだよ! ワタシがギアーゴ・ドルエンなんだ! 殺さないでくれ!」
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