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015 愛され体質

「この(あな)はもうだいぶ奥まで掘り進んでおる。普通ならそろそろ湧き水にぶち当たって閉じなきゃならんくなるはずだが、竜どもはそれを的確に避けられるのだ。採掘道具としてこれほど便利なものもないわな」


 壁に等間隔で設置された松明が照らす薄暗い坑道内に、ソルドたちを先導するトーガンの大きな声が響き渡る。

 列の順序は先頭にトーガン、下等竜のリードを持ったソルドが続き、その後ろにステラが、最後にヴィーナがついてくる形だ。


「ひとまず、今掘ってる一番奥まで歩くぞ。ソルドは竜の様子に変化がないか注意しておけ。お嬢ちゃんたちも迷わないようしっかりついてこいよ」


 トーガンが言った直後、ソルドは後ろから肩を叩かれた。振り向けば、何やら楽しそうに笑うヴィーナだ。


「ね、ね、私もお嬢ちゃんカウントらしいよ。貴様はどう思う? やっぱり若く見える?」

「知らん」

「うわ、ドライだなぁ。せっかくドワーフと竜を連れて洞窟探検なんて魅力的なシチュエーションが整っているんだからもっと盛り上げていかないと」

「こんな場所でふざけていると危険だ。真面目に職務を果たせよ、女騎士」

「ちぇー、ケチなんだ。悪魔ならもっと危ないことが好きなんだと思ったけど」

「俺は人間だ」

「はいはい。若いドワーフとの力比べに連戦連勝するパワーを持つけど人間な貴様の意思を尊重して、努力不足で大したパワー無い真面目な女騎士は黙りますよーだ」


 ヴィーナは半ばふざけた態度で不満を主張しつつ引き下がった。


「ねえ、ソルド」

「……なんだ」


 そして代わりとばかりに、今度はステラがソルドの服を引っ張った。


「その竜たちって大人しい?」

「見ての通りだ。素直なもんだな」

「噛んだりしないと思う?」

「噛むだろうな。竜が銀を好む、が文字通り銀を食すという意味なのかは知らないが、少なくとも肉食っぽい歯がついている」

「……あなた、わたくしの護衛よね」

「そうだ」

「竜に襲われたら守るって、言ってたわよね」

「そうだ。というか前に飛竜に襲われた時に実践してみせただろ、もう忘れたのか?」

「もちろん覚えているわ。だから……」

「ダメだ」


 ソルドは竜たちのリードを握る手をサッと動かし、迫る没落令嬢の魔の手を避けた。


「ちょ、ちょっとくらい代わってくれたっていいじゃない!」

「トーガンは俺の力が強いから竜を任せると言っていた。つまり論理的に考えれば、力の弱い者にリードを握らせてはならないということ。そして俺があんたを護衛している点も考慮すれば、このリードはあんたに持たせるべきじゃないと三歳児でも分かるぞ」

「それは想定している三歳児がだいぶ賢い気がするわね」

「とにかくダメだ」

「えー! わたくし昔から犬を飼ってみたかったのよ! もうこの際犬っぽい竜でもいい! お願いお願いお願い! ちょっと散歩気分になるくらいいいでしょう!? ちょっとだけだから!」

「ダダのこね方が三歳児以下だぞ……」


 突然ステラが幼児退行したように見え、ソルドは額に手を当ててため息を吐く。

 先頭を歩くトーガンの方を伺い見れば、ものすごく面倒そうな表情でこちらを見ているし。

 後方を歩くヴィーナの方を伺い見れば、ものすごく愉快そうな表情でこちらを見ているし。


「……リードを持つのはダメだ。少し触るだけにしろよ」


 何かを諦めた返答にステラの表情が明るくなる。


(俺は何でこんなくだらないことを……)


 内心ぼやきつつ、ソルドは三本のリードのうち一本を右の手に握り替えつつ、手繰り寄せて短く持った。

 突如引っ張られた竜は少し暴れたが、ソルドが首根っこを掴んでステラの方に向けつつ「大人しくしている限りは、何もしない」と低い声で命じたとたんに静止した。


「あら、しつけが上手いじゃない。もしかして調教師の経験があるの?」

「竜の調教なんかしたことあるわけないだろ。ほら、触りたいならとっとと触れ」

「で、では失礼して」


 少しビビりながらも、ステラは手をそっと竜の頭に載せた。

 色白の手がトサカと鱗を撫でると、竜はどこか心地よさそうに目を細める。


「おおよしよし。とても利口な犬、じゃない、竜ですわね」

「まだ利口かどうかは……なんだ?」


 異常に気がついたソルドの言葉が中断する。

 ぐぐぐ、と、ソルドが首根っこを抑えているにも関わらず、竜がステラに頭を更に近づけようとしているのだ。

 しかも一匹だけではない。

 他の二匹の竜もいつの間にかステラに近づいてきている。


(しまった! まさか群れで狩りをする習性が……ん?)


 ソルドは即座に戦闘モードを起動して竜たちを殺そうとし、気づく。


 竜たちの身体の筋肉に戦うための緊張が全くない。

 念のため電子義眼でスキャンしても、ソルドが出した結論は変わらない。

 まるで頭を垂れるようにしてステラに近づく竜たちは、完全にリラックスした状態になっている。


「あらら、他の子たちも寄ってきてしまいました。ふふ、皆いい子ですわね」


 一方、サイボーグ執事の内心の緊張など全く気付かないステラはただ嬉しそうに三匹の竜たちを撫でる。

 撫でれば撫でるほど竜たちは更に接近し、ステラの身体に頭をぐいぐいと優しく押し付け始める。


 まるで母親の元に集う子犬のよう。

 少し微笑ましいその光景が、ソルドにはひどく異様なものに見えた。


(この竜たちは元からこれくらい大人しいのか? いや、それはありえない。いくら飼いならされていても、檻に入れられていたような肉食の獣が大人しいわけがない)

「ふう。十分堪能しました。ソルド、この子たちを下がらせなさい」

(そもそも竜は大きなものだと村を襲って住人を焼き殺すような凶暴な生物だ。種類が多少違ってもその危険性が大きく変わるとは思えない。だからこそトーガンは俺にリードを渡したんじゃないのか)

「そ、ソルド? もう結構だと言ったのです。竜をわたくしから離しなさい」

(腑に落ちない。何か、例えばステラの体臭だとかそういうので、竜たちを大人しくさせるものがあるのか? 猫がマタタビで懐柔できるのと同じような、本能的な……)

「ソルド!? 怖くなってきた! 怖くなってきたからこの竜を離してと言っているの! 聞こえてる!?」

「おっと」


 ステラが涙目で叫んでようやく、ソルドは我に返ってリードを引っ張り、竜たちを彼女から離した。

 竜たちは名残惜しそうにしていたが、ソルドが軽く足で蹴ると、元の進行方向に戻っていった。


「もう! 何してるのよわたくしの護衛なのに! 食べられちゃうかもしれなかった!」

「それはない。あの竜たちは完全にあんたに懐いていた。理由は分からないが……」


 すがりついてくるステラをテキトーになだめつつ、ソルドはトーガンの方を見やった。

 目が合うと、脚を止めていてくれたドワーフはため息を吐いて、


「戯れは済んだか? お嬢ちゃんが懐かれている理由なんか分からんよ。竜はドルエンが連れてきただけで、ワシは専門家じゃないしな。でも、他の奴にそうやっているのは見たことが無かったよ」

「本当かなー。案外ただの女好きだったりしない?」


 話に割り込んだヴィーナが頭を触ろうとすると、竜はガキン! と、鎧の手甲に噛みついた。

 その光景にビビる没落令嬢、ひゅう~と下手くそな口笛を吹く女騎士。


「……ま、たまたま竜の機嫌が良かっただけかもしれんからな。今後はウカツに触らん方がいいぞ、お嬢ちゃん」

「は、はい。分かりましたわ」


 と、まあ。

 そんなやり取りをしつつさらに歩くこと数分。


「おっと」


 トーガンは急に脚を止めると、振り向いて言った。


「道を間違えた。ソルド、すまんが引き返してくれ」

「こっちは行き止まりなのか?」

「ああ、落盤があってな。一応見ておくか?」


 言いつつ、トーガンは近くの松明からランプに火を移し、少し奥の方を照らした。

 すると暗闇の奥に現れたのは行き止まり。

 大きな岩が壁のように積み重なって行く手を塞いでいる。


「ワシらが居ない間に崩れていたみたいでな。誰も犠牲が出なかったのは幸運だったが、竜どもはここに来たがるのだ。きっとまだ銀がたくさん残っているだろうに、勿体ない」

「掘り直せばいいんじゃないのか?」

「何を言う。一度崩れた場所をまた掘るだなんて自殺行為だよ。いくら銀が掘れたって、生きていなきゃ意味が無い」

「はーい、ちょっといい? お嬢ちゃんから質問があります」


 言葉の端に悔しさと諦観をにじませるトーガンに向かって手を挙げたのはヴィーナ。


「この落盤にドルエンが巻き込まれている可能性はないの?」

「もちろんあるが調べようがない。女騎士さんよ、まさか今からお前さんがこれを掘り返そうって言うんじゃないだろうな。だとしたらワシは巻き込まれたくないんでな。ひとりの時に勝手にやってくれ」

「いやいや、聞いてみただけ。そうカッカしないでよ」


 冗談めかして笑ったヴィーナだったが、一方のソルドは真面目なトーンで「なるほど」と呟く。


「ヴィーナ、ちょっとそのヘルメットを貸してくれ」

「ん、いいよ。でもなんで?」


 問いを返しつつも、ヴィーナはソルドに兜を外して手渡した。


「ちょっと確かめたいことがあってな」

「だから何をちょっ……とほんとに何するつもりっ!?」


 そしてソルドは短く言ったかと思うと、ヴィーナが止めるのも構わずに兜を落盤に向かって思いっきり投げつけた。

 コォーン、と高い金属音が坑道内に響き渡る。


 その場に居たほとんど全員が耳を塞ぐ中、ソルドだけが「やはりな」と言って少し笑った。


「どうやら、ドルエンはこの岩の向こうに居るみたいだぞ」


 そして、自信ありげに言い放った。

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