013 現場主義もほどほどに
「おおそうだ言い忘れておった。ワシはトーガン。若い連中が親方としか呼ばねえから、名乗るのは久しぶりだの」
ソルドとドワーフたちとの腕相撲大会が終わった数時間後。
すっかり上機嫌になったドワーフ親方ことトーガンはビールで髭を濡らしながら豪快に笑った。
「そんで兄ちゃんが……」
「ソルドだ。ワケあってこの女の護衛をしている」
「ステラ・ホライソニア・ウォルムハルト、です……」
その対面のソルドは静かに自己紹介した。傍らのステラも縮こまりつつ小さく名乗る。
「おうよろしく。さてソルド、お前さんのパワーの話ばっかりしておってすっかり忘れていたが、まずは謝らせて欲しい。あんたがワシらをバカにするためだけにやって来た貴族か何かと勘違いして無礼を働いた。すまなかったな」
「俺はいい。どうしても頭を下げたいならステラに下げてくれ。俺が力を証明してみせたのはステラの話を聞いてもらうためなんだからな」
「なるほど。なら……嬢ちゃん、まあ、そういうことだ。すまなかった」
「え、ええ……」
トーガンがどこか照れくさそうに頭を下げるのを、ステラは遠慮がちに見つめた。
その表情が何を意味しているのか、ソルドは察しようとしたが、先に口を開いたのはトーガンの方だった。
「……まさかドワーフが人間に頭を下げるなんて思わなかった、ってところか?」
「えっ!? わ、わたくしはそんな」
「誤魔化さんでもいい。そしてその感想は当たっている。普通、ワシらみたいなのは人間が嫌いだ。少なくとも、そのフリはしているもんさ」
「あなたは違うのですか?」
「全く違うとは言えんがね。嬢ちゃんがワシらドワーフを不気味がっているのと同じくらい、ワシだってお前さんたちのことを不気味に思っている。互いの王様が民草にそう考えるように仕向けているんだから、それは仕方が無いことだ」
トーガンは呟くように言って、ビールの残りを一気に煽った。
「だがワシは本来もっとアタマ使ってできるはずのことを、種族の対立とかいう下らん理由で非効率にやり続ける方が嫌いなんだ。だから、ドルエンとかいう男の提案に乗ったんだよ」
「ドルエン……! 彼が今どこに居るのか、教えてもらえませんか!?」
思わずテーブルに身を乗り出したステラを「まあ落ち着け、お嬢ちゃん」と手で制し、トーガンは話を続ける。
「奴の居場所を話す前に、ワシのスタンスというものを明確にしておきたい」
「何よ急に言い訳がましくなったわね」
「いやぁ、まあ……ご指摘の通り、言い訳なのだが……とりあえず聞いてくれ」
急に態度を変じたトーガンはステラの冷たい視線から逃れるように目を逸らした。
「ワシはドルエンのことは正直気に食わないが、一方で買ってもいるんだ。あやつは浅はかな男でな。うわべではドワーフと人間が対立する時代は終わった! だの種族間対立で非効率を成すのは馬鹿のすることだ! だのとそれらしい文句を並べていたが、すべて奴自身の金儲けのために言っていることだというのは学のないワシらでもすぐに分かった」
「ドルエンはそういうやつですわ。金に目が無い、卑劣な男」
「その通り。だが、一方で奴のやり方は本物だった。詳しくは明日見せるが、奴はワシらをむやみに使ってひたすらに銀を掘らせるとか、そういうやり方をしないんだ。ワシらにできる、最も効率の良い方法での銀採掘を提案してきた。山に入る期間を一週間と決めたのも奴だ。ワシらドワーフはやろうと思えば十日間連続で銀を掘れるのに、休憩をしなければ非効率になると言って聞かない」
ハァ、とため息を吐いたトーガンは風呂テントの方に目をやった。
殆どのドワーフは入浴を済ませていたが、まだ並んでいるドワーフもいる。何気に、ヴィーナもその列に紛れている。
「挙句の果て、病気になられては損だからと風呂まで用意した。奴が人間の若い女を大量に連れて現れた時は何事かと思ったが、採掘で疲労したワシらが風呂を面倒くさがるのを見越して手伝いで呼んだらしい。要らんと言っているのに女たちもこれが仕事だからと譲らなくてな。実際に身体を洗ってもらうと力加減が絶妙で心地いいんだこれが」
「え、じゃああのテントって本当にお風呂に入っているだけなんですの?」
「だけとはなんだ。風呂で身体を洗う以外のことをするのか? クソをする場所なら別にあるぞ」
「ああ、いいえ……」
ドルエンが連れてきたのは娼婦だが、別に娼婦をさせているわけではない。
引っかけ問題のような状況だとはいえ、トーガンの純粋な眼差しを受けたステラは自分の思い込みを恥じた。
「ど、ドルエンがあなた方を適切に雇用する努力をしているのは分かったわ! けれど、じゃあ、そのドルエンはどこに居るの? わたくしたちは彼が行方不明になったと聞いてここまで来たのよ?」
「う、うむ。それが、そのだな。ワシたちもわざとやったわけじゃないんだけど……」
逆切れ的なステラの問い詰めに、トーガンは冷や汗を垂らしながら小声で、そして早口で言った。
「実は、ドルエンは自分の目で現場を見ると言い張って坑道に入っていったっきりで……しかもひとりで。先に言っておくが、ワシらは止めたんだよ? それでも入ると言って聞かないから、ワシらが作業をしない日に装備だけ渡して奴が坑道に入っていくのを見届けた。次の日に作業に入った時にはもういなかったし、それきり痕跡もないからてっきり勝手に見て勝手に帰ったのだと思っていたのだ……ホントに、行方不明になっちゃってるの?」
ーーーーー
「わたくしはダメな人間ですわ」
ドワーフたちの風呂も終了し、静けさを取り戻した夜。
皆が寝静まったあと、こっそり外に出たステラは柵に寄り掛かって空を見上げながら言った。
「どうしたんだ急に」
「ドワーフさんたちに偏見を持っていたばかりか、そのせいで調査を滞らせてしまうなんて……あなたが彼らと打ち解けられなかったらどうなっていたことか」
「まあ、たまたまだ」
傍らに立つソルドはステラが少し泣きそうになっているのを察しつつ、あえて淡白な返事をした。
「あの手の輩はどこに居ても変わらない。自分たちのコミュニティは全員家族で、それ以外の連中には排他的。試練を好み、力をアイデンティティにしている。話をひとつ聞かせてやる代わりに対抗勢力のリーダーを殺せと言われないだけ幸運だった」
「あなたの元居た世界、殺伐としすぎていませんか……?」
呆れたように笑いながら、ステラはサイボーグ執事の服を強く掴んだ。
「……あなたは、いきなり居なくなったりしませんわよね?」
「さっきから話が急だな」
「ごめんなさい。でもドルエンのことを聞いたら、怖くなってしまって……ねえ、こっちを向いてお顔を見せて」
ソルドが要求に応えて視線を下げると、涙を溢れさせた少女が唇をわなわなと震えさせながら彼の顔を見上げていた。
「わたくしの周りに居たものはもうみんな居なくなってしまった。それを冷静に見つめようとすると、どうしようもなくなってしまう。わたくしだけが生きている意味が、無いような気がして……」
「典型的な生存者の罪悪感だな。錯覚のようなものだ、気にすることは無い」
「言い切るのね。でもそう、わたくしも本当は分かっているのです。わたくしは生きている。だからやりたいことをする。やりたいことは、復讐。復讐だけが、わたくしを前に進ませる」
確かめるように言いながら、没落令嬢はサイボーグの腕を抱いた。
「常識はずれの力に、冷たい鉄の身体。冷たい心。あなたは自分を人間だと言うけれど、とても人間だとは思えない。わたくしは悪魔だと思っているけれど、もし、悪魔ではないとしたら、あなたは何者なの? あなたの生きる理由は、何?」
「……俺はあんたの護衛だ。生きる理由は、あんたを護衛すること」
「……なら、絶対に居なくならないでね。わたくしの目を見て、約束して」
少女はサイボーグの腕を強く抱きしめる。
「わたくしを、絶対に見捨てないで」
サイボーグは身じろぎひとつせずに答える。
「見捨てない。そういう契約だからな」
「そんな言葉が欲しいのではなく……いいえ、いいわ」
やや不満げだが、ステラは涙を拭って微笑んだ。
「明日も忙しくなりそうだし、もう寝ましょうか」
「了解」
短いやり取りののち、割り当てられた小屋に入り、少女は二人用のベッドで眠りにつく。
(生きる理由か……)
その横で寝たふりをするサイボーグは眠らない。
義体化前なら眠れなくなっていたのだろうか、とくだらないことを夢想しながら、朝を待った。
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