012 実力行使 ※非殺傷
「親方~! 待ってたよ~!」
銀山から降りてきたドワーフたちの先頭を歩く最も髭もじゃの男に娼婦が駆け寄った。
親方、と呼ばれたその仏頂面のドワーフは腕を組もうとする娼婦を手で軽く押し戻して言う。
「気持ちはありがてえけど今のワシらにゃ近づかねえ方がいいぜ。ここ数日暑い日が続いたからいつにも増して臭えぞ」
「それだけ頑張って来たってことでしょ! さぁ、アツアツのお風呂を用意しているからいらっしゃい!」
「ったく、しょうがねえ女どもだ。おら、お前らは行ってこい! 新入りに風呂の入り方を教えてやんな!」
「「「へい」」」
ドワーフ親方がどこかまんざらでも無さそうに髭を撫でながらどなると、それに呼応した部下らしきドワーフたちは娼婦たちと一緒になって村の端にあるテントへと歩いて行った。
ソルドが見たところ、どうやらテントは簡易的な風呂らしかった。湯気が上がっていて、樽を真っ二つにしたような大きな桶に湯が張られている。
一方、ひとりで残った親方ドワーフはまずヴィーナをじろ、と睨みつけた。
「……で、ありがたーい領主様に仕える女騎士様がワシに何の用かな」
「おや、名乗ったわけでもなかったのに覚えていてくれたのか」
「フン。金を持っているばかりで自分の身体のひとつもロクに使えない男に子飼いにされている哀れな姿がたまたま印象に残っていただけだ。ワシらを見下して偉ぶっているだけの人間の名前なんぞに興味も無いしな」
「それならばこの機に覚えてくれればいい。私がヴィーナで、そっちのでっかい男がソルド。その後ろに隠れているちっさいのがステラ嬢だ」
ヴィーナが指を差したからか、ドワーフ親方はソルドの顔をじっと見つめてきた。
挨拶でも期待されているのだろうか、と考えたソルドが「どうも」とだけ言うと、ドワーフ親方は「フンッ」と先ほどよりも大きく鼻を鳴らした。
「砂の一粒すらも掘る気が無いふざけた格好で山に来おって。何のつもりかは知らんが、ワシからお前らに話すことなど何もない。とっととケツ捲って帰んな、軟弱者どもめ」
「まあまあそう言わず……ソルド、ステラ嬢、私はちょっと親方と話してくるから、適当にその辺で待っていて」
「あ、はあ」
ソルドがボーっと成り行きを見守っているうちに、ヴィーナはドワーフ親方を連れて少し離れた資材置き場らしき場所まで歩いて行ってしまった。
直後、「ぶはぁ!」と大きく息を吐いたのはずっとソルドの後ろに隠れていたステラだ。
「き、緊張しました……ドルエンは元からお行儀の良い男ではありませんでしたが、まさかドワーフさんに銀を掘らせているだなんて」
「ドワーフを雇用するのはそんなに珍しいのか」
「珍しいも何も、不干渉条約に違反してるのよ」
ステラは不安げな目で風呂テントの方を眺めながら言う。
「元々人間……彼らの言葉で言うところのトールマンはドワーフさんたちを亜人種と分類して明確に差別していました。それは彼らの側も同じで、これまでの歴史で何度も戦争をしてきたくらいなの」
「言葉も同じなのにか?」
「文化が違いすぎますもの……それで、数十年前に争うのをやめてそれぞれの歴史を歩もうと不干渉条約がドワーフさんたちの国とドラゴシルヴァ王国の間に交わされましたの。お互いにいないものとして、利害が衝突しない限り関わり合いにならないという条約」
「よくそんな平和ボケした条約が通ったな」
「なんですって!?」
「ああいや、まあ、それでお互いを無視するはずなのに、ここではドワーフを雇用した銀採掘が行われている、と」
「ええ! ソルドも見たでしょう先ほどのガサツな態度! 今のところ娼婦の方々とは仲良くしているようですけれど、何を考えているのかは分かりません。次の瞬間には暴れ出しているかも……」
「何を考えているのか分からない、ねえ」
ソルドが遠巻きに眺めていると、ヴィーナとドワーフ親方は何やら数秒言い合ったあと、ヴィーナだけがすごすごとソルドたちの元に引き上げてきた。
「交渉は決裂か」
「いやー、軟弱者どもを山に入れるわけにはいかん! って怒られちゃってね。彼らがドルエンに雇われているのは本当みたいなんだけど、ドルエンの行方に関しては知らないの一点張りだし」
「知らないですって? いま彼らの入浴をお世話している彼女たちはドルエンが連れてきたはずでしょう?」
ステラは困惑の表情で風呂テントを指差す。
ソルドも頷いて同意すると、ヴィーナは「それはそうなんだけど」と苦笑いした。
「ま、ひとまず銀山が賊に乗っ取られていたわけではなさそうだから良かったよ。ここからは娼婦連中への聞き込みあたりから始めて、地道にゆっくり調査するしかなさそうだな」
「うへぇ、仕方が無いとはいえ、鉱山に長居は中々堪えそうですわね。ドワーフさんたちが居ない間だけでもお風呂を使わせてもらえればいいのですけれど……」
浮浪者生活をしていたことがあるとはいえ嫌なものは嫌、と言わんばかりに露骨にがっかりするステラ。
だがその隣に立つ執事サイボーグはワガママ没落令嬢とは違うことを考えていた。
「ステラ、確認だが長居はしたくないんだな?」
「え? ええ、まあそうね。出来ることなら早く決着をつけたいけれど……まさかあなた、強いからって無理やりドワーフさんたちを排除しようとしているんじゃないでしょうね!? だ、ダメよそんなの! あれだけたくさんのドワーフさんたちを相手にしたら、いくらなんでもあなたが無事な保証なんてどこにも……」
「何を勘違いしている。あんたがお望みなら殺すが、そうじゃないんだろう? なら不必要な殺しをするつもりはない」
「よ、良かった……」
ほっと胸を撫で下ろすステラ。
「まあ、必要な実力行使はさせてもらうが」
ソルドはその隙を突き、彼女が服を掴む手を振り払ってドワーフたちがいる方へ歩き出す。
「は? えっ、ちょっと!? ソルド!」
ステラが止めるのも聞かず、ソルドは風呂テント近くのテーブルまで一気に歩いた。
そして周囲の娼婦やドワーフたちから奇異の視線を向けられるのを感じつつも、ソルドは「おい」と席に座って酒を煽っている人物……ドワーフ親方に声をかける。
「てめえみたいな軟弱者に話すことなんかねえ。あっち行ってろ、酒がまずくなる」
「悪いがそうもいかない。俺の依頼人があんたと話したがっているんだ。俺たちのことは嫌っていてくれて構わないが、喋るだけは喋ってもらわないと。だから誠意を見せに来たのさ」
「なんだ、金なら受け取らんぞ。ワシらはただ金儲けがしたいワケじゃ」
ドガッ、と。
テーブルに何かを叩きつけるような音がドワーフ親方の言葉を中断した。
「お前、何のつもりで……!」
「見て分からないか? こちらにそういう文化が無いってなら教えてやる」
目を丸くしているドワーフ親方の対面に座ったソルドはテーブルに肘を尽いた腕を、握手を求めるかのように差し出して笑う。
「腕相撲だ。互いの手を握って、倒した方の勝ち……単純だろ?」
「ハッ! 名前はともかく、何がしたいのかくらい見れば分かるわい。ただワシは、正気か? と聞いているんだ」
乱暴にジョッキを置いたドワーフ親方は作業着をまくり上げて言う。
その腕は女性の腰ほど……いや、それ以上に太く、誰が見てもその筋肉量が尋常でないと分かる。
対するソルドの腕は、見た目には、そこいらの農夫にすら負けている細腕だ。
「脱臼じゃ済まねえ。一生スプーンを持てなくなるぞ」
「そうかな? でもこれで俺が軟弱者ではないと証明出来たら、話くらいはさせてくれる。だろ?」
「心意気は買ってやるが勝負にならん。今ならやっぱナシ、を認めてやるから腕を引っ込めな」
「いきなりあんたじゃ勝負を受けてくれないってんなら、まずは他のやつを相手にしてやる。俺の腕が無事に済みそうなやつ、いないのか?」
「……キール!」
ソルドの頑なな態度にため息を吐いたドワーフ親方は風呂の方を向いて怒鳴った。
すぐに「へい、ただ今!」と若い男の声がして、身体から湯を滴らせている半裸の若いドワーフがやってくる。
「どうしたんです親方」
「ここに座れ」
「へいっ」
ドワーフ親方はキールと呼ばれた若いドワーフに席を譲ると、その隣に立って腕を組む。
「こいつはキール坊。つい最近山に入ったばかりのガキだ。ワシらの中で一番力が無いが……人間に負けるほどヤワでもねえ。だがこいつにすら勝てないなら、お前は話しにならんと言うことだ」
「なるほど、一回戦の相手にはふさわしい。勝負させてくれ」
ソルドはにやりと笑い、キールに向けてずい、と腕を差し出した。
「な、なんすかこの生意気な人間は。それにオイラ、新品のブラシで背中を掻いてもらっていたところだったのに……」
「ブツクサ言ってんなよ男らしくねえ。とにかくそこのそいつと力比べしろ。遠慮はいらねえ、山のふもとまで吹っ飛ばすつもりでやれ。勝ったら俺の分も風呂に入っていい」
「へい。まあ、分かったっす」
やや不満げながらも、キールはソルドが差し出した手を握り、肘を突いた。
「人間のあんちゃん、悪く思うなよ。親方にいいとこ見せるチャンスなんだ。手は抜かねえ」
「ああ、よろしく頼む。で、合図は誰がやる?」
「はーい! 私がやる!」
そしてキールを風呂に入れていた娼婦の一人が、サイボーグと若きドワーフが握り合った手にそっと指先を添えた。
「それじゃあ用意……」
一瞬の静寂。
「どんっ」
バギャッ!
そして勝負開始の合図は、直後に生じた破壊音にかき消された。
その音が示したのは、あまりに早い決着。
「……ほう」
観客の中で唯一事態を把握しているドワーフ親方は、興味深そうに髭を撫でた。
その足元には、机から吹っ飛ばされたキールが目をぱちぱちとしながら倒れている。
「まずは一回戦突破、ってところか?」
勝者となったサイボーグ執事はわざとらしく腕をぷらぷらと振って言う。
「で? 次は誰だ」
ーーーーー
「ふんぬううううううううううううううう!」
「ハッ……! 親方ってだけあって、なかなかやる……!」
「行けっ! 親方! やっちまえ!」
「執事のにーちゃん! 俺はお前に親方の分の肉を賭けてんだ! 絶対勝て!」
陽もほとんど沈みかけた夜のはじめ。
その場に居た全てのドワーフをなぎ倒したソルドとドワーフ親方との最終決戦は異様な盛り上がりを見せていた。
「ねー! あなたのお付きの人、すっごく強いのね! もしかして親方に勝っちゃうんじゃない?」
「え、ええ。そうね」
それを遠巻きに眺めていたステラは話しかけてきた娼婦に曖昧な返事をする。
少女は、正直なところ、一片も想像もしていなかった展開に面食らっていた。
(まだ決着はついていないけれど、もうドワーフたちと打ち解けたようなものよ、これ。ソルドはずっと自分が人間だって言うけど、本当に悪魔の力があるんじゃ……)
「おいお嬢ちゃん!」
「ヒッ」
「アンタ、もっとこっちで見たらどうだ! せっかくお付きのやつが勝ちそうになってるんだぞ! きちんと見届けてやらねーと!」
びくつくステラに手招きをしているのは地べたに座ったひとりのドワーフだ。
傍らには酒を飲んで顔を赤くしているヴィーナもいる。
「あ、あの、その」
「分かる~怖いよね。でもだいじょーぶ、お姉さんもついていってあげるから!」
ステラは少し抵抗したが、酔っぱらった娼婦に連れられてドワーフの元へ。
「ほらここ座んな! おめえが邪魔なんだ女騎士! もっと空けてやれ!」
「あいあい~ほぉらここに座るんだステラ嬢。特等席だぞ~」
「ありがとう……」
ヴィーナの足の間に座り、ステラは最終決戦の方へと目をやった。
ソルドは珍しく汗をかき、必死の形相でドワーフ親方の腕を押していく。
対するドワーフ親方はもっと汗をかき、顔をゆでたエビよりも真っ赤にして抵抗しているが、その手の甲がテーブルにつくのは時間の問題だ。
「つんよいねえ~ソルドくん……あんなのとどうやって出会ったの?」
「それは、まあ、たまたまよ。たまたま」
「へぇ~。あなたのためにあれだけ必死になってくれるなんて、いいオトコね~。ただ仕えさせているだけでいいのぉ?」
「酔っ払いめ、うるさいですわ!」
「オオコワイ~」
ウザがらみしてくるヴィーナを押しのけつつ、ステラはため息を吐いた。
(ソルドは、わたくしのために必死になってくれている……)
言葉を反芻すると、嬉しいと同時にどこか、申し訳ないような気持になってしまう。
(彼が本当に悪魔じゃないんだとしたら、わたくしは何を対価にすれば釣り合うというの)
そんな少女の静かな悩みを吹き飛ばすような歓声が上がった。
どうやら決着がついたらしい。
「あー完敗完敗! ワシの負けじゃあ」
「これで、喋ってくれるな……!」
「何でも喋ってやるとも! だがその前に、乾杯もしねえとなあ!」
ドワーフ親方の宣言にウオオオオオオオオ! と野太い声が続く。
筋肉の塊としか呼べない男たちに殺到されても全く倒れそうにないソルドを見て、ステラは少しだけ笑って言った。
「いや、やっぱりソルドは人間じゃないわ。強すぎるし」
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